136. シャウト
そうして雑談を続けつつも歩き、エイベル研究所に到着。待っていた所員に案内された先の所長室では、京子と美久が待っていた。
「こんにちは木原さん」
「…………」
挨拶をする京子。一方、ずーんとした雰囲気で暗い顔をしている美久。何かあったのだろうか?
「あれ、近衛。今日は着物じゃないんだ」
「え? あ、うん。今日はそういう気分やったんよ。毎日着物じゃ飽きるやろ?」
「そうなんだ。けどその恰好、暑そうだね」
フード付きのダッフルコートの下に、潜入時に着ていた魔法学園の制服。純花の言うようにかなり暑そうだ。「ダイエットでもしてるんですの?」とレヴィアが問いかけると、京子はふいと顔を背ける。
完全にシカトされたレヴィア。彼女は思わずかちーんと来る。京子の計画失敗を戦場ライブという素晴らしい手段でフォローしてやったというのに、この態度。流石に目に余る。
そうしてレヴィアが怒ろうとしたちょうどその時。
「ああ、スミカ君。来たんだね」
隣の部屋からたくさんの資料を持ったエイベルが出てきた。彼は自分の机にドサッとそれを置く。
「ふう。大変だったけど、ようやく見つかったよ。ルディオスオーブのヒント」
「本当!?」
純花がぱあっと表情を明るくした。一応、レヴィアや京子たちでも調べてはいたが、今のところ成果は無い。なのでエイベル教授の調査に期待していたのだが……彼は見事その期待に応えてくれたという訳だ。
「確実とは言えないけどね。まずはこの地図を見てくれ」
エイベルは机の上にバサッと広い紙を広げた。そこに描かれていたのは世界地図。北大陸、西大陸、東大陸と、現在人類が把握している領域について描かれた地図だった。
レヴィアたちが机の周囲に集まると、彼は説明を始める。
「残りのオーブは二つ。色々と調べたんだけど、可能性が高いのがいくつか見つかった。一つはここ」
エイベルが指さしたのは、ここからさらに南方にある場所。カルド王国という国だ。
「この国では死んだ王族を巨大な
墳墓。要は大きなお墓の事である。日本で言えば古墳という表現になるだろうか。そこの埋葬品の一つにオーブがあるかもしれないらしい。
「もう一つはここ。魔の海域と呼ばれる場所で、海底に沈んだ船の中。運んでいるものの一つにオーブに似たようなものがあったらしい」
「海底……」
西大陸南部から東大陸南部へと向かう航路。遠洋を航行するというただでさえ厳しいその航路の一部に、魔の海域という船がよく沈没する海域がある。そこにオーブが沈んでいるかもしれないという。
それを聞いた全員が眉間にしわをよせた。墳墓はまだ可能だろうが、海底となると調査は非常に難航するだろうからだ。
「三つめはここ……と断定する事はできないんだが、東帝国……ヴェスペリオ帝国にある可能性が高いね。三百年前の第二次東西戦争で、西連合国から奪った宝の一つにそれっぽいものがあったみたいだ。今どこにあるかは分からないけど、強奪したのは当時のグランレーヴェ伯だ。なのでグランレーヴェ領に行けばヒントがあるかもしれない」
「げっ」
レヴィアは嫌そうな顔をした。転生後の故郷、グランレーヴェ。今も間違いなく指名手配されているだろう。いや、もしかしたら血縁上の兄が止めているかもしれないが、止めていたら止めていたでやっかいな事になりそうだ。
「で、最後は……ここだ」
エイベルが指さしたのは北大陸。魔王軍との戦争真っただ中の場所だった。
「邪龍が住まうという山。その邪竜への貢ぎ物として、オーブをささげたなんて記述を見つけた」
「竜?」
竜と言えば強者であるが、強さに幅がある魔物だ。年をとるにつれて強くなる生物でもあり、古龍ともなれば人間が手出しできるような相手ではない。
が、純花なら別だろう。ビームサーベルすら効かなくなった純花なら、古龍のブレスとて大したダメージは負わないに違いない。
「おっと、レヴィア君。邪龍をなめてはいけない。一説によると、かの邪龍は数千年以上生きているという話だ。まあ本当かどうか確かめるすべはないんだが、古龍をはるかに超えた力を持っているのは間違いない。私のルゾルダを倒したスミカ君とて、どうなるかは分からない」
そんな風な考えが態度に出ていたのだろう。レヴィアに対し、エイベルが口を酸っぱくして注意した。
「加えて今は魔王軍もいるんだろう? 敵の中を突っ切って、さらに強大な敵と戦うってのは難しいんじゃないかな」
「確かに……」
その意見にリズも同意。彼女が厳しい顔になっていると……。
「この場所はタイミングを見計らうのが吉やろね。セントファウスが集めてる連合軍が出来て、魔王軍と戦うタイミングで行けばええんやない?」
「そっか。もしかしたら他の人も手伝ってくれるかもしれないしね」
京子の言葉。リズはぽんと手を叩いて納得。
「とにかく、まずはカルド王国を目指した方がよさそうですわね。残り三つは状況次第といったところでしょうか。地理的には南の航路の方が近いと言えば近いですが」
「海底だしねぇ。というかレヴィア、グランレーヴェの事なら何か知ってるんじゃないの?」
「残念ながら。おっさんが隠してる可能性はありますが」
過去、日本へ帰ろうと頑張っていたレヴィアである。地元にそういう不思議アイテムがあれば気づいていたはずだ。なので今のグランレーヴェには存在しないか、隠されている可能性が高い。
「よし。じゃあ準備ができ次第カルド王国に行こう。教授、ありがとう」
純花が礼を言うと、エイベルは「構わないさ」と微笑む。目的地は出来た。あとはそこへ向かい、探すだけだ。
「ところでスミカ君、ものは相談なんだが」
「?」
ふと、エイベルが微笑みながらも純花へと話しかける。
「オーブを私に預けてくれないかな? ほら、ルディオス神の体に心当たりがあると言っただろう? 四つそろわないと復活はしないのかもしれないが、半分でもあれば意識くらいは目覚めるかもしれないと思ってね」
ルディオスの体。そういえば、捕まる前に彼は「体の場所に心当たりがある」とか言っていた。さらにエイベルの言う通り意識が目覚めれば何かしら情報を得る事ができるかもしれない。レヴィアはそう思った。
同じように考えたらしく、純花がうなずいて肯定。
「分かった。なら預けとく。ところで体ってどこにあるの?」
「申し訳ないが機密なので話せないんだ。四つそろった暁には見せられるだろうけど、下手に話して魔王軍に見つかったら大変な事になるしね。もちろん、何か有益な話を聞けたら報告するよ」
申し訳なさそうにするエイベルに対し、純花は「そっかあ」と納得。オーブを渡した。レヴィアとしても否は無い。「コイツ借りパクしねーよな」とは思うが、結局は今から探す二つのオーブは必要になるのだから。
「よし、じゃあ早速旅の準備に取り掛かりましょ。一日もあれば大丈夫よね?」
リズの言葉に「うん」「ええ」と頷く純花とレヴィア。いつも通りの事なので大した時間はかからない。明日準備して明後日には出発できるだろう。
「えっ。コ、コンサートはどうなるん?」
が、そこで聞こえた京子の声。
ん? と思いながら隣にいる京子へ顔を向けると、彼女はしまったとばかりに「あっ……!」と声を出した。
その反応にレヴィアはピーンと来る。
「……もしかしてアナタ、クエイクのファンなんですの? へぇー」
レヴィアはニヤニヤとした。からかうような感じの表情。しかし京子は「はあ? んな訳ないやん」と嫌そうな顔で返してくる。
本気でそう思っているようにも見えるが、間違いなく取り繕っているだろう。でなければあんな言葉は出ない。
「下民とか雑音とか言ってたのにねぇ。ああ、その恰好もアレですの? 隠れて見に来ていたとかそんなところ?」
彼女の暑苦しいコートに、魔法学園の制服。周囲にバレないように変装していたのだと思われる。フードつきなのは顔を隠すためだろう。
その予想を聞いた京子がビクリとした。どうやら図星だったようだ。レヴィアは「へぇー、へぇー」とニヤニヤし続ける。「やめなさいよ。また喧嘩になるでしょ」とリズが裾をつまんでくるが、こんな楽しいネタを放っておける訳がない。シカトされた仕返しをする絶好の機会であった。
「おほほほほ。あれ? 高貴はどうしたんですの? 高貴な身分からすればどう考えても下品な音楽ですわよ? そんなんにハマった女が高貴とかちゃんちゃらおかしくなくて?」
嬉しそうに煽り続けるレヴィア。何気に自分の歌をも馬鹿にしているが、彼女にとっては特段執着があるものではない。
彼女の煽りにイラッとしたのか、京子がキッと睨んでくる。が、レヴィアは止まらない。
「で、誰が一番の推し? アイドル系のディー? クール系のフレッド? まあ、わたくし!? そんなに見つめられると照れますわぁ! 仕方ありません、ファンサービスして差し上げましてよ。……よう、俺が好きなんだって? ……いいぜ。今日はお前だけの為に歌ってやるよ」
馬鹿にするようにせせら笑った後、手で髪を逆立てさせてレオの演技をする。演技というか素に戻るだけだが。
さて、そろそろ怒るだろうか。怒ったら逃げよう。怖いからではなく、勝ち逃げする為に。言い返せないまま放置されるとか相当ストレスがたまるはずだ。レヴィアはそう考えた。
が、
「あ……レ、レオ様……」
ぽーっと顔を赤らめた京子。熱に浮かされたような表情だった。
意味不明の反応。その様子を見たレヴィアは困惑。困惑のあまり顔をしかめてしまう。
「お、おい……」
「くふふ。うちの為に歌うてくれるなんて……。嬉しくて心がはじけてまいそう。レオ様……」
京子はうっとりとした目線でこちらに寄りかかろうとしてくる。思わず一歩下がってしまうレヴィア。一体何が起こっている。
にじり寄る京子と、下がるレヴィア。仲間二人及びエイベルも意味が分からないといった顔をしている。
ふと、ずっと暗い顔でうつむいていた美久。彼女はぼそりと呟く。
「……お嬢様、男装したピンクの人に一目ぼれしちゃったんですよ……。ライブ見に行ってたのもクエイク目当てじゃなくて、ピンクの人目当てで……」
「えっ。さ、さっきまでそんな気配無かったけど」
「普段は何ともないんですけど……男っぽくなったピンクの人を見るとスイッチ入っちゃうみたいで……こんな面白おかしい感じに……!」
リズの問いに答える美久。どうやらレヴィアに“男”を感じるとこうなってしまうようだ。その姿は正に恋する乙女。ガチ恋とかガチ惚れとか言う言葉がぴったりな雰囲気であった。
――娘の同級生に惚れられる。
その事実に思い至ったレヴィアは思い切り顔をひきつらせた。下手をすれば不謹慎この上ない事になるからだ。
きょろきょろと助けを求めて視線をさまよわせるレヴィア。リズは目を白黒させており、純花は「まあ、レヴィア恰好よかったしね」と納得している様子。エイベルは「はー。面白い感じになっちゃったねキョウコ君」と完全に他人事だ。
「さ、レオ様。二人きりになれる部屋を用意させてます。レオ様の美しいお声を存分に聞かせておくれやすぅ……♥」
そっとレヴィアの手を取る京子。どこかに連れ込もうとしている模様。
「お、おいリズ。純花でも美久でも誰でもいい。コイツを止めろ。こ、このままじゃ……」
二人きりなんてなってしまえば何もしなくても悪い想像をされてしまう。そうなっては終わりだ。娘にはゴミ扱いされ、世間様にはヒソヒソと悪い噂をされる。
助けを求めるレヴィア。しかし美久は動かず、リズは困惑のあまり固まっていた。そして純花は何故か少しだけ顔を赤らめ、そわそわとしつつも動かない。駄目だ。全員アテにならない。
レヴィアは「は、離せ」と京子の手を振りほどこうとする。が、万力に挟まれたように動かない。かといって痛いとかはない。無駄にすごい技術であった。
ずるずると引きずられ、部屋を引っ張り出されるレヴィア。ぱたんと扉が閉まり、残される四人。
そうしてしばらくし……
「い、嫌あああああ!!!! ワガママなお嬢様に加えて性悪のピンク女に仕えなきゃいけなくなるなんて嫌あああああ!!!!!!」
従者たる美久が絶叫を上げた。
魂の叫びであった。
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