116. クエイク
「フレッドは、友達なんだ」
塔を出てすぐそばにある庭園。ベンチに座りったディーは、下を向いてうなだれつつも呟いた。
純花が話を聞くといったおかげで少し落ち着いたようだが、ついでに落ち込んだ気持ちまで出てきてしまったようだ。
「冷たく見えるけど、優しいヤツでさ。勉強家で、友達想いで……間違っても人を傷つけるような事をするヤツじゃないんだ……」
「そうなんすよ。いいヤツなんすよ。気取っててたまにイラッとくるけど」
彼の傍に立っている茶髪……ロジャーとやらがそれを補足。イマイチフォローになってない気がするが、それだけ彼らの間柄が親しいとも取れる。なお、もう一人の青髪は相変わらずぼーっと突っ立ってるだけだ。
「確かにヴォルフの思想には同意していた。僕だってそう思う事はある。けど、だからって殺し合うなんて間違ってる……」
どうやらディーとやらは争いを好まないらしい。優男風の見た目通り、優しい性格をしているらしい。
「まあフレッドがどんな奴かなんてどうでもいいよ。ただ、戦いをやめてほしいのはこちらも同じかな」
「スミカ、相手の情報を知るのは大事ですわよ。人柄から行動原理なんてのもわかるかも知れませんし。お二方、そのフレッドとやらはどんな男なんですの?」
心底どうでもいい純花に対し忠告してくるレヴィア。言っている事はもっともだ。
次いで彼女が二人へと問いかけると、彼らは少し頬を染めながらもその問いに答える。
「ええと……そうっすね。すんごい優秀なのは間違いないっす。親父さんとお袋さんが死んじゃって、普通なら学園なんて通えなくなるんすけど、めちゃくちゃ頑張って特待生に選ばれて、そっから賢者とかエイベル教授とかに見いだされて、えーっと……何て言うのか知らないんすけど、巨大マシンのパイロットになって、そんで……」
「うん。フレッドはすごいよ。僕らとは比べものにならないくらい」
どうやらかなりの苦労人らしい。辛い経験をしつつものし上がった努力の人という感じだろう。
ただ、そのような人物が『学びの自由』なんてのを求めるものだろうか? 同じく父が死んでから努力し、特待生枠を勝ち取った純花からすれば、「そんな事してる暇あったらさっさと稼ぎたい」となるのが普通だと思う。
「少々違和感を感じますわね……。因みにヴォルフとやらはどんな男なんですの?」
「ヴォルフさんっすか。そうっすね……熱い男って感じですかね。声でかいし、堂々としてるし、学園でも人気はあると思うっす。ちょっと前はフレッドと同じくパイロットだったんすけど、ああいう活動をしてるからクビになっちゃって……けどクビになってからも人気者で」
「うん。何ていうんだろう、人を惹きつける魅力みたいなのがあるんじゃないかな? 皆に慕われてたし、僕らの事も応援してくれたし、基本的にはいい人だと思うけど……」
純花と同じ考えに達したらしいレヴィアが問いかけると、二人は答えた。その言葉を聞いた美久が「応援!? 二人の仲を!?」と素早く反応。何やら妙な反応である。レヴィアが「キモチワリーなコイツ。つーか中学生か」と嫌そうな顔で呟いた。
「うーむ、話を聞く限り、かなり目立つ人物のようだな。ヴォルフという男は。純花の言う通り赤の爪牙ではないのかもな」
「確かに。となると……」
もう一人の指導者が怪しい。ネイとリズはそういう結論に達したようだ。純花も同様の意見である。つまり……。
「ああ。下手をすれば入れ替わっているかもしれんぞ。そのフレッドとやらと。犬耳……じゃない、ランスリットならば可能なはずだ」
ネイの言葉に純花は頷く。
ランスリット。レアスキルにより、変身といっていいほどの変装技術を持つ獣人。彼ならば気づかれずに入れ替わる事も可能だろう。事実、パートリーでは領主の甥、ジェスと入れ替わっていたのだから。
話が分からず不思議がるディーとロジャー。彼らに対し、ネイが説明すると、ディーはありえないという表情で顔をバッとあげる。
「そんな! ありえません! この間まで一緒だったんですよ!? フレッドが偽物だなんて……」
「それがありえるんだ。ヤツの能力をなめてはいけない」
「違う! あれは確かにフレッドの音だった! あいつのハートそのものだった!」
ハート?
立ち上がって主張するディーに、一行は意味が分からず首をかしげた。ハートとは一体何のことだろう。美久が「ハ、ハート……!」と興奮を抑えるように口元を手で隠しているが、彼女には分かるのだろうか?
「や、実は俺ら音楽やってるんすよ。俺とディーとフレッド。それとライアンの四人で」
「音楽?」
「この学園じゃ珍しいんですけどね。課外活動も大体は魔法とか遺物関係ですし。あ、でも結構人気はあったんすよ? ファンだって言ってくれるヤツもたくさんいて。なあ?」
「うん。けど……」
音楽。どうやらディーの持っているものは本当にギターケースだったようだ。ついでに無言で突っ立ってる男はライアンという名らしい。
そしてロジャーに同意を求められたディー。彼は同意しつつも何故か元気をなくし、うなだれた。
「まあ色々あって休止状態になっちゃったんすよね。けど練習だけは続けてて……だからアイツが偽物なんて思えないんすよ。……あの嫌味っぷりとテクニックを真似できるとは思えねぇ」
まあ嫌味なのは俺に対してだけだけど、と言うロジャー。
成程。ディーが言っていたのは演奏技術の事だったらしい。ハートとはよく分からない例えだが、確かに習得するのは難しそうだと純花は思った。
が、
「そう? 楽器なんてそれほど難しいものではないでしょう。真似するのなんて簡単ですわ」
レヴィアが何でもないように言った。
とても傲慢な発言。彼女の言葉に京子が呆れたような顔になる。
「無理やろ。演奏ってのは繊細で難しいんよ。一朝一夕で真似できるもんじゃあらへん」
「そうなの?」
「ええ。普通の人には分からへんやろけど、詳しい人が聴けば一発やな。誰が弾いとるかなんて」
純花へと説明する京子。それを聞いたレヴィアはフッと軽く笑うと、ディーの元へ行き……。
「あっ」
「貸しなさい」
ギターケースを開け、中身を取り出す。一般的なギターと違い少々派手だ。純花の中でギターとは茶色なイメージがあるが、目の前のギターは赤色な上にカタチも特殊。よく分からないボタンのようなものまでついている。
ディーが座っていたベンチに座るレヴィア。そして弦を何度かはじいた後――
「――――」
旋律が流れる。
心地よい音。思わず聞きほれてしまう。ここにいる全員が驚く中、純花には別の思いも湧き出てくる。
――どこかで聞いたことがあるような?
何の曲かは分からない。しかし、確かに聞き覚えのある曲だったのだ。
一体どこで? 純花が思い出そうとしていると、一通り披露して満足したらしく、レヴィアは音を止める。
「ま、こんなモンですわ。ほぼ初見の楽器でコレですから、まねっこなんて簡単でしょう」
「いや、こんなの出来るのアンタだけでしょ」
彼女の言葉にリズは突っ込む。相変わらず無駄に多才なレヴィアであった。
確かに、と純花は思う。あんな簡単に楽器を弾きこなすとか、少なくとも純花にはできない。小さい頃習ったピアノですら今は出来る気がしないのに。
「あ、ああ……! これだ……! これが僕たちに足りなかったサウンド……!」
「ディー?」
一方、ぶるぶると震えだすディー。彼はぶつぶつと呟き始め……
「レヴィアさん! 僕たちの……クエイクのメンバーになってくれ! 世界中の皆に、僕らの熱いハートを叩きつけよう!」
「はあ?」
何言ってんだコイツ? という目をするレヴィア。完全にその気はなさそうだ。ついでに美久が「死ね死ね死ね死ね……! やはりこの女は敵……! 薔薇の間に挟まろうとする不届きな輩……!」と恨みがましい目線を送りだした。
「申し訳ありませんが、お断りさせて頂きますわ。そういうのは趣味じゃありませんので。サークルの姫とかあんまりイメージ良くありませんし、大体わたくしが音楽なんてやったら……ん?」
断るレヴィアだが、ふと途中で止まる。腕を組み、「そうか……いやでも……うーん……」と何かに悩んでいる様子。
「話を戻すぞ。とにかく、フレッドとやらが入れ替わっている可能性は低いんだな? ならば別の者となるが、怪しい人物に心当たりはあるか?」
「うーん……残念ながら無っすねぇ。ディー、お前ある?」
「無いよ。それよりレヴィアさん、僕は別の楽器でもいいから……」
脱線気味の話題をもとに戻すネイが問いかけるが、二人に心当たりはない模様。
「ふーむ、首謀者の正体だけでも分かるかと思ったのだが……結局は分からずか。どうしたものか……」
「分かっても動けないしねぇ。あ、でもキョウコ、何か思いついたのよね?」
腕を組み悩むネイに、京子へと問いかけるリズ。何故か茫然としているような様子の京子だったが、呼びかけられるとはっとして喋り出す。
「あ、それはやな……チームを二つに分けたらどうかと思ったんよ。一つは教授を救出する部隊で、もう一つはルゾルダを確保する部隊。こうすれば救出がバレたとしても最大戦力は抑えられる」
「成程。ここのルゾルダは人が乗るように改造されているようですからな。乗られる前に確保するという訳ですか。悪くはないと思いますが……賢者たちが納得するでしょうか?」
「勇者が内部を引っ掻き回した後、魔法師団に鎮圧してもらうって風にすればええ。これなら賢者の方々の顔も立つやろ。全部勇者任せにするのが不都合なんであって、協力し合うのはむしろあっちの望むところなんやし」
京子の発案にネイは成程と頷く。純花としてもアリだと思った。先ほど京子が言った通り、対魔王の戦力は多い方がいい。
「ちょっ! ま、待ってくださいよ! フレッドの事も何とかしてくれるんじゃないんすか!?」
「知らんわ。というかどうにもならへんやろ。首謀者の一人みたいやし」
「そんな……! つーかディー! お前も勧誘してる場合か! フレッドの事はどうした!?」
しかしフレッドの友人である彼らは違うようだ。ロジャーが何とかならないかとすがってくる。なお、元々暴走していたディーはレヴィアの勧誘に夢中であったが、ロジャーに突っ込まれて「え? ……あっ!」とようやく思い出した様子。「そうだ! フレッド!」と走り出そうとし、それをロジャーが再び止める。
「むう……少々後味が悪いな。何とかならんものか……」
「そうですよぉ。助けてあげましょうよぉ」
「けど、他に何も思いつかないし……」
彼らの様子を見たネイ、美久、リズが苦い顔をした。特に美久は彼らにのっぴきならない執着があるようで、「ねぇお嬢様。ねぇ」と京子を揺さぶりだす。京子はウザそうな顔でそれを手で払う。
「レヴィア、何とかならない?」
そんな冷たい主従関係が披露される中、リズが問いかけた。先ほどからずっと考え込んでいるレヴィア。恐らく事態の解決策に思い悩んでいるのだと思われる。リズに言葉をかけられた彼女は目を開き……
「そうですわね……。まずはどうしてフレッドがゼンレンに参加したのか。そこを知らないと何とも。お二人とも、分かる?」
「……! そ、それは……」
どうやら分からないようだ。
仲間の事が分からない。その事を再確認したロジャーは悔しそうにし、ディーは――
「そうか! 理由が分かればフレッドを止められるかもしれない! いつもあいつには助けられてるんだ……! 今度は、俺が……!」
ロジャーを振り払って駆け出した。「ディー! 待て!」と彼を追いかけるロジャー。ぺこりと礼をしてゆったり歩いていくライアン。「ト、トライアングラー……!」とニヤニヤする美久。さっきから喜んだり怒ったり願ったりと忙しい人だなと純花は思った。
「ちょっ! アンタたち……!」
「リズ。止める必要はありませんわ。放っておきなさい」
「けど……」
「ゼンレンに同意はしていないようですが、彼らは学生。賢者側でもないし、あまりひどい事はされないでしょう。情報収集役としては最適かと」
レヴィアの言葉にリズは微妙な反応をしたものの、情報収集の必要性は理解しているらしく、しぶしぶ引き下がる。
「ふーん。上手くたきつけたもんやなぁ。やるやん」
一方、冷めた目で見ていた京子がレヴィアに言葉をかける。レヴィアを嫌っている彼女であるが、行動の有用さ自体は認めたらしい。
「……ま、現状では彼らが納得するような作戦は無いですし。これ以上は彼ら次第ですわね」
「けど、あんまり時間はあらへんよ? 賢者様たちを納得させる時間も必要やろし」
「ええ。ですので、とりあえずアナタが考えた作戦を提案してみては? フレッドが説得に応じようが応じまいがゼンレンを鎮圧する必要はあるわけですから。今のところアナタ以上の作戦は思いつきませんし、もしかしたら賢者の方でも考えてる事があるかもしれません」
レヴィアがそう言うと、京子はフッと笑い、「せやな。行くで」と去っていく。少々マウントっぽいものが感じられる顔であった。嫌いなレヴィアが自分以上の考えを思いつかなかった、という辺りに対するものだろう。
数歩歩き、「ほら美久、何しとるん」と呼びかける彼女。ニヤニヤしていた美久だが、その言葉にはっとして駆け出す。次いで「ねぇお嬢様。助けてあげてくださいよぉ。ロジャー×ディーも悪くはありませんけどぉ」と再び願いだした。
そうして京子たちが去った後。
「……ねぇレヴィア。何たくらんでいるの?」
リズがいぶかしげな顔でつぶやく。
「? たくらむ、とは?」
「アンタが嫌いな人の行動に素直に乗る訳ないでしょ。嫌味の一つもなく。絶対何かするつもりよね?」
リズの予想を聞き、「確かに」と頷く純花。まだまだ付き合いは浅いが、レヴィアが直情的なのは理解している。こういう場合、悔しそうにしているのが彼女らしいと思える。
「まあ。心外ですわ。わたくし、成果はきちんと認める主義でしてよ。……さて、忙しくなるでしょうし、今のうちにやるべきことをやりましょう」
レヴィアは手に持ったままのギターをケースにしまい、ベンチから立ち上がって歩きだした。「まずは忘れ物を返さなくては」と言いながら。
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