107. クラスメイトとの再会

 リズの願いは叶えられ、快晴となった翌日。

 

 彼女らがまず訪ねたのは教会だった。


 最初は不審がっていた司祭らだったが、幸いにも彼らの中にセントファウスから来た者がおり、その者は純花が勇者だという事も知っていた。結果、協力的になった教会により、あっさり情報を得る事に成功する。

 

 グリムリア学園。通称魔法学園と呼ばれる場所にクラスメイトはいるというのだ。

 

 何故そんな場所に? 不思議に思う純花だが、学園こそがここ魔法都市の中心とも呼ぶべき機関であり、様々な研究が活発になされている場所らしい。故にクラスメイトはそこに駐留しているとの事だ。

 

 納得した純花たちは学園の方へと向かう。学園は町の中心部にあるらしく、端っこであるこの場所からは少し歩かなければならない。

 

「なんだかおもしろい町ね」

 

 その道すがら。リズがきょろきょろと周囲を見回しながらつぶやく。

 

「うん。セントリュオやヴィペールとは全然違うね。まるで日本……いや、遺跡みたい」

 

 彼女の言葉に純花も同意。


 町に入ってしばらくは何も思わなかったが、中心部に近づくにつれ、普通の町とは全然違う様相が広がっていたのだ。黒色のコンクリートで建てられたような建物が多数あり、道は規格化されたようにほぼ一定の幅。遺跡のようにも見えるし、日本のビジネス街のようにも見える。デザインこそ大分異なるが。

 

「それはそうだろう。魔法都市は遺跡をそのまま町にしたらしいからな」

「そうなの?」

「ああ。この建物も元あったものを再利用したんだろうな。もちろん補修はされているだろうが」


 ネイの説明を聞いた純花は建物を見上げる。

 

 確かに彼女の言う通りで、よく見れば壁に塗りなおしたような場所がある。とはいえ、何百年、何千年前の建物と考えれば破格の耐久性能だ。補修で済むという事は、中の骨組みなどは全く劣化していないという事になる。それ一つとっても古代文明とやらの凄さが理解できるというものだ。

 

「この区画だけがそうなのかしら? 向こうに見える塔みたいなのは遺跡っぽくないけど」

「確かに」


 リズの視線の先。これから向かう方向には、少し遠くにある塔のような背の高い建物。確かにあれは遺跡っぽくなく、中世建築のような建造物だった。その雰囲気から何か重要そうな建物に思える。

 

 そうしてしばらく歩くと、少し先に大きな門が見えてきた。おそらくはあれが学園の入口なのだろう。それを証明するように、周囲に学生服姿の人物がちらほらと散見し出す。

 

 緑色のブレザーにネクタイ、黒いスラックスの男子生徒。同じく緑色のブレザーに赤いリボン、チェック柄のスカート姿の女子生徒。

 

「…………」


 彼らの姿を見た純花は思わず日本を思い出してしまう。

 

 星爛学園が恋しい訳ではない。特に学園生活が楽しいと思ったことはなかった。純花にとって学園とは勉強をする場でしかないからだ。

 

 ただ、初めて学園の制服を着た時の事は覚えている。高校入学前、着慣れない大き目の制服を試着したときの母は嬉しそうだった。「お父さんと一緒ね」、と。過去、父も星爛学園に通っていたらしいのだ。その言葉に微妙な想いを抱いた純花だが、何にせよ母が喜んでくれる事は嬉しかった。

 

 ただ、今となっては失敗したかなとも思っている。星爛に進学しなければ異世界召喚とやらに巻き込まれる事はなかっただろう。元々考えていたように、働きながら夜間学校に行くべきだったかもしれない。

 

 日本での生活を思い出してしまった純花。ちょっとだけ切ない気持ちが沸いてくる。

 

「どうしたの? 純花」


 それが顔に出てしまったのだろう。隣を歩いているリズが心配そうな顔で聞いてくる。


 彼女に対し、純花は「何でもないよ」と返す。するとリズは「……そっか。分かった」と軽く笑みを見せた。どうやら察してしまっているらしい。何も聞いてこないのは彼女の優しさからだろう。

 

「学園かぁ。いいなぁ。いいなぁ。私も通ってみたかった」

「そこまでいいものではありませんわよ? イジメとかもありますし、目立ちすぎるとハブられますし」

「フッ。それも学園生活の醍醐味というものだ。王子様な生徒会長、さわやかな騎士、可愛らしいショタっ子、知的な眼鏡男子、不良系のチョイワル男……彼らとの日々が学園の問題を解決に向かわせていくのだ」


 一方、純花の様子に全く気付かず雑談しているネイとレヴィア。

 

 リズよりも年上なのにこの有様。別に気遣って欲しい訳ではないが、相対的にリズの評価が上がってしまうのは仕方ない事である。

 

 しかも内容がとてもひどい。そんな学園が一体どこにあるというのか。いや、星爛学園にもそれっぽい目立つ人物は存在したが。「女癖の悪い俺様王子」「無口で何考えてるか分かんない剣道家」「八方美人のチャラ男」といったところか。彼らとの日々を経験しても特に問題解決にはならないと思う。むしろ増えそうだ。

 

「というかレヴィア。何やら物知り顔だな。もしかして学園に通っていたのか?」

「ええ。何ならネイの言う王子、さわやか、知的、チョイワルを全て集めたようなポジでしたわ」

「何だその闇鍋状態は。一体どんなキャラを……って待て。お前、二年前から冒険者なんだろう? 中退したのか?」

「失礼な。キッチリ卒業してその後は旧帝大の中でも最高ゴホンゴホン! ……まあ、人には歴史というモノがあるのですよ」

 

 誤魔化すように話題を打ち切るレヴィア。

 

 何か旧帝大とか聞こえた気がするが、異世界にもそういう大学があるのだろうか? いや、旧帝大ではなく宮廷大とか? 純花は首をかしげた。


 そんな風に雑談をしながら歩き、ようやく学園の門前にたどりつく。黒色の背の高い柵に囲まれた敷地内には、白色の石造りの建物が複数見える。どうやらこのあたりの建物は遺跡を再利用していないようだ。とはいえ、遺跡とは別の意味で歴史を感じさせる雰囲気ではある。


「へー、これが学園。大きいのねぇ」

「確かに。ちょっと大学アカデミーっぽい雰囲気もしますわね」


 感心するリズに、推察するレヴィア。

 

 確かに純花がいた星爛学園っぽい雰囲気もするが、違う感じでもある。純花は大学をよく知らないし、異世界なので違って当然であるが、まあレヴィアが言うならそうなのだろう。

 

「どこにいるのかしら? 結構広いっぽいけど」

「エイベルって人の世話になってるって言ってたよね。職員室とかそういうトコならわかると思う」


 そう予想し、門の中へ進もうとする純花。

 

 しかし、

 

「待て。止まりなさい君たち」

「学園の関係者ではないな。一体何の用だ」


 二人の門番らしき人物が止めてくる。武装した兵士のような恰好。じろじろと警戒するような視線でこちらを見ている。どうやら不振がられているらしい。

 

「や、私たちは怪しい者ではない。ここにいる学生の一人を訪ねてきたのだ」


 リーダーであるネイが目的を話す……が、門番たちは不審げな表情のまま。むしろ警戒が強まった様子である。


「学生だと? もしや、貴様ら……」

「いや待て。そうとは限らん。君たち、紹介状か何かを持っているか?」


 門番たちの言葉に、「し、紹介状? そんなものが必要なのか?」と焦るネイ。言われてみればその通りだった。

 

 普通、学校に出入りする者なんて限られているのだから、知らない人物が入ろうとしたら止めるだろう。純花が通っていた星爛学園もそうだった。

 

「しまったな。さっきの教会で書いてもらえばよかった」


 その可能性を思い浮かばなかった純花はちょっぴり後悔。とはいえ、ちょっと足踏みしただけである。戻って書いてもらえば問題ない。

 

 しかし、横にいたリズが耳打ち。

 

「ねえ、こういう時こそ紋章の出番じゃない? ほら、ルディオス教の紋章」

「あ、そっか。レヴィア」


 確かに紋章ならば立派な身分証明になる。元々身分証明として貰ったものであるし、紹介状の代わりになるかもしれない。そして紋章はレヴィアに預けたままだ。返してもらおうと声をかけると、レヴィアはビクリと体を揺らした。

  

「どうしたの? もしかして宿に忘れた?」

「えーと、えーと」


 視線を落ち着きなく動かし、挙動不審な様子になるレヴィア。一体何だろう。純花がさらに問いかけようとした時……。

 

「お、お嬢様ぁ。許してくださいよぉ……!」


 後ろから誰かの声。どこかで聞いた事がある気がする声だった。


 振り向くとそこには……


「着物?」


 和柄の着物。異世界には存在しないはずのそれを着ている女性の姿。和風美人という感じの女だった。長い黒髪に和柄の着物は非常に似合っており、どことなく高貴さのようなものがある気がする。


「……ふう、美久ミクはんも偉くなったもんやな。主家である私に迎えに来させるなんて。それに、飲酒? 学生の身で……」

「ち、違います! 私、お酒なんて飲んでませんよぉ。何かの間違いですぅ……」


 そしてその後ろで言い訳をしている女。最初聞こえたのはこちらの声のようだ。

 

 肩にかかるくらいの茶色がかった黒髪をしており、少しだけそばかすのある“ザ・普通”といった感じの少女。明るい性格なのか声ははきはきとしている。

 

 ただ、その髪は泥と土が混じって非常に汚らしい。服もグチャグチャだ。昨日から着替えていないのかもしれない。彼女の姿を見た仲間三人が「あっ」と何かに気づくような声を出した。

 

 純花は思う。小汚い女の方はよく分からないが、着物の方は見た事がある気がする。クラス内でも目立つ存在だったからだ。確か、名前は……

 

「近衛?」

「!? 木原、純花……!?」


 ぼそりと呟くと、向こうもこちらに気づいた様子。

 

 近衛京子。召喚されたクラスメイトの一人で、六卿ロードの一角。純花との絡みは一切なく、一言たりとも言葉を交わした記憶はない。

 

 しかし、こちらを認識した彼女は何やら警戒した様子だった。腰を落とし、戦いに備えるような体制。一体何故――

 

「あーーー!! 薔薇の間に挟まる女!!」


 そんな中、もう一人の女が叫んだ。

 

 意味が分からなすぎる発言。「は?」という感じで点になる純花の目。仲間三人も同様である。

 

「そのピンク髪に腹立つほどの美形! 何の用ですか! ディーくんたちの場所なら教えませんよ!」

「はい? ディー?」


 女はレヴィアを指さしながら言った。ディーとは誰の事だろうか。一瞬レヴィアの知り合いかと思ったが、彼女に心当たりはないようで、首をかしげている。


「それに、よくよく見れば木原純花もいるじゃないですか! 大罪人の子、木原純花! この私の目の黒いうちには、お嬢様には指一本触れさせませんよ!」

「は?」


 そして純花に気づいた女はかばうように京子の前に出る。いきなりの罪人扱いに思わずいぶかしげな顔になる純花。その横ではリズが「罪人……」とつぶやきながらレヴィアの方を見ており、それを受けたレヴィアは心外とばかりにぶるぶると首を横に振った。

 

「待て。ええと、勇者の一人と思わしき方。親がどうとかは知らんが、スミカは罪など……いや、ギリギリなのは幾つかあったし、昨日のは君が怪しすぎてだな……」


 そんな中、ネイが純花のフォローしようと頑張る。昨日のは何の事だろうかと疑問に思う純花。どうでもいい存在すぎて覚えていないのだ。相手もレヴィア以外の事は覚えていないらしく、不審げな顔をしている。

 

「フン。そんな言葉に私が騙されるとでも? 如何に策を弄そうが、お嬢様の忠実なるしもべの私には――ひぎいっ!?」

「美久。いい加減黙ろうな?」


 ビシイッ! という鋭い音が鳴り、目の前の少女がぴょーんとはねた。彼女の後ろにいた京子がいつの間にか短い鞭を手に持っている。どうやら容赦なく叩いたようだ。

 

「かんにんなぁ、木原さん。この阿呆のいう事は無視して結構。うちに用があって来たんやろ? 立ち話も何ですし、中へどうぞ」

「あ、うん」

「そういう訳で、お二方。この方は私の知り合いなんよ。通りますえ?」


 ほんわりとした笑顔を純花へと向け、次いで門番へと話しかける京子。その言葉に対し「し、しかし、この者らがもし……」と渋る門番だが、京子が二言三言話すと、彼らはしぶしぶながら道を開ける。

  

 一方、イマイチ状況が分からず、互いに顔を見合わせる純花たち。

 

 しかしこうしていても仕方ない。一行はとりあえず彼女らの後ろを追うのであった。

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