133. 動乱のヴォルフ

 そこで聞こえたヴォルフの声。

 

 まだ戦えるのかと警戒するも、ヴォルフ機が動く様子はない。完全に大破しているようだった。実際、声はスピーカーから聞こえたものではなく、倒れたルゾルダの上にいるヴォルフの肉声だ。

 

「ここで負ければ再び賢者共にいいようにされてしまうぞ! 学びたい事があるのだろう? 得たいものがあるのだろう!? 熱くなれ! 魂を燃やせ! 自由を求める心を世界に見せつけろ!!」

 

 鼓舞の声。

 

 今更そんな真似をしても無駄だろうと純花は思う。ビームサーベルだろうがライフルだろうがもう自分を傷つける事はできない。加えてスピードも上がっているし、魔力を伸ばす事で射程という弱点もなくなった。ルゾルダが何機来ようがもう負けることは無い。

 

 そしてそれはゼンレンたちも予想しているはずだ。この絶望的な状況の中、鼓舞だけで動けるほど人間は強くないはず――

 

「そうだ……! 賢者たちを……!」

「私たちの学びを邪魔する敵……!」

「このまま負けてなるものか……!」


 だが、ゼンレンたちは何故か再び戦う意思を見せ始めた。一体何故。洗脳が解けかけていたネイですら「我らが大儀の為に……!」と再び洗脳状態バカになっている。

 

「そうだ!! 全ての元凶は賢者にあり! 賢者を殺せば我々が生きる道はある! 魔法師団を倒し、賢者の塔へ攻め込むんだ!!」

「うおおおおーーッ!!」

「進めー!! 賢者を殺せー!!」


 純花たちを無視し、迷宮図書館の方へと走るゼンレンたち。もはや暴動といってもいい程の激しい殺意をまき散らしながら。

 

 これは一体。純花が困惑する中、リズがキッとヴォルフの方を睨む。

 

「これって……レアスキル!? まさかアンタ……!」

「フッフッフ……ハァーッハッハッハ!」


 ヴォルフは大きく笑った。そして親指でビッと自らを指差し……

 

「その通り! 俺の名はヴォルフ! 人呼んで《動乱》のヴォルフ! 赤の爪牙のエースである男だ!」

「嘘ぉ!?」


 予想しつつも予想外だったリズが困惑の声を上げた。純花としても予想外だ。工作員と言えば裏で動くイメージがあったが、ヴォルフは表立って動くどころか目立ちまくっている。流石に無いだろうと思っていたのだ。

 

「勇者たちよ! よくも俺の邪魔をしてくれたな! 革命が成功すれば魔法都市のすべてを俺が掌握できたものを!」


 怒りを表しながら純花たちをビシッと指差すヴォルフ。裏から操るのではなく、革命して表のトップを取るつもりだったと言う。

 

 あまりにも大胆不敵な戦略。領主の甥に化けたランスリットのやり方が近いといえば違いが、規模が違いすぎる。《動乱》の二つ名にふさわしいやり口といえよう。


「……成程。あの阿呆らを動かしたのはそういう。学びの自由なんて嘘っぱちのお題目やったと」

「嘘ではない! 全力で彼らの学びをサポートするつもりだったさ! 何が俺たちの益になるかもわからん。役立たずだと断じられるもの、大金がかかるもの、危険すぎるもの……それら全てを許そうじゃないか! 結果として魔法都市が立ち行かなくなっても関係ない! 思うがままに、存分に自由を満喫するといいさ! 破滅に向かう自由をな!」

 

 京子が呟くと、ヴォルフは顔を口元を歪めて言った。

 

 すべてを度外視した学び。研究者としては天国になるだろうが、まず間違いなく立ち行かなくなる。

 

 成果をかすめ取りつつ、魔法都市を滅ぼす――そんな最悪な一石二鳥の結果を狙っていたようだ。

 

「まあ、今となってはそれも叶わん。だが、メインプランが無理ならサブプランを用意しておくのが出来るエースというもの! 人間同士殺し合わせ、戦力を削るというサブプランをな!」


 ハァーッハッハッハと愉快そうに笑うヴォルフ。一本気な性格に見えて、考える事は外道そのもの。根がイルザやランスリットと同じタイプなのだろうか。


『馬鹿な! 連合長、あなたは……! お前たち、止まれ!! 賢者を殺すなどやりすぎだ!! 魔法都市中が大混乱に陥り、学問の自由どころではなくなるぞ!!』

「ん? フレッド、お前は……そうか。お前の目的は学問の自由ではないのか。ならば俺の《煽動》が効かぬのも道理……」


 一方、周囲と違い暴走していないフレッド。彼の様子にヴォルフは不思議そうにし……。

 

「……フッ、フフッ、素晴らしい! 素晴らしい男だ!! レアスキルの影響なしに組織を運営し、多くを導いた! 何一つ自分で決められない有象無象とは違う! よほどの熱意が無ければ不可能だろう!」


 顔をぱあっと明るくして喜んだ。暑苦しい男らしく暑苦しいのが好きなのだろうか。

 

「聞かせてくれフレッド!! 一体何が目的だったんだ!? 何が君をそうさせたんだ!? ぜひヴェルトル様にお聞かせしたい!! 君の輝きを、ヴェルトル様の中で永遠にするんだ!!」

『訳の分からない事を……! 待て! お前たち!』


 フレッド機はヴォルフを無視してゼンレンを追いかけていく。ヴォルはそれを残念そうな瞳で眺めた。

 

「フッ。まあいい。では……!」

「あっ!」


 バッと上空へと飛び上がるヴォルフ。見れば、彼の背中には――翼のようなものが生えていた。

 

 コウモリを思わせるカタチの、黒い翼。但しところどころに血管が這っており、左右のバランスも悪い。生理的嫌悪感のようなものを感じてしまうものであった。


 もしかして獣人やら何やらの違う種族なのだろうか。しかし、隣にいるリズは初めてみたような顔だ。

 

「翼!? アンタ、一体……!?」

「ハハッ! 本来ならば貴様らも始末したかったのだがな! どうやらそれは叶わないようだ! ならばせめて、魔法都市が破滅する姿でも見させてもらおうじゃないか!」


 そう言い残し、ヴォルフは迷宮図書館の方へ飛び去って行った。

 

 まずい。このままでは最悪の事態になってしまう。ルゾルダ付きのゼンレンと魔法師団が激突すればどうなるかは明らかだ。しかも次の標的は賢者の塔。このままでは魔法都市が崩壊してしまう。対魔王への戦力が激減するのは間違いなく、下手したらルディオスオーブの調査にも影響が出るだろう。


「くっ……! 木原さん、こうなったらうちらで止めるしかないで……!」

「……いや、皆はここで待ってて。私一人でやる」

「スミカ!?」


 純花の言葉に驚くリズと京子。

 

 Aランク冒険者になるほど強い仲間たちではあるが、あの数に巻き込まれればどうなるか分からない。ならば自分一人で行った方がいい。

 

 ルゾルダ三体、ゼンレン三百名……その程度、今の自分には相手にならない。傷一つつけることはできず、簡単にケリがつく。そういう確信が純花にはあった。

 

「た、確かにアンタなら平気かもしれないけど、そういう訳には……!」

「大丈夫。すぐに済むから」


 純花は黄金の魔力を身に纏った。一度使ってコツをつかめたのか、すぐに発動できた。純花はキッとゼンレンたちの方を睨む。

 

「ああもう……! レヴィア! アンタも何とか言ってやりなさいよ! ……レヴィア?」


 きょろきょろと辺りを見回すリズ。いつの間にかレヴィアの姿がない。周囲にいるのは純花、リズ、京子、美久、それとエイベルの五人だけ。

 

「……いないね」

「ホンマや。おらんわ」

「はあ!? どこ行ったのよ! こんな大変な時に!」

「さっきまではいたんですけどね、ピンクの人」

 

 全員が見回すも、やはりその姿はない。「まさか逃げたんじゃないでしょうね……!」と憤るリズ。流石にそれはないだろうと純花は思う。まあ前科っぽいものはあるので完全に否定はできないのだが……。

 

(いや、むしろその方がいい)


 レヴィアがいれば間違いなく止めてくる。人殺しをさせぬよう気遣ってくる彼女なら。しかし今躊躇ちゅうちょすれば魔法師団の被害が増え、状況はさらに悪化するだろう。

 

 そう考えた純花は走り出した。凄まじい速度が出ているのが自分でも分かる。後ろから「スミカぁ!」とリズの叫びが聞こえるが、止まるつもりはない。

 

 そうして迷宮図書館へと到着すると、ちょうどゼンレンと魔法師団の戦いが始まりつつあった。

 

 魔法師団は少々及び腰な様子。つるぎの賢者という軍部のトップが指揮官として出てきているのだが、それがまずかった。目標の姿を見たゼンレンは「賢者を殺せ!!」「学びの自由を得るんだ!!」と口々に叫ぶ。その狂気すら感じるほどの戦意に、魔法師団は怯えているのだ。

 

 一方、三機のルゾルダの前に立ちふさがるフレッド機。彼も止めようとしているようだが、説得は通じず、裏切者と言われ激しい攻撃を受けていた。

 

『さあ、俺に続けー!!』

「「「オオオオオオオ!!」」」

『ま、待てっ!』

 

 フレッドを押しのけ、一体のルゾルダが飛び出したのをきっかけに、ゼンレンたちが進軍。純花は速度を上げ、両軍の間へと躍り出た。ゼンレンたちの方を睨み、先ほどコツをつかんだ魔力をたたきつけようとした瞬間――

 



「ダメだぞ。先走っちゃ」




 純花の前に、もっっっのすごいイケメンが空から降ってきた。

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