117. 可愛い?

 賢者の元へと向かった京子と美久。

 

 京子が考えた作戦に賢者たちはおおむね良い反応をしたものの、即断即決とはいかず。長い話し合いの後、結局は「一度検討する」という回答。再び長い会議が始まり……それから三日後。

 

「はぁ……。何でそんな話し合いばっかするんだろ」


 以上の事実を思い出した純花は少し怒ったように言った。その怒りがこもってしまったのか、手に持った魔石からバキッという音がした。

 

「あっ」

「こら純花。集中」

「ご、ごめん」


 純花は気まずそうな顔で謝罪。するとリズは眉をひそめながら口を開く。

 

「もう。これで何個目よ。気持ちは分かるけどさ」

「えっと……十個目くらい?」

「十七個目。買うと高いんだからね。魔石って」


 リズは口を酸っぱくした。

 

 賢者の決定待ちの現在。純花たちがやれることは少ないが、それでもぼーっとしているのは無駄だ。故に純花は魔法師団の練兵場を借り、訓練をしているのだ。

 

 魔力を意識的に使うための訓練。以前から続けてはいるが、全く進展が見られない。今回魔石を使っているのは、魔力が流れたタイミングを視覚的に分かるようにする為である。魔石は魔力に敏感に反応するので、少しでも流れれば色が変わる。一瞬でも色が変われば、そのタイミングの感覚をとっかかりにする……という意図であった。

 

 純花は「また貰ってくる」と言い、建物の中に入る。十七回目なので完全に道順は覚えた。魔石を貰うたびに魔法師団の担当職員の顔がひきつっていくので少々足が重くはあるが。

 

「こんにちは木原さん。今日もがんばってはるねぇ」

「あ、近衛」


 その道中にて、着物姿の京子とはち合わせ。もしかして賢者たちの話し合いが終わったのだろうか? そんな考えが顔に出ていたらしく、京子は苦笑して返答。

 

「残念ながらまだなんよ。まあ他に対案も出てこないし、恐らくうちの案で行くことになるやろね。あの二人からも大した情報は得られへんかったし」


 ディーとロジャーからの情報。結局彼らはフレッドに会えず、目的も分からないまま。得られたのはせいぜいゼンレンの入り口付近の警戒状況だけだったのだ。


「そっかぁ……。いつ頃決まりそう?」

「うーん、流石に今日明日中には決まると思うんやけど……。どうやろうなぁ。手柄は欲しいけど責任は取りたくないってのが見え見えやもの。とはいえ、引き伸ばしすぎるのが悪手なのは賢者様方も理解してはるやろし、最長三日ってとこやないかな」


 京子の答えに純花は「三日かぁ。……まあ、仕方ないか」と肩を落とす。その姿を見た京子は「んー」と少し考える様子を見せる。そしてちょいちょいと手招き。

 

「少し休憩せえへん? うちも賢者の方々とやりあって疲れたし、景色のいいところでも行きましょ」

「あ、うん」


 しずしずと歩き出す京子。その後を追う純花。今のやきもきした状態では訓練にならないだろうと考えたのだ。加えて先ほどまでの訓練の疲れを癒したい気持ちもあった。


 上階へと向かう二人。くるくるとした螺旋階段を昇ると、中々に高い場所へ出た。練兵場の建物は見張り台も兼ねており、一部が塔のようになっているのだ。


 屋上に出た途端、さわやかな風を感じる純花。学園中を一望できるというほど高くはないが、それでもかなりの範囲を見渡す事ができるこの場所。しかし、そこから見える光景はあまり好ましいものではなかった。

 

 少し遠くに見える校舎は休校中のため使われておらず、学生の姿は一人も見えない。かと思えばこの建物の周囲にはたくさんの魔法師団関係者が忙しそうに走り回っている。そしてかなり向こうの方に見える、ゼンレンにより陣地化されている迷宮図書館らしき建物。図書館を中心とした土壁が構築されており、駐屯地よろしくテントのようなものも立っている。

 

「ハァ……」


 純花は周囲の防壁に両ひじをつき、ため息を吐く。そして懐をさぐり、一枚の小さな絵画を取り出した。そこに映るのは純花の母、アリス。ヴィペールにて、千妃祭を待つ間に画家に描いてもらったのだ。

 

「お母さんの絵? 写真やなくて絵なんて珍しいなぁ」

「や、この間描いてもらって……というか近衛、よく分かったね。母さんの事、見たことあったっけ?」


 横から話しかけてきた京子に、純花は内心首を傾げた。この絵を見て「母親」と思う者はまずいないだろう。経験上、姪っ子と判断される事が最も多く、次に友達といったところだろうか。

 

「偶然見た事あるんよ。二人で一緒のところ。お若くてびっくりしたわぁ」

「流石に若すぎると思うけどね。母さんもう三十越えてるし」

「はぇー……。そういえば、うちらの年齢を考えるとそうなるんか。どんなお人なん?」


 京子の問いかけ。純粋に興味があるという感じだった。

 

 その質問をきりに、純花はぺらぺらとしゃべり始める。「看護師として働いている」「仕事で大変なのに、家の事もちゃんとやる。私も手伝うのに」「外国出身なのに何か古風」「仏壇に向かってキリスト教風に祈るから違和感がすごい」等々。あまり積極的にしゃべらない純花にしては珍しい姿だった。

 

 本人はあまり自覚していないのだが、実のところ、純花は母親の事について語るのが大好きである。しかし仲間たちはあまりその事に触れようとしない。リズはたまに聞いてくるものの、レヴィアとネイはほぼ皆無。ただ、二人とも興味が無い訳ではなさそうだが。事実、レヴィアは横耳でしっかり聞いているし、ネイもふむふむと聞いてその後ずーんとへこむ。

 

 という訳で純花としては話し足りないというのもあり、ここぞとばかりに語った。すると京子は「へぇー」「そうなんや」と興味深そうに返し、時には質問も返してくる。その反応に気を良くし、さらに語り続ける純花。

 

「成程。すごいお母さんなんやなぁ。それだけいいお人なら引く手もあまたやろうに。再婚とかせえへんの?」


 が、一つの質問にぴたりと止まる純花。あまり話題にしたくない問いかけであった。

 

 純花はハァとため息を吐く。


「……母さん、死んだ父さん一筋だからさ。その気が全くないみたい。そろそろ忘れてもいいと思うんだけどな……」

 

 毎朝欠かさず仏壇を掃除し、食事を供え、祈りをささげる母。自分と違い、忘れるつもりが全くなさそうなのだ。その事について喧嘩した事もあるが、母は困った顔をするだけ。そのうち小さい子を大人げなくイジメている感覚になってしまい、非常に気まずい思いをしたのを覚えている。

 

 そういう訳で母の再婚うんぬんは無理だと判断している純花。ただ、ときどき父の写真を見てうっとりするだけのはやめてほしい。死人に……というか夫に対して向ける目ではない。アイドルとかそういうのを見る感じといえばいいのか。確かに顔がいいのは認めるが…………とにかく、娘としてはすごく微妙な気持ちになるのだ。


「そうなんや。……ま、せやろな」

「?」


 吐き捨てるような京子の言葉。横目でちらりと見れば、非常に冷たい目だった。何か気に触れる事でもあっただろうか? 母に落ち度があるとは思えないので、恐らくは亡き父をロリコンと思っているとかそんなところだろう。よくある事だ。

 

「ところで訓練の方はどうなん? 何や魔力が使えへんって聞いたけど」


 ふと、話題を変えてくる京子。いつもの柔和な笑顔に戻って。

 

 残念ながらそちらについては全く進展がない。周囲の魔力は感じ取れるのだが、それを操るとか、自分の魔力を使うといったことについては全然だ。普通は内在魔力オドの方を先に感じ取れるようになるらしいのだが。

 

 その事を答えると、京子は少し残念そうな顔になりつつもフォロー。

 

「そか。まあ木原さんの場合、魔力を使えなくてもじゅーぶん強いからねぇ。急がんでもええと思うで」

「けど、強いに越した事はないからね……。近衛、何かコツとかない? もう使えるんでしょ? どうやって使えるようになった?」


 純花は京子の方を向き、アドバイスを求めた。すると京子は「うーん」と考え……。

 

「自慢する訳やないけど、うちの場合、すぐ使えるようになったんよね。才能があったんやろか? あんま苦労してへんし、参考にならないと思う」

「そうなんだ。残念」


 そういえば京子はレアスキルを六つ持っているという話だったはずだ。他のクラスメイト同様、レアスキルをとっかかりにして覚えたのだろう。

 

 ならば教わるのは無理。しかし、他に教わるとなると……

 

「やっぱりレヴィアに手伝ってもらった方がいいのかな? どうしようかな……」

「……レヴィア? ……あの女、そんなに教えるのが上手いん?」


 一瞬、不快そうな表情をする京子。やはりレヴィアの事を嫌っているようだ。表情はすぐに元に戻ったものの、ちょっとヒリついた雰囲気がある。

 

「上手いかどうかは分からないけど、魔力を感じ取れるようになったのはレヴィアのお陰かな。同じ属性だと感じ取りやすいらしくて。私の魔力って特殊らしいから」

「特殊? ……というと?」

「光属性って言ってたかな。他に持ってる人はそうそういないみたい。ネイも聞いたことないって言ってたし」


 京子は「光……成程……」と考え込むようにうつむく。次に「えっ」という感じで顔を上げ、

 

「ちょい待ち。あの女もそうなん? メシ……光属性ってやつなん?」

「うん」

「……ホンマに?」

「うん。金色の魔力だったよ」


 信じられない。そんな顔で驚く京子。次いで頭痛がするように頭を抑え、ふらりと壁際に寄りかかる。

 

「ちょ、近衛、大丈夫?」

「え、ええ。ちょこっと疲れてたみたい。賢者の方々との話し合いが長かったからやろか……」


 そう返事する彼女だが、明らかに大丈夫ではなさそうだ。「嘘やろ……?」と沈んでいるような雰囲気。しかしすぐに立ち直り、こほんと咳ばらいを一つ。

 

「とにかく、同じ属性なんやな? せやったら習えばええやん。何で遠慮してはるん?」

「うーん、けどレヴィア、魔力を使ったら体調が悪くなるらしいんだ。忙しそうだし、付き合わせるのも悪いかなって」

「忙しそう? 潜入の準備か何かで?」

「多分違うと思うんだけど……」


 最近のレヴィア。彼女はとても忙しそうなのだ。何をしているかは知らない……というか、聞いても「秘密」と言って答えてくれない。

 

 その答えに不安がる仲間たちだったが、純花はそうでもなかった。最悪、自分がフォローすればいいと思っているからだ。暴力と言う手段で。


「……木原さん。何や機嫌がよさそうやな。そんなにあの女のやる事が楽しみなん?」

「え? 別に楽しみとかはないけど……」


 京子の言葉。楽しそうにしている自覚はないが、そう見えたのだろうか? 彼女の疑問に対し、純花は考える。

 

 楽しみ。レヴィアの計画が楽しみという訳ではないと思う。普段は自分勝手なのに、妙に自己犠牲な行動をする事がある彼女。ヴィペールの時のように自らを犠牲にした計画は本位ではない。

 

 ただ、あんな風に頑張る彼女は……

 

「可愛い?」




「……えっ?」


 目が点になり、意味不明といった表情になる京子。何言っているんだろうこの人は? という感じだった。

 

 純花は腕を組み、うんうんと頷く。

 

「可愛い」


 少しだけ頬を染めながら。



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