120. 史上最大の作戦

「同志トム。どうやら賢者たちはまだ動かないようですね」


 ゼンレンの陣地の境界を見張る同志たちの一人、ボブ。学ランに学生帽姿の彼は、隣にいる級長、トムへと言った。

 

 全世界学問自由連合。彼らは学びを求める者として平等ではあるが、指揮系統を明確にするために役職というものを割り当てられている。下から班長、級長、学科長、そして最高指導者である連合長だ。その名の通り、班長は五、六人を統率する小隊長のようなもので、それら班を統率するのが級長……という感じである。他に彼らを補佐する副級長などもある。

 

 ボブの言葉を受けたトム。彼はフンと鼻を鳴らした。

 

「奴らの事だ。今頃必死に話し合っているだろうよ。責任を誰かに押し付ける為にな」

「ありそうですね。なら、もう二、三日はこのままでしょうか?」

「油断するなよボブ。賢者共はアレだが、あちらには勇者がいる」


 トムは咎めるように言った。ボブから油断するような感じがしたからだろう。その言葉を受けたボブは「うっ」と冷や汗を流す。

 

 ――勇者。連合長の駆るルゾルダを撃墜した、恐ろしい人物。

 

 その知らせを聞いた時、ボブ含む生徒たちは冗談だと思った。如何に連合長が油断していたとはいえ、あの巨兵を倒せる者などいない。それこそ世界最強クラスの力が必要だろう。つまり魔法都市にいる誰一人とてルゾルダを倒すことはできない。

 

 だが、それは事実であった。流石は女神より遣わされし勇者というところだろうか。恐ろしい力の持ち主である。

 

「た、確かに。気を引き締めねばなりませんね。申し訳ありませんでした」

「うむ。しかし勇者か……。同じ学問の徒として、協調できると思ったのだがな……」


 トムは苦々しい顔をした。ボブも同様の感想である。

 

 元の世界ではコウコウセイという身分だったらしい勇者たち。そしてコウコウセイとは自分らと同じく学びに励む立場。数か月前に京子が来た時、きっと自分らの思想にも理解を示してくれると思っていた。

 

 だが、結果はシカト。汚いものを見るかのような目で、こちらを全く相手にしない。高慢な貴族のような存在だった。地味な方の勇者はそうでもなさそうだが、結局は京子に従う立場。恐らく新たに来た勇者も同じような感じに違いない。

 

「一体どのような人物なんでしょうね? 勇者キョウコは見目麗しくエキゾチックな感じでしたが」

「素手でルゾルダを倒すような奴だぞ? オーガ……いや、それ以上に凶悪な見た目をしているに違いない。思わず目を背けてしまうような」


 トムの答えに、ボブは成程と頷く。


 性別は女と言う噂だが、普通の女がルゾルダを倒せる訳がない。身長は二メートルをゆうに超え、体重百キロ以上の筋肉隆々の女巨人。そんなものをボブは思い浮かべた。

 

 いや、この程度ではないだろう。恐ろしく思わず目を背けるような女。残念ながらボブの想像力では――

 

「頼もう!」


 そんな風に彼が考えにふけっていると、ふと向こうから大きな声が聞こえた。

 

 こちらへと向かってくる複数の人間。一瞬「敵か?」と思うボブだが、すぐに違う事が分かる。全員が制服を着ていたからだ。連合への参加希望者なのは間違いない。

 

 間違いないのだが……

 

「うわぁ……」


 ボブは思わず唸った。

 

 先頭を歩く人物。どう見ても二十代中盤くらいである。膝が見える長さミニスカの制服を着ていい年齢じゃない。学園の大学部に同年齢くらいの女性は在籍しているものの、全員制服姿ではなく、私服姿か研究者姿、あるいは魔法使い姿だ。

 

 正直、見てて痛々しい。ある意味勇者よりも恐ろしい存在であった。同じように思っているのか、近くにいる見張りの一部が「うわぁ」「うわぁ」とボブ同様に唸った。

 

 しかしその痛々しい女。彼女は恥じる様子もなく、胸を張って叫ぶ。


「全世界学問自由連合の方だとお見受けする! 私の名はネイ・シャリーク! 貴兄らの発起に賛同する者だ! 貴兄らの運動にぜひ参加させていただきたい!」


 想像した通り参加希望者らしい。

 

 だが、本当にそうなのだろうか? 後ろに引き連れている者たちは学園の生徒に間違いなかろうが、先頭の人物はどう考えても違う。初等部エレメンタリーの子を持つ親と言われた方がまだ納得できる。

 

(もしや賢者のスパイか?)


 そう思うボブだが、流石に無いだろうと考えを切り捨てる。あまりにも怪しすぎるからだ。スパイならもっと目立たない人物をスパイにするだろう。ならば一体……。


「むう……。何と言う熱意。素晴らしい。ようこそ全世界学問自由連合へ」

「トム!?」


 思わず呼び捨てで突っ込んでしまうボブ。

 

 横を見れば、トムは本気で同志だと思っているようで、感心したように頷いている。こんな怪しい人物をどうして? ボブは激しく混乱した。

 

 その彼の感情に気づいたらしく、トムは真面目な声で言う。

 

「同志ボブ。先入観にとらわれるな。見よ、あの瞳を」

「ええ……?」


 瞳?

 

 ボブはトムの言う通り、彼女の瞳を眺める。その痛々しさをなるべく目にしないようにしながら。

 

 すると、そこには――

 

 

 

 ――炎が宿っていた。

 

 


「これは……」


 ボブは先ほどとは別の意味で唸る。

 

 学園を解放したい。賢者どもから自由を取り戻したい。学びの自由を体現し、世界をよりよくしたい。そんな燃えるような意思が感じられたからだ。痛々しい恰好に気を取られて全く気付かなかったが、本気で自分たちの活動に賛同しており、心底感じいっている目であった。

 

「恐らく学園の卒業生なのだろう。在学時から学園の体制に不満を持っていたが、我々にとっての連合長や副連合長のような存在がいなかった。しかし今回の決起にいてもたってもいられず、駆けつけてくださったという訳だろう」


 トムは腕を組み、感心したようにうんうんと頷いている。

 

 恥ずかしい恰好をしてまで、正義の為に戦う――正に勇士である。その事に気づいたボブは思わず胸が熱くなる。あれこそ同士としてふさわしい人物だと感動していた。

 

「同志トム。申し訳ありません。私の目は節穴だったようです」

「うむ。見た目にとらわれて本質を見失うなどあってはならない。だが、難しいのも分かる。私とて時にはそうなるだろう。同志ボブ、共に精進せねばな」

「はい!」


 ボブは尊敬の目をトムへと向けた。

 

 あの痛々しさに惑わされず、本質を見抜く。流石は我らを束ねる級長だ。このような上役をもって自分は幸せ者だ。ボブはそう思った。

 

「さあ、中に入ってくれ。図書館にいる同志サムがこれからの事を説明してくれるはずだ。共に学問の自由を勝ち取ろう」

「承知!」


 痛々しい女……もとい、同志ネイはのっしのっしと自信満々な姿で中へと入っていく。後ろの女たちを引き連れて。一応、ボブはその者たちもチェックするが、眼鏡女子、特徴のない女生徒、初等部か中等部くらいの女の子、初等部の女の子、厚化粧のピンク髪の女生徒。特に違和感は無い。最後の者はちょっと残念には思ったが。ボブはノーメイクの子が好みなのだ。

 

「しかし……何というか、目のやり場に困ったな」


 彼女らが通った後、トムは学生帽の具合を確かめながら言った。その言葉にボブも同意。

 

「ええ、まあ。ちょっと見てられませんでしたね」

「うむ。ネイ・シャリークと言ったか。……好みの装いだった」

「…………




 えっ?」



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