111. お説教と考察

「いやあ、順調な滑り出しだったな」


 学園を出て、宿への帰り道を歩きながらネイは言った。

 

 彼女に対し、リズはジト目を向ける。

 

「まあね。誰かさんたちのせいでどうなる事かと思ったけど、誤魔化せて何よりだったわ」

「うっ。そ、それは、レヴィアがだな……」


 バツが悪そうに言い訳をするネイ。素直なところは彼女の美点だが、素直すぎて悪い人間レヴィアにホイホイと動かされてしまうのだ。流石に年長者としてはアレである。

 

 そしてその悪い人間レヴィアといえば。

 

「いい? 純花。ああいうのを友達にしてはいけませんわよ? 無論、社会に出ればいけ好かない人間と付き合う必要も出てきますが、アレは付き合う必要の無い人種ですからね。せいぜい利用しまくって最後には……」


 純花に対しロクでもない事を教えていた。どうやらまだ根に持っているらしい。

 

 娘の学友と喧嘩する父。その見苦しい事実に、リズは呆れた目線を向ける。「ダメだよレヴィア。喧嘩しちゃ」なんて言っている娘の方がまだ大人である。


 とはいえ……


「純花、アンタも。向こうの態度も悪かったし、魔法まで使ってきたのは流石にと思うけど、先に手を出したのはレヴィアでしょ。話し合う余地もあったのに、いきなり殴るのはやりすぎ」

「うっ。ご、ごめん……」


 純花はしゅんとして謝る。その彼女に「大丈夫、あれは正当防衛。言い訳さえ作れば何とでもなりますわ」なんて悪い事を教えるレヴィアだが、リズにキッと睨まれて目をそらす。

 

 ワルモノのレヴィア、暴力的な純花、馬鹿。三人が三者三様の問題児。それを再確認したリズはハァーとため息をついた。ちょっぴり疲れたような感じであった。


「そ、そうだリズ。魔法。キョウコ殿が使った魔法なんだが、お前知ってるか? あのような魔法は見たことがないのだが」


 そうした中、ネイがお説教の雰囲気を誤魔化すように言う。

 

 魔法。精霊の気配がない、謎の魔道具を使用した魔法。腹パンのインパクトですっかり忘れていたが、確かに気になる。


 魔法の三段階――探知、演算、構築、全ての手順がなかったことから、恐らくは魔道具によるもの。しかしその魔道具は紙ペラ一枚というありえないものだった。


 さらに発動した魔法自体も見たことがない。四属性のどれに相当するかすら分からないのだ。


「私も見たことがないわね。たぶんレアスキルが関係してるんじゃないかしら?」

「成程。そういえば勇者は全員レアスキル持ちだったな」


 リズの予想にネイが頷く。


 レアスキルは、魔法で叶わない事すら可能になる――いわば奇跡のような能力である。あれならば先程のような事も可能だろう。

 

 ただ……


「しかし、その割には使い慣れていたように思えるな。キョウコ殿は訓練を受けずここに来たのだろう?」

「確かにそうね……」


 レヴィアとて一流の冒険者と呼ばれる女である。そう易々とつかまりはしない。不振な仕草を見つければ避けるなり逃げるなり何かしらの対処をしたはずだ。

 

 が、先ほどの能力はジャストタイミング……レヴィアの隙をついての発動だった。戦闘経験の無い者が出来るとは思えない。もちろん偶然の可能性もあるが……。


「うーむ……。あ、分かった。もしかしたらニホンとやらにも魔法があるんじゃないか? 裏の世界でのみ知られる技……みたいな感じで。で、キョウコ殿はその数少ない使い手。学生なのは世を欺く姿で……」


 顎に手をあて、真剣そのものな表情で予想を言うネイ。

 

 が、その内容は中二そのもの。リズは呆れた視線を彼女へと向ける。以前、「聖女と祝福されてる妹ですが、本当の聖女はたぶん私です〜虐げられていた獣人は私の祝福で全員レアスキル持ち……なのはいいけど、私に求愛するために裏から世界を支配するなんて真似はやめていただきたい〜」なんて超長いタイトルの恋愛小説を読んでいたのを知っているからだ。間違いなくその小説の影響を受けている予想であった。


「な、何だその目は。無くはないだろうが」

「確かに無くはないだろうけど、ねぇ」


 リズがちらりとレヴィアへと目をやると、彼女はアホを見る目をネイへと送っていた。少なくともレヴィアの知識に裏の世界なんてのはなさそうだ。


「ま、仮にあったとしても大した集団ではないでしょう。わたくし……いえ、純花に接触してない時点で見る目がなさすぎますもの。ねぇ?」

「うーん、どうなんだろ」


 レヴィアが同意を求めると、純花は「分からない」という感じで首をかしげた。

 

 確かに、とリズは思う。光属性というレアスキル以上に希少な存在。理不尽なまでの力の持ち主。もしネイのいうような集団があるとすれば、何かしらの接触をするのが当然というものだ。

 

「そういえばレヴィアも光属性? なんだっけ。その割にあんまり力は強くないよね。なんでだろ?」


 ふと、疑問に思ったらしい純花がつぶやく。

 

 彼女の言う通り、レヴィアは非力だ。無論、魔法使いに比べれば力はあるが、戦士職として考えると中途半端。ネイと腕相撲をすれば確実に負けるだろう。

 

「そりゃ勿論、才能がありませんから」

 

 その疑問に対し、レヴィアは平然と答えた。

 

 才能。あまりにシンプルな回答である。しかし、レヴィアに才能が無いとは思えない。技の冴え、体裁き、とっさの判断力……どれを取っても一流だとリズは思っていた。

 

 同じように考えたらしいネイが険しい顔をする。

 

「おいおい、お前に才能が無いとか普通の冒険者が泣くぞ。仮にもAランクなんだ。謙遜は美徳かもしれんが、謙遜しすぎは逆に不快に思われる」

「……ま、天才という自覚はありましてよ。けれど、あくまで常人という領域での評価。純花のように『何もしなくても強い』なんて感じじゃありませんし。ここまで強くなるのにどれだけ苦労したと思います?」

「いやまあ、それはそうだろうが」


 納得しない感じのネイ。天才を自覚しつつ才能が無いと言うのだ。才のありなしの基準が高すぎる。そう思っているのだろう。

 

 レヴィアは純花をちらりと見て続ける。


「一応、純花のような真似はできなくはありません。けれど、すぐにへばるんですよねぇ。だから普段は意識的に魔力を抑えているんですの」

「抑えている? ……もしや、一瞬しか魔力を使わないのもそれが理由か?」

「ええ。恐らく人間の内在魔力オドや魔力属性は魂に依存しているのではないでしょうか? で、体がそれを扱うのに向いていない……という感じじゃないかと」

「「魂?」」


 ネイと純花は首をかしげた。何でそこで魂なんて言葉が出てくるのか意味不明だったのだろう。

 

 その疑問に気づいたレヴィアが「やべっ」という表情をしながら言う。

 

「と、とにかく! そういう集団は日本にはなくて……そ、そうだリズ。純花の育成は順調でして?」


 誤魔化すように話題を変えるレヴィア。いきなり話を振られたリズは「え?」と少し戸惑いながらも答える。

 

「えーと、残念ながら全然ね。精霊に対する感覚は私より鋭いくらいなんだけど、操るってのが難しいみたい」


 純花育成計画。純花がより強くなるためにヴィペールで始まったそれはまだ続いているのだ。

 

 しかし計画は順調とは言えず、全くと言っていいほど進歩が見られない。ネイによる戦士の訓練、リズによる魔法使いの修行、どれを受けても純花が強くなる事はなかったのだ。

 

「まあ、地道に続けていくしかなかろう。戦士の道は一朝一夕でなるものではない。ただ、スミカが強くなるには少々問題もあるのだよ」

「問題?」

「ああ。……敵がいない、という事だ」


 腕を組み、困ったような顔をしながらネイは続ける。

 

「強くなるには目標が必要だ。しかし純花は教官役の私どころか、強大な魔物すら全く相手にならない。つまり強くなる必要がない。これでは格上を追い越そうとする気概が持てないというか……」

「成程」


 リズは納得した。つまりは目標がないのだ。

 

 自分がどうなりたいか、そういう目標があるからこそ必死になる。しかし純花にそのような目標はなく、さらには戦闘で苦労した試しが無い。

 

 千を超える魔物、巨大ロボット、生物兵器。どれも彼女の相手にはならなかった。帰還という目的に対する意識は強いが、強くなる必要性が皆無である。

 

「いや、けど倒せなかった人はいたよ。ヴィペールに入って最初の町で」

「何?」

「殴っても蹴っても、全部避けられたんだよね。負けはしないと思うけど、勝てるって感じでもなかったかな」


 その話は初めて聞いた。聞けば、金髪の騎士と揉め事になり、戦う事になったと言う。兵士が来たので決着は着かなかったらしいが。

 

 純花の言葉に、ネイは腕を組みながら感心した様子になる。

 

「ううむ、確かに純花の動きは拙いが……威力はもとよりスピードもかなりのものだ。その御仁、中々出来るな」

「うん。強い人って感じだった。だからさ、魔力は置いといて、格闘技みたいなのを覚えたら思うんだけど……」


 純花はちらりとレヴィアを見た。一体何だろうとリズは疑問に思っていると、その彼女は顔の前で手をフリフリする。

 

「いらないいらない。純花が技を磨くとか、時間の無駄でしかありませんわ」

「そう? 私がレヴィアみたいに戦えたらすっごく強くなれると思うんだけどな」

「こんなの大道芸と変わりありませんわ。魔力をロクに使えないからこそ会得した代替手段ですもの」


 大道芸。レヴィアは自らの技をそう評した。やはりリズの評価……いや、一般的な評価とは真逆である。

 

 そういえば、レヴィアは己の強さに対して誇る事がない。むしろ弱いとすら思っている節がある。自信過剰かつ自分に甘い彼女にとっては珍しい態度だ。


 恐らくその理由は……。


「そんなに凄いの? その、光属性を使いこなすと」


 彼女の魔力にあるとリズは予想した。

 

 同じ光属性の存在は知っているが、彼女は魔法主体。素手で戦う純花と比較するのは違う気がする。そもそも彼女が戦うところなど見たことがないのだが。


「ええ。攻撃力も防御力もものすごく上がりますからね。技なんてのが無意味になるくらいに。五月蠅いのが難点ですが」

「うるさい?」


 五月蠅いとは何のことだろうか? 魔法で風を起こして五月蠅くなるというのなら分かるが、そういう訳ではなさそうだ。話の流れ的に身体強化の事のようだが、もちろん身体強化で音が鳴るなんて事はない。

 

 そんな風にリズたちが疑問に思っていると、レヴィアは少し考え……。

 

「リズの言う光属性の魔力。それを本気で発した時、どうなるか知ってます?」

「どうなるって……どうなるのよ」

「叫ぶんですのよ。



 ――世界が」



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