101. 『男女比1:999』家庭の黒一点プリンス
翌日。
純花、リズ、ネイの三人は英雄殿へと招かれていた。
英雄殿に入ってすぐの建物。謁見の間のような場所であった。周囲には十名ほどの女兵士が並んでおり、奥にある玉座に座るのはこの屋敷の主、ロムルスである。
「スミヒコ、リィン、ネイト。三名ともよくやってくれた。君たちがいなければ皆を救う事はできなかっただろう」
跪く三人に対し、感謝の気持ちを伝えてくるロムルス。ふわりとした笑みを浮かべており、その表情からは何やらスッキリしたものが感じられる。
「いえ、弱きを助ける事こそ強き者の務め。何ということはありません」
「そうか……。貴公らの気高さに感謝しよう」
片膝をつきながらもキリッとした声で答えるネイ。惚れている訳ではなさそうだが、やはりイケメンには弱いらしい。もっともその表情は兜に隠れているので見えないが。ロムルスも男の顔になど興味がないのか、兜を取れなどとは言ってこない。
「諸君らには後ほど十分な褒美を与えよう。レヴィアの冒険者仲間という事もあるしな。何か希望はあるか?」
ロムルスは報酬について問いてくる。
報酬。純花の求めるものといえば一つだけであるが、その前に気になる事があった。
「えっと……ロムルス王子。その前に、レヴィアはどうしてるの? ……でしょうか」
「あ、あの、レヴィアが何を言ったかは知らないんですけど、昨日のはレヴィアは関係なくて、いえ、私が何かした訳じゃないんですけど、その……」
苦手な敬語を使いながら問いかける純花と、それに続くリズ。
昨日の騒ぎの後、レヴィアは文官らしき女に連れていかれたのだ。
その時に言われた事は二つ。一つは、レヴィアに英雄殿に戻って欲しいという事。千妃祭があのようになってしまい、今後どうなるかが分からない為だ。
そしてもう一つは……リズにテロ容疑の疑いがある事。襲撃犯の姉だという事を聞かれてしまった為だ。
故に、本来であればリズは拘束される予定だった。しかしレヴィアが「この子は関係ありません。事情ならわたくしが説明します」と言ったため、そうはならなかった。普通ならばそんな提案が受けられるはずもないが、未定なれどレヴィアは千妃の最有力候補である。その事を自覚している彼女は文官を脅し、干されるのを恐れた文官は一行が王都を出ない事を条件にしぶしぶ同意したのだ。
そのような経緯で迎えたこの場であるが、上記二件の結果を三人はまだ聞いていない。故に心配なのだ。
彼女らの問いに対し、ロムルスは真面目な顔で答える。
「まず、リィンとやら。安心せよ。襲撃犯の家族らしいが、状況的に協力していたとは思えんからな。功もある事だし、罪には問わん。無論、イルザという者は許さんが」
「そ、そうですか……」
その答えに微妙そうな顔をするリズ。イルザに情がある為だろう。だが、仕方ない事でもある。協力者扱いされなかっただけでも万々歳の結果というべきだ。何故かロムルスが可哀そうなものを見る目をしているので、リズに同情しているのかもしれない。
「それで、レヴィアは……」
リズの件は問題ないと見た純花。彼女は再びレヴィアの事を尋ねた。するとロムルスはフフッと笑ってから言う。
「君たちの心配事は分かる。あれだろう? レヴィアが演技していた事について気にしているのだろう?」
彼の言葉に純花は「あっ。やっぱりバレてる」と冷や汗をかく。ネイも「だよなぁ」と納得顔。リズも少し焦っている様子だ。
「確かに己を偽っていた事に思うところはある。しかし、理由を聞いてさらに好きになったよ。勇者スミヒコ殿」
「えっ」
勇者。王都に来てその事は誰にも語っていない。
なのにそれを知っているという事は、状況的にレヴィアが話したという事。さらに彼女が演技しているのも問題ではなくなっている様子。一体何故……。
「ここからは本人に語ってもらおう。レヴィア、来てくれ」
ロムルスがそう言うと、向かって左側にあった扉が開く。レヴィアの姿。しかしその恰好は文学少女風のものではなく、赤い派手なドレス。普段の彼女がするような恰好であった。
レヴィアは申し訳無さそうにぺこりと頭を下げる。
「ごめんなさいスミヒコ。勝手に勇者であることをバラしてしまって」
「いや、それはいいんだけど……」
「そして、アナタのお母様のことも。これ以上嘘はつけないと思って……」
ロムルスに問われたレヴィア。彼女はこう語ったと言う。
スミヒコは召喚された勇者。しかし、元の世界に唯一の家族である母親を残している。このまま離れ離れなのはあまにりにも不憫。故にレヴィアはスミヒコを帰す為に遺物を求め、それを持つロムルスに近づいた、と。
「ロムルス様にも、本当に申し訳ありませんでした。お優しいアナタ様を騙してしまい……」
「いいんだ。思うところがないではないが、全ては君の優しさ故。その程度を許す度量はある」
謝るレヴィアと、微笑んでそれを許すロムルス。彼女の語った事情はロムルスの同情を引くことに成功したらしい。
ただ、純花は逆に疑問に抱く。優しさからの行動。普段のレヴィアの行動からかけ離れている。以前考えた通り、それを向けられる理由が全く分からない。
「君の境遇を思えば勇者殿に同情する気持ちは分からんでもないしな。家族か。仲が良かったのか?」
「ええ……。亡き父も、母も、本当によくしてくれました……」
しんみりとした雰囲気になるレヴィア。その言葉に純花は「えっ」と驚く。レヴィアの父母が死んでいる? そうか、だから……
なんて納得しかけた純花だが、横にいるリズがハァ、と小さくため息を吐いた。どうやら嘘らしい。だとすれば同情とやらも嘘なのだろうか?
とにかく、その嘘に完全に騙されているロムルス。彼はレヴィアの手を取って言う。
「友の為に行動し、友の為に怒る。そういう君だからこそ改めて妃にしたいと思った。多少粗暴な面があってもいい。今は私の事が好きでなくともいい。ぜひ君を私の妃に――」
バァン!
瞬間、後ろにある扉が勢いよく開いた。一行がビックリとして後ろを振り向くと、そこには彼の后の一人、ルシアがいた。
「ロムルス様……」
走ってここに来たのか、彼女は息を切らしている。それを見たロムルスは「おお! ルシア、目覚めたのか!」と嬉しそうな顔をし、ルシアの元へと駆け寄った。
「心配していたのだぞ! 大丈夫か? 息を切らしているが、まだ休んでいた方がよいのではないか?」
「これが休んでいられますか……! ロムルス様、どういう事です。その女を妃にするなど……!」
わなわなと震えているルシア。明らかに怒っている様子であった。
「ま、まあ待てルシア。これには事情がだな……」
「クリスタがあんな事をしたのは、ロムルス様が見境なく娶ったから。だからといって裏切っていい訳ではありませんが、それでも責任の一端はロムルス様にあります。なのにまた……!」
ロムルスを亡き者にしようとした女、クリスタ。過去、彼女にはルシア同様婚約者がおり、その相手は敵対貴族派閥となった者。但しルシアと違いクリスタはその男を愛しており、手を下したロムルスをずっと恨んでいた。
なのにそんな事にはつゆほども気づかず、ロムルスは彼女を強引に嫁にする。ハニトラにハマり、女にハマった勢いで。故に今回、クリスタは魔王の手先……イルザにそそのかされ、彼を殺す為に動いていた。そういう事実が聴取により判明していたのだ。
「ま、待てルシア。そのことは私も深く反省している。だからこそ希望者には十分な配慮と補償をして離婚をだな」
「王族との離縁など不名誉そのもの。財政的には助かりますのでいつかはするべきでしょうが、上手くやらねば逆に恨みを買ってしまいます。そのような難しい状況なのに、さらにやっかいな者を招こうとするなど……!」
どうやらロムルスなりに今後の事は考えているらしいが、ルシアからすればノリでやられても困る事だったようだ。怒りのままにロムルスを説教。事情がよく分からず放置された純花たちはぽかーんとする。
「ゴホン! 待て。待てルシアよ。少し私の話も聞いてくれ」
「何です」
「まず、クリスタの件は私も深く反省している。故に今後簡単に妃を増やすつもりはないし、むしろ減らそうと思っている。そしてその事については十分な熟慮の末に行うつもりだ」
しかしルシアの懸念している事は、ロムルスも想定していたらしい。事は慎重に行うつもりのようである。
それを聞いたルシアの勢いが少しだけ収まる。
「それは……失礼しました。わたくしの早とちりだったようです。しかし……」
「最後まで聞くんだ。ルシア、確かに私はレヴィアを妃に迎えようとしているが、千妃にするつもりはない。千妃……すなわち後継者の母は、君こそがふさわしいと思っている」
「「はあ!?」」
二つの場所から上がった声。ルシアとレヴィアのものだった。一体何故そうなっているのか。本気で意味不明な様子だった。
「考えたのだ。千妃には素質も大事だが、想いも大事だと。すなわちヴィペールを想う心が。そしてルシアは誰よりもそれが強い。きっといい母になれるだろう」
「えっ? えっ?」
狼狽するルシア。千妃を阻止しようとしたら千妃になって欲しいと言う。さらに能力重視から思想重視という熱い手のひら返し。困惑して当然だろう。
さらにロムルスは彼女の手をきゅっと握り……。
「あとルシア。今まですっかり忘れていたが、好きだ」
「はっ?」
「思い出したんだ。私は君を手に入れる為に立ち上がったのだと。まあ実際手に入れてみたら女として見るのは無理かなーなんて思っていたのだが……どうも私は守られるというのに弱いらしい。ちょっとばかりイケる気がしてきたんだ。是非私の子を産んでほしい」
さらに愛を告白。
純花は思った。これはないんじゃないか、と。
色恋沙汰には疎い自分であるが、流石にコレがひどいのは分かる。せめて先に告白し、その後に千妃とかの理由をつければマシだっただろうに。いや、告白の内容もヒドいので全部考え直した方がいいか。同様の事を思ったのか、仲間たち三人も呆れた顔をしている。
勿論いつものロムルスであればこういう事はしない。レヴィアへの扱いを見ればわかるように、女にはそれなりに気を遣う。が、ルシアは幼馴染という気の置けない仲。さらに迷惑をかけるのに慣れ切ってしまっている。だからこそ気を抜いてしまい、このようなヒドい告白になってしまったのだ。
そしてそのヒドい告白を受けたルシア。彼女は顔を伏せ、体をぷるぷると震えさせており……。
「ふ……ふざけんなぁっ!」
「へぶっ!?」
バシーン! と放たれるルシアのビンタ。意外に威力があり、ロムルスは吹っ飛ばされて地面に倒れた。
「わたくしの行動をこれほどにないがしろにして、好き!? ざっけんじゃないわよ! しかも何なのよその告白は! 何が無理かなー、よ! そんなんでわたくしが喜ぶと思っているの!? 人の気持ちを考えなさいよ!」
さらにルシアはマウントを取り、ロムルスにビンタを浴びせ続ける。「痛っ! ごめん! ごめんって!」なんて謝り続けるロムルスだが、彼女が止まる様子はない。積年の恨みが込めに込められまくっていた。
一応、この部屋には彼の部下もいるのだが、あまりにもヒドいと思ったのか止めようとしてこない。「気持ちは分かる」という感じでうんうんと頷いている。中には「グッジョブ」と親指を立てる者さえいる。
「大体これは何なの!? 后を減らすって言っておいて、レヴィアを后にする! 何で真逆の事してるのよ!」
「い、いや、それは……」
「何!」
「ほ、ほら、やはり能力的な意味で残しておくべきかと思ってだな。ほ、本当だぞ? これほどの美人を手放したくないとか、后を減らす分、質を上げたいなんて考えは絶対に……」
バシーン! と再びビンタが舞った。
これはひどい。女狂いにも程がある。千人も后がいる時点で想像はしていたが、それ以上だ。純花はそう思った。
「そもそもこのレヴィアが千妃以外で納得する訳ないでしょう! 権力を以ってヴィペールを思うがままにするのがこの女の望みなのよ!? 普段は決して頭は悪くないのに、なぜ女の事となるとここまで馬鹿に……!」
「いえ、構いませんわよ?」
「……は?」
ロムルスの胸倉をつかみ、がっくんがっくんするルシア。その言葉にレヴィアが割入る。ルシアは意味不明という感じでレヴィアの方を見た。
「わたくしの目的は純……スミヒコを帰す事。遺物を頂けるのであれば千妃なんてものはどうでもいい。ルシア様にお譲りしますわ」
「えっ? ……ほ、本気で言ってるの?」
「ええ。後はウッド家の御用商人復活とか細々したものはありますけど、最優先は遺物。何ならこのまま去っても構いませんわよ? 遺物さえ頂けるのなら」
レヴィアの言葉を思いっきり疑っている様子のルシア。「そ、それはダメだ!」と返すロムルス。その彼にルシアはビンタを放って黙らせつつも考える。
「……いいわ。じゃない、いいでしょう。元々ウッド家は何かしらの補償をすべきだと考えていましたし、貴女方にはヴィペールを守ってもらったという恩がある。遺物を全部渡すなどは無理ですが、勇者様が帰るのに必要なモノだけ、というのなら構いません」
「本当!?」
それを聞いた純花は喜ぶ。レヴィアを犠牲にすることなく、目的を果たせるのだ。万々歳の結果だった。リズとネイが「よかったな」と声をかけてくる。
反対にロムルスは焦っている様子だ。
「ルシア! か、勝手な事をするな! 遺物は私のモノなのだぞ!?」
「知りません。これまで好き勝手して来た罰だと思いなさい。もちろんヴィペールの国益を熟慮した上でお渡ししますのでご安心を」
「駄目だ! 駄目だったら駄目だ! 今日はレヴィアとルシア、二人まとめて頂く予定だったのだぞ!? それを――おぎゃっ!」
再びビンタで黙らせられるロムルス。女狂いにも程がある。しかしその狂いっぷりは突き抜けているようで、如何にルシアが黙らせようとも黙ろうとしない。「駄目だ駄目だ!」と駄々っ子のように拒否し続ける。
が、ルシアはそれを完全に無視。「勇者様を帰す事のできる遺物か……」と考え始めている。
「そうですね……可能性があるとすればアレでしょうか。最高神ルディオス様の力のカケラ、ルディオスオーブ。そのカケラと体を見つければルディオス様が復活するらしいのですが……」
「えっ。それって……」
リズが純花の方を見てくる。彼女の視線を受けた純花はごそごそと道具袋をあさり、緑色に輝く八面体を取り出す。
「あっ。そうそう、そんなカタチをしていました。だとすればあの古文書の解析結果も間違いではないのかもしれません」
ルシアの言葉。どうやらこれと同じ形のものらしい。そして復活云々は古文書とやらに記載してあったようだ。恐らくは遺物と同時に見つけたのだろう。
「復活したルディオス様に願えば勇者様は帰れる。魔王に関しても対処してくれるに違いない。ヴィペールとしても望ましくあります。どうぞお持ちになって下さい」
「あ、ありがとう!」
純花はさらに喜ぶ。謎の物体……ルディオスオーブの使用法が分かり、さらにもう一つが手に入った。帰還への道が大きく前進した。
一方、ロムルスは相変わらず「いかん! それほどの重要物を他者の手に渡しては!」と抵抗しまくっている。
「ル、ルシア!」
「それとロムルス様。二人まとめて、とかおっしゃってましたわよね?」
ルシアは笑みを浮かべて言った。どこか圧力が感じられる笑顔。その表情にビクリするロムルス。
「それほどお求めになるのならわたくしとしてもやぶさかではありません。二人まとめてという事も。何なら三人、四人でも構いませんわ」
「お……おお! ルシア!」
その言葉に、ロムルスの顔がぱああと明るくなる。分かってくれたか! とばかりに。
反対に「えっ」となる純花たち一行だが、ルシアの言葉は続く。
「いえ、三人四人では足りませんわね。十人、二十人……いえ、三十人にしましょう」
「えっ」
「旺盛なロムルス様ですから、一晩にそれくらいは平気でしょう? 子を成すのは王族としての義務。千人目のレヴィア様を娶る前に、他の九百九十九人を相手して頂かねば。もちろん本人たちの希望を聞いた上でですが」
ロムルスの顔がさあーっと青くなる。
――男には限界というものがある。
どれだけ旺盛な人物だろうが、弾数は有限。せいぜい片手に収まるくらい。元気な者でも両手くらいだろう。因みに地球においての世界記録が二十八発なので、ロムルスはその世界記録を超えなければならないのだ。それも毎晩のように。
もちろんそんな事実を純花は知らないが、それでも多すぎるのは分かる。とはいえしょせんは他人事。純花は「まあ頑張って」とテキトーそのものな思いを抱いた。因みにリズとネイは顔を赤くしており、反対にレヴィアはロムルス同様青くなっていた。
「ル、ルシア……」
「それではロムルス様。不束者ですがよろしくお願い致します」
ロムルスにマウントしつつ頭を下げるルシア。マウントされつつ顔が青いままのロムルス。
まるでこれからの二人を表すような姿であった。
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