098. ゲル・キマイラ
そんなシリアスが展開される一方で、レヴィアはというと。
「うわぁ……」
レヴィアはドン引きしていた。
恐らくは魔王の勢力とやらの仕業なのだろう。見た事のない魔物に、見た事のない物体。知識豊富なレヴィアですら知らないものであった。
これまではケモミミによる面白展開しかやってこなかったのに、この所業。正直シャレにならない。いや、犬のケモミミは割と外道もしていたようだが。これもあの面白トリオの仕業なのだろうか?
「うおっ!」
そんな感じで引いていた彼女を再び獣たちが襲う。四方八方から囲まれ、食らいつこうとしてくる。
持ち前の身の軽さで難なく回避するも、反撃手段がない。敵の勢いを利用した合気くらいは出来るが、耐久力に優れる魔物にはイマイチ効果が薄いのだ。加えて反撃時の隙を突かれる可能性もあるので軽々しくは実行できない。
「レヴィア!」
そうしてレヴィアが焦る中、純花の声が聞こえた。どうやら自分を助けに来てくれたようだ。レヴィアは助かったーという気持ちで純花の背後へと隠れる。
「た、助かりましたわ……じゃない、助かりました。ありがとう純花……じゃなくてスミヒコさん」
「……まだ演技続けるの? まあいいけど」
ちょっぴり微妙な顔をした純花だが、すぐに真剣な表情に戻り、次々と襲ってくる獣を殴り倒す。動きの拙さゆえに噛みつかれる事もあるが、ダメージはほぼゼロだ。
「スミヒコさん、がんばってー」
レヴィアは背後から応援。頼りにしていると言えば聞こえはいいが、親子として見れば非常に情けない姿だった。まあ見た目だけなら可愛い女の子及びそれを守ろうとするナイトなのだが。
「ん?」
純花という最強の盾を得て観察する余裕が出来た為か、レヴィアは気づく。獣の大きさに違いがある理由を。どうやら人間を食えば大きくなるようで、その大きな獣は樹木へと戻る存在もいるのだ。恐らくは捕食行動だと思われる。
「スミヒコさん。どうやらあの獣は働き蟻みたいな存在のようです。せっせと人間を運び、女王蜂にエサを献上しているのではないかと。つまり……」
「あの変な木を先に倒せって事だね。了解……!」
そう言って駆けだす純花だが、獣たちが邪魔をする。やはりあの柱が獣の巣か、それに相当する何かなのだ。こちらを近づけまいと大量の獣が迫ってくる。
とはいえ、純花にとって大した脅威にはならない。一撃必殺の拳で獣たちは倒され、徐々にその数を減らしてゆく。樹木も新たに獣を増やしてはいるが、生産が追い付いていない。
「うおおおおっ!」
さらに上空から炎の一閃が放たれ、複数体の獣が一気に排除される。それを放ったロムルスはスタッと純花の前に着地。左手に炎の剣を持った彼は怒りの表情をしており、目の前の敵を睨んでいる。
「許さん……! 許さんぞ! 一匹残らず焼き尽くしてくれる……!」
その怒りを表すように、さらに激しい炎が彼の体から湧き上がる。あまりの高熱に、近くにいたレヴィア及び純花は顔をしかめた。
襲ってくる獣を一蹴する彼。圧倒的なパワーで敵を屠り、体に纏う炎は敵を近寄らせない。右腕に怪我を負っているようだが、動きに陰りは見えず、蹂躙劇がレヴィアの目の前で繰り広げられる。
……強い。少なくとも
(ふざけたヤツだけど、まあまあ強ぇーのな。世界最強って言われるだけの事はあるのか。よし、純花にロムルスがいれば余裕だな)
そう考え、自分は観戦モードを貫こうとするレヴィア。
しかし――
「ううう、苦しい……!」
「助けて……!」
「誰か、誰かぁ」
仲間の危機を感じたのか、一部の獣が人間を襲うのをやめて戻ってきた。そしてその頭部から複数の人間の顔が浮き上がる。彼らの全てが苦しげな表情をしており、涙を流していた。
その様相を見たレヴィアはさらにドン引き。純花も流石に驚いたようで、目を見開いている。しかしそれは数舜の事で、純花は再び獣へと突撃しようとする。
「い、いけません!」
「!? レヴィア、何で止めるの……!?」
そんな彼女の背中をレヴィアは引っ張る。制止された純花が戸惑いの声を上げた。
「恐らくあの人間は生きています。アナタが殴り倒したら中の人間まで死んでしまいます……!」
「どうでもいいよ。というか早く倒した方が被害は少なくなるんじゃないかな」
「それはそうですが……!」
中の人間が死のうが死ぬまいがどうでもいい。その事自体には同意できなくもないレヴィアだが、手を下すのが純花というのなら別だ。
こちらの世界で一生暮らすならまだいい。だが、日本に帰るのなら出来るだけ避けねばならないとレヴィアは思っている。法律上の罪だからという訳ではなく、“常識”だからだ。異世界において人殺しは常識的にありうる事だが、日本においてはそうではない。死が身近になく、安全な世界では。
――人殺しとは罪であり、絶対に許されないもの。
ブン殴っただけでも人非人扱いされる場所である。人殺しとバレればどうなるか。そこにどんな理由があったとしても、間違いなく避けられ、異物扱いされるだろう。
もちろん隠せば何の問題もないかもしれない。しかし、その“常識”に純花が影響されればどうなるか。間違いなく罪と感じてしまい、後々の人生に悪影響を及ぼす。これこそがレヴィアの最大の懸念事項であった。
今は「どうでもいい」なんて言っている純花だが、人生二回目の自分と違い、彼女はまだ若い。価値観が揺らぐ可能性は十分にある。その時に苦しんでほしくはないのだ。特に目の前の相手は敵ではなく、罪なき人間。一度罪悪感を感じれば消化するのは難しいだろう。
そういう意味では勝美が死ななくてよかった。ムカツクとはいえ純花のクラスメイトなのだから。いや、あの時は自分もこちらの常識で考えていたので、死んでも揉み消せばいいなんて思っていたのだが。
「レヴィア! それと見知らぬ男よ! お前たちは下がっていろ! この異形どもは私が倒す!」
そんな風に珍しく親らしい事を考えていると、ロムルスより嬉しい提案が。彼がやってくれるなら純花の手を汚さずに済む。その言葉を受けたレヴィアはほっとする。
だが、そうそう都合よくはいかず――
「くうう……!」
「なっ! ル、ルシア……!」
樹木より浮き出てきた人間の顔。先ほど食われたルシアの顔であった。
「ルシア! 無事なのか!?」
「ロ、ロムルス様……」
「……! 待ってろ! 今助けてやる!」
彼女が言葉を返した事で、ロムルスの表情が少しだけ明るくなる。次いで真剣な表情になり、体から炎を放ちつつ切りかかった。それを邪魔しようとした獣たちだが、何故か途中で止まる。ロムルスの剣が樹木を切り裂き――
「あああっ!」
「ッ!?」
悲痛な声を上げるルシア。その声を聞いたロムルスは焦り、剣を止める。
「フフッ。あーあ、やっちゃった」
その時聞こえた、知らない声。
聞こえて来た方向は上の方だった。樹木の枝の一つに立つ、黒いローブの人物。そんな怪しい風体の者がいつの間にか存在していたのだ。容姿は分からないが、声の高さから女だという事は分かる。
「ひどいのねロムルス王子。自分の奥さんを切るなんて」
「何ッ!? 貴様は……!」
「ソレが切られればその女も苦しむ。死ねばその女も死ぬ。別の場所を切れば大丈夫、なんて都合いい事ある訳ないじゃない。ばーか」
女は馬鹿にしたようにクスクスと笑う。どうやらあの女がこの騒ぎを起こした張本人らしい。
「もしかして、ねこさんたちのお友達ですか……? 面白キャラがやるにはちょっと洒落にならないと思うのですが……」
「うん? ああ、レオたちの事? あんな甘ちゃんたちと一緒にしないでくれる?」
レヴィアの問いかけに女は答えた。やはりケモミミ三人組の仲間だったようだ。察するにあのローブの下にはケモミミが生えていると思われる。
「それよりもどうするの? 早く倒さないともっと被害が増えちゃうわよ? 一刻も早くアナタの妻を殺さなきゃ。ねえロムルス王子」
「ッ! 貴様ァ……!」
怒りの表情を見せるロムルス。その怒りを示すように体からさらなる炎が湧き上がる。が、動かない。動けない。
「レヴィア! 純花!」
そんなにらみ合いが続く中、仲間の二人が駆けつけてきた。片や剣を持ち、片や魔法を詠唱している。しかしルシアの顔を見た事で驚き、攻撃を中断。
「こ、これ……生きてるの……!?」
「なんと醜悪な……! もしや人質も兼ねているのか!?」
善人である二人だ。罪なき者を殺すのには抵抗があるのだろう。武器を構えつつも何もできないという状態で固まってしまう。
ならばロムルスにやって欲しいところだが、彼も動かないまま。どうやらルシアごと殺すのに抵抗があるようだ。上手くいっていない二人であったが、流石に殺すとなると違うらしい。それに気づいたレヴィアは苦々しい顔になる。全部ロムルスに任せるつもりだったのに。
――どうする。どうすればいい。残る手段となれば一つだけだが、アレは……。
そんな風にレヴィアが悩んでいると、仲間二人の姿を見た女は何故か嬉しそうな声を上げる。
「あははっ! やっと来たわね。役者はそろったようだし、それじゃあ……」
パチンと指を鳴らす女。それと同時に樹木の姿が変わっていく。不定形の物体になる中、近くにいる獣たちが我先にとばかりに自ら取り込まれてゆく。体積はさらに増え、波打つ物体が次に取った姿は――
獅子と山羊の二つの頭。蛇の尻尾。巨大な体躯。
キマイラと呼ばれる魔物だった。但しその全身は真っ黒に染まり、大きさも比較にならないほど大きい。普通のキマイラは体長三メートル程度だが、四倍……いや、五倍はある。
「フフフ、驚いたようね。皇国の頭脳集団、“黒の叡智”が復活させた古代兵器、ゲル・キマイラ。とくと味わうといいわ!」
女の声と同時に獅子と山羊の頭が吠え、こちらへと突撃。レヴィアたちは散開して攻撃をかわすが――
「うおっ」
さらにその魔物はそれぞれの頭からブレスを放った。獅子からは炎、山羊からは氷、蛇からは毒。どれも食らえば致命傷は免れまい。そう思ったレヴィアは自分に向かってきた氷のつぶてを素早い動きで回避。
「はああっ!」
「なっ! ま、待て!」
氷を盾で防いだらしいネイ。全身鎧姿をしている事もあり、ダメージが少なかったのもあるだろう。制止するロムルスの声をよそに、彼女はキマイラへと切りかかった。先ほどのロムルスと同様、人質を避けて攻撃しようとしているのだろう。
が、
「や、やめて! 殺さないで!」
「何ッ!?」
ちょうど切ろうとした場所に別の人間の顔が生えてきた。それを見た彼女は驚き、剣を止める。明確な隙。キマイラは素早く蛇の尻尾を回し、毒のブレスを放つ。
「ぐうっ……!」
「ネイ! リズ、解毒の魔法を!」
「ええ!」
レヴィアの言葉を受けたリズはすかさず魔法を放ち、ネイを助ける。素早く治療した事で、体に毒が回る前に上手く解毒できたようだ。再び放ってきた毒のブレスをかわし、ネイは散開していた仲間の元へと戻る。
「うげっ」
レヴィアは嫌そうな声を出した。何故ならネイの攻撃を発端に、キマイラの身体から次々と顔が湧き出てきたのだ。頭、体、手足……ありとあらゆるところからだ。誰もが苦悶の表情をしており、悲痛な声を上げている。
「し、趣味悪う……」
レヴィアは思わず顔をしかめた。ゲル・キマイラとやらを復活させた魔王もそうだが、元々の開発者たる古代帝国は何を考えていたのだろうか? 行き過ぎた科学の行く末感がありすぎる。この間の
「あはははっ! どうしたの? 早く倒さないと!」
そしてゲル・キマイラの上で調子こいてる女。ちょっとサイコすぎないか。笑いながらこういう真似をするとか。いや、足元にある人面をげしげしと蹴っているのはちょっぴり楽しそうだが。
「ロムルス様……」
「ルシア!」
「どうかロムルス様……。わたくしの事は気にせず、切ってください……」
「馬鹿な! お前は私をかばってそうなったのだぞ!? そんなお前を……!」
「どの道助かるかどうかは分からないのですから……。早く……ヴィペールのために……!」
目の前では自らを切れと言うルシアに、それを拒絶するロムルス。そういう真似をされたら余計に切りづらいとレヴィアは思う。空気は読めるので指摘したりはしないが。
「いいよ。アンタがやんないのなら私がやる」
「純花!?」
「こうしていても仕方ないでしょ。レヴィアが何を気にしてるか知らないけどさ」
一方、ロムルスの態度に焦れたらしい純花が前に出る。
再び止めようとするレヴィアだが、彼女の言う通り倒さなければならないのは事実。しかし殺しは避けたい。もちろんそんな甘い事を言ってられる状況でない事は分かるのだが……。
……やはりここは、自分がやるしかないだろう。少々危険だが、背に腹は代えられない。そう結論づけようとしたレヴィアだが……。
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