108. 下賤
京ことば風の関西弁にしているつもりですが、書いてる人が書いてる人なので猛虎弁になっている可能性があります。
「流石に変やろ」ってトコがあったら教えてください。
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京子に連れられ、学園内の敷地を歩くレヴィアたち。
剪定された木々に、整備された道。まるで城を思わせる西洋風の複数の校舎。外から見た時は大学っぽいと思ったが、正に大学――それも海外の大学のような場所だった。
実際、制服姿の生徒のほかに、私服姿や魔法使い風の衣装と様々な格好の人物がいるので、研究機関的な側面もあるのだろう。年齢層を見るに中学から大学までの一貫校といったところか。
「ちょっと男子ぃ! ちゃんと掃除しないよ!」
「悪ぃ! 早く行かないとグラウンド取られちゃうからよ!」
どうやら休み時間になったらしく、周囲からたくさんの生徒の気配が。どうやらここらの校舎は中等部、あるいは高等部のようだ。声や姿が非常に若々しい。
その雰囲気を感じ取ったネイがそわそわしだす。周囲をきょろきょろとし、「ああ、いいなぁ、いいなぁ」と言いながら指をくわえている。
いつものレヴィアならそれを小ばかにするところ。しかし今の彼女にはそれよりも気になる事があった。
目の前を歩く純花のクラスメイト、近衛京子。
ほんわりとした雰囲気、ピンとした背筋やしずしずとした歩き方からは育ちの良さを感じさせる。どうやら既に人間関係を築いているらしく、すれ違う生徒、あるいは魔法使い、あるいは博士といった格好の者からは貴族に接するような丁寧なあいさつを受け、それに臆している様子もない。
(そういや星爛学園だったな。お偉いさんの子供も多かったし、コイツもそうなんだろ)
レヴィアはそう考察した。過去、自分が通っていた時もそういう生徒は多かった。自分のように庶民出身の方が少なかった覚えがある。当時はその金持ちっぷりに腹が立ったものだ。同じように思っているのか、離れた場所では苦々しくこちらを見てくる者もいる。
「がるるるる……」
そして何故か自分に敵意を向ける女。あまりに普通すぎて印象に残らない感じの容姿だが、性格は明るそうだ。いや、馬鹿っぽいというのが適切か。
レヴィアは考える。彼女らは一体何なのだろうか、と。
最初に見えたのは、警戒。純花を敵と認識していたように見えた。実際、従者らしき美久とやらは京子を守ろうとしていた。
しかもその理由は自分……新之助であると言う。大罪人扱いなど名誉棄損にも程がある。ついでに薔薇というのも意味不明だ。
心当たりがあるとすれば社長時代のちょっとした悪事くらいだが、どれも公にはなっていない。殆どは途中で飽きてやめたし、仮に死んでからバレたとしても大した問題にはならない程度のものだったはずだ。たぶん。
「ねえねえ、その服何? 見た事のない恰好だけど、異世界から持ってきたの?」
そんな風に疑問に思う中、リズが京子に話しかける。確かに着物なんてこの世界には無い。少なくともレヴィアが巡ってきた場所では見た事がなかった。
しかし、リズの問いに京子は黙ったまま。聞こえなかったのかな? と一行が不思議そうな顔をしていると、代わりに美久という少女がその疑問に答える。
「作らせたんですよぉ。この世界の服が落ち着かないからって、お嬢様が。生地から作らなきゃいけなかったのでそれはもう大変どころの騒ぎじゃ……」
「美久」
「はいっ! 黙ってます!」
ビシイッ! と敬礼をする美久。そのノリから察するに、やはり京子の従者のようだ。
日本全体を見れば珍しいが、星爛学園ではそう珍しい事ではない。しかし、異世界に来てまでもその関係を維持しているとは……京子とやらの親はよほどの権力者なのだろうか? ならば純花の将来の為にもちょこっとくらい媚びを売っておくべきかもしれない。
幸い二人の相性はそれほど悪くなさそうだ。「ねえ近衛、そんなしゃべり方だったっけ?」「ええ。そういえば木原さんと喋ったのは初めてやな」などと普通に雑談している。
そんな事を考えながら歩いていると……。
「うん? 何これ」
何かを見つけたらしい純花が声を上げた。
道の半分を防ぐように置いてある看板。正直邪魔である。
純花の疑問に、京子はふうとため息を吐く。
「お気になさらず。分をわきまえぬ者どものたわごとと言うか……とにかく、参りましょ」
京子は眉をひそめつつもその看板をよけ、さっさと奥へと歩く。『学びの自由を実現しよう!』とか書いてあったが、生徒会選挙でもやっているのだろうか? 恐らくは公約的なモノだと思われる。
そうしてしばらく進むと、建物の様相が変わりだす。街中の一部にあったような、遺跡風の建造物だ。京子はその建物の一つ……四階建てくらいある場所に入っていく。入口の横の壁には『エイベル研究所』と大きく刻んであるので、恐らくは京子が世話になっているエイベルという者が管轄する建物なのだろう。
レヴィアたちも続けて入ると、中は無機質な白色の廊下が続いていた。魔法使い風の姿の者が忙しそうに歩きまわっている。景色が学園風から遺跡風になった為か、ネイが「あああ……」と後ろ髪惹かれるような声を出した。
研究者たちからも丁寧な扱いを受けている京子。彼女に連れられ、多数あるうちの部屋の一つに入ると、そこはところどころに椅子とテーブルの置いてある大部屋。多目的スペースと言えばいいのだろうか。職員たちが休憩をとったり、打合せをしたりしている。
京子はこの場所でも一番良い席……階段三つ分くらい高い場所にある席へと向かう。恐らく高い地位の者の為に用意されているのだろう。下の席よりも空間が広々ととられており、テーブルや椅子も品のある落ち着いたデザインだ。
そのうちの一つへと京子がたどり着くと、美久が手慣れた様子で椅子を引く。静かに座った京子は対面の席へ座るよう純花に勧める。
ただ、ここには椅子が二つしかない。美久及び仲間三人は立ちっぱなしになるが、いいのだろうか? そういう感じの視線を向けてきた純花だが、とりあえず話しを進めることを優先したらしく、席に着く。
そして純花が自らの事情……一刻も早く帰りたい為、遺跡を巡って帰還手段を探しているというのを話すと、京子は少し嬉しそうな顔をする。
「ははぁ。せやったんかぁ。うちらと同じやね」
「それじゃ、近衛も?」
「はい。帰る手段を探しとります。木原さんと同じく」
純花と同じ目的。つまり京子も帰還を願い、こうして魔法都市に来ているというのだ。
しかも彼女は純花より先に行動している。召喚されてすぐに魔法都市を目指している辺り、意思も強く、機転も効くと思われる。強力な味方になるのでは。そうと予想した一行は「おおー」と喜んだ。
「けど、木原さんも同じ事考えとったんやな。声かけとけば良かったわぁ。うちのお友達はぜーんぶ舞い上がってもうて、着いてきてくれへんかったもの」
ふう、とため息を吐く京子。つまりこの都市にいるのは目の前の二人だけという事だ。何気に美久が友達扱いされていないが、たぶん部下的なポジなのだろう。
「まあ私もあの時は思いつかなかったし。魔王を倒すって事しか。レヴィアが教えてくれなきゃ今でもそうしてたと思う」
「へぇ……」
純花の言葉を受け、京子はちらりとレヴィアの方を見る。何かを探るような目つきだった。しかしそれは一瞬の事で、すぐに視線は純花へと戻る。
「そうなんか。……少し変わったなぁ、木原さん」
「変わった? そうかな?」
「ええ。木原さんと言えば一匹狼って感じやったもん。あ、でもうちとしてはええと思うで? 昔の木原さんならこういう風にお話しするのも難しかったやろし」
うふふと柔和な笑みを見せる京子。「ずっとお話してみたかったんよねぇ」となんて付け加えながら。
「あはっ、確かに。純花ってば最初は不愛想そのものだったもんね」
「ああ。何を話してもなしのつぶて。一匹狼という言葉がピッタリだったな」
彼女の言葉にリズとネイも同意。それを聞いた純花はバツの悪そうな顔をする。が、反論は出来ないようで黙ったままだ。
「ねえキョウコ。向こうでの純花ってどんな子だったの? やっぱり今みたいな感じ?」
リズは京子へと問いかけた。純花は「ちょっとリズ」とやめさせようとするが、リズは「いいじゃないの、少しくらい」と言い、話を続けようとする。
確かに娘の学園生活は親として気になるところ。ぜひ聞いておきたいところだ。
まあ大体予想はつくのだが。美少女かつハイスペックな純花。昔の自分のように大人気だったに違いない。レヴィアはそう思いつつ耳を傾けた。
――が、答えが返ってこない。
一体どうしたのだろう。この近距離で聞こえないはずもあるまい。レヴィアは不思議に思いながら京子の方を見ると……京子は着物の裾で口元を隠しつつ嫌そうな顔で顔をしかめていた。
同じく不思議に思っているらしく、首をかしげているリズ。すると、隣で控えていた美久が申し訳なさそうな感じで言う。
「ごめんなさい。お嬢様ってば気位が高いので! 下賤な方にはちょーーーっと塩対応なんですよぉ」
「へっ? げ、下賤?」
「ええまあ。そういう訳で黙ってた方がいいですよー。お互いの為にも」
口の前で指をクロスさせ、バッテンを作る美久。
下賤。
地位や身分が低い者を示す言葉。
確かにリズの社会的地位は高くない。下賤と言えば下賤と言えるかもしれない。
だが、流石に放っておけない発言だと思ったのだろう。ネイが少し咎めるように言う。
「げ、下賤とは流石に口が過ぎましょう。確かにリズは田舎者ですが、こう見えて中々に学のある女です。それに、他人に対する思いやりも人一倍……」
「…………」
「いや、アナタも含まれるんですってば。下がって下がって」
美久のツッコミに「嘘っ!?」という感じでのけぞるネイ。自分が高貴とでも思っていたのだろうか? まあ頭の中ではよくお姫様役になっているのだろうが。だからこそ高貴とは程遠いとも言える。
レヴィアは考察する。お偉いさんの子が多い星爛学園。親の立場を傘に着た輩は多い。自分の高校時代にもそんな輩が絡んできた事はあった。「何だ、ただの庶民かよ」「勘違いする見た目してんじゃねーぞ」なんて風に。ムカついたのでソッコーでシメてやった記憶がある。あの頃は自分も若かった。
とにかく、目の前の女はご家庭ランクが一定以上の者としか相手しないという訳だ。純花というお金持ちの娘のような。差別主義者にも程があるが、人間なんて誰もが差別的な一面はある。純花のクラスメイトだし、許してやろう。レヴィアはそう思った。
「それで、純花はどんな感じでしたの? やっぱり人気者? アナタも気になっていたようですし、きっと学園のアイドルみたいな感じで……」
「…………」
無言。レヴィアは京子の頭をスパーンと叩く。
「痛っ! な、何しはるの!」
「愛の鞭ですわ。その年でその有様ではロクな大人にならないでしょう。感謝しなさい」
怒りを見せる京子に、レヴィアは教育的指導だと言う。もちろん実際は腹が立っただけである。自らを
――瞬間、レヴィアの背後に気配。
反射的にしゃがむと、元々首があったあたりをホールドしようとしている美久の姿。
さらにこちらが避けたのを把握した美久は容赦なく蹴りを放ってくる。レヴィアは横にごろごろと転がって回避し、素早く立ち上がる。
「テメー! いきなり何しやがる!」
「ごめんなさいねぇ。お嬢様の敵は排除すべし、と仰せつかってるので」
へらへらとしながらも真剣な目をしている美久。
強い。ただの女子高生とは思えないほど洗練された動き。武道とは違う、実戦で鍛えられた動きだ。レヴィアは一瞬でその事を見抜いた。
だが、自分以上かというとそうではない。たった二撃だが、自分を捕らえられなかった事でもそれを察せられる。手こずるとしても負ける事はないと判断。
しかし……
(っ!? 体が、動かねぇ……!?)
次の瞬間、体が動かなくなっていた。
面倒なので純花の後ろに隠れようと思っていたのだが、それすらままならない。手が、足が――体が動かない。
「テメェ……! 何しやがった……!」
「私は何もしてませんよー。術は苦手ですし」
ギリギリで口くらいは動くので問いかけると、目の前の女――美久がやったものではないらしい。ならばもう一人となるが……見れば、京子は何やら
レヴィアの知識にはない道具。魔法の杖ではない。魔道具でもない。あのような紙ペラ一枚で作れるような単純なものではないからだ。
さらに、発動している魔法らしきもの。このような魔法は見たことがなかった。魔法は精霊を利用して行われるので、属性を帯びるのが普通であり、発動の際に前兆を感じる事も出来る。だが、そのどちらも感じられなかったのだ。
動けないレヴィアに対し、美久が指をぽきぽきと鳴らしながら近づいてくる。どうやら痛めつけるつもりらしい。
「へっへっへ。それじゃやらせていただきますかね。とりあえずデコピンでもさせてもらいますか。薔薇の間に挟まるような不届きな輩ですし、アナタにはその他にも恨みを感じられるような気が――ふぎゅっ!?」
が、痛めつけられたのは美久だった。
いつの間にか純花が立ち上がっており、彼女に素早く腹パンを決めたのだ。美久はお腹を押さえながらガクンと膝をつき、ドシャアアと倒れた。
「ねえアンタ。レヴィアに何しようとしたの? ねえ」
「あっ! いっ! や、やめて……! 痛いっ……! まだお腹いたいのぉっ……!」
さらに純花は美久を追いうち。とても痛そうなお腹をさらに痛めつけようとした。美久はごろんと転がってお腹を反対側に向けて防御するが、代わりに背中が蹴られているので結局は痛そうだ。
一通り蹴ったところで純花はキッと京子を睨む。負けじと睨み返した京子だったが……数秒後、彼女は一つため息を吐き、魔力を霧散させる。瞬間、レヴィアの体が動くようになった。
「……ホンマ、変わったなぁ。そういう事ならしゃーない。木原さん、ここはお互い様って事にせえへん?」
「は? レヴィアに妙な真似しといて――」
次いで譲歩を見せるが、純花は敵意を見せたまま。
が、「だからやめなさいってば!」「いきなり殴るのはやめろと言っただろう!」とリズおよびネイが止めると、純花はしぶしぶながらも戦意を収めるのであった。
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