119. 幻・月夜見乃越水

 物陰に隠れ、制服に着替えたレヴィアたち一行。

 

 そのうちの一人を見た瞬間、京子は理解した。

 

(あっ、これ無理や)

 

 無理。ああ、これは無理だ。レヴィアはこの事を言っていたのだろう。腹の立つ女ではあるが、確かにこれは机上の空論と言わざるを得ない。

 

 顔をひきつらせた京子の眼前。そこには、今……

 

「お、おおお……」


 感動したように唸る女、ネイ。


 緑色のブレザーに、襟元のリボン。チェック柄のスカート。憧れの学園生に彼女は変身したのだ。

 

「こ、これは……ちょっとヤバイというかマズイというか……」

「え、ええ……」


 やばいものを見たという目をする美久。リズも同様である。

 

 制服JK姿の二十五の女性。どう見てもコスプレにしか見えない。元の世界であれば男性向けの映像作品でしかお目にかかる事はないだろう。これで生徒と主張するにはかなり無理がある。

  

「ほら見なさい。発想は悪くありませんでしたが、世の中にはどう頑張っても不可能な事があるんですのよ」


 呆れたようにため息を吐くレヴィア(厚化粧ギャルJK変装中)。

 

 魔王の侵攻中という緊急化において決起したという、状況が読めないゼンレン。だが、流石にコスプレJKを見抜けぬほどアホではないだろう。まず間違いなく追い返される。男性向けの需要という意味ならそこそこあるだろうが、ゼンレンが求めるものでは絶対にない。

 

「ど、どうする? 置いていく? 流石に無理だと思うんだけど」


 スカートのすそをつかみ、うふふと嬉しそうにしながらくるくると回っているネイ。その彼女を見たリズ(大人のお友達に人気が出そうなロリJK)がさらに顔を引きつらせて言った。

 

 確かにこれは無理だ。置いていくのが最適解。そう思うのが普通である。そういうのに疎い純花(眼鏡変装中JK)が「無理なんだ。アレ」ととぼけた事をつぶやいた。

 

「ま、まあそう思われるのが普通でしょうけど。何とかなります、よね? お嬢様」

「や、無理やな。しゃーないし、置いてこ」


 京子は頭を切り替えて言った。確かに美久の言う通り何とかならなくはないのだが、長期間潜入する可能性を考慮するなら置いていった方がいい。加えてこのアホな姿。どこかで足を引っ張りそうである。

 

「フッ、やっぱりね。仕方ありません。わたくしが何とかして差し上げましょう」


 そこでレヴィアが口を開く。何やら得意げな様子であった。

 

「レヴィア、何とかする方法、あるの?」

「ええ純花。ネイについては何とかなりますわ」

「そっか。流石だね」


 レヴィアを褒める純花。少しそわそわしているのは気のせいではないだろう。

 

 そしてそのレヴィアは「ふふん」と言った感じでこちらを見てくる。思わずかちーんと来る京子。こちらにマウント取っているのが見え見えである。アレのどこが可愛いのか。正直、純花の神経が分からない。あの方の娘だから感覚が人と少し違うのかもしれない。

 

 京子が頭の中で考察しつつも気持ちを落ち突かせていると、レヴィアは得意げなままこちらへ問いかけてくる。


「それで、平民……じゃない、京子はどうするおつもり? ちょっとやそっとじゃ誤魔化されてくれないと思いますが。他人に対し完全シカトするような人間ですし、間違いなく覚えられてるでしょう」


 地味顔の方は大丈夫でしょうけど、なんて事を言うレヴィア。隣にいる美久が「地味顔……まあ、地味なのは自覚してますけどぉ」と口をとがらせる。確かに彼女は目立たない容姿をしているので、純花同様眼鏡でもすればバレないだろう。ついでに髪型でも変えておけばまず間違いなく気づかれない。

 

 対し、京子は目立つ。美人である事もそうだが、着物なんて着ていたから相当目立っていた。加えてその差別的思想。間違いなくゼンレンのうち誰かは覚えている。無論、悪い意味でだ。レヴィアが「何ならわたくしが何とかしてあげましょうか?」なんてニヤついてくる。

 

「お生憎様。そこのお馬鹿……コホン、ネイさんの事は予想外やったけど、うちの方はきっちり考えてますえ」


 京子は懐から符を取り出す。書かれている文字は『幻・月夜見乃越水』。


「あ、この間の。もしかしてそれで何とかするの?」

「つくよみの……何て読むの? その文字」

 

 リズは興味津々な様子で、純花は首をかしげて問いかけてくる。美久が「月夜見乃越水つくよみのをちみず。ほら、万葉集に出てくるアレですよ」と答えるが、ピンと来ない模様。お勉強のできる純花だが、彼女の志望は理系なので文系はそこまで詳しくないのだ。


 京子は符に魔力を込める。極小の魔力。注視していなければ気づかれないくらいの量であった。すると、符は青い炎と共に燃え尽き、そして――

 

「わっ」

「えっ?」


 京子の体が縮んでゆく。その現象に驚く一行。

 

 ……数秒後、京子は小学生くらいの年齢になっていた。

 

「これでゼンレンの連中もうちとは気づかへんやろ。美久、服を」

「はいはい」


 だぼだぼになった着物から、小さな制服へ着替える京子。ロリと化した彼女に対し、リズは目を丸くしている。

 

「すごっ! こんな魔法見たことないわ! ……いえ、レアスキルだったわね。昨日のと同じ系統っぽいけど、どんなレアスキルなの?」


 問いかけてくるリズに、「ま、色々できるんよ」と流す京子。「チッ。野球部にしてやろうと思ったのに」と舌打ちするレヴィア。どうやらものすごく不穏な事を考えていたようだ。

 

「けど、これならネイも何とかなるんじゃ? ちっちゃくなれるんなら」

「使うのは簡単やけどなぁ。色々と準備がいるんよ。作るのは一日一枚が限度やし、効果も一日持つか持たないかくらい。今日までに数枚作っておいたけど、二人分となると不足するかもしれへん」

「そっか……。なら仕方ないわね」

「で、問題のネイさんの方やけど……どうするつもりなん? うちとしてはむしろ置いていくべきと思うんやけど」


 こちらの話に気づかず、ファッションに夢中になっているネイ。やるべきことを完全に忘れている。やはり役に立たないどころか足を引っ張りかねない。京子はそう判断したのだ。

  

 しかし、レヴィアはくすりと笑い……


「フッ。何とかとハサミは使いよう。本物の策士というものを見せてあげますわ。ちょっとネイ」

「ウフフフフ……ん? 誰だその小さな子は?」

 

 憧れの制服姿を堪能し、こちらの出来事に微塵も気づいていない馬鹿ネイ

 

 その彼女に呆れつつも、レヴィアは……

 

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