130. 裏切りの馬鹿

 翌日。迷宮を進み続ける三人。

 

 先頭には天狗のようなお面。昨日のものは効果時間が解けてしまったが、京子が再び召喚したのだ。

 

「…………」

「チッ」


 そして昨日に引き続き雰囲気が悪い京子。つられて機嫌が悪いレヴィア。

 

「ね、ねえ近衛」

「……なぁに? 木原さん」

「これってすごい便利だよね。もしかしてこれも地球の魔法?」


 その空気をどうにかしようとしたのか、話題を振る純花。基本的に誰がどうあろうが気にしない彼女だが、やはり仲間同士で険悪となると事情が違うらしい。

 

「んー、そうだともそうでないとも言えるなぁ。この符自体はレアスキルで作ってるんやけど、元々は猿田彦サルタヒコ様っていう神様の権能なんよ」


 京子の答えにへえ、と感心する純花。続けて「なら神様の出来ることは何でもできるの?」と質問すると、「流石にそこまでは」と京子は苦笑い。

 

「神様が残した遺産の一つに“神符しんぷ”ってのがあって。神様の権能の一部が込められた道具なんやけど、それの使ったことあるもの限定で作れるのがうちのレアスキル《神符創製しんぷそうせい》ってやつなんよ。もっとも、気軽には作れへんのやけど。作るとき大量の魔力を持ってかれてまうから」


 どうやらメリットとデメリットが存在するようだ。だが、神符とやらの利便性、即応性を考えるとかなり強力なスキルと言える。冒険者のみならず戦いに関わる者なら誰もが欲しがるだろう。

 

「すごいな。えーっと、レヴィアもそう思うよね? 色々と便利そう」

「……まあ、便利といえば便利でしょうね。作る人間が面倒なのが玉に瑕ですが」


 反射的に嫌味っぽく言うレヴィア。また喧嘩が始まると思きや……特に何も起こらない。京子は「ふん」と鼻を鳴らして無視するだけであった。

 

「レヴィアぁ……」

「うっ。ご、ごめん」


 困った顔でこちらを見る純花へ、レヴィアは謝罪。不器用な娘が気遣ってくれたというのに、台無しにしてしまった。ついついクセで嫌味になってしまったのだ。

 

 レヴィアと京子。昨晩の一件があってより、両者には完全に確執が出来てしまっていた。喧嘩こそしなくなったものの、京子はレヴィアを完全無視。たった一言だけとはいえ、よほどキツかったのだろうか。

 

(めんどくせぇ……)


 レヴィアは思う。確かに余計な事を言ったのは自分だが、元々はあっちが吹っ掛けてきた喧嘩である。なのに負けた途端無視しだすとか……メンドクサイにも程がある。まるで自分だけが悪いようではないか。

 

 正直、京子などどうでもいい。だが、帰還に関しての協力者なのは事実だ。不仲になりすぎるのは問題だろう。が、この性格の悪い女とどう接すればいいのか。正直友達にすらなりたくないタイプなのだが。

 

(仕方ねーな。何かあった時にフォローしてやろう。友達には絶対なりたくねーけど、ビジネスと考えれば我慢できる。サラリーマン時代は嫌な上司にも耐えてたんだしな)


 まあたまにやり返してたけど……なんて考えるレヴィア。メンドクサイ女とはいえ、流石に恩を返さないほど非常識な女ではあるまい。ならば恩を与え、ビジネスライクに関わるようにすれば喧嘩にもならないだろうという考えであった。

 

(純花には悪いけど、雰囲気が悪いのはちょっと我慢してもらうしかねーな。関係改善はもう少し後だ。この間抜け女の事だからどっかで失敗しそうだし)


 そう決めたレヴィアは極力京子に関わらないようにする。純花に「冷却期間を置いた方がいいかもしれませんね」と伝えて。

 

 無言で歩く三人。空気が悪いが仕方ない。早く着かないかな、なんてレヴィアが思い始めた時……。

 

「お?」


 通路の向こうに扉のようなものを発見。未踏破区域に入るときに見たのと同じデザインの扉であった。

 

「やっと着いた。近衛、ここから教授がいるところまで、どのくらいある?」

「すぐ近くや。歩いて五分くらいやろか。さて、さっさと助けよ」


 扉の前に進む三人。こちら側からは開かない扉なので破壊するしかない。なるべく音がしないようにじんわりと扉を破壊する純花。幸いにしてあまり音が鳴ることはなかった。ただ、どこにゼンレンがいるかも分からないので警戒を強める必要はあるだろう。三人はレヴィアを先頭に歩き始めた。ここからは魔物ではなく人間に見つからないようにしなければならない。

  

 そうして少しばかり歩き、いくつかの小部屋がある区画にたどり着く。

 

「ここや。この辺りにエイベル教授が囚われているはず」


 流石に部屋までは特定できていないので、一つ一つ部屋を探す必要がある。とはいえ、そこまで時間はかからないだろう。部屋の数こそ多いものの、部屋の中はあまり広くない。

 

「……妙ですわ」


 そこでレヴィアは気づく。明らかに様子がおかしい事を。


「? レヴィア、どうしたの?」

「見張りが一人もいない。重要人物がいる場所だというのに。……まさか……!」


 瞬間、バーン! という音と共に後方の扉が勢いよく開いた。そこから出てきたのは学ラン姿とセーラー服の男女たち。ゼンレンのメンバーであった。

 

「なっ! バレてたん!?」


 驚く京子。レヴィアも同様だった。一体どうして。バレたような兆候は全くなかったのに。


「くっ! 仕方ない、走りますわよ!」

「えっ。倒さないの?」

「バレてたのならあの程度の数とは思えませんわ! それに、戦う意味もありません!」


 計画がバレていたのであればエイベルはもうここにいない。間違いなく別の場所へ護送されているはず。戦っても事態が好転するとは思えない。

 

 走りだすレヴィアたち。方角は何となく把握できているが、ここは迷宮。道がどこに続いているかも分からない。しかもところどころでゼンレンが待ち伏せしているので、逃げる道すら限定されてしまっている。

 

(いや、誘導されている……?)


 追いかけては来るものの、積極的に攻撃はしてこない彼ら。弓や魔法なども飛んでこない。恐らくは誘導されているのだ。そしてその場所は恐らく……。

 

「チッ! やっぱりか……!」


 先ほどの小部屋群とは違う、ものすごく大きな部屋。そこには数十人のゼンレンたちがいた。やはり誘導されていたらしい。「裏切り者め!」「賢者の手先だったのか!」「俺の純情を踏みにじったな!」などと口々に罵ってくる。

 

「来たか! 勇者たちよ!」


 が、一人のドでかい声と共にゼンレンたちの声が鎮まる。軍勢が左右に分かれ、道を開けると、奥の方からつかつかと二人の男が歩いてきた。一人はフレッド、そしてもう一人は……。

 

「ヴォルフ……!」


 ヴォルフ・レッドエース。ゼンレンのトップたるその男であった。直接見たことはないレヴィアだが、あのクソみてぇな旗のお陰で顔だけは知っている。


「ハーッハッハッハ! 残念だったな! 貴様ら賢者の手先の汚い策など、俺たちの結束の前には通用しない!」

「くっ……!」


 腕を組み、勇ましく笑うヴォルフ。「そうだ!」「そうだ!」と国会の野党議員のように同意するゼンレンたち。

 

 一方、京子は悔しそうだ。ただでさえ気位が高いのに、あの単細胞っぽいのに策を見破られてしまったのだ。プライドを傷つけられたのだろう。


「仕方ない……。純花」

「何?」

「隙を見て突破しますわよ。わたくしの合図と同時に……」


「おっと。妙な真似はやめてもらおうか。……連れてこい」


 ぼそぼそと小声で作戦を提案するレヴィアだが、フレッドがそれを止める。そして彼の言葉と共に現れたのは……


「レヴィア!」

「お嬢様、申し訳ありませぇん……」

「やー、困ったねえ。あはは」


 縄で簀巻きにされているリズとネイ。同じく拘束されつつもへらへらとしているエイベル。自分たちが迷宮にいる間に捕まってしまったらしい。

 

 計画は完全に失敗。むしろ彼女らが人質に取られてしまった分、最悪な結末と言える。

 

(くっ! まさかここまで後手に回っちまうとは……!)


 レヴィアは思い切り顔をしかめた。作戦自体に問題があったとは思えないし、情報収集時も不自然にならないよう細心の注意をした。監視されているような様子もなかった。なのに全てが相手の手のひらの上。それほどの知恵者がゼンレンにいたというのか。

 

(いや、もしかしてソイツが赤の爪牙か? ……あり得る。フレッドは間違いなく違うしな)


 視線を左右に巡らせ、赤の爪牙を探すレヴィア。どれもただの学生に見える。一体どの者が……。

 

 そんな彼女の疑問を感じ取ったのだろう。ヴォルフはフッと不敵に笑い……。

 

「何故、と思っているようだな! それもこれもとある同志のお陰なのだ! 貴様らと違い、俺たちの想いに心の底から同意し、共に戦ってくれる素晴らしい同志……




 そう、ネイ殿のな!」




 …………ネイ?

 

 どっかで聞いたことのある名前だった。いや、流石に別人だろう。偶然同じ名前なんてそこまでレアなものではない。

 

 そう思うレヴィアだが、軍勢の中から出てきたのは仲間たるネイの姿。


「ネイ!? アナタ何やってますの!?」

「フッ。賢者こそが悪。そう言ったのはお前だったはず。なのに裏切るとは、な」


 少し悲し気な様子のネイ。どうやら洗脳が効きすぎたらしい。完全にゼンレンのメンバーになっている彼女であった。


「ネイ。すまないな。賢者の手先とはいえ、相手は友人。密告するのは心苦しかっただろう」

「い、いえ! 学問の自由という崇高な目的の為ならば! そ、それに、少しでもフレッド様の役に立てるのなら私は……」


 赤い顔でくねくねととするネイ。どうやら逆ハニトラにもハマッてしまっているようだ。といってもフレッドにそんなつもりはなさそうだが。レヴィアは「あの馬鹿……!」と頭痛がしたように頭を押さえ、隣の純花が呆れたようなため息を吐く。

 

「だから置いてこ言うたのにな。阿呆を連れ歩きたがるとか、類は友を呼ぶ言うやつなんやろか」

「あ? その理論だとテメーもアホじゃねーか。つーか今んとこテメーの作戦一個も成功してねーぞ」

「誰かさんの連れてきた誰かさんのせいでなぁ。……いや、本気でコレは無いと思うんよ。嫌味とか抜きで」

「…………」


 口喧嘩を始める京子とレヴィア。やらかした事がやらかした事なのでレヴィアもあまり言い返せない模様。それを見たリズが「だから二人とも! こんな時に喧嘩するんじゃないってーの!」と怒った。

 

「フッ。ここに来て仲間割れとはな! 賢者の手先など所詮こんなものよ! とはいえ、貴様らが危険な事に変わりはない。仲間が大事なら大人しく従って貰おう!」


 ヴォルフのあざけるような声。それと共にゼンレンのメンバーが動き出し、レヴィアたちを拘束すべく近寄ってくる。人質を取るあたり相手もたいがい汚い。まあそうしなければ純花を止められないと判断したのだろうが。

 

(クッ! このままだとまずい。けど、下手に動くとリズが……!)


 レヴィアは苦し気に顔をしかめた。流石にこの群衆を突っ切ってリズを助けるのは無理がある。馬鹿のせいで非常にまずい自体になった。馬鹿のやることは時として非常に恐ろしい。レヴィアはそう思った。

 

 何とか、何とかせねば。レヴィアは頭をフル回転させて考え……一つだけ閃く。

 

「フレッド! アナタ本当にこれでいいんですの!?」

「何……?」


 いきなり話題を振られ、いぶかしげな顔をするフレッド。

 

「ディーは言っていました! 自分たちの音楽で、人々を笑顔にしたいと! なのにアナタがやっている事は全くの逆! 他者を扇動し、人々を傷つけ合わせている! クエイクのメンバーとして許される事ではありませんわ!」

「ッ……!」


 眉間にしわを寄せるフレッド。

 

 ゼンレンへの潜入前、レヴィアは色々と準備をしていた。その時、ディーとロジャーによりフレッドの人物像も聞いている。

 

 ルゾルダのパイロット。最初はディーたちを嫌悪していたが、後に分かり合い、クエイクのメンバーとなった彼。音への妥協を許さず、いつか三人の音楽を世界中に響かせようと誓い合った。


「ディーもロジャーも、ライアンも悲しんでいましたわ! 一体何故って! クエイクを……音楽をやめてしまうのかって!」

「それは……!」


 そんな熱い友情展開を繰り広げてきたフレッドである。何故ゼンレンへと参加したのかは知らないが、友情方面から攻めて行けば間違いなく心に来るだろう。

 

 全員の視線がフレッドに集まる。その隙にレヴィアはちらちらと京子の方を見た。いぶかしげな顔をする京子にレヴィアは顎と手つきで指示。意味が分からなかったのか少し悩む様子を見せる京子だが、暫くして理解できたらしく、こくりと頷く。

 

「今からでも遅くありません! こんな事はやめてクエイクに戻りなさい! 新曲を練習していたあたり、未練はあるのでしょう!? ディーたちだって……!」

「黙れ! 貴様に何が分かる! 賢者たちがいる限り、ディーの……俺たちのサウンドが認められる事は無い! だからこそ、俺は……!」


 激高したように叫ぶフレッド。周囲も彼に注目している。

 

 完全なる隙。今だ、とレヴィアは京子に目線で指示。すると京子は懐から素早く符を取り出し、美久に向かって放つ。彼女の前で符は燃え尽き、次の瞬間現れたのは――


「ッ! ……えっ」

「お嬢様、ナイスです! さあリズさん!」


 ロリと化した……もとい若くなった美久。体が小さくなったおかげで縄がガバガバになり、彼女はするすると縄を解く。次いでレヴィアが投げた短刀をキャッチすると、隣のリズとエイベルの縄を切った。


「純花! 京子! やりますわよ!」

「うん……!」

「言われんでも分かっとる。偉そうに指示せんといてくれはる?」

 

 偉そうじゃなく偉いんだ。そう突っ込もうとしたレヴィアだが、今はそんな場合じゃない。素早く駆け出し、先頭にいた男に飛び回し蹴りを叩きこむ。さらに男を踏み台にし、バク宙。その後ろにいた者にはかかと落としを放つ。

 

 次にいた者はもちろん警戒するが、今度はそれを無視。高く跳び上がり、スタッとリズ及び美久の前に着地。あちらは純花がいるので大丈夫。ならばこちらを守るべきという考えであった。

 

「ええい! 何をしている! 早く捕まえろ!」


 遅まきながらヴォルフが号令。それと共にゼンレンたちが迫ってくるが……。

 

「セクハラで訴えますわよ」


 ピタリと止まる。

 

 捕まえるとなれば触れぬ訳にはいかない。しかし相手はセクハラで訴えると言う。

 

 如何に大義を持つとしてもセクハラ男になるのは勘弁と思ったのだろう。生徒たちはどうする? どうする? と顔を見合わせた。

 

「戦いの場に女を持ち出すとは、卑怯な! ならば女子メンバーに拘束させろ!」


 そう指示するヴォルフだが、やはり前衛職の女子となると数が少ない。素の筋力では男に劣る事が多いからだ。そして数少ない中でレヴィアたちを捕まえるのは非常に難しい。

 

 しかし……


「フッ。まさかお前と戦う事になるとはな」


 大物ぶって現れた馬鹿。馬鹿だけは別だった。馬鹿だが、戦闘能力は高い。レヴィアとて油断すればやられてしまう馬鹿だ。

 

「ハァ……この馬鹿は……。仕方ない、相手して差し上げますわ!」

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