124. 迷宮と馬鹿

 そうして話し合いが終わった翌日。

 

 病気のフリをして仕事をサボッた三人は、迷宮図書館の地下を進んでいた。

 

 灰色の無機質な壁。動力が生きているらしく天井の灯りはともっているが、光源がところどころ壊れているようで、少し薄暗い。もちろん掃除もされていないので埃っぽくもある。

 

 京子を先頭に、迷いなく進む三人。ここはまだマップにある領域だ。道順さえ分かっていれば危険はないが、逆に分からなくなってしまえば遭難は間違いないだろう。既にいくつもの分岐を越え、いくつもの階段を昇り降りしている。

 

「大丈夫なんですの? 随分長く歩いてますけど。テキトーに進んで迷子なんて勘弁ですわよ?」

「わざと長いルートを選んどるだけや。ゼンレンの人たちと鉢合わせせんようにな。そのくらい分かって欲しいもんやけどねぇ。お猿さんやないんやから」

「へー。人を避けて。将来が心配ですわぁ。人見知りの猿に猿回し芸が出来るのでしょうか?」


 そしてレヴィアと京子。彼女らはいくつものイヤミを吐き、いくつものマウントを取り合っていた。もはや仲の悪さを隠しもしていない。いつ衝突してもおかしくない状況である。

 

 その二人に挟まれている純花。彼女はものすごく困った様子で言う。

 

「ね、ねえ。仲良くしようよ。三人しかいないんだからさ」

「もちろん仲良くしようとしてますわ。けれどほら、猿相手に人語は通じないというか……」

「うちも努力しとるんやけどなぁ。猿は人の好意がわからへんみたいなんよ。木原さん、動物のエサとかもってへん?」


 肯定しつつも相手を貶め合う二人。人を経由してイヤミを言い合わないで欲しい。というかこの猿に対するこだわりは何なのだろう。純花はそう思った。

 

 一体どうすれば仲良くさせる事ができるのか……。純花は頭を悩ませる。仲良く、仲良くといえば……。

 

「そ、そうだ。二人とも」






「…………」

「うふふ。純花ったら」

「うち、こういうの初めてやわぁ」


 先ほどとは一転、笑顔になった二人。反面、純花は困った顔のまま。

 

 純花の言う事を聞いてくれたのは間違いない。だが、これは……


「手を繋ごうだなんて。純花ったら甘えんぼさん」

「木原さんもお友達になりたい思うてくれてたんやね。うち嬉しいわぁ」


 手を繋いでいる二人。ただし、繋いでいるのは純花にである。純花を中心に、片方にレヴィア、もう片方に京子がおり、それぞれ左手と右手を繋ぎながら歩いていた。

 

 仲良くさせる為に手を繋ぐことを提案した純花。彼女の作戦は大失敗であった。

 

「懐かしいですわぁ。最後に繋いだのはいつだったかしら? 幼稚園の帰り道以来でしょうか」

「は? 幼稚園? 何言うとるん?」

「あっ。い、いえ、人には色々と事情があるんですのよ。そ、それより純花、遠慮せずもっとこっちに」

「ちょ、いきなり引っ張らんといてくれる? 木原さん、歩きにくいからも少しこっち来てや」


 純花を力いっぱい引っぱり合う二人。大岡裁き状態というヤツだ。人を競争道具にしないで欲しいと純花は思った。

 

(うん、無理)


 純花は諦めた。二人を仲良くさせて欲しいというリズの願い。叶えてあげたいのは山々だが、間違いなく無理だ。そもそも人選が間違っている。これまで友人を作ろうとしなかった純花に、他人同士を仲良くさせるなど出来る訳がない。

 

「っと。純花、名残惜しいですが、ちょっと失礼しますわね」


 ふと、レヴィアが手を放し、忍び足で先行する。そして十字路の手前まで行くと、左側の壁に身を寄せ、分岐の先をうかがい始める。

 

 もしや誰かいたのだろうか。純花と京子もレヴィアに倣い、忍び足で近づく。しかしその先には誰もいない。

 

 ただ……

 

「音?」


 音……いや、音楽のようなものが聞こえた。

 

 一体どこから。純花が疑問に思っていると、レヴィアが音の方に進む。彼女は少し先にあった扉の前で止まり、少しだけ扉を開いて様子をうかがう。純花たちもそれに続き、扉の中を見ると……

 

「あれは……フレッド?」


 金髪に眼鏡の青年、フレッドがいた。

 

 書物にかこまれた部屋の中、椅子に腰かけ、変わった楽器を弾いている彼。鍵盤の数が非常に多い、半円状のピアノのような楽器だった。加えてそれは宙に浮いており、普通の代物ではなさそうだが、鳴っている音からするに恐らくはキーボードの類だろうか。練習中なのか、彼の目前には楽譜スタンドのようなものが置いてある。

 

「ふん。まあまあやな」


 隣にいる京子が鼻を鳴らす。言葉通りほどほど、という感想のようだ。純花としては十分に上手いと思うのだが。とはいえ、素人かつ音楽的素養が微塵もない自分にはよく分からない。

 

「ディー……。俺は……」


 そして演奏が終わると、彼は天井を見上げ、ぼそりと呟く。どこか悲哀を感じさせる表情であった。

 

 ゼンレンを率いる彼が、誰も来ないような場所で音を奏で、過去の仲間の名を呟く。どこか秘密めいたものが感じられた。恐らくは彼なりの事情というものがあるのだろう。

 

「フフフ。よしよし……」


 一方、彼の姿を見たレヴィアは悪い顔をしていた。一体何だろう。そう思い問いかけようとする純花だが……。

 

「ッ! 誰か来ますわ。隠れて」


 表情を変え、二人の服のすそをつかむレヴィア。何者かの気配を感じ取ったようだ。三人はそそくさとこの場を離れ、先ほどの分岐に戻る。

 

 十数秒後、通路の向こう側から来た者は……。

 

「ららら、らーぶゅー。あいらーびゅー」


 割とひどい音程で歌を口ずさむ女。赤髪をポニーテールに結った、褐色肌の女であった。

 

「ネイ?」


 というかネイであった。

 

 一体何故ここに? 純花たちが疑問に思っていると、フレッドのいる扉の前に来た彼女は深呼吸を一つ。そして嬉しそうに部屋の中に入って行った。

 

 気になった三人が再び中の様子をうかがうと、ネイは楽しそうにフレッドと会話をしている。フレッドの方もまんざらではないのか、あるいは副連合長との立場がそうさせるのか、軽い笑顔を見せていた。

 

「ネイ……。こんな時にまで……」


 純花は呆れた目でため息を吐いた。

 

 科や部屋が違うという事もあり、あまり見かけなかったネイであるが、どうやら男を口説いていたらしい。

 

 あまりにもTPOに外れた行い。過去の純花なら汚い女と思っただろう。しかし今の彼女は気づいていた。あれはただ純粋なだけだと。純粋な馬鹿だと。


「ハァ……あの馬鹿は。相変わらず見る目もありませんし。どう考えても女を後回しにするタイプですのに」


 純花同様、隣にいるレヴィアも額に手をあてて呆れていた。

 

 純花は「そうなんだ」と返事をしつつ、一体どんな話をしているのだろうと耳を傾ける。

 

「素晴らしい曲でしたな。音楽をやっていたとはお聞きしておりましたが、まさかここまでの腕前とは。思わず聞きほれてしまいました」

「フッ。そうか……。……ありがとう」

「い、いえ! しかし、珍しい曲調でしたな。珍しいといえばフレッド様の楽器もそうですが」

「…………」


 ネイの誉め言葉に、フレッドは嬉しそうにした後、手元の楽器へ視線を向ける。少し悲し気な視線だった。

 

「これは、古代文明の楽器なんだ。昔、倉庫の隅に放り込まれていたのを友人が見つけてな。俺たちが奏でるのも古代の歌から着想を得たものなんだ」

「なんと。魔法都市にはそのようなものもあるのですか」

「ああ。遺物といえば実用的なものばかりに目が行くだろうが……アイツは違った。俺や、賢者たちとは違って」


 ポローンとピアノのような音が鳴る。先ほどまで奏でていた音とは違う感じの音。予想どおり、あれはキーボード的な楽器のようだ。

 

「アイツ……もしやディー殿たちの事ですかな? 仲が良かったとお聞きしておりますが」

「……そうだな……。ディーもロジャーもライアンも、いい奴らだ。大切なモノを失い、冷めていた俺を引っ張ってくれた。希望と笑顔を教えてくれた。……なのに、賢者どもはそれを無駄と……!」


 一転、ギリッと奥歯をかみしめるフレッド。いきなりの怒りにネイがあわあわと焦っている。「やばい。地雷踏んだ?」という感じで。


 しかし彼はすぐに感情を沈め、音もなく立ち上がり……

 

「そろそろ戻ろう。いつ賢者たちが動くかも分からん。遊んでいる場合では……ない」

「は、はいっ!」


 こちらへ歩いてくる。楽器を放ったまま。

 

 やばいと思い、十字路の陰にかくれる三人。幸い見つかることはなく、フレッドとネイは逆側の通路へと歩いていく。ネイはまだあきらめていないようで、「そうだ! 実はフレッド様にお伝えしたい事が……」などとアピールを再開している。


「何か色々とあるっぽいね。あの人」


 彼らの後ろ姿を見ながら純花はつぶやく。学びの自由というより、賢者に対する恨み。そんなものが感じられたのだ。

 

「ええまあ。色々とあるんですのよ」

「? レヴィア、何か知ってるの?」


 隣にいるレヴィアの言葉。何やら訳知り顔であった。問い返すと、「まあ、予想ですけどね」との答え。

 

「お二人さん。もうええから、進も。馬鹿にも阿呆にも構ってられへん」


 そして早く進むことを提案してくる京子。それもそうだと純花は納得。正直、この事態が解決するならフレッドがどうなろうがどうでもいいのだ。

 

 純花たちは京子の案内に従い、再び迷宮の奥へと進むのであった。

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