106. 狂犬娘

「ごめん。みんな」


 現場から離れた宿の一室。椅子に座った純花は少し落ち込んだ様子で頭を下げた。

 

 先ほどの所業。如何に仲間の為だとしても短絡的すぎる。あんな真似をしては逆に問題が起こってしまう……と説教されたのだ。

 

「最近は落ち着いてきたと思ってたが……好戦的というか血気盛んというか。いきなり殴りかかるとか狂犬かお前は」


 ネイがハァ、とため息を吐きつつ言った。

 

 娘を狂犬扱いされてむっとするレヴィア。だが、そう思われても仕方ない出来事である。唸って威嚇する分、何なら犬の方が理性的だろう。

 

 レヴィアは考える。何故いきなりこのような真似をしたのか。恩には恩で返そうとする純花だが、流石にここまで過保護ではなかった。事実、ちょっと前は殺気で追い払う程度だったはず。なのに今回は物理的排除に乗り出した。


 そしてその答えはすぐに思いつく。純花は身内の人間を非常に大事にする。母親の為に、危険を顧みず帰還を目指す辺りからもそれが察せられる。つまりレヴィアの身内ランクが上がったからこそ今回のような暴挙に出たのだろう。その気持ち自体はとても嬉しいが……。

 

 これが魔物相手だというのなら分かる。しかし相手は人間だ。確かにこの世界は日本に比べ物騒だが、流石に警戒しすぎというものだろう。

 

「す、純花。日本には及ばないかもしれませんが、一応、文明社会ですのよ? そこまでして頂くほど危険ではありません。アナタも日本でこんな真似はしなかったでしょう?」


 故にレヴィアはやんわりとやめるように言う。日本での振る舞いを思い出せばこのような真似はしなくなるだろうと考えて。

 

 が、

 

「いや、向こうでもたまに……」

「!?」


 なんと日本でもやっていたという。レヴィアは驚愕のあまり目を見開く。


「や、もちろん理由はあるんだよ? ほら、母さんがあんな見た目だからさ。変なヤツが近づいてくる事が多くて……」


 彼女の反応を見た純花が焦り気味に理由を話す。その答えに一行は「あー」と納得。

 

 可愛らしい洋ロリ。ロリコンが寄ってくる事も時にはあるのかもしれない。そういった犯罪者一歩手前の輩を排除していたのだろう。

 

 不思議な事に新之助時代にそのような出来事は全くなかったが、恐らく自分の超絶イケメンオーラで浄化されていたのだと思われる。

 

「な、成程。まあそっちはOKとして……。とにかくやめなさい。お母さんと違いわたくしはそこそこ強いので、大抵の脅威は自分で撃退できますわ」

「それもそうだね……。あっ、けど毒とか使われたら……」

「ないから。いきなり毒を使ってくる相手なんて」


 おろおろとし始めた純花に対し、ツッコミ肌のリズが突っ込んだ。

 

 過保護。そんな言葉がレヴィアの頭に思い浮かぶ。どうやら愛の重さは母親譲りらしい。愛というか行動のベクトルは全く違うが。

 

 レヴィアはハァと一つため息を吐いてから言う。

 

「ま、これから行く場所を考えれば頼りになると考えれなくもないですが。戦いになる可能性もなくはありませんからね」

「えっ。遺物とかの情報を集めるだけでしょ? 何で戦いになるの?」

 

 不思議そうな顔をする純花。

 

 魔法都市についてレヴィアはそこまで詳しい訳ではないが、流石に重要施設くらいは知っている。それはこの都市の中核というべきもので、情報の宝庫といっていい。しかし同時に危険がある場所とも聞く。

 

「そこに行く前に、まずはお友達じゃない? 純花の」

「ああ、それもそうですわね。先にそちらを探してみましょうか」


 リズの言葉にレヴィアは頷く。純花のクラスメイトが何らかの情報を得ている可能性はあるのだ。まずはその者から情報を得て、足りない部分を補完していく方が効率的だろう。


「しかし、どうやって探すんだ? 魔法都市は広い。見つけるだけでも大変だろう」


 腕を組み、難しそうな顔をするネイ。

 

 確かに魔法都市は広い。様々な研究機関があるし、人材を育てる学園なんてものもある。さらに商売も活発で、首都でもない地方都市にしてはかなり発展しているのだ。下手すれば首都を越えているかもしれず、その広さの中での人探しは困難だろう。

 

 しかし、レヴィアには考えがあった。

 

「いいえ。レアスキル持ちとはいえ、何のツテもなく魔法都市に来る事はないでしょう。恐らくセントファウスのバックアップを受けているはず。つまり……」

「ああ、なるほど。教会に行けばいいのか」


 ルディオス教の教会はどこにでもある。ここ魔法都市でも例外ではない。教会に行けば間違いなく純花のクラスメイトの情報が得られるだろう。

 

「それじゃ明日は教会に向かいましょ。もう遅いし、今日はこのまま休むって事で。雨もやんでくれるといいんだけど」


 リズは窓の外を眺めてから言った。まだ雨は続いているが、先ほどよりはマシだ。上手くいけば彼女の言う通りやんでくれるかもしれない。

 

 リズの言葉に「わかった」と答える純花。レヴィア、ネイにも異論はなく、長旅の疲れを癒すべく休む一行であった。

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