103. 第五章エピローグ:信奉者
地面から離れた空の上。
そこを飛ぶグリフォンの背中には、三人の人物がいた。
獣人兄弟のレオとテオ、そしてリズの妹、イルザだった。
「あーあ。せっかくのゲル・キマイラが。全く、あれだけ兄ちゃんがやめとけって言ったのに」
そのうちの一人、テオがぼやいた。
精霊石の奪取、及び勇者の抹殺に失敗した彼ら二人。レヴィアたち一行のやっかいさは重々理解している。故にヴィペールを襲撃するなら彼女らが旅立ってからとアドバイスしていたのだが、イルザはそれを無視。結果として成長したゲル・キマイラを失うという痛手を負ってしまった。
「うるさいわね。失敗したアンタたちに言われたくないわ」
その言葉に不快そうな顔をしながら返答するイルザ。不機嫌な雰囲気がありありであった。
彼女の様子にテオも不快そうな顔をする。
「何ふてくされてんのさ。大体、僕たちの主な任務は偵察だろ? なのにあんな無駄な……」
「フン」
そっぽを向いて聞くのをやめるイルザ。「ちゃんと聞けよ!」と怒るテオ。それを見たレオはフゥ、と疲れたようなため息を吐いている。
イルザたち“赤の爪牙”。その目的はテオの言う通り第一に偵察。第二に仕掛け。その仕掛けには重要人物の排除も含まれはするが、『可能なら』という但し書きがつく。
故に今回の襲撃……ロムルスの排除を目的にした襲撃はすべきではなかった。人質ゆえに活躍できなかった彼だが、力だけで言えばゲル・キマイラよりはるかに上。さらに勇者スミカがいるというのだから、勝てると考えるのはあまりにも
しかし、イルザの目的はそうではなかった。もちろん排除できるのならそれに越したことはないが、本当の目的は……。
「それよりもアンタたち、何で黙ってたのよ」
ふと思い出したイルザは口をとがらせて言う。
「勇者はまあいいわ。けど、あのレヴィアって女。やっかいっては聞いてたけど、あんな力を持ってるなんて聞いてないわ」
「はあ?」
テオは不思議そうな顔をする。レオも同様だった。
「黄金に変化した瞳。そして理不尽なまでの力。これだけ揃えば馬鹿でも予想がつく。もしかしたら勇者ってヤツも同じ……」
「待て。何を言っている。黄金の瞳だと?」
イルザのつぶやきにレオは意味が分からないという言葉を返した。
その間抜けっぷりにイラッとするイルザだが、すぐに思いなおす。そういえばそうだった。彼らと自分では出自が異なる。知識に違いがあってもおかしくない。
イルザは馬鹿にしたように「ハッ」と鼻を鳴らす。その仕草を見たテオは怒るが、イルザは無視して考え続ける。
(黄金の魔力。救世の光とも呼ばれるソレを持つ存在。そんな人間が二人? 冗談じゃないわ)
聖樹、聖獣、聖竜。そういった神聖な存在だけが持つはずのもの。女神ルシャナより、世界の守護者として役割を与えられた存在しか持たないはずなのだ。
なのにそれが二人。片方は異世界の者という事で納得できなくもない。しかし、もう片方は意味不明だ。しかも……。
(しかもソレがリズの仲間? 何で……!? どうしてリズばっかり……!)
イルザは顔を憎悪に歪めた。
幼き頃から優れていた姉。愛されてきた姉。
対し、自分は出来損ない。父母の愛などひとかけらも受けたことはない。ただの予備。それがイルザという者に与えられた役割。いや、その役割すら取り上げられた不用品。
そして時が経った今も、邂逅したリズのそばには特別な存在が二人。しかもそのうちの一人は明らかにリズを大事に思っていた。守ろうとしていた。
同じ顔。同じ双子。自分はほんの少し遅く生まれてきただけ。なのにこの違い。嫉妬と憎しみが彼女の中を駆け巡り……。
(……いえ、リズだけじゃない。私にもいる。私にはあの御方が……)
その事を思い出し、イルザの心がふっと鎮まる。
(ああ……! そうよ。私にはあの御方がいる。何よりも素晴らしい、あの御方が……)
イルザは目をつぶり、思い出す。
――ヴェルトル。自らの主にして赤の爪牙の首領。
その姿を思い出したイルザは頬を染めた。曲者ぞろいの赤の爪牙。
あまりにも圧倒的な存在。初めて彼の前に立った時、イルザは跪いていた。勝手に身体が動いていた。
――殺される。従いたい。殺される。尽くしたい――
死を予感しながらも全てを捧げたくなる存在。多くの悪意にさらされたきた彼女であるが、このような感情を抱いた事は一度もなかった。全てを捨てて生にすがってきた。なのにその生すらも彼に捧げてしまいたかった。
(ああ、私ってば何て愚かなの。あんなニセモノの光に心を乱されるなんて。本当の光はたった一つ。聖樹も聖獣も聖竜も、ヴェルトル様の前では全てが
そうだ。リズに嫉妬する理由など何もない。むしろリズに嫉妬される立場なのだ。リズが哀れに思ったからこそ自分は任務よりも彼女を優先し、人を殺すよう仕向けたのだ。
「ごめんねリズ。失敗しちゃって。次こそ上手くやるからね。一緒に堕ちて、あの御方に全てを捧げましょう」
くすくすと笑うイルザ。姉妹揃って尽くし、いつか命を刈り取ってもらうのだ。何と素晴らしい未来なのだろう。先ほどまであった負の感情はすでになく、無限の喜びがイルザを包んでいた。
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