118. ミッション・インポッシブル?

 翌々日。賢者たちはようやく重い腰を上げた。

 

 細部は異なるが、おおむね京子の計画に同意した形だ。魔法師団の再編成はまだ終わっていないが、彼女の考えた潜入作戦は完遂までに少し時間を要する。よって、賢者たちの同意を得てすぐに潜入することになったのだ。

 

 ゼンレンの陣地の手前まで来たレヴィアたち一行。彼女らは校舎の陰から顔を出し、陣地の様子をうかがう。

 

 まず見えたのは、学園に見合わぬ分厚い土壁。彼らが作ったバリケードだ。恐らくは土属性魔法によるものだろう。範囲の広さも、多数の人間で協力すれば可能だ。魔法学園という名の通り魔法を履修している生徒は多いので、ゼンレン約三百名のうち一割でも使えれば実現は難しくないと思われる。

 

 そしてそのバリケードの向こう側では数人の人間が存在し、周囲を警戒している。学ラン姿に学生帽の男子生徒、セーラー服姿の女子生徒。確か学園の制服はブレザーだったはずなので、あれが彼らの共通コスチュームという訳だろう。どことなく昭和を思わせる姿だった。

 

 さらに遠くからはズシン、ズシンと地響き音が聞こえる。見れば、百メートルほど先に巨大な機械――薄いベージュ色のルゾルダが三体。巡回しているのか、周囲を歩き回っている。

 

「ふーん。賢者の言ってた通り、この間戦ったものとは形が違うね」

「陸戦型ルゾルダって呼ばれてるみたいやで。この間のが空戦型。他にもあるみたいやけど、うちの知ってるものはこの二つやな」

「ふむ、パートリーの遺跡で戦ったものと似ているな」


 純花、京子、ネイが呟く。

 

 細部こそ異なるものの、確かに同じようなタイプであった。つまり純花の相手にはならないが、彼女以外は別だ。間違いなく苦戦するだろう。レヴィアはそう判断した。

 

「他にもあるのよね? 何体くらいいるのかな?」

「流石にそこまでは分かりませんねー。機密なんて普通は教えてくれないですし、今回迷宮図書館のマップを教えてくれたのすらビックリしたくらいです」


 リズの問いに美久が答えた。

 

 マップ。京子の交渉の結果、本来は司書しか知らない迷宮図書館のマップを得る事に成功したのだ。その他、魔法師団に合図を送る為の通信機なども借り受けている。

 

 ただ……

 

「大丈夫なんですの? きちんと覚えてらっしゃる?」

「大丈夫ですよ。お嬢様、記憶力いいので。昔の私の失敗をいつまでも覚えてるくらいに」


 ただ、それは口伝で伝えられていた。情報流出を抑えるため、紙に書く事は固く禁じられているのだ。当然、他者に伝えてもいけないので、京子の頭の中にしかない。レヴィアが不安になるのも当然といえよう。

 

 レヴィアの視線を受けた京子。彼女はなぜかじーっとレヴィアを見つめている。

 

「は? 何ガンつけてるんですの?」

「……別に。何でもあらへん」


 ふいっと顔をそらす京子。不審げ、あるいは不快げな顔だったので、恐らくはまたインネンつけるつもりだったのだろう。レヴィアは「性格悪っ。絶対友達になりたくねぇ」なんて頭の中で考える。自分の事を棚に上げて。

 

「と、とにかくあそこに潜入するのよね? 少し厳しくない? 三百人以上いるのよね?」

「うむ。加えて今は人員の全てを迷宮図書館内とその周囲に移しているとの事だ。コッソリ、というのは難しいだろうな」


 空気を読んだリズが話を逸らすと、ネイがそれに乗っかる。実際、ここから見ても警備は非常に厳重だ。蟻の子一匹通さないという意思が感じられるほどに。仮に侵入できても、三百人いる陣地を見つからずに進むのは非常に難しいだろう。


「純花には悪いが、もう少し時間を置いてはどうだろうか? まだ決起して一週間と経っていない。士気は非常に高かろう。ダレたところの隙を突くという手もあるぞ」

「いえ。あれを見てください」

 

 ネイが提案したちょうどその時。美久が指さした方向――迷宮図書館前の大通りから、複数の男女がやってくるのが見えた。

  

 彼らは陣地の手前にいる見張りたちに向かって叫ぶ。

 

「俺たちも一緒に戦わせてくれ! 君らと共に戦いたい!」

「自由な学びこそが世界をよくする! 頭の固い賢者を廃し、全員でこれからの魔法都市を決める! 素晴らしい考えだと思うわ!」


 どうやらゼンレンに参加しようとしているようだ。彼らの言葉に「ようこそ全世界学問自由連合へ!」「これからは君らも同志だ!」と喜ぶ見張りたち。陣地の中へと生徒たちを通している。


「まだまだ仲間が増えてるみたいですからね。それがなくなるまで、そうそう士気は落ちないでしょう。で、時間が経てば経つほど世間の皆さま方は賢者側が不利と見なし……」

「さらに増える、という訳ですか。ならば兵糧攻めは……いや、時間がかかりすぎる上に暴走する危険もあるか。では、どうするおつもりで?」


 ネイは京子へと問いかけた。


 時間はこちらに味方しない。今は潜在的な賛同者が集まっているだけだが、もしゼンレン側が有利と見れば学外の者が干渉してくる可能性もある。かといってこのまま潜入するのも難しい。八方ふさがりだった。

 

 が、レヴィアには予想がつく。この状況を利用する方法を。恐らく京子も同じ事を考えているのだろう。

 

「簡単や。賛同者のフリして堂々と入ればええ」


 京子の考える潜入作戦。それはこっそり忍び込むのではなく、仲間のフリをして潜入するという作戦であった。賛同者を迎え入れているのなら、賛同者にまぎればいいという訳だ。レヴィアの予想通りの答えであった。

 

 しかし……

 

「賛同者のフリは良いでしょう。しかし、そんな単純に事が運びまして? 誰も彼もが迎えられている訳ではないみたいですが」


 レヴィアはゼンレンの陣地を眺めながら言った。そこでは、先ほどと違い通されずに揉めている者たちがいた。

 

「な、何故だ! 私も諸君らの意思に賛同しているのだぞ!?」 

「信用できんな。賢者たちにしっぽを振っていた者など。去れ」

 

 三十代くらいの魔法使い姿の男性。彼は通すことを拒否されていた。どうやら学園関係者のようで、色々と文句を言って粘っているが、結局は追い返される。

 

 さらに……

 

「ちょ、待てよ! 何で俺らも駄目なんだよ!」

「そうだよ! 俺ら教師じゃねーぞ!」

「馬鹿者! 我らは遊びでやっているのではない! 遊び感覚で参加しようとするなど、虫唾が走るわ!」


 生徒たちの中にも追い返される者はいる。同じ生徒でも不真面目そうな人間は通さない。文字通り“同志”以外は求めていないという訳だ。

 

「確かに……。いい作戦だとは思うんだけど……」

「学園側だった人間は不可。真面目に参加するつもりのない者も不可。……むう、私らでは無理だな……」


 このまま進んでも受け入れられる可能性は低い。そう考えたらしいリズとネイが不安の声を上げる。

 

 が、そんな彼女らに美久は笑みを見せて言う。

 

「ふふふ、大丈夫ですよ。さ、こちらをどうぞ」

「? これは……」


 バッと何かを取り出す美久。女子用のブレザーとシャツ、スカート。学園の制服であった。

 

「成程。生徒のフリをするのですな」

その通りでございますExactly


 何故か英語で返答する美久。まあネイとリズには翻訳されて伝わるので日本語だろうが英語だろうが同じなのだが。

 

「待って。純花はともかく、キョウコとミクは厳しいんじゃ? ずっと前から魔法都市にいたんだし、勇者って気づかれるかも」

「ふっふっふ。そこは我に秘策ありってとこですよ。安心してくださいリズさん」


 リズの指摘にドヤ顔で答える美久。「やるのはうちやけどな」と呟く京子。

 

 どうやら何かしら方策があるらしい。一体どんな方法を? そんな風に皆が首をかしげている中……

  

「無理、ですわね。如何に策を弄そうが、このままでは失敗は確実でしょう」


 レヴィアはふるふると首を振った。

 

 彼女の言葉に京子は眉をひそめる。

 

「……何や、文句があるみたいやな。うちの考えの何が悪いん?」

「生徒のフリというのは悪くありません。わたくしも同じような事を考えていましたし。ですが、それだけで通れるとお思い? さきほど追い返された生徒は見たでしょう?」

「そっちも考えとるからご心配なく。ゼンレンの思想うんたらは予習済み。阿呆の口車に乗った阿呆の集団やし、うちが誤魔化しましょ」


 話術で何とかする。そういう考えを披露した京子だが、レヴィアはハァーとため息を吐く。

 

「甘く見すぎですわ。確かにアホなのは否定しませんが、ああいう信者めいた輩は鼻だけは妙に利きますからね。弁舌だけで突破できる可能性は五分五分でしょう」


 新之助時代。部下の中にそういうのがいたのだ。

 

 従順で、良く働き、基本的には温和。が、何故か自分に心酔しまくっており、反社長派にはものすごく苛烈であった。最初は便利に思っていたのだが、異分子を狩るのに余念がなく、徐々に魔女狩りじみてきたのでほどほどにするよう指示したのを覚えている。

 

「そして何より、この作戦には致命的な欠点がある。成功率はゼロでしょう。失敗すると分かっているものを止めない訳にはいきませんわ」


 レヴィアは言い切った。致命的な欠点。それがある限り、五分五分どころかゼロだと。

 

 自分の作戦を否定され、じろりと不快げな目つきを向けてくる京子。彼女に対し、レヴィアは涼しい顔で言う。


「ま、やってみれば分かるでしょう。この作戦の不可能さが、ね」

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