105. アヤしい女
魔法都市へと駆けこんだ四人。
しかし、宿への到着は間に合わず、土砂降りになってしまう。仕方なく一行は雨がマシになるまで軒下で雨宿りをする事に。
「あーあ、服がびしゃびしゃ」
レヴィアはスカートの端をつまみ、不快そうな顔で言った。彼女の基本的なスタイルはひらひらとしたドレス。雨には非常に弱いのだ。
「レヴィア。これ、拭きなよ」
「あっ、ありがとう。純花」
純花がタオルを渡してくる。レヴィアはそれをありがたく受け取り、髪や顔をぬぐう。優しい。やはり娘が優しい。
「うーむ、やんでくれるだろうか」
「どうだろ。向こうの方まで暗いし。困ったわねぇ」
ネイとリズは浮かない顔で空を見上げている。やみそうな気配はあまり無い。マントを雨よけにしてさっさと宿に行った方が得策だろうか。ダサイのであまり羽織りたくはないが。
そうレヴィアが思っていると……。
「あ、あのー」
「うん?」
誰かが声をかけてきた。声の方を向けば、学生っぽい緑色のブレザー服姿の男が二人。
一人は黒髪のさわやかな感じの男で、もう一人は茶髪の軽そうな男だ。両者とも傘をさしているのは共通だが、加えて黒髪の方はギターケースのようなものを背負っている。ついでに中々のイケメン。ネイの瞳がきらきらと輝きだした。
「よかったらどうぞ。僕、走って行くんで」
黒髪が自らの傘を差しだしてくる。次いで茶髪もそれに倣うように差しだしてきた。
「え? いいわよ。悪いし」
「いえ、僕たちすぐ近くですし。傘も安物だし。ね?」
「お、おお。美人さんたちに使ってもらえれば傘も喜ぶっつーか……」
リズが断るが、二人は少し照れた様子を見せつつも押し付けるように傘を渡してくる。ちょっと下心を感じなくもないが、大半は善意によるものだろう。レヴィアが「ありがとう」と傘を受け取ると、男二人はは顔を真っ赤にしつつも「ど、どういたしまして!」と言って走り去る。
「フッ。美人は得ですわね」
レヴィアはドヤ顔をした。
特に何もせず傘を手に入れた。それもこれも自分の美しさのお陰である。走り去った方向から「すげー美人。お前よく声かけられたな!」「めっちゃ緊張した。あんな美人初めて見たわ」なんて声が聞こえてくるので、彼らとしてもいい思い出になった事だろう。
二つの傘をさし、四人は歩こうとする。サイズ的な問題でレヴィアと純花、リズとネイの組み合わせだ。
しかし進もうとした瞬間、何やら異様な気配を察知。その方向へ顔を向けると……
「うおっ!」
曲がり角に隠れつつこちらを覗き込む女の姿。
傘もさしておらず、全身がびしょ濡れ状態。その顔面には茶色がかった黒髪がへばりついており、まるで幽霊のようであった。
「……ね死ね死ね死ね……! ディーくんの親切につけこみやがってあのピンク女……!」
彼女は恨めし気にこちらを見てくる。さらにギリギリと歯ぎしりしたかと思えば興奮したようにはぁはぁと荒い息を吐く。
何だアイツは。不審者か? レヴィアが不気味に思っていると……
「純花? ああ、濡れちゃいますわよ……!」
純花がスタスタと歩き出した。濡れるのも気にせず、幽霊女の元へと。そして……
「へぐっ!」
腹パンを決めた。ドシャアア、と倒れ込む幽霊女。いきなりの暴行にリズとネイは「ちょっ!」「スミカ!?」と焦っている。
二人と同じく焦るレヴィア。彼女は純花を追いかけ、濡れないよう傘をさしてあげながら問いかける。
「す、純花!? 何やってますの!?」
「何かレヴィアを狙ってたみたいだから。先にやっつけとこうと思って」
純花は平然と答えた。レヴィアの為の積極的防衛行動だと。
レヴィアはひくりと口元を引きつらせる。嬉しい。娘が優しいのはとても嬉しいが、これはやりすぎではなかろうか。不審者とはいえ人間。きちんとお巡りさんに捕まえてもらった方がいい。こんな真似をすれば逆に自分たちの方が捕まってしまう。
同じように思ったリズとネイが説教する中、レヴィアはきょろきょろと周囲を見回す。幸い目撃者はいない。レヴィアは幽霊女の体をずりずりと引きずり、路地裏の隅に引っ張りこむ。さらにその辺に落ちていた酒瓶を拾い……
「ふう、これでOK」
幽霊女に持たせた。酔いつぶれただらしない女の出来上がりであった。
これで何かあっても酔っ払いのたわごととしか受け取られないだろう。腹パンの跡も、酔っぱらってモメた……くらいの扱いをされるはずだ。学生っぽい恰好なので補導されるかもしれないが、知ったことではない。
「二人とも、お説教は後。とりあえず逃げますわよ。起きてやっかいな事になる前に」
「え、ええ」「わかった」
レヴィアの言葉に仲間も同意。優しいリズ、正義感の強いネイだが、幽霊女の心配をしている様子はない。レヴィアの行動に慣れすぎた結果であった。
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