109. バトル・オブ・マウント
二人のとりなしで純花は落ち着き、戦いは避けられた。そして再び椅子に座り、話を再開するように取り図られる。
「…………」
「がるるるる……」
が、話が始まる様子はない。
京子の後ろ。腹パンされた美久は純花を警戒心マックスで睨みつけており、対する純花は美久だけでなく京子にも敵意を向けている。そしてそれを向けられている京子は困ったような顔をしていた。
「お嬢様。やっぱりヤバいですって。ビンタとかじゃなくて腹パンですよ腹パン。どうかしてますって。それに、お館様の言いつけも……」
京子に対し美久がぼそぼそと耳打ち。
レヴィアは思う。いきなり襲ってきたヤツが言うことではない、と。まあ自分もいきなり叩いたのだが、アレはまだツッコミの領域。純花の反撃も正当防衛だ。
「もう。アンタが手を出したせいでこじれちゃったじゃないの。ちょっとは大人になりなさいよ」
「そうだ。相手の態度に思うところはあるが、まずは言葉だろう」
そんな都合のいい事を考えていると、仲間二人が小声で咎めてきた。彼女らの言葉にレヴィアは反論。
「言ったでしょう。愛の鞭ですわ」
「嘘。怒っただけでしょ」
「いえいえ、先ほど申した通りこのままではロクな大人にならないでしょう。それに、自己認知も歪んでいるようですし」
「自己認知?」
「ええ。わたくしとあの子ではどう考えてもわたくしの方が高貴ですもの」
一応、小さめの声ではあったが、近い距離である。その声はしっかりと相手まで届いており、京子はひくりと顔をひくつくかせた。レヴィアは「喧嘩売るんじゃないの……!」とリズにげんこつをされるレヴィア。
「ゴホン! えー、とにかく話を進めようじゃないか。それでキョウコ殿、ニホンとやらに戻る手段は見つかったのだろうか」
ネイは一つ咳払いをし、険悪な雰囲気を誤魔化すように問いかけた。
が、京子は先ほどと同じく完全にシカト。何一つ会話する気がなさそうだ。しかし話を進めるつもりはあるようで、後ろにいる美久へちらりと目線を向ける。
「え。私が話すんですか?」
「元々そっちは美久に任せてたやろ? 早う」
「ま、まあ、はい。えーと……と、とりあえず戻る手段についてはまだ調査中ってトコですねー」
美久はしどろもどろした様子で答えた。その答えに「そうなんだ……」と肩を落とす純花。元々可能性は低かっただろうが、期待してなくもなかったのだろう。
「あ、でも方法自体はなくはないと思います。えーと、そこのおっきい方」
「ん? 私か?」
「『クーのだいぼうけん』、『すくいぬし』、『めがみのゆうしゃ』とかって知ってますかね?」
続けて美久はネイへと問いかけた。意図の分からない質問に首をかしげるネイだが、「勿論。どれも有名な童話だ」と返答。レヴィアもタイトルくらいは知っている。まあ読んだことはないのだが。生まれたときから心は大人だったので興味が湧かなかったのだ。
「ですか。では、どんなストーリーでした?」
「ストーリー? ええと、人格と能力に優れた若者が、神に願われて救いを求める世界へと旅立ち、世界を救う話……だったはずだ。いわゆる勇者の冒険譚というやつだな」
幼いころは心躍ったものだ……なんて懐かしがるネイ。小さいころにハマッていたのだと思われる。勇者に助けられる姫、なんてのに憧れていたのは簡単に想像がつく。
「仰る通りです。私たちが“勇者”なんて呼ばれるのもそれらの童話があるからでしょう。で、気づきません?」
「何が」
「状況ですよ。救いを求める世界がこの世界って考えれば、今の私たちの状況にそっくりです」
確かに、と納得する純花。ネイも「全部異世界召喚ものだしな」と頷く。
「しかもですね。主人公の名前がものすごく聞いたことのある名前なんですよ。ギルガメッシュとか、インドラとか。木原純花も知ってるでしょう?」
「うーん、どうだったかな……」
あるようなないような、と悩む様子を見せる純花。対し、レヴィアには聞き覚えがあった。
はっきりとは覚えていないが、確かこういう名称の人物がいた……いや、実在の人物ではなく娯楽作品で見られるものだったはずだ。次元のはざまから武器を射出する能力を持っているが、その武器が全部ダメージ1だったので敗北し、最終的に次元のはざまにおっこちて負けるギャグキャラ……だったはずだ。たぶん。
「でしょう? 全部地球の神話に登場する名前なんです。大抵は英雄と呼ばれる人ですね。つまり、こう考えられません? はるか昔、この世界から地球へと渡った者がいて、地球のどこかを救った。私たち同様に召喚されて。その名残が地球では神話として、こちらでは童話として残っている……」
成程。確かに一理ある話である。
そしてその理論でいえばこちらから地球へ向かうことも不可能ではない。希望が持てる話だった。
「そもそもこの世界と地球は共通点が多すぎるんですよねー。そっくりな動植物が存在するどころか同じ人間が住んでいる訳ですから。何かしら関連があるに違いありません。恐らく今は亡き神々が……」
「美久」
「はい? ……あっ」
ノリノリで喋っていた美久だが、途中で京子が割り込む。すると美久はやべっという感じで口を押さえた。
純花が首をかしげ、「どうしたの?」と問うと、彼女は体の前で手を振りながら「いえいえいえ! 何でもありません何でも」と言う。ものすごく何かを誤魔化している様子だった。
「え、えーと、とにかく方法はあるというのが私の考えでして……おそらくは神々の力が必要だと思われます。私たちを召喚したのもルシャナという神様ですし、童話の描写的にも神様の干渉があったと考えるのが自然ですし」
「むう、結局はそこにたどり着くのか」
ネイは腕を組み、険しい顔をした。
神の力。現状、異世界間移動にはそれが必要だと判断せざるを得ないだろう。つまり問題はどうやって神の助力を得るかである。
が、今のレヴィアたちはそのヒントを持っている。
ルディオスオーブ。
最高神ルディオスの力が封じられているというアイテム。
ヴィペールで聞いた話では、四つのオーブとルディオスの体を見つける事でルディオスが復活するという話だった。
そして同じ事を思ったのだろう。純花は道具袋をごそごそとあさり、緑色のオーブを取り出す。
「これは……」
「ここに来る途中、見つけたんだ。ルディオスオーブって言って、これ四つと体を見つけるとルディオスってのが復活するんだって」
それを見た二人は少し驚いた様子だった。京子はオーブを手渡されると、それをまじまじと眺める。彼女の後ろでは「嘘っ。も、もしかしてそれ、神器ですか?」などと中二気味な言葉で騒いでいる。
「……はーっ。まだここに来てそんな経ってへんのに、素晴らしい成果やな。流石純花さんやねぇ。どっかの誰かさんと違って」
感心したようなため息を吐き、純花へと笑顔を向ける京子。誰かさんに対しチクリと嫌味をこぼしながら。その誰かさんは「そ、そりゃないですよぉ! 着物やら畳やらお嬢様のワガママにどれほど」などと嘆いている。
「けど、ここからが困ってるんだよね。運よく二つは見つけたんだけどさ、残り二つと体の場所が分からない。魔法都市なら……って思ったんだけど」
純花は腕を困ったような顔で言う。この二人に心当たりがなかった事から、魔法都市で情報を得られる可能性が少ないと良そうしたのだろう。
が、京子の「どこで見つけたん?」という問いに純花が答えると、彼女はふむふむと頷きつつも言う。
「遺跡かぁ。そんならエイベル教授に相談してみよか」
「エイベル教授?」
「遺跡や遺物研究の第一人者で、そらもうすごいお人なんよ。ちょっと変なとこはあるけど、司書の資格も持ってはるし……」
「司書?」
純花は首をかしげた。
司書とは確か、図書館の職員を示す言葉だったはずだ。専門職ではあるが、研究者として偉くなるために必要かといえばそうではない。純花が不思議がるのも当然といえよう。
だが、この魔法都市では違う。司書というのは重要な役割であり、研究者にとって喉から手が出るほど欲しい役割でもあるのだ。帰還について調べるなら彼らの協力が絶対に必要である。
「せや、木原さんにも紹介しましょか。エイベル教授なら図書館への入館許可も出せますし」
「許可? 図書館に入るのに許可がいるんだ」
「まあ、公共の図書館とちゃうしなぁ。貴重なものがようさんあるし。許可がない状態で行っても追い返されるだけや」
京子がそう言うと、後ろにいる美久が「お嬢様、それは……」と渋る。が、京子は「手が足りへんのやから。木原さんにも手伝って貰った方がええやろ」と返した。
ありがたい申し出である。少なくともレヴィアに異論はない。
しかし、同時に疑問も湧いてきた。何故この京子という少女はこちらに……いや、純花に協力的なのだろうか? 確かに純花のご家庭ランクは高いが、それにしても好意的すぎる気がする。レヴィアの経験上、このような裏表の激しい人物が親切な時は何かしらの意図があるのが普通だ。
(……もしかして金か? 融資が欲しいのか? 良家出身っぽいけど、没落したんだろうな。で、金持ちの純花から融資を得て復活させようとしている……)
ありそうだ。
見栄を張って金持ちを演じているが、家計は火の車。それを何とかしようと努力しているという訳だ。最初警戒していたのは純花の機嫌一つで家が吹き飛んでしまうから、と言ったところか。
で、美久という少女の態度は京子の父親の方針を受けてだろう。プライドの高い京子父はそういうのを許さず、純花との接触を禁じっているのだ。自分を大罪人とか言っていた辺り、自分の会社のせいで京子父の会社が傾いたのかもしれない。なにせ主力製品は人型ロボットである。革新的な製品ゆえに、その煽りを食らった企業は多々あるのだから。
その予想にたどり着いた途端、目の前の少女が滑稽に見えてくる。没落令嬢。虚勢を張る貧乏人。時代についていけなかった敗者。レヴィアは「ハッ」と鼻を鳴らした。
「……アナタ、さっきから何なん? 流石に目に余りますえ?」
その仕草を不快に思ったのだろう。眉間にしわを作った京子が文句をつけてきた。気位が高いゆえにこちらと喋ろうとしなかったが、気位が高いゆえに放っておけなかったのだろう。
「これは失礼。ただ、親がアレだと娘も大変だなぁと思っただけでしてよ」
「は?」
「ま、アナタもほどほどにした方がよろしいでしょう。高貴ぶっても所詮中身は……くすっ」
馬鹿にしたようにくすりと笑うレヴィア。自分を下賤を扱いしてきたのは、彼女のなけなしのプライドによるもの。それを考えると滑稽で仕方なかったのだ。
なお、彼女の発言は完全にブーメランな模様。それを知るリズが「だから喧嘩売るんじゃないの! それに、アンタ人の事言えないでしょ」と突っ込んだ。
一方、馬鹿にされた京子。彼女は眉間のしわをさらに深め、レヴィアを睨みつけた。完全に怒っている様子である。
しかしすぐにそれは収まり、柔和な笑みを浮かべ……。
「ふーん、ご忠告どうもなぁ。ならうちからも言わせて貰いますけど、お嬢様ごっこもほどほどにした方がええよ? 無理してるのが見え見えで見てられへんわ。育ちの悪さを気にしてはるんやろけど」
「は?」
育ちが悪い? 一体誰の育ちが悪いというのか。
思わず手が出そうになるレヴィアだが、それを察したらしいリズが腕を掴んで邪魔をする。普通の人間ならここで我慢するところだが、レヴィアがこの状況で我慢できるわけがない。
レヴィアはこめかみに怒りマークをたたえつつ笑顔を作る。
「わたくしの育ちが悪い? これはこれは、随分と節穴な目をお持ちのようですわね。こう見えて中々の名家出身ですのよ?」
「はー、名家なぁ。一応言うとくけど、成金は名家言わへんのよ?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。金持ちかつ現在進行系で尊い家柄をそう呼ぶのですよね? ご心配なく。わたくし、旧華族なんて平民落ちした見苦しい身分では決してないので」
「っ……! ま、名家にも色々ありますもんなぁ。美しい振る舞いを求められる家と、山猿みたいに棒切れ振り回すだけでいい家と」
「あ?」
レヴィアが口でやり返そうとすると、相手もやり返してくる。ご家庭マウントの始まりであった。
見た目、立ち振る舞い、恰好、名前……そういったものから相手の素性を推測し、貶める。無駄に高度な情報戦がそこにはあった。それを見た純花が「おおお……」と感心したような声をあげ、美久が「ケッ、これだから女同士は」と悪態をつく。
「だからレヴィア! 喧嘩するんじゃないの!」
「そうだ! 少しは大人になれ!」
そして争いを止めようとする仲間二人。するとレヴィアはネイの方をキッと睨み、
「ネイ、何平然としてるんですの! アナタが一番馬鹿にされてるんですのよ!?」
「へ?」
「この娘は剣を持つ全ての人間を馬鹿にした。つまりわたくしだけじゃなくアナタも馬鹿にしている。誇り高き騎士のアナタをです」
「なっ……!」
た、確かに、という感じでのけぞるネイ。彼女に対し、レヴィアはさらに畳みかける。
「いえ、ネイだけじゃない。すべての騎士……弱者の盾となり、身を削って戦う英雄たち。それら全てが馬鹿にされてるのですよ!? 騎士の代表たるアナタが黙っててよろしいの!?」
「う、うぬぬぬぬ……!」
徐々に表情を険しくし、京子へと敵意を向け始めるネイ。しかしリズの「ちょっとネイ! レヴィアの言う事を真に受けないの!」という言葉で落ち着きかける。
が、そこでレヴィアが耳打ち。
「なあ。アイツの目を見てみろ。あの見下した目つき。『剣を振り回すだけの山猿。そりゃあ結婚できねーわな。猿は猿らしく山に帰れ。ボス猿と婚活してろ(笑)』だってさ」
「き、貴様ぁ! わた……騎士をそこまで愚弄するか!」
こうして味方を得たレヴィア。が、所詮はネイである。情報戦など出来るはずもなく、「勇者だからって調子に乗るなよ!」「気位が高い女はモテないんだぞ! この将来の売れ残り!」「ばーか! ばーか!」と言うのが精一杯。ネイ自身には効きまくるのだろうが、相手にダメージは皆無である。冷たかった京子の視線が、徐々に可哀そうなものを見る目になってゆく。
「な、何だその目は! どこまでも人を馬鹿にして! ルシャナ様はいつでも我々を見守っておられるのだぞ! そんな奴にはいつかバチがあたるんだからな!」
「……ハァ……」
京子は目をつぶり、ため息を吐く。馬鹿の相手は疲れる、とばかりに。
が、次の瞬間。
――ドガァァァァン!!
部屋全体が揺れ、爆音が響く。
反射的に身をかがめ、音の方を向くと、なんと壁に大穴が空いている。そして部屋の中心付近には煙を上げる何らかの巨大な物体。幸いにして職員は巻き込まれていないが、大変な騒ぎになっている。
「ネイ、すごいじゃん。バチってこれ?」
「ち、違う! 私は何もしていない!」
純花のお気楽な言葉。意味不明なまでの身体能力を持つ彼女である。特に脅威に感じていないからこそのこの言葉なのだろう。
「これは……」
一方、物体を見て目を見開く京子。心当たりがあるような感じであった。
レヴィアは警戒しつつも正体を見極めようとする。隕石か何かかと思ったが、見えたのは人工的に作られたように白く輝く金属。頭があり、体があり、腕があり、足がある。これは……
「こ、これ、ルゾルダってやつ!? みんな、下がって!」
リズが皆に向かって叫ぶ。
――遺跡で戦った巨大ロボット、ルゾルダ。目の前の巨体はその姿に非常によく似ていた。
頭部にユニコーンのような角があったり、騎士の鎧を思わせる美麗な胴体部をしていたりと、デザインこそ異なる。が、同じような趣向で作られているのは間違いない。そしてこれを動かせる者といえば、一つしか思いつかない。
武器を構え、戦闘態勢に移行するレヴィアたち一行。しかしいつまで経ってもルゾルダが動く様子はなく、シューッと白い煙が上がっているだけ。
どうしたのだろう。もしかして壊れた? 不思議におもいながらも一行は警戒を続ける。暫しそうしていると、ウィィィンという機械音と共にルゾルダの胴体部が開いてゆき……。
「あ、あたたたた……」
そしてその胴体部から出てきた人物。灰色の長い髪に灰色の髭を持ち、白衣を着た長身の老いた男だった。
彼が赤の爪牙なのだろうか? その割には戦意がないように見える。まあ、判断は拘束してからでもいい。レヴィアたちが攻撃のチャンスを狙っていると……。
「エイベル教授」
「ん? あ、ああ、キョウコ君。帰ってきたのかい」
京子が男へと声をかけた。エイベル教授。確かその名は……
「段飛ばしになってまうけど、しゃーない。紹介します。この方がうちの協力者の一人にして研究所の主、エイベル教授や」
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