102. 心からの感謝

「男の人って大変なのね……」


 翌日。

 

 ヴィペール首都ヴィペルシュタットを出てすぐの平原にて、リズがため息を吐きながら言った。

 

 ヴィペールを発つ際、見送ってくれたロムルスとその后たち。后たちがツヤツヤしてるのとは反対に、ロムルスはゲッソリとしていた。

 

 ――干からびたミミズを思わせる姿。

 

 文字通り搾り取られたのだと思われる。賢者モードを超える大賢者モード、いや、即身仏モード。もはや精気はカケラも残っておらず、美女レヴィアに対する執着は失われていた。

 

 とはいえ、あんなのは例外中の例外だ。乾物と化すまでヤるなど普通はしない。まあ新之助レヴィアは一人としか経験がないので他を知らないのだが、少なくとも周りにそんな感じの者はいなかった。ヤるたびにあんなになるならマトモな社会生活は不可能だろう。


「いやいや、あれはロムルスが情けないんだ」

「そうなの?」

「ああ。本当に好きな者が相手なら一日中愛し合っても何という事はない。つまり愛がないのがいけない」


 そんな風にレヴィアが考察する中、ネイがとんでもない発言をした。

 

 処女そのものな発言。間違いなく創作物フィクション(ちょっと大人向け)による知識である。一度でも経験があればそんな考えにたどり着く事は無いだろう。

 

 が、彼女と同じく経験のないリズは「そうなんだ……。愛ってすごいのね」と納得しかけている。これはいかん。将来の旦那に「え? もう終わり?」なんて発言をすれば夫婦関係にヒビが入る事は間違いない。後で勘違いを正してやらねば。レヴィアは強く思った。


 なお、ここで正さないのは隣に純花がいるからだ。娘の前で性的な話をするのはちょっと抵抗がある。まあ既に下ネタのようなモノは話してしまったのだが。主にネイのせいで。

 

「ねえレヴィア」

「うん?」


 そんな中、純花が声をかけてきた。何だろうと思っていると、彼女は少し恥ずかしそうに目をそらしながら言う。


「えっと……ありがと。レヴィアのお陰でまた一歩帰るのに近づいた」

「いえいえ。結果的に純花がキマイラを倒してくれたからこそ、上手く事が運んだのです。わたくしだけではもっと時間がかかっていた事でしょう」


 レヴィアは嬉しく思いながらも謙遜した。千妃祭に参加していなくとも、ゲル・キマイラを倒した功績があれば遺物を貰えたかもしれないからだ。つまりレヴィアの努力は純花の功績の付加的な要素にすぎない。「コイツを后にするなら遺物をくれてやった方がマシ」という。


「だとしても、レヴィアに感謝してることに変わりはないよ。本当にありがとう。すごく助かった」

「す、純花……」


 続けて放たれた純花の言葉。こちらをじっと見つめながら。心からの感謝が込められているような視線だった。

 

 それを受けたレヴィアは思わずうるっと来る。


「お、おほほほほ! まあわたくしにとっては何という事はなくてよ。これからも頼りにするといいでしょう」

 

 レヴィアは高笑いをした。涙を誤魔化したのと、ちょっと照れ臭かったのだ。これまでに感謝は何度か受けたし、純花が小さい頃は何度もありがとうと言われたが、ここまで真剣なものはなかった。

 

「うん、ありがとう。で、さ。レヴィアは何でそこまでしてくれるの?」

「え?」

「別に怪しんでるとかじゃなくてさ。単純に気になるんだ。会った時から優しかったし」


 そんなもの、相手が純花だからに決まっている。愛する子供の為に頑張らぬ親はいない。だがそれを言う訳にはいかない。

 

 ――養育費請求からの監禁。その恐ろしい結末だけは避けねばならないのだから。

 

 いや、実際のところそうなるかは分からない。基本的にアリスは新之助の意に沿う。外国人洋ロリなのに一昔前の日本人妻のような従いっぷりを見せる女だ。自分が望めば監禁などはしないだろう。

 

 ただ、それは従順を意味しない。意に沿う。確かに意に沿うのだが、三歩下がって支えるという感じではないのだ。


 ――新之助の望みを叶える為にありとあらゆる手段を使う。そしてその手段には時に新之助自身をも含まれる――


 結果的に『望み通りの結果だが、こんな過程は望んじゃいない』という状態になりかねないのだ。そのせいで自分はロリコンと化した。『モテすぎてマジで困る』という愚痴でこの結果なのだから、『もう離れたくない』とかそれ系の事を言えば間違いなく監禁コース――いや、それ以上かもしれない。まあ、彼女の献身が自分の社会的な成功の一因である事を考えれば完全に咎める事はできないのだが……。

 

 とにかく、何をするか分からない恐ろしさがアリスにはある。加えてあの愛の重さ。どのような事をしてくるか本気で分からない。愛されていても、憎まれていても、どっちにしろ恐ろしい。少なくとも養育費請求という弱みだけはつぶしておかなければならないだろう。

 

 そういう訳で娘うんぬんは隠し続ける必要がある。故にレヴィアはこの間と同じ「帰りたいから」と言った。しかし……

 

「いや、それ嘘でしょ。リズに聞いたよ。出身はグランレーヴェってトコで、遺物がなくても全然帰れる場所だって」


 純花の言葉にレヴィアは驚き、ぐるりと首を動かしてリズの方を見る。が、返ってきたのは責めるような視線。「自分が悪いのに、何故」と困惑するレヴィア。


 とにかく今は理由を考えねばならない。純花が納得するような理由を。レヴィアは考えた。考えに考えまくった。しかし大した理由は思いつかず……。


「じ、実はですね……」

「うん」

「ええと、実は…………お、お金ですわ」


 お金? と純花は首をかしげる。しまった。過去に却下した理由を話してしまった。純花の強さを金にするという理由は嘘くさいのでやめたはずだったのに。


 しかし言ってしまったものは仕方ない。レヴィアは金に関することを必死に考える。


「そ、その………そう! お金儲けがしたいのですわ! 違う世界。なら色々と取引できるモノがあるはず。異世界間貿易で大儲けですわ!」


 テキトーに思いついた内容を言う。すると純花も顎に手をやって考え始め……。

 

「成程。いいねそれ。けど出来るのかな? 自由に行き来するのは難しいと思うんだけど」

「まあそれは今後次第ですわね。神か遺物か、どちらかが上手くいけばって感じですし、可能性は低い。けれど当たればこれほどデカいものはありませんわ」


 異世界間貿易。言ってから気づいたが、中々いいビジネスアイデアではなかろうか。国家介入前に黄金を買いあさり、安く仕入れて高く売る。そんな単純な事でも莫大な金になるだろう。貿易ともなればさらに儲かるに違いない。


「そうだ。その時は純花にも手伝ってもらいましょうか。他企業に先立って取引すれば大儲け間違いなし。これほど美味しい話は中々無くてよ」

「えっ。けど私に出来るのかな?」

「勿論」


 大企業の次期後継者たる純花。彼女が進言すれば役員たちも考慮はするだろう。そしてそこを自分が後押しすればいい。役員共の弱みならいくつか知っている。まあ自分の弱みも知られているのだが、正体をバラさねば問題なかろう。

 

 さらにこの功績は純花の実績となり、トップ就任の際もスムーズに移行できる可能性が高まる。恐らく今は自分の弟……金四郎キンシロウがトップを代行していると思うが、ヤツの事だ。間違いなく抵抗する。自分に比べ圧倒的に劣る弟であるが、自分と同じく権力を乱用するのは大好きな男だからだ。

 

 因みに金四郎は名前に反し次男である。時代劇大好きな母及び祖父の暴走の結果、次男にもかかわらず金四郎とおやまのきんさんになってしまったのだ。なお、新之助という名前も同様の経緯あばれんぼうしょうぐんだったりする。キラキラな経緯でシワシワな名前を付けられた二人兄弟であった。

 

「ま、現時点では捕らぬ狸の皮算用。事業計画はおいおい、といったところですわね。と言う訳で純花、納得しました?」

「うん。まあ一応」


 一応? その言葉に少しばかりいぶかしむレヴィアだが、とりあえず納得してくれたのならいいだろう。下手に突っ込んで蒸し返されたらたまらない。

 

「とにかく、お互いにメリットはあるのです。早く帰る手段を見つけなければ。今のところ、アテはルディオスオーブだけ。魔法都市にその情報があるといいのですが」


 ヴィペールを越えた先、マギアード王国に魔法都市はある。遺物を熱心に研究するその場所ならルディオスオーブについて詳しい情報が得られるかもしれない。上手くいけばその他の方法も。それに加えて……


「あとは純花のクラスメイトですわね。その子が帰る手段を見つけていれば嬉しいのですが……」


 レヴィアは思い出す。ヴィペールを発つ際、干からびたロムルスの隣にいるルシアがこう言ったのを。

 

『ふた月ほど前、スミヒコ様と同じ勇者様がヴィペールに参られました。千妃にお誘いしましたが、断られてしまい……。何やら魔法都市に用があるとの事です』


 魔法都市に向かう勇者。間違いなく帰還を目的にしている者だ。そして二か月前といえば、まだ純花がセントリュオで訓練していた頃。つまり召喚されてほぼすぐに行動していたという事になる。

  

「うん。誰だか知らないけど、見つけてくれてるといいな」


 レヴィアの言葉に純花も同意。クラスメイトなのに知らないというのは少し不思議に思ったが、察するに純花は狭く深く付き合うタイプ。グループ外の者にはあまり興味がないのだろうとレヴィアは予想した。


(そうだ。見つけると言えば……)


 ふと、思いつく。リズの妹、イルザ。リズが探し続けていたあの女の事を。

 

 クソッタレな女だが、リズにとっては大切な妹。故にレヴィアは殺すのをやめた。しかし、女の行動を見るにリズを恨んでいるような感じもする。自分としてはさっさと始末をつけたいところであるが、リズがそう望むとも思えない。

 

(話す機会がなかったけど、そのうち聞いとかなきゃな。出来れば二人きりで。純花とネイは気づいてないみたいだし……)


 女……イルザの耳。つまりリズも同じだと思われる。普段は魔法か何かで隠しているのだろう。赤ずきんをしているのは、不意に魔法が解けた際にバレないようにしているという感じか。

 

 この事がバレれば間違いなくトラブルになる。故に隠していたのだろう。水臭いと思わなくもないが、リスク回避的な意味ではリズの気持ちも理解できる。隠されていたのはそれほど不快には思わない。特に、どこぞの馬鹿は何かの拍子に喋ってしまいかねないのだから。

 

 そんな事を考えつつ、平原でとある者を待ち続けるレヴィア。中々来ない。ヤツが来なければ旅が進まないのだが。

 

 しかしそう考えたすぐ後。

 

「あの、レヴィア様?」

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