099. 流石にキレたわ
「い、いえ! まだ手はあります! この手の生物はコアがあるはず! 全身を制御している脳のようなものが!」
レヴィアは直前でその事に思いつく。
スライム等の不定形物体に存在するコア。動物の脳みそに相当するソレを壊せば、体が維持できなくなり、自壊する。
今はキマイラのような姿をしているが、あのような大変化が起こるのなら目の前の生物はその手のモノである可能性が高い。加えて制御部であるコアを壊せば人質とのリンクも切れ、巻き添えで死ぬ事もないだろう。レヴィアはそう予想した。
「フフッ。どうかしら? 仮にあったとしても頭にあるとは限らないわよ? 体? それとも尻尾かしら? かたっぱしから試していくのも面白そうねぇ!」
が、レヴィアの予想を女はあざ笑った。確かにそうだ。半透明のスライムと違ってゲル・キマイラとやらは光を通さない黒色。中は全く見えず、コアがどこなのか探しようがない。生物兵器ゆえに、その辺の弱点は隠すよう設計されているのだろう。
「生物兵器……そうか! リズ! 魔力探知を!」
再び何かを思いついたレヴィアはリズに向かって叫ぶ。それを受けたリズは困惑したような顔になった。
「な、何? 探知ならもうやってるわよ!」
「違います! 魔法を使うのではなく、あの生物をです!」
続けて放った言葉を聞き、さらに困惑顔になるリズ。魔物を発見する為の探知ならまだしも、目の前に存在する魔物に対し探知など普通はしないからだ。しかし今回はその普通でない事が役に立つ。
「あの生物のエネルギー。恐らく他の生物を吸収することで得ていると思われます。ならばそのエネルギーは一旦コアに向かうはず。形状が安定しているのなら別の場所に行く可能性もありますが、不定形な物体のエネルギーは制御部経由でないと上手く分配できないはず……!」
加えてゲル・キマイラとやらは獣型の分体を生み出すという
彼女の言葉に納得したらしく、リズは魔法を使うのをやめてゲル・キマイラに対し探知し始める。だが……
「……ダメ! 分からない! ただでさえ生き物内部の探知なんて難しいのに、人間がたくさん混じってるんじゃ……!」
殆ど意思を持たない
加えてゲル・キマイラ内には多数の人間が存在する。上手く干渉できたとしてもどの魔力がゲル・キマイラのコアなのかが分からない。多量の魔力を使う獣の生産中なら判別できたのかもしれないが……。
「あっはははは! 残念。大魔法使いのリズちゃんでも難しいみたいね。もっと魔法の腕が良ければ分かったかもしれないのに」
「くっ……!」
煽るように言うローブの女。心底嬉しそうであった。それを受けたリズは悔しそうにしている。
「さて、そろそろ再開しましょうか。やりなさい! ゲル・キマイラ!」
「ゴオオ……!」
再び襲ってくるゲル・キマイラ。炎、氷、毒のブレスだけでなく、その爪や尻尾も振り回して攻撃してくる。おまけにあの巨体だ。人質がいなかったとしても苦戦は免れない相手であった。
防戦を続けるレヴィアたちとロムルス。しかしこのままではじり貧だと思ったのだろう。
「レヴィア! それとロムルス王子! 残念だけどどうしようもないわ! やるわよ!」
リズは戦う事を主張。覚悟を決めたらしく、魔法の詠唱に入った。それを止めようとするロムルスだが、止めるべきではないと頭では分かっているようで、苦し気な表情で悩んでいる。
「そうそう。どうしようもないのよ。流石リズ。お姉ちゃんなんだから、嫌な事は率先してやらなきゃね……!」
そしてリズの声を聞いた女は嬉しそうにし、次いで意味不明な行動を取った。ゲル・キマイラはくるりと
まさか逃げるのか? 一瞬そう思ったレヴィアだが、すぐにそうではない事に気づく。
「ひいっ! く、来るぞ!」
「総員、警戒! 周囲にいる魔物だけでなく、あの魔物も――ぐああっ!」
後方の観客席。異形の獣と戦う兵士たちの元へとゲル・キマイラは向かっていたのだ。
そして単なる兵士ではソレを相手にすることは出来ない。あまりにも力量差がありすぎる。炎に焼かれ、凍らされ、毒を浴びせられ、殺されてゆく。
レヴィアたちは慌てて敵を追いかけ、覚悟を決めていたリズが魔法を放とうとする。だがゲル・キマイラは彼女の射線上に兵士が来るように動く。直線的な魔法を使おうが、範囲魔法を使おうが、絶対に巻き込んでしまうような位置にだ。かといって小規模な魔法を放っても効果はあるまい。
「あっははははは! どうしたの? 周りを巻き込んででも倒した方が結果的に被害は減るかもよ? ほら、アンタたちも何か言ってあげなさい」
「い、嫌だ! 死にたくないぃ!」
「助けてくれよぉ!」
笑い声を上げながら足元にある顔面を蹴る女。取り込まれた人間はさらなる恐怖の声を上げ、リズはうっと顔をしかめた。覚悟を決めてはいたが、やはり何の罪も無い人間を殺すのは抵抗があるのだ。
「テメェ……!」
それを見たレヴィア。彼女はここにきて初めて怒りを見せる。
自分の為に、純花の為に無償で協力してくれている友人、リズ。彼女にそんな真似をするなど許せるものではなかった。
「なぁに? 怒ったの? ……そっか、リズのお友達なのね。ならアナタも応援してあげないと。リズ、助けてーって」
「うるせーよ。リズ、引っ込んでろ。コイツは俺がやる」
「レヴィア!?」
故にレヴィアは決めた。自らであの魔物を殺す事を。
取り込まれた兵士が使っていた剣を拾い、魔物の元へ向かう彼女。しかし、あのような大物を倒すなどレヴィアには出来ない。そう思ったらしいリズは叫ぶ。
「ア、アンタじゃ無理よ! 相性が悪過ぎるわ! ここは私の魔法で……」
レヴィア、リズ、ネイの中で最も火力に優れるのは魔法使いのリズだ。その彼女でも倒せるか分からないものをレヴィアがやると言う。
卓越した技術で相手を翻弄し、弱点を突くのがレヴィアの戦闘スタイル。故に耐久力が高く、弱点も分からない相手を倒すのは非常に難しいと考えたのだろう。事実それは正しい。しかし間違ってもいる。リズ曰く、光の魔力。それを用いれば――
「待って」
そう思ったところで純花が声をかけてくる。
リズ同様、苦しめたくはない存在。役目を譲るつもりはない。
「テメーもだ純花。俺がやるからお前は……」
「待ってってば。私、コアの場所が分かるかも」
が、そこで放たれた純花の言葉。レヴィアは「へ?」と呆けたような声を出す。
「あの魔物、精霊の力も使ってる。だから分かるよ。あの中でかけめぐってる力を」
「す、純花、それはどういう……」
魔法使いのリズが分からないのに、純花は分かるという。加えて彼女はその瞳を魔物へと向けているだけで、自らのオドを放っていたりはしていない。
「……分かった。尻尾の付け根部分。そこに魔力が集中してるみたい。多分そこがコアだ」
「!?」
しかしその力は本物なようだ。純花の言葉を聞いた女が驚いたような雰囲気を見せる。その驚きが収まる間もなく、純花はキマイラに向かい跳躍。
「リズを見て分かった。レヴィアが止めてくる理由が。正直何とも思わないけど……」
迎撃とばかりに蛇の尻尾が食らいつこうとしてくるが、ぶん殴ってあっさりと撃退。彼女は尻尾の付け根あたりに着地し……
「まあ、気遣いは嬉しいかな」
足元へと拳を叩きつけた。あまりにも強力な力が込められているせいか、その拳は光輝いているようにも見える。
瞬間、キマイラの身体がどくんと波打つ。そして身体を構成していた黒い物体がどろどろと溶け始め、中に取り込まれていた人間が流れ出るように解放されてゆく。本体が死んだせいか、周囲に残る獣たちも次々と崩壊し始める。
「ルシア!」
解放された人間。その一人であるルシアをめがけてロムルスは駆けだす。次いで彼女を抱きかかえ、必死に呼びかける。
「大丈夫か! ケガは無いか!」
「だ、大丈夫です……。少々体が重くはありますが……」
「ルシア。私をかばったために……。本当に、本当にすまない。私は、私は……」
「ロムルス様……?」
激しく後悔し、泣きそうな表情をしているロムルス。彼らしからぬその様子に、ルシアはぼーっとしたまま不思議がっている。無事とはいえ、相当に体力を消耗しているようだ。
「純花! よくやった!」
「ええ! 大したものだわ!」
一方、ネイとリズは純花を褒め称えていた。実際彼女がいなければ取り込まれた人間は助からなかっただろうし、被害はもっと拡大していた可能性がある。手放しに賞賛できる功績だった。
「ネイ、リズ。まだ早いよ。あの女が残ってる」
「そうだったな。奴にはたっぷりと事情を聞かせてもらわねば……って、いない!?」
視線を女の方へと動かすネイだが、そこに女の姿はなかった。キマイラの背中に乗っていたのだから、すぐ近くにいるはずなのに……。
「あっははははは! ばーか。隙だらけなのよ」
「あー、おっかしい。ゲル・キマイラは勿体なかったけど、楽しかったし、いいわ。また遊んであげるから楽しみにしていなさ――」
「――逃がすと思ってんのか」
「アンタ、いつの間に……!」
「洒落になんねー事ばっかしやがって。流石にキレたわ」
レヴィアは能面のような表情で言う。感じられるのは激しい怒り。女の所業が相当頭に来ているのだ。
殺しに手を染める一歩手前だった純花。さらにあのまま行けばリズは味方ごと撃っていたかもしれない。その元凶は目の前の女。レヴィアがキレるのも当然といえよう。
相対する彼女に対し、女は忌々しそうに言う。
「ウザイわね……! アンタなんかに用は無いのよ!」
「こっちも用はねーよ。また二人にちょっかい出されちゃたまんねーからな。死ね」
殺しを避けるレヴィアらしからぬ言葉。本当にそうするつもりなのか、目に留まらぬほどの速さで女へと迫る。
が、女はニヤリとし、羽織っていたローブをガバッと開く。中から飛び出てきたのは長い首を持つ大蛇。それも四頭。
四つの
「フン。私の武器がアレだけだと思った? お生憎様。アンタ程度を殺せる兵器なんて他にいくつも――」
馬鹿にするように鼻を鳴らす女。
――だが、その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
「なっ……!」
女は信じられないという声を出した。レヴィアに突き刺さった鋭い牙。だがその牙はひび割れ、砕け散っていたのだ。彼女の皮膚すら貫けないまま。
さらにレヴィアは噛みついている竜へと手をやり、その頭を握りつぶして放り捨てた。女の驚愕がさらに強まる。だが女が最も驚きを見せたのは――
黄金の瞳。
ピンク色だったはずのレヴィアの瞳が、まるで黄金のような色に変わっていたのだ。
「!? ア、アンタ、その目……!」
女はありえないという雰囲気を醸し出す。先ほどまでの強気さは鳴りを潜め、恐れるように一歩後ずさった。
その隙を逃すレヴィアではない。レヴィアは一瞬にして女へと迫り、その細首を掴み持ち上げる。ジタバタと苦しそうに抵抗する女だが、全くの無意味。逃れる事はできない。
暴れるあまりバサリとフードが取れ、中からは特徴的な耳を持つ金髪の美女が現れた。しかし今のレヴィアにとってはどうでもいい。薄い笑みを浮かべ、衝動のままにその首を
「イルザ……!? そんな、イルザなの!?」
「へっ?」
折ろうとしたところで聞こえたリズの声。ぽきりと逝くギリギリ一歩手前でレヴィアは中止。もしかして知り合いとかだろうか?
「ようやく見つけた……! 本当に、本当に心配してたんだから! イルザ……!」
涙ぐんでいるリズの姿に、レヴィアは困惑。やはり知り合いのようだ。ふと女の方を見れば、その顔はリズにとてもよく似ていた。いや、殆どそっくりさんと言っていい。リズが成長したらこうなる、という感じの少女だった。
「くっ……!」
が、困惑している隙に少女はレヴィアの手を振り払い、ゲホゲホとせき込みながらも闘技場の外側へと飛び降りた。あわてて追いかけるレヴィアだが、下からグリフォンと思わしき魔物が上空へと飛翔。乗っているのは逃げた女と、嫌そうな顔をしているケモミミの少年、テオ。
グリフォンは逃げるように闘技場から遠ざかっていく。
「イルザ! 待って! 私よ! お姉ちゃんのリーゼロッテ――」
リズの言葉に答えないまま。
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