110. エイベル教授
「いや、すまない。驚かせてしまったようだね」
ルゾルダのコクピットから這い出てくるエイベル。
大きな怪我こそ負っていないようだが、小さな擦り傷や打撲痕がたくさんあり、髪の毛はくしゃくしゃ。白衣もぼろぼろだった。あの勢いで突っ込んできたのだから、この程度で済んだのはむしろ幸運と言えるだろう。
「エイベル教授。笑ってる場合じゃあらへん。すっごい事になっとりますえ?」
「あはは。研究には犠牲がつきもの。それを考えると大したことではないさ。……よっこらしょっと」
エイベルは恐る恐るルゾルダの胴部から飛び降りた。あまり運動能力は高くないのか、ふらつきながら着地。
「ええと、エイベル教授? これってルゾルダよね? 何でここに……」
「おお、君、その名前を知っているのかい? ここの生徒じゃないようだが……」
リズが問いかけると、エイベルも問い返してくる。彼女が理由を話すと、エイベルは興味深そうにふむふむと頷く。
「成程、未踏破の遺跡で……。ものすごくラッキーだよ君。ルゾルダは古代文明の末期に作られたもので、殆ど配備されていない兵器だ。未だ発見されていない王都は違うだろうがね。私でも数体手に入れるのが精一杯だったくらいだ」
よければその場所を教えてくれないか? と願うエイベル。しかし場所はセントファウス国内である。他国の者を立ち入らせてくれる可能性は低い。というか純花及びケモミミの一味によって壊されてしまった。
レヴィアがそう答えようとしたところ……
「エイベル教授!」
入口の方から声が聞こえた。数人の男女。そのほとんどが白衣姿であった。煙をあげるルゾルダを見ながら「ああ、これはひどい……」「装甲がぼろぼろじゃないか」と肩を落としている。恐らくはエイベルの部下だろう。
彼らのうちの一人。唯一白衣姿でなく、フライトスーツを思わせる黒いツナギ姿の金髪の男性。かけた眼鏡のおかげか、非常にクールな印象を受ける。彼を知っているのか、美久が「フレットきゅん……!」と小声なれどテンション高めの声を出した。
そのフレッドとやらはエイベルの方をキッと睨む。
「教授、ルゾルダの操縦は我々にお任せ下さいと言ったはずです。ただでさえ難しい上に、改造まで施しているのですから。そのピーキーさは主導者である教授が一番よくご存じなはず。大けがをしたらどうするおつもりですか」
「うーん、けど、君らは二号機と三号機にかかりきりだったじゃないか。待ちきれなくて、ねぇ」
言葉は冷静なれど内心怒っているのがありありのフレッド。しかし教授は悪びれもせず、ひょうひょうとした声で答えた。表情も全然申し訳なさそうでなく、反省は見えない。
その姿を見たフレッドは表情をけわしくしつつも提案。
「でしたらヴォルフ殿を呼び戻しては如何です。ヴォルフ殿がいればパイロットの数も足りるはずです」
「いやぁ、ちょっと無理かな。彼は賢者たちに嫌われてるし、政治に巻き込まれるのは勘弁だよ」
エイベルは肩をすくめた。その彼にさらに表情をけわしくするフレッドだが、ここで議論しても仕方ないと思ったのだろう。エイベルに対し「とにかく回収班を寄こします。教授は絶対に乗らないようお願いします」と言い、駆け足で部屋を出て行った。
「あーあ、怒られてしまった。いや、見苦しいところを見せたね」
へらへらと謝罪してくるエイベル。この事態を屁にも思っておらず、お説教も効いていない。先ほど京子が言った通り、確かに少々変わった性格を持っているようだ。恐らくは研究第一というタイプなのだろうとレヴィアは予想。
「まあ、それはいいですわ。それより思ったのですけど、これって人が乗れるんですの? 自動で動くのではなく?」
「お? 成程、君たちが見たのは自律型だったんだね。実はルゾルダには二つのタイプがあるのだよ。君が見た自律型と、人が乗る搭乗型の二つが」
レヴィアが尋ねると、エイベルは得意げに語り始める。
曰く、ルゾルダは素晴らしいが頭脳の出来が悪い、一流のパイロットが乗ってこそ真価を発揮する、自律型を開発した当時の命の賢者はアホ、等々……。
「つまりハードウェアとしての性能を上げる事こそが重要だと思うのだよ。ソフトウェアも必要は必要だが、人間という代替手段がある訳だしね。故に私はだね……」
ぺらぺらとしゃべり続けるエイベル。教授としての性分がそうさせるのか、語るのが止まらない。聞いた本人であるレヴィアも次第に嫌になってくる。
そういえば過去にも同じようなタイプがいた。自社製品たる人型ロボット――クララを見て、「すげーけどコレ、どうやって動いてるの?」と訪ねた際。開発した社員はそれはもう嬉しそうに語ってきたのを。高学歴ではあるが専門家ではない新之助にとってほとんどが意味不明であり、眠くて仕方がなかったのを覚えている。
「ねえ、ルゾルダはもういいよ。それより聞きたいことがあるんだけど」
同じく嫌になったのだろう。純花が話に割り込んだ。
あからさまに不快な表情をするエイベルだが、純花はそれをスルー。手に持ったルディオスオーブを見せる。
「ふむ? それは……どこかで見た気が…………ッ!?」
途端、彼は目を見開き……。
「そ、そのオーブを見せてくれ!!」
引ったくるように純花からオーブを奪う。そして真剣そのものな目つきでオーブを凝視。暫くそのままであった彼だが……
「はははははは!! 何と!! まさか今この時になって見つかるとは!! 素晴らしい!! 素晴らしいいいいいい!!」
狂ったように笑い出した。まるで世紀の大発見をしたような姿だった。
「だ、大丈夫なの? さっき頭とか打ったんじゃ……」
「いえいえ。普段は飄々としてる方ですが、テンションが上がるとあんな感じですよ。いつも」
ちょっと引き気味に心配するリズに、美久が返答。狂気をたたえた瞳、狂ったような笑い声、だらしなく垂れたよだれ。精神病だと言われても納得するような姿であった。
「で、どうなの? それを四つと体を見つければルディオスって神様が復活するって聞いたんだけど」
「復活!? そう、復活だ!! ヒャハハハハハハ!! 無駄ではなかった!! 私の努力は無駄ではなかった!!」
純花の言葉を受け、オーブをかかげて小躍りし始める教授。その姿にレヴィアはドン引き。
マッドサイエンティスト。レヴィアの頭にそんな言葉が思い浮かぶ。次に思い出したのは先ほどと同じクララの開発者。まああちらはマッドというよりカルトという方が正しいが。最初はマトモだったのだが、いつの間にか狂信者のようになっていたのだ。因みにその信仰対象は自分。話が長いのとを除けば従順で非常に扱いやすかったのだが、あまり親しくなりたくないタイプであった。
「教授。いい加減落ち着き。話が進まへん」
「ん? ……おお、ごめんごめん。思わずテンションが上がってしまった。ずっと求めてきた物がいきなり目の前に現れた訳だからね」
冷静になり、ぽりぽりと頭を掻くエイベル。
ずっと求めてきた。つまりそれ相応の品物だという事。その言葉にレヴィアの期待が膨らむ。純花も同様のようで、「本当に神様が復活するの?」と再度問いかけた。
「ああ。君の言う通り、力の源たるオーブ四つを体に戻せばルディオス神が復活する。いや、素晴らしい発見だよ。これならば魔王も間違いなく倒せる」
「魔王はどうでもいいんだけど、帰れるかな? ルディオスが復活すれば」
「うん? ……そうだね、断言はできないが、可能性は高いだろう。人間を救うため、自らの身を投げうつほど慈悲深いルディオス様だ。功労者の願いともなれば無下にはしまい」
腕を組み、何かを思い出しながらエイベルは答えた。その答えに純花はぱあっと表情を明るくした。
「なら残りは三つね。ルディオスオーブ二つと、ルディオス様の体。ねえ教授。心当たりはない?」
「体に関しては心当たりがある。だが、オーブは……残念ながら分からないな」
リズが問いかけると、エイベルは腕を組みながら語り始める。
「しかし、調べることはできるかもしれない。図書館には過去の様々な出来事を記した本もある。世界中のね。あまり興味をそそられなかったので詳しくはないが、それらを紐解けばヒントをつかめるかもしれない」
「そっか……!」
嬉しがる純花。
残り三つ。オーブ自体はここにないのかもしれないが、そのヒントが得られれば成果としては十分と言える。やはり魔法都市を目指して正解だったとレヴィアは思った。
「では、エイベル教授? 木原さんたちにも図書館への入館許可を与えて頂けます? 手は多い方が良いでしょうし」
「うん、問題ないよ。では、明日僕の研究室に来てくれるかな? それまでに手配しておこう」
京子の提案にエイベルは頷く。まだ魔法都市に来て二日目であるが、順調な出だしだった。これなら純花の帰還も早いうちに叶うかもしれない。
ふと、こちらへ白衣の人物たちが歩いてくるのが見えた。彼らはエイベルへの周りに集まって報告を始める。
「エイベル教授。ざっと見ましたが、主要部にダメージはなさそうです。修復も可能でしょうが……」
「すぐにとなると二号機と三号機の方の人員を取る事になるかと思います。あっちはあっちで重要ですし、如何しましょう?」
「私としては二号機を優先すべきだと思いますが、教授はどう思われます?」
どうやら今後の方針を相談したいようだ。それぞれがそれぞれの意見を主張している。
が、
「うん。まあ好きにしてくれ。君らに任せた」
「は? 教授、一体何を……」
「僕は別にやる事が出来たし、後はよろしく。えーと、スミカ君だったかな? それじゃまた明日ね。研究室の場所はキョウコ君が知っている」
そう言ってエイベルは去っていった。目の前で倒れている巨大兵器。既に興味は微塵もなさそうであった。
彼の後ろ姿を見た京子がため息をつく。
「な? 変わった方やろ? まあとにかく木原さん。続きは明日っちゅう事で。朝九時くらいに今日会った正門前で待ち合わせしよか」
「あ、うん」
「そんで……」
ちらりとレヴィアへと目線を向ける京子。「お前来んな」と言う意思がありありと感じられる目つきだった。
それを受けたレヴィアは先ほどの怒りを思い出し、再び何かを言おうとした。が、リズに口を塞がれ、ずるずると引きずられて強制的にこの場を退場するのであった。
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