132. 歌

『仕方ない! 残り三機を呼ぶ!』

「えっ」


 ヴォルフがそう言うと、迷宮図書館の方からバーニアの音が響き出す。現れたのは、ベージュ色のルゾルダ三機。目の前の二機と違い汎用機のようだが、それでもあの巨体は油断できない。

 

『五号機はフレッドをフォロー! 六号機と七号機はあの四人を捕らえろ!』

『『『はっ!』』』

『油断するなよ! 片やレアスキル持ちの勇者で、片や俺のスペシャルを傷つけるような女だ! 最悪殺しても構わん! エイベル教授以外はな!』

 

 フレッドの命令に従い、散開する三機。油断するなという言葉通り、容赦なく魔力砲を放っている。レヴィアたちは蜘蛛の子散らしたように逃げ出した。

 

「テ、テメー! は、早く何とかしろや!」

「もう神符が無いんよ! そっちこそ何とかならんの!? 腐っても救世主メシアなんやろ!?」

「俺のは制限付きなんだよ! あと腐ってるのはテメーの性根だろーが!」


 途中で京子と合流し、ぎゃーぎゃーと言い合いながら逃げるレヴィア。「だからこんな時に喧嘩するんじゃないってーの!」と突っ込むリズ。「私の作ったルゾルダvs勇者! これは見逃せないねぇ!」と喜んでいるエイベル。「そういう場合ですか!」と突っ込む美久。

 

『さて、これでもう邪魔は入らん! フレッド、まだ動けないか?』

『……! い、いえ、コントロール、復帰しました。どうやら効果が切れた模様』

『ふっ、流石に片手間に発動できるものではないようだな。さあ勇者スミカよ! 再開しようではないか!』


 再び二対一の状況。純花は顔をしかめつつも、すぐさま突撃。目の前の二体を倒し、早く仲間たちを助けねばならない。

 

 母以外に大事なものはなかった純花。しかし今は他者を守ろうとしている。そんな自分に違和感を感じなくもないが、だからといって見捨てるという選択肢はなかった。レヴィアたちを失うなど考えたくもない。


 純花は固い意志と共にとびかかった。しかし意思だけでどうにかなるほど世の中は甘くなく……。ヴォルフ機はバーニアを吹かし、常に動き回るようになる。近づくたびに距離を取られ、攻撃が届かない。反対に、ルゾルダのビームサーベルは易々と純花を襲う。リーチの差を利用する戦術であった。

 

 攻撃力、防御力共にルゾルダを超えるだろう純花であるが、距離だけは如何ともしがたい。捨て身で突撃を慣行するも、フレッド機の砲撃に邪魔をされる。かといってフレッド機を狙えば背後からヴォルフ機が攻撃してくる。

 

「くっ……!」


 傷だらけになる純花。致命的なダメージはないものの、痛いは痛い。表皮にいくつもの火傷や裂傷ができてしまっていた。


『ハハハ! 勇者とはいえこんなものか! ……しかし、どういう体をしているんだ? 普通なら消し炭になっているところだ』

「さあね……!」


 恐らくは光属性……京子の言う救世主メシアの力のお陰なのだろう。つまりは母譲りの力。見たことが無いのでどんな力かは分からないが、京子の言葉から察するに神レベルの力だと思われる。もっとも、神がどれだけ強いのか知らないし、神と言う割には少ししょぼい気も――

 

「教授! あぶないっ!」

「リズ!? クソッ!」


 一方、向こうではリズが捕まってしまっていた。一番足の遅いエイベルをかばった為であった。


 それに気づいたレヴィアがルゾルダの体を駆け上り、アイセンサーに突きを放つ……が、傷一つ入らない。「硬っ! 嘘っ!?」と驚き、今度は魔力を込めて攻撃しようとしたようだが、リズを捕まえた方とは逆の腕で振り払われていた。

 

 まずい。早く、早く倒さなければ。

 

 純花の中に焦りが生じ始める。このままでは仲間たちがやられてしまう。自分の他に何とかできそうなのはレヴィアだけだが、彼女の力は制限付き。巨大ロボットが三体相手となると流石に厳しいだろう。ヴィペールの時の事から考えれば、戦いの途中で不調になってしまう可能性は非常に高いと思われる。 

 

 そんな風に焦ってしまった為だろう。再び駆け寄る純花に、ヴォルフ機は距離を取り――と思いきや、予想外の行動に出た。左手の盾を投げつけてきたのだ。

 

 今までにない動きに純花は驚き、何とか横に飛びのいて回避。しかしさらに砲撃まで飛んできた為、足を滑らせて体制を崩してしまう。

 

『終わりだぁっ!!』

 

 気づけば、ヴォルフ機が間近に。左手にもビームサーベルを持っており、右手左手と両方を純花にたたきつけようとしていた。


(やば……!)


 片方だけなら耐えられたが、もう片方まで加わるとどうなるか分からない。この姿勢では回避どころかまともに防御する事すら難しい。

 

 ――濃密な死の気配。

 

 純花の頭に走馬灯のようなものが走る。

 

 母との日々。貧しくも楽しい暮らし。しかしそうではなかった時もある。

 

 ぐずぐずと泣いているばかりの自分。どうして。どうしてそんなに悲しいのか。どうしてそんなに不安そうなのか。

 

 それは――

 






『何ッ!?』


 ヴォルフが驚愕の声を上げた。焼き尽くされるはずだった敵。しかし、彼の目の前には――

 

「ふざけるな……!」


 片手で身を守っている純花。その体に淡い光をまとっており、さらに彼女の周囲では四色の輝きが漂っている。

 

「頼るものなんていらない。私が、私が守るんだ。母さんも、レヴィアも、リズも、ネイも――!」


 瞬間、爆発するように輝きがはじけた。衝撃のあまりヴォルフ機はふっとび、少し離れた場所にいるルゾルダやゼンレンたちは身を低くして衝撃にそなえている。

 

 一体何が起こった。そんな目で純花を見る群衆たち。

 

 ふと、その時。

 

『歌……?』


 彼らに歌のようなものが聞こえた。神秘的な歌。その音色からは喜びのようなものが感じられる。まるで何かを祝福しているようだった。


「これ、アリス様の……」

 

 驚きに目を見開く京子。茫然としてしまう群衆。

 

 そして彼らの視線の先にある純花。彼女は光輝き、宙に浮いていた。神秘的ながらも力強さを感じさせる姿。その姿は正に――

  

『馬鹿な!! その力は……! いや、ありえん! ありえるはずがない!!』

 

 驚愕と戸惑いの声を出すヴォルフ機。そのまま純花の方へ突撃してくる。再びサーベルを振り下ろしてくるが、地に降り立った純花は回避する様子すら見せず、

 

『何いッ!?』

 

 片手でそれを受け止めた。先ほどまでのようにダメージを負っている様子はなく、ただ平然と。何一つ脅威を感じないスポンジのおもちゃを受け止めるように。

 

「はあああっ!!」


 純花はサーベルを押しのけ、ヴォルフ機へととびかかった。反射的にサーベルを捨てて回避行動に移るヴォルフ機。避けるのに成功したように見えたものの……

 

『ぐあっ!?』

 

 純花の纏う光の魔力。それが物理的な力を持ち、機体へと衝撃を与えた。

 

 吹っ飛んだヴォルフ機へさらに追撃すべく純花は走る。肩に装備してある副砲を放ち迎撃してくるも、ダメージは皆無。あわてて距離を取ろうとしたようだが、一瞬で追いつき、頭部を殴る。ヴォルフ機は地面にバウンドしつつ再び吹っ飛んでいった。

 

『連合長!』


 ヴォルフ機を助けようと砲弾を放ってくるフレッド機と、三機のルゾルダ。しかし純花へのダメージは皆無。ルゾルダの一機が『ば、化け物……』と後ずさりした。

 

『ぐうう……! お、俺のスペシャルをなめるなよ!』


 ぼろぼろになっているヴォルフ機。頭部はもちろん、その他の部分もひしゃげており、バチバチと火花が放たれている。しかしヴォルフは戦意を失う事無く立ち上がり、サーベルを握りしめた。

 

『リミッター解除。エネルギーの全てを攻撃へと回す……! はあああーーーっ!!』


 サーベルをかかげるヴォルフ機。極太のエネルギーが放たれ、天へと昇り上がった。今までとは比べ物にならないエネルギーであった。

 

『いくぞっ!! 勇者スミカ!! 俺の最後にして最大の一撃を――ぐあああっ!!』


 が、必殺の一撃を繰り出そうとする前に純花は突撃。脚部を破壊した。大地を震わせ、倒れ伏すルゾルダ。如何にすごい剣だろうが足が壊れればもう何も出来ない。

 

「勝った……!」


 ふう、とため息を吐く純花。必殺技だから空気を読んで待つ、なんて考えは彼女にはないのだ。

 

「純花!」「スミカ!」


 少し遠くから声。見れば、レヴィアとリズがこちらへ走って来ている。どうやらルゾルダの拘束から抜け出せたらしい。さらにその後ろからは京子と美久、それと何故か苦い顔のエイベルも。

 

 純花は「倒したよ」と二人へと笑いかける。

 

「スミカ! それより怪我!」

「えっ。あ、大丈夫。すぐ治ると思うし」

「いいから! 見せなさい!」


 回復魔法をかけてくるリズと、「治る? 跡とか残りませんわよね?」とめちゃくちゃに焦っているレヴィア。勝利の喜びより治療優先。そんな二人の姿に純花はくすぐったくなり、くすりと微笑む。

 

「魔力、使えるようになったんやね。まだアリス様には及ばへんみたいやけど……どうやって使えるようになったん?」

「えっと……むかついたから?」


 次いで京子の問いに答えると、彼女は意味不明といった顔をした。実際のところ純花自身もよく分からない。自分にムカついて怒ったら、気が付いたら使えてた、という感じだったのだから。


「れ、連合長が……」

「そんな……!」


 一方、周囲にいたゼンレンたち。彼らは信じられないという顔をしていた。もはや戦意は微塵も感じられない。

 

「ヴォルフとあの機体をよっぽど頼りにしてたんやろな。ぼろぼろにされて心が折れかけてるみたいや。うちの作戦とはだいぶ離れてもうたけど、結果としては……うん?」


 京子が語っていると、ふと迷宮図書館の方からざわめきが聞こえた。


「どうやら魔法師団が動き始めたみたいやね」

「え? 何で? 私たち誰も連絡してないよね」

「たぶん監視してたんやろな。この辺の嗅覚は流石賢者様ってとこやろか」


 ゼンレンも終わりやね……と呟く京子。

 

 予定では通信機で連絡後に進軍となっていたが、情勢を読んで勝手に動き始めたようだ。ルゾルダがいない今が図書館を取り戻すチャンスと考えたのか、このまま全て勇者スミカに持っていかれるのを懸念したのか。恐らくはその両方だろう。

 

『くっ……! まだだ、まだ終わるわけには……! お前たち! 勇者の相手は俺がやる! お前たちは図書館に戻れ!』

「し、しかし、副連合長……」

「あれ相手に勝つなど……」

 

 事態を挽回すべく部下へと呼びかけるフレッド。しかしゼンレンたちの動きは鈍い。絶望の感情が彼らを覆っていた。ルゾルダを倒した相手が目の前にいるのに加え、本拠まで襲われているのだ。それも当然といえよう。

 

 終わった。そう純花が安心しかけた時……

 

 

 

「そうだ!! フレッドの言う通りだ!!」



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