127. 死にゆく世界
レヴィアは意味が分からなかった。
日本に魔法がある? 少なくともレヴィアの知る限りそんなものはない。日本どころか世界にもだ。大企業の社長として様々な国に行った事があるが、本物のウィッチやシャーマンなんて影も形もなかった。
というか何でこんな話になっているのだろうか? 自分は近衛家の情けない凋落っぷりと、純花からの融資を狙っているという事を指摘しただけなのに。意味不明である。
「待って。私、そんなの聞いたことないんだけど」
レヴィアと同じ事を思ったらしい純花。彼女の言葉に、京子は当然とばかりに頷く。
「ふつーの人は知らへんからね。知らずに一生を終える人が殆どやもん。一部の政治家と公安、それとうちら護国に連なる者くらいやろか? 知ってはるの」
あとは大企業の経営陣なら知ってはるかも、支援者だったりするし……なんて言う京子だが、もちろんレヴィアに覚えはない。グローバルにエクセレントなカンパニーの社長だったのにも関わらずだ。
「そうなんだ。まあ魔力は誰でも持ってるらしいし、向こうにあってもおかしくはないけど。それより、帰る場所がなくなるって……」
「それを話す前に、まず聞いてほしい事があるんよ。――うちらの使命と、一体の悪魔について」
悪魔。またファンタジーな言葉が出てきた。いや、今いる世界もファンタジーであるが……。
レヴィアが困惑する中、京子は語る。
日本にも魔物に相当する存在――“怪異”と呼ばれるモノが存在する。放っておけば大災害を引き起こすまでに成長してしまうソレ。故に、古来より怪異を鎮める事を使命とする者たちがいた……。
「それこそが代々うちら近衛家が率いていた
呼び方は魔法やなくて異能って言うんやけどな、なんて補足する京子。
レヴィアは鬼を見上げた。恐らくは召喚魔法、あるいは眷属的なものを生み出す魔法のようだが、こんな魔法はこちらの世界には存在しない。似たような事が出来るとすれば実態のない幻を生み出す魔法くらいだろうか。しかし、目の前の鬼はしっかりとその存在を感じさせる。
「ただ、こっちと違い自然に異能者が生まれる事はほぼ無くて。霊地と呼ばれるごく一部の場所以外、魔力が殆どあらへんから。だから異能者になる為には魔力が豊富な霊地で修行をするか、神様に力を授けてもらう必要があった」
「神様? 神様が力をくれるの?」
神、という言葉に反応する純花。自らの帰還に関係するからだろう。
「怪異が成長すれば神と同一視されるほど強くなるんよ。“荒神”って言って。ふつーの人間にはどうにもならへんし、ホンモノの神様としても放っておけへんだったんやろな。だからこそうちら人間に力を与え、戦う為の力を与えてくれはってた。けれど……」
「けれど?」
京子はふうとため息を吐く。そして、純花に対し真剣なまなざしを向け――
「神は死んだ。世界中のありとあらゆる神が。たった一体の悪魔の存在によって」
死んだ。
つまり、かつてはいたが、もう存在しないという事だ。そしてその元凶は一体の悪魔だと言う。
悪魔。その言葉にピンと来たらしい純花が言う。
「もしかして悪魔って、魔王の事? ルシャナって神様もそれをやっつける為に勇者召喚なんて迷惑な事してくれてるし。地球も同じで……」
「ちゃう。そもそも次元が違うんや。うちらが生まれる前……大体三十年前くらいなんやけど、当時世界で最も力を持っていた神ですら一撃で滅ぼされたって話やもの。唯一神言うて、こっちの最高神レベルで信仰されていた神様が。相打ちで封印されたっていう魔王とは格が違いすぎる」
唯一神といえば、キリストやらイスラムやらで信仰されている神だったはずだ。二つ合わせれば世界で最も信徒数は多いだろう。信者の数が神の力に比例するかどうかは分からないが、最も力を持ってそうなのは何となく想像できる。ゲーム的な感じで。
(あっ。そういや昔、ちょこっと騒ぎになってたな。遅れてきたノストラダムス……だっけ)
レヴィアは思いつく。確か、自分が高校生か大学生のころだろうか。宗教関係者が大量に自殺したというニュースがあった。「遅れてきたノストラダムスの予言!?」「世界最後の日、迫る!?」なんて感じのキャッチネームで騒ぎになっていたのを覚えている。
(となるとその時期の話なのか? つーか全然世界滅びなかったし。滅びると思い込んで自滅した笑えるヤツはいたけど)
レヴィアはそう思ったが、そのまま質問する訳にはいかない。何で知ってる、という話になるからだ。どう口を出そうかと考えている中、純花が口を開く。
「それじゃ帰る場所がなくなるって、その悪魔のせい? 悪魔がまだ暴れてて……」
「や、悪魔自体はもうおらへんのよ。うちのお父様……日本最強の異能者たる近衛
聞けば、その眷属ですらその力は神をたやすく葬るほどのものらしい。むしろ殺した数で言えば主である悪魔をはるか超えるのだとか。
「奴らがいるせいか、神が死んだせいかは分からへんけど、世界の魔力は少しずつ薄まり始めた。もはや霊地においても全盛期の半分以下という有様。こっちでは簡単に召べる禅鬼も、向こうでは念入りな準備をした上でようやく……ってなるくらいに」
レヴィアは再び鬼を見た。どういう仕組みのものなのかは不明だが、精霊がいない中でこれを召喚するのが難しいのは理解できる。魔力の塊で出来ているこれを、個人の
「まあ、異能が使えへんだけならまだええんよ。ただ、魔力とは世界の力そのもの。魔力が巡るからこそ大地は栄え、生命は繁栄する。つまり、うちらの世界はもはや死ぬ一歩手前なんや。……木原さんも気づいたやろ?」
「気づいたって……何を?」
「そこら中が魔力で満ちた世界。世界に力が溢れている。そう思わへんかった? こっちに来て」
京子の言葉に、まあ……と自信なさげに返事をする純花。地球で魔力なんてのを感じたことがないためだろう。レヴィアも同様であり、地球で魔力うんぬんなんてカケラも感じたことは無い。自分が強かったのは魔力のお陰、なんてのを知ったのも転生してからである。
「だからこそうちは魔法都市に来たんや。帰る為でもあるけど、うちらの世界に魔力を取り戻す方法を調べる為に。向こうではお手上げ状態やったし、召喚はむしろチャンスやと思うて」
まあまだ見つかってへんのやけどな……と自嘲する京子。
そういえば「帰還は美久担当」なんて言っていた。つまり京子は魔力の方を重点的に調べていたという訳だろう。
「えっと……つまり利用って、悪魔の部下みたいなのを倒して欲しいってこと? 世界に魔力を取り戻すなんて手伝えそうにないし。けど、そんな強い奴を私が倒せるなんて思えないんだけど」
「むしろ木原さん
真剣な顔で純花を見つめる京子。
もしや純花が
(うさんくせー)
そのうさんくささに顔をしかめた。
話が予想外すぎて黙ってしまっていたが、うさんくさいにも程がある。
神、悪魔、救世主。頭のおかしい宗教家が言う事そのもの。もしや宗教詐欺ではなかろうかとレヴィアは思い始めた。同じような事を思ったのだろう。純花も微妙そうな顔をしている。
「ふふっ。まあそんな顔になるわな。けど、可能性は高いんよ。なにせ木原さん、アナタは
「…………
えっ?」
レヴィアの目が点になった。
意味が分からない。どうして自分が救世主扱いされているのか。いや、確かに世界を救えるほど素晴らしい美貌とマネーを持っていたし、一部では信者めいた輩もいたが……。
一方、救世主の娘と言われた純花。彼女は何故か冷たい表情になり、「は? ……どういう事?」と怒気のようなものを現し始めた。
「や、木原さんにはごめん思うとるんよ。けど、色々と困ったトコもある
「監視?」
「ほら、たまに木原さんが殴ってたやろ? アレ、うちらの関係者なんや」
苦笑する京子。
監視? 殴る? 一体何の事だろう? もしやたびたび出現したパパラッチの事だろうか? 自分だけでなく、幼い純花のところまで行って、純花にブン殴られてたとか? レヴィアは頭にハテナマークを浮かべた。
しかし、純花の方も訳が分からないという顔である。心当たりは全くなさそうだ。
「木原さんは勘違いしとったみたいやけどね。殴られた人は泣いとったよ。『自分はロリコンじゃない』って」
「…………あっ」
そこで純花はポンと手を叩いた。何やら思い至った様子。が、レヴィアは未だに訳が分からない。パパラッチをロリコン扱いしていたのか?
「や、嘘でしょ? 信じられないんだけど」
「気持ちは分かるけど、ホントなんよ。
――木原さんのお母様、木原アリス。あの方こそ地球の
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