128. 木原アリス
夕暮れの中。
「ふう」
住宅街を歩く一人の女性。長い金髪に青い瞳を持つ、優し気な容貌の女であった。
白いブラウスとベージュ色のロングスカートと大人っぽい恰好。常に浮かべている柔和な笑顔からは母性のようなものが感じられる。そんな女が両手に買い物袋を提げて歩いていた。
ふと、すぐ先に井戸端会議をしている女性三人組たちの姿。サ〇エさんヘアーをした太めの奥様、眼鏡をした奥様、まあまあ美人だが体形に陰りが見えつつある奥様の三人。
その三人のうち、まあまあ美人の奥様が女に気づき、笑顔を見せた。
「あら、アリスちゃん。お買い物?」
「はい。今日は駅前のお店が安かったんです」
たくさん買っちゃいました、と笑顔を返す女――もとい木原アリス。大人っぽい恰好をしているが、どう見ても大人には見えず、背伸びしている子供という感じの彼女。合法ロリという言葉がピッタリだ。
その姿を見た奥様方はほんわかとした顔になる。
「毎日偉いわねぇ。たまには楽してもいいのよ?」
「そうよぉ。特にアリスちゃん働いてるんだから、あんまり無理して体壊しちゃったら大変よぉ」
「ええ。うちに食べに来なさいな。大歓迎するわよ」
美人奥様に続き、太め、眼鏡の奥様方が順々に声をかけた。木原家のご近所に住む、同年代くらいの気のいい主婦たち。全員がアリスを心配しているようだった。
彼女らの好意を感じとったのか、アリスはくすっと笑い……
「ありがとうございます。けど、お料理は好きですし、全然苦にならないんですよ♪」
楽しげな声色で答えた。本心からそう思っているような姿だった。
アリスの答えに、「そ、そう……なのね……」と声を落とす眼鏡の奥様。それを見た太めの奥様が「ちょっと……!」と眼鏡奥様の裾を引っ張って咎める。眼鏡奥様が「あっ……!」と言い、非常に気まずそうな顔をした。
「?? ……あっ、ごめんなさい。お魚が悪くなっちゃうので、これで失礼しますね。それでは、また」
「え、ええ。またね、アリスちゃん」
少しだけ疑問を抱いたらしいアリス。しかし買い物袋の中身を思い出し、ぺこりと礼をして再び歩き始めた。
彼女が離れてしばらくすると、奥様方は小声でしゃべり始める。
「馬鹿っ……! アンタさぁ、誘うのはナイスだけど、アンタがヘコんでどうするのよ……!」
「そうよ。普通に接してあげなきゃ」
「ご、ごめんなさい。けどね、思わずね……!」
太めの奥様、美人奥様が注意すると、眼鏡の奥様は謝罪しつつも声を震わせた。
彼女の気持ちも分かるらしく、注意した二名も眉を下げ、小さくなってゆくアリスの背中を見つめる。
「健気よねぇ。純花ちゃんがいなくなっちゃって大変なのに、周りまで気遣って」
「ええ。泣いちゃっても誰も責めないのに。小っちゃいのに、本当に強い子」
「旦那がいなくなった時もそうだったんでしょ? 純花ちゃんを元気づける為に。なのに、その純花ちゃんまで……!」
よよよ……と泣き始める眼鏡奥様。
星爛学園の集団失踪事件。未だ世間を騒がせているその事件に純花が巻き込まれた事を奥様方は知っており、非常に心配しているのだ。いなくなった純花。そして一人残されたアリスの事を。
「食べ物も、一人であんなにいらないはずなのにさぁ。いつでも純花ちゃんが帰ってきてもいいようにしてるのよ。純花ちゃん、よく食べるから……!」
涙声のまま語り続ける眼鏡奥様。それにつられ、二人の奥様も涙ぐむ。「ホント健気」「あんないい子見たことない」「うちの子にしたい」「ママって甘えられたい」とか言いながら。同年代ではなく子供に対するような感情が多分に見受けられるが、アリスの容姿からすれば仕方ない事であろう。
「いけない。私たちまでヘコんでどうするのよ。いつも助けてもらってるんだから、こういう時こそ恩返ししなきゃいけないのに」
「町内会の役員に、地域のボランティア、子供の世話にお年寄りの相手。本当に頭が下がるわぁ。けど、何してあげればいいのかしら?」
「そうねぇ……。下手な慰めは逆効果でしょうし。せめて純花ちゃんの代わりに……」
悲哀を込めた目でアリスを見つめ続ける奥様方。彼女らの心配げな視線を受けつつも、それに気づかない様子で帰路を歩くアリス。
途中途中で「こんにちはアリスちゃん」「お仕事の帰り? 頑張ってるねぇ」「おすそ分けに持っていきな」など老若男女問わず声をかけられている姿からは、彼女の人間関係の良さが垣間見えるというもの。「ありがたやありがたや」なんて拝まれているのは意味不明だが。主に老人たちから。
そうして暫し歩き、アリスは家へと到着。築四十年過ぎのボロアパートの二階へと上り、部屋へと入る。
「さて」
アリスは買い物袋から手早く肉魚などの生鮮食品を取り出し、てきぱきと冷蔵庫に入れる。手早くそれを終えると、彼女は隣の居間へと向かう。
新之助の仏壇。そこに置いてある写真を手に取るアリス。そして……
「はぁ……」
ため息を吐いた。
悲しみのため息――ではない。赤らめた頬に、うっとりとした表情。美しいものに対する感動、愛するものへの恋慕――そんなものが感じられるため息であった。語尾には間違いなくハートマークがついている。
そうしていること一時間余り。
「あっ。いけないいけない」
正気に戻った彼女は仏壇の前で
だが、その祈りは真摯そのもの。優しさを感じさせる表情こそいつもと変わらないものの、ぴくりとも動かない。何に祈っているのか、何かを願っているのか……。
そのうち、彼女の周りで奇妙な現象が起こりだす。きらきらと輝く粒子のようなものがアリスの周囲に現れたのだ。
神秘的な光景。黄昏の中で祈る彼女は、触れるのをためらう程の神聖さを醸し出していた。その姿はまるで――
世界に祝福されているようだった。
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