115. 全世界学問自由連合

「一刻も早く図書館を取り戻さねば! 幸いこちらには勇者様がいる! 先ほどのようにご助力いただければ……」

「いかん! 地下は知恵の宝庫なのだぞ!? 戦いのせいで貴重な書物が駄目になったらどうする!」

「そうだ。まずは魔法師団を再編してだな……」


 喧々諤々と話し合う賢者たち。明らかに先ほどよりも必死だ。

 

 それはそうだろう。先ほど魔法師団の使いからもたらされた報告。なんと迷宮図書館を守っていた部隊が壊滅してしまったらしい。余裕がなくなるのも当然といえよう。

 

「お嬢様、ああ、どうしましょう……」

「思ったよりやっかいな事態になってもうたな。全く、これだから下民共は……」


 京子と美久も困っているようだ。美久はわたわたと手を振って焦っており、京子は不快げな顔をしている。


 それらを見ていた純花は暫し考え……。

 

「いいよ。私が行ってくる。たぶん何とかなると思うし」


 協力を表明。その言葉に賢者たちはありえないという顔をする。が、先ほどルゾルダを倒したのを思い出したのだろう。彼らの一部が希望を見出したような顔になった。


「な、成程。確かに勇者様なら……」

「馬鹿を言うな! 魔法師団の再結成が先だ!」

「そうだ! ルゾルダは一体だけではない! 勇者様とて危険かもしれんのだ!」


 が、剣の賢者と金の賢者が反対。「大丈夫だよ。何体いるか知らないけど、あの程度なら」と言うも、意見を曲げる様子はない。

 

「勇者様、古代兵器をなめてはいけませんぞ。先ほどの飛行型は、飛べる代わりに脆いという特徴がある。加えてエイベル教授が改造中のものは通常のルゾルダに比べて……」


 さらに鉄の賢者が補足。まるでこちらに言い聞かせるように。

 

 一体何なのだろう。助力を求めた割に、今度は助力を拒否する。行動がチグハグである。意味不明だと純花は思った。


 困惑する純花をよそに議論を再開する賢者たち。そのうちに純花はふうとため息を吐き、すっと立ち上がって出口の方へと歩く。

 

「木原さん。どちらへ?」

「レヴィアと話してくる。こういう時、すごい頼りになるから」

「……あの女が?」


 京子は眉をひそめた。昨日喧嘩したのを引きずっているのだろう。しかし今は緊急事態である。その事は京子も理解しているようで、苦々しい顔をしながらも考え……

 

「うーん、ならうちも行くわ。三人寄れば何とやらと言うし、賢者様方の話し合いもしばらくは終わらへんやろ」

「……まあ、いいけど。喧嘩しなければ」

「せえへんせえへん。緊急事態やし、昨日の事は一旦忘れましょ」


 純花は少しだけ考える。だが、言っている事はもっともだ。一抹の不安を抱えながらも、京子と美久の二人と共に下へと向かうのであった。 



 * * *

 

 

「成程。ものすごい音がしたが、そういう事だったのか」


 賢者の塔の一階。待機していた仲間たちに事情を話すと、ネイは腕を組んで納得した。

 

「学園に続いて、迷宮図書館まで……。ねえ、これもしかして……」

「赤の爪牙だろうな。間違いなく」


 どうやらリズたちも純花と同じ結論に達したようだ。

 

 加えてリズの妹は赤の爪牙の一員である。彼女に対し、純花は何かを気にしながら言う。

 

「ええと……一応、今見た限りではイルザ? は関わってないと思う。怪しいのはフレッドって奴かな。暴動を指揮していたみたいだし」

「そう……。ごめんね純花。こんな時に気遣ってもらっちゃって」

「いや、いいんだけど……」


 いつもこちらに気をもんでくれているリズである。この程度の配慮は何という事はない。ただ、仲間らのにはどうかと思うものがあり、純花はちらちらとそちらを気にする。

 

「で、どうにかならないですかね。やっつけるだけなら木原純花だけでイケそうな気がするんですけど、ええと」

「賢者たちが否定的、か。ううむ、一体何を考えているのか……」


 美久の言葉に、ネイが腕を組みながら言った。チグハグな行動。その意味が分からないのだ。

 

「ええと、こういうのはお嬢様が詳しいと思うんですけど……。どうでしょう?」

「…………」

「お嬢様ぁ。下々の者とお話ししたくないのは重々分かりますが、ここは一旦折れてくださいよぉ。ほら、この人たちもして下さった訳ですし」


 相変わらず嫌そうな顔で会話に加わろうとしない京子だが、もっともだと思ったのだろう。彼女はハァと一つため息を吐いてから言う。

 

「しゃーないなぁ……。一言でいえば、ヨソモノに解決されるのが困る……と言った感じやろか」

「え? けど最初は一緒に戦ってくれって言ってたじゃん」

「あくまで魔法師団と一緒に、や。これなら魔法都市の面子も潰れへんし、勇者が戦ったという実績も残る。うちらの後ろ盾たるセントファウスに配慮したカタチやな」


 京子の言葉に驚く純花たち。事態の解決に重きを置いていたのではなく、政治的なモノに重きを置いていた。純花には想像もできない事であった。

 

 さらに京子が続けた話によると、それだけではないらしい。「勇者と初めて協力した軍という名が手に入る」「勇者に負けずとも劣らない魔法師団という事を示す」「セントファウスを巻き込む事で権力側の正当性を補強する」などなど、様々な意図があったのだとか。


「最初は魔法師団だけで何とかなると思ってたんやろなぁ。うちら勇者はあくまで神輿みこしで、戦力的にはあまり重要ではなかった。残念ながらそうはならへんかったけど」


 京子の言葉に、純花は成程と頷く。


 思い出してみると、最初の賢者たちはあまり焦っていなかった……というより余裕そうだった。恐らく魔法師団だけでも何とかなると思っていたのだろう。だからこそあのような様子だったのだ。

 

「くっ、何と愚かな。音に聞こえた賢者がこんな有様とは。がっかりだ」

「そうね。賢者って名前が勿体ないわ」

「……全世界学問自由連合だったか。彼らが蜂起した理由も分かるというものだ」


 ――全世界学問自由連合。

 

 クーデターを起こした者たちが名乗っている名前だった。主張がそのまま団体名になっているのでとても分かりやすい。

 

「全世界学問自由連合か。長いな。略して全学――」

「木原さん。それ以上はいけませんえ」


 長いので略そうとする純花を京子が止めた。一体何故と思う純花に、「ゼンジ……いえ、ゼンレンと呼びましょか」と主張する。

 

「別に何でもいいけどさ……。とにかく理由は分かったし、これからどうする? 賢者たちはアテにならないし、私たちだけで突っ込む?」

「やめた方がええよ。お偉いさんの面子つぶしたらどんな言いがかりをつけてくるか分からへんもの。最悪、迷宮図書館の進入禁止とかされかねへんし」


 好戦的な意見を述べる純花だが、京子は否定。確かにありうる事であった。しばらく魔法都市にとどまるというのであれば、賢者たちの不興を買うべきではない。

 

 考え込む一同。これからどうすればよいか……。少なくとも純花には思いつかない。

 

「ねえレヴィア。何かない? この事態を解決する方法」

「うむ。悪知恵の働くお前なら何かしらあるだろう」


 ふと、ネイとリズがレヴィアの方を向いて言った。しかし、レヴィアは答えない。代わりに「むー! むー!」というくぐもった声がした。

 

「……ねぇ、あのままだと喋れないと思うよ」


 純花は二人に対し突っ込む。リズが「あっ、そういえばそうだったわね」と言い、とてとてとレヴィアの方へ歩く。

 

 柱に縛り付けられ、口に猿轡さるぐつわ。レヴィアはそんな姿になってしまっていた。

 

 リズが猿轡を外すと、レヴィアは怒りながら怒鳴る。

 

「ぷはっ! テメー、リズ! いきなり何しやがる!」

「アンタが喧嘩売るからでしょ。全く……」


 つい先ほど。純花と共に降りてきた京子を見たレヴィアは「あ、平民落ち」と呟いたのだ。その言葉に京子はひくりと顔をひくつかせ、このままだとまた喧嘩になると見たネイとリズは即行動。レヴィアを縛り上げたという訳である。

 

「聞いても無駄やと思うけどな。お猿さんやし、猿知恵がせいぜいやろ」

「ハァ? なまりがキツすぎて何言ってるか分かんねーんだよ。猿語か?」

「はーっ、猿が正体現したわ。何やその下品な言葉遣い。自称名家が聞いてあきれるわぁ」


 ぼそりと呟いた京子に、レヴィアが素早く反応。早速とばかりに口喧嘩が始まってしまった。

 

 お互いに喧嘩しない宣言をしてからのこの有様。正直、相性が悪すぎる。どちらも気位が高く、やり返さないと気が済まない性格だからだろう。


「もう! 二人ともいい加減にしなさい! こうしている間にもクーデターは進んでるのよ!? 早くどうにかしなきゃ!」

 

 そんな彼女らにリズは怒った。もっともな言葉であった。「平民落ちが」「ほんまウザい猿やわ」と最後に呟いた後、二人はつんと視線をそらす。

 

「で、レヴィア。何かないの。どうにかする方法」

「チッ。……とりあえず考えを整理するとだな、目標は三つある。第一に、エイベル教授の救出。帰還のヒントを一番持ってそうだし、最悪人質にされたりしたら困るからな」


 縄をほどかれながらも答えるレヴィア。彼女の言葉に一行はうんうんと頷く。純花も特に異論はない。

 

「そんで第二に迷宮図書館の解放、第三にクーデターの解散っていったところか。このうち俺らがやっても問題なさそうなのは第一、エイベル教授の救出だな。忍び込んで助けるくらいなら賢者の顔もつぶさねーだろうし。もちろん話を通しておく必要はあるけど」

「成程ね。ていうかアンタ、言葉遣い」

「おっと」


 リズが納得しつつも突っ込んだ。

 

 そして希望を見出したという感じになる一同だが、レヴィアは腕を組み、難しい顔になって続ける。


「ただ、これにも問題はあるんですのよ。救出がバレたら即、武力衝突になりかねない。まあ純花がいれば戦いには勝てるでしょうけど、純花は一人しかいない。全部が全部守るのは難しいでしょう。馬鹿にならない被害が出る上に、結局は賢者の顔もつぶしかねない」


 ルゾルダといった遺物の第一人者にして、司書という重要人物であるエイベル。迷宮図書館の案内役になっているだろうし、ルゾルダのメンテナンスなども強要されてそうだ。彼がいなくなってしまえばクーデターが立ちいかなくなる可能性がある。そんな結論に敵が達すればどうなるか。事態の好転のために攻めてくる事は十分に考えられる……という訳だ。

 

「そもそも戦いは避けたいところやな。ルゾルダは戦力として重要やもの。対魔王ってトコまで考えると、壊してしまうのは悪手やろ」

「むう……。だとしたら話し合いか。しかし、話を聞く限り賢者が譲歩するとは思えんしな……」


 京子が意見を述べると、ネイはさらに難しい顔をして言った。

 

 手詰まり。そんな結論が一行の中で漂う。少なくとも最善の結果というのは難しそうだ。

 

 そうしてしばらくし……

 

「せや、こういうのはどやろか?」 

「近衛、何か思いついたの?」

「ええ。まずは――」


「馬鹿! やめろって!」

「離せ! フレッドを止めなきゃ!」


 何かを思いついたらしく京子が口を開いたその時。塔の外から揉めるような声が聞こえてきた。

 

 その声を聴いた途端、美久の姿がびゅんと消える。どこへ行ったと一行がきょろきょろと見回すと、彼女は塔の入口から顔を出し、外の様子を伺っていた。「ちょっと美久。何しとるん」と京子が呼びかけるも、聞こえている様子はない。

 

 一体何だろう。純花たちが美久を追い、外の様子をうかがうと……

 

「お前が行ったってどうにもならねぇよ! フレッドはあいつらの幹部なんだぞ!? もうどうにもなんねぇよ!」

「行ってみなきゃ分かんないだろ! それとも、このまま放っておいて良いってのか!?」

「そりゃ、良くは無ぇけど……」


 黒髪の男と茶髪の男が言い争っていた。

 

 感情が荒ぶっているのか、黒髪の方は茶髪の胸倉をつかんでおり、茶髪の方はたじたじだ。加えてもう一人青髪の男がそばにいるが、彼に関してはぼーっと突っ立ってるだけである。

 

「争う二人……フレッドくんを求めるディーくんに、それに嫉妬するロジャーくん……友情が壊れかける中、最後には……ハァハァ……」


 そしてそれをガン見している美久。ガン見しつつもハァハァと息を荒くしており、その姿は正に不審者であった。

 

「ハァ……美久のビョーキが出たわ」

「病気?」

「何や男同士の友情が好きらしいんよ。びーえる? 言うてたかな」


 びーえる。純花はその言葉の意味が分からず、首をかしげた。

 

 学業を優先し、創作物にはあまり触れてこなかった純花である。恋愛ものすらあまり知らないのに、BLという魔境を知るはずがない。京子も同様のようで、あまり意味は分かっていないらしい。一番そういうのに詳しいネイが「そうなのかぁ。勿体ないな。いい感じの男なのに」と言い、レヴィアが「うへぇ……」と嫌そうな顔をした。

 

「あっ。あの二人、見たことある。確か一昨日おととい傘くれた人たちだ」

「ああ、そういえばそうね」


 黒髪と茶髪のコンビ。雨の日に傘をくれた二人だ。黒髪の方……ディーという男は今日もギターケースっぽいものを背負っている為、気づいたのだ。


 結局もらった傘は無意味になってしまったのだが、一応恩はある。加えて彼らの言葉に出てきたフレッドという名前。何かしらヒントを持っているかもしれないと考えた純花はすたすたと彼らの方へと歩く。後ろから「あっ、ダメ。薔薇の間に挟まっちゃダメぇ」と美久の声が聞こえるが、どうでもよさそうなので無視。


「ねえ。フレッドってゼンガクを指揮してる奴だよね? その人がどうしたの?」

「ッ!? き、君は……?」

「私は木原純花……じゃない、スミカ・キハラって言うんだけど、この事態を何とかしたくて」

「スミカ……その雰囲気にその名前、もしかして勇者様か!?」


 ディーの問いかけに答えると、その答えを聞いた茶髪が驚いた顔をした。次いで懇願するような顔になり……

 

「ス、スミカさん! すまん! コイツを止めてくれ! このままじゃフレッドに続いてディーまで……!」


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