125. 道案内と迷宮の魔物

 あれから一時間ほど経ち。

 

 迷宮図書館を進んだ一行は、通路をふさぐ大きな扉の前に来ていた。

 

「さ、ここからが本番やな」


 どうやらこの先が未踏破区域らしい。扉には太い金属製のかんぬきがかけられているが、幸い鍵はかかっていない。向こう側にいる魔物の侵入を防ぐために作られた為、かける意味がないのだろう。

 

 純花はかんぬきを外し、扉を開ける。

 

 特に何か代わり映えがする訳ではない。相変わらず灰色の通路が続いているだけだ。だが……。

 

 空気が違う。そんな感じがする。

 

「魔物がいますわね。間違いなく」


 恐らくレヴィアもその気配を感じているのだろう。先ほどまでとは違い真面目な顔になっていた。

 

「で、どうしますの? 入口までは来ましたけど」


 次いで京子の方を向き、問いかける彼女。先ほどまでの悪意はなりを潜めている様子。そういう場合ではないと考えたのか、馬鹿ネイを見て感情がリセットされたのか……。

 

 その問いに京子は答えず、代わりにふところから符を取り出す。書かれている文字は『猿田彦乃誘』。

 

「えっと、さるたひこの……さそい?」

猿田彦乃誘さるたひこのいざない。効果は書いてある通り……」


 前に見たのと同様、青く燃え尽きる符。同時に現れたのは、ふわふわと浮いている天狗のお面のようなもの。

 

「道案内してくれる効果やな。……っと」


 そしてロリから元の姿に戻った京子。どうやら符の同時使用はできないようだ。「ちょっとゴメンなぁ」と言い、元から用意していた大人サイズの制服に着替え……。


「お待たせ。さあ猿田彦様、うちらを導いて」


 京子がそう言うと、お面はゆっくりと進みだす。書いてある通りの効果というのはよく分からなかったが、とにかく案内してくれるようだ。純花たちはお面の後についていく。十字路、T字路といくつかの分岐があったが、お面は迷いなく先へと進む。

 

「近衛、すごいね。動けなくしたり小さくなったり、道案内したり」

「ありがとう木原さん。けど、うちとしては木原さんの方がすごいと思うけどなぁ。素であんな力出せるなんてうちには出来へんもの」

「うーん、まあ力はあるけどさ。それだけじゃどうにもならない事はいっぱいあるし……」


 日本において、腕力が役立つ事は殆どない。むしろ役立てるとやっかいな事になる。せいぜい絡んでくる人間や怪しい人物ロリコンを排除するのに使う程度。

 

 一方、こちらの世界では役に立つは立つのだが、帰還するという目的を考えると腕力だけではどうしようもない事が多々ある。知識や知恵、運、その他もろもろのものが必要だ。

 

「私はむしろ近衛の方がうらやましいかな。便利なレアスキルいっぱい持ってるし。何で私には一個しかくれなかったんだろ?」

 

 純花は少しだけ眉をひそめた。

 

 なにせ、自分が得られたのは言語理解という生きていく為の最低限のもの。対し、他のクラスメイトは最低二個はあった。女神様だか何だか知らないが、悪い方にひいきしすぎではなかろうか。世の中の理不尽さは幼い頃から知っているつもりではあるが……。


「しっ! 純花、黙って。これは……」

「?」


 そんな事を考えていると、レヴィアが指示してきた。どうやら何かを察知したようだ。

 

 彼女はこそこそと一人で先へ進み、しばらくして戻ってくる。ちょいちょいと手招きされたので、純花と京子もそれに従う。


「どうしたの? 何かいた?」

「やばいのがいましたわ。ここが未踏破になっている理由がよく分かりました。まだ魔物の姿が無い理由も」


 顔をしかめながら言うレヴィア。一体どんなものがあったのか。純花は少し緊張しつつもレヴィアに続く。


 そうして警戒しつつも進むと……。

 

「わっ」

「これは……」


 通路の先は大部屋になっていた。広さは中学校の体育館くらいだろうか。

 

 そしてそこに鎮座するのは、巨大な肉の塊。天井に根を張っており、地面に向かってつららのように伸びている。さらに肉塊の四方には大きな目が存在し、そのうちの一つがぎょろりとこちらを見つめている。古代の生物兵器なのは間違いないだろう。


「見ててくださいまし」


 レヴィアはふところからナイフを取りだし、部屋に向かって投げる。すると、肉塊から触手のようなものが勢いよく飛び出し、ナイフを絡めとって握りつぶす。数秒後、そこには鉄の破片と化したナイフがあった。

 

「このように、部屋に入った異物は何でも排除するみたいなんですの。恐らくは人間も。骨の残骸のようなものが床にありますし」


 彼女の言う通り、床には骨のようなものがたくさんあった。過去、ここに来た者の末路であった。バラバラになっている上に風化しているのでわかりにくいが……。

 

「んー」


 京子が何か呪文のようなものを唱えだす。すると、彼女の前にバスケットボールくらいの大きさの火球が発生。肉塊の方へと放たれた。魔法も使えるのかと純花は驚く。

 

 が、再び触手がうごめき、火球を絡めとる。そのまま燃えるかと思ったが、いつまでたっても炎が広がる様子はない。数秒後、触手はもとに戻っていくが、ダメージを受けた様子は皆無であった。

 

「魔法も効かへんな……。威力が足りなかったんやろか?」

「いえ、燃え跡すらありませんでしたし、威力うんぬんの話ではないかと。たぶん、魔力を吸収したのでしょう。数は少ないですが、そういうタイプの魔物もいますし」


 魔力を吸収する能力に、鉄をバラバラにするほどの力。並みの人間では手も足も出ないだろう。踏み入れた途端、床に転がっている骨の残骸のようになってしまう。

 

「なら私がやるよ。見てて」

「あっ! い、いけませんわ純花! 魔力を吸収するという事は……!」


 レヴィアは呼び止めるが、その前に飛び出してしまう純花。

 

 途端、複数の触手が襲ってくるが、純花はそれをかわしつつ前へと前進。すると別の触手が前から迫り、純花の手足を拘束。後ろから「駄目! 触手は駄目ですわぁ!」と悲鳴のような声が上がる。


 が、純花が腕を引っ張ると、ブチッ! という音と共に触手がちぎれる。さらに追撃とばかりに放たれた五、六本の触手をひらりとかわし、まとめてつかむ。そして背負い投げのように勢いよく引っ張ると――

 

「ギギーーーッ!?」


 肉塊は金切り音のような声を上げた。天井から無理やり引っこ抜かれたのだ。次の瞬間、ドォン! と激しい音を立てて床に墜落。

 

「ふっ……!」

 

 さらに純花は肉塊の目へと拳を放つ。ぐにょりとした感触と共につぶれる眼球。再び悲鳴を上げる肉塊。が、まだ死んではいない。純花はその一部を両腕でつかみ、適当な方向に放り投げた。ドゴォン! というすさまじい轟音と共に壁に激突。

 

 肉塊はぴくぴくと痙攣する以外、動かなくなってしまった。

 

「倒したよ。先に進もう」


 純花は二人の方を振り向き、声をかけた。そこにあったのはほっとしているレヴィアの姿。

 

「純花、もう少し警戒してくださいまし。魔力を吸収するという事は、魔力で底上げされている力までも落ちるという事なのですから」

「あ、そっか。けど力が落ちてる感覚は無かったけどな……」


 手足を拘束された時、何かを吸い取られるような感覚はあった。しかし特に力が落ちた感じはなかった。理由は分からないが、とにかく終わりよければ良しと純花は結論付ける。

 

「あれを秒殺するんか……。やはりあのお方の……」


 一方、京子は真剣な顔つきでこちらを見ていた。冷静、いや観察するような目つき。一体何だろうと純花は首をかしげるが、こちらの視線に気づいたようで、彼女は再び笑顔に戻り、「流石木原さんやなぁ」とこちらを称えてきた。

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