097. レヴィアの怒り?

「頑張れ! 頑張るのよレヴィア!」


 リズは必死にレヴィアを応援し続ける。

 

 性格審査が開始されて数分。レヴィアの震えはぷるぷるどころかブルブル……いや、ガタガタとなっており、拳はこれ以上ないほど強く握りしめられている。我慢している様子がありありだった。

 

 文学少女を続けるなら泣き真似演技などをした方がよさそうだが、それに気づく余裕すらない模様。笑顔という、怒りとは真逆の表情を維持する事で何とかこらえていた。

 

 リズは思う。あのレヴィアが……ちょっと馬鹿にされただけで怒るレヴィアが、こうも耐えている。彼女をよく知るリズからすれば感動モノの姿であった。

 

 過去には「レヴィアが父? び、微妙……」と思ったこともあるリズだが、この姿を見て考えを撤回。娘の為にこれほど耐えられる者を、どうして父失格などと呼べようか。例えロリコンだとしてもだ。自分の父……ロリコンではないが、己の欲の為に子供を犠牲にした父親とは正反対である。

 

 とはいえ、如何に強い想いがあろうが限界はある。ウサギがどれだけ頑張ろうが、ハイエナの群れの前には無力。今のレヴィアは正にその小動物だ。まあ反撃が許されるのなら一気に悪魔デーモンへと進化するだろうが。

 

 奥様方による悪口は続く。レヴィアは目元に涙が浮かべ、「ひっひっふー」とまるで産気づいた妊婦のような呼吸をし始めている。自らの内に生じた痛み。それは産みの苦しみに匹敵するモノなのだろう。

 

「フン。泣けばいいって思ってるの? なあんて無様な顔なんでしょう。このブサイク」

「あっ」


 ――そして紡がれた決定的な言葉。

 

 世の中には言ってはいけない言葉がある。その一つがレヴィアの容姿を馬鹿にする事。自分の美に絶大な自信を持つレヴィアにとって、その言葉は禁句中の禁句。リズに貧乳、ネイに行き遅れ。どちらも言ってはいけない言葉だが、せいぜい怒るか泣くかで済む。しかしレヴィアにブサイクは……。

 

「だ、駄目ぇ! レヴィアぁ!」


 必死で叫ぶリズだが、その言葉が届いた様子はない。怒りのオーラが解放され、表情は美少女がしてはいけない顔へと――

 

 瞬間、地面が揺れる。

 

 あわやレヴィアの怒りが引き起こしたと思ったリズだが、すぐにそうではない事に気づく。

 

 闘技場の中心。石でできた武舞台が割れていたのだ。そしてその裂け目からは黒いトゲのようなものが――

 

「な、何だあれ?」


 ざわざわとざわめく観客たち。その困惑に答えるかのように、地面から巨大な柱が突き出てきた。焼け落ちた樹木のようなカタチの、太く黒い柱。生物のようにうねる姿は不気味そのものであった。

 

 いきなり突き出てきたソレの姿に、周囲にいる千妃候補たちは固まっている。奇妙な物体だが、千妃祭の一部だろうかという思いが彼女らにあったのだ。そしてそれは致命的な隙である。巨大な大口が彼女らの前に現れ――

 

「き、きゃああああっ!」


 会場中から悲鳴。


 美しき千妃候補たち。しかしその美しさは一瞬にして奪われてしまった。黒い樹木より湧き出た多数の黒き獣。それらが近くにいた女たちに食らいつき、丸のみにしたのだ。

 

 樹木はさらに獣を生み出し、食いそこねた花嫁候補を食らおうとする。しかし流石は能力重視で集められただけの事はあり、上手く避ける者もそこそこいた。

 

「うおっ!」


 もちろんレヴィアも同様。飛びかかってくる獣の大口を、体を思いっきりそらせて回避。連続して襲い来る複数の獣たちの食らいつきも難なくかわす。が、隣にいたイヤミ三人衆は一口で食われてしまった。レヴィアは「グッジョブ」と言った感じで親指を立てる。

 

「レ、レヴィア! やりすぎ! いくら怒ったからって……!」

「ち、ちげーよ! ……じゃない、ちがいます……! 私のせいじゃありません……!」

 

 もしかして本当にレヴィアの仕業? と思ったリズは非難するが、レヴィアは即否定。

 

 善悪で言えば悪寄りの彼女だが、流石にこれほど洒落にならない真似はしない。ムカついたとしてもせいぜいブン殴るのに加えて精神的にボロボロにする程度。人様の命を奪うなんて真似はしない。

 

 ならば一体誰が? リズが戸惑っていると……

 

「あ、あれは魔王の異形! 何故こんなところに!?」


 王族席のロムルスが困惑したように叫んだ。数日前、彼が一匹残らず討伐したモノだったからだ。


 とはいえ、あのような黒き樹木を彼は見ていない。獣を生み出す植物。そのようなものがある事すら予想できなかっただろう。常識はずれにも程がある存在だった。

 

 二十、三十と獣たちはさらに増え、多勢無勢となった事で候補者の女たちがどんどん食われてゆく。彼女らだけではない。獣は観客席まで到達し、運悪く前列にいた観客たちは逃げる間もなく食らいつくされる。

 

「レヴィアの仕業じゃない……? じゃあ何なの? 何が起こってるの……!?」


 あまりにも残酷な光景。冒険者として生きてきたリズだが、こんな光景は見た事がなかった。なまじ彼女らが優れていた事もあるだろう。大抵の脅威は退ける事が出来、人が食い殺されるところなど殆ど見た事がなかったのだ。

 

 戦慄するリズ。しかしその間も獣たちは暴れ続ける。そして獣は仲間三人のところへも迫り――

 

「ギャアッ!」


 純花に殴り倒された。手加減せず殴ったようで、獣は地面にめり込んで絶命。

 

「余興とかじゃなさそうだね。レヴィアを助けなきゃ」


 純花はキッと武舞台の方を睨む。その言葉通り、レヴィアたち花嫁候補は大変な事になっている。如何に優れていようが、今の彼女らは武器を所持していない。マトモに戦えている者はおらず、レヴィアもアタフタと逃げ続けている。


「リズ! 考えるのは後だ! 皆を助けるぞ!」

「え、ええ!」


 固まっていたリズだが、ネイの声で正気を取り戻し、詠唱を開始。

 

 近くにいる魔物はネイが対処してくれているし、レヴィアの方へは純花が向かった。ならば自分は逃げ惑う人々を助けようと考えるが……。

 

「くっ……! これじゃ巻き込んじゃう!」


 秩序なく逃げ回っている人々。魔法を放てば巻き込んでしまいかねない。そうなれば本末転倒だ。

 

「リズ! お前は下の魔物をやれ! どんどん増えてるぞ!」

「けど! ……いえ、了解よ!」


 直接助けるのは諦めざるを得ない。その事に少々の後味悪さを感じつつも、リズはネイの言葉に従う。幸いここにいる兵士たちも人々を守ろうと頑張っているので、彼らの奮闘に期待するしかないだろう。


 リズはさらなる被害を抑えるべく闘技場中央から向かってくる獣へと魔法を放った。らせん状に吹き上がるトルネードのような風が放たれ、複数の獣がズタズタに切り裂かれる。

 

 

 

 そのように彼女らが奮闘する中、王族席では……。

 

「おのれ……! 我が千妃候補たちを……!」


 ロムルスは怒りに燃えていた。美女の死。それは彼の中でもっとも許せない事なのだ。幸いにして一番の美女たるレヴィアは無事であるが。

 

「誰か! 私の剣を持ってこい!」

「は、はっ!」


 ロムルスの言葉を受けた近くの兵士がかけてゆく。千妃祭は式典の一つという扱い故に、帯剣していなかったのだ。とはいえ、戦場から直接舞い戻ったので近くに置いてあるはず。

 

 普通の剣では駄目だ。彼の炎に耐えられない。しかしそれを異形たちが待ってくれるはずもなく、容赦なく王族席を襲ってきた。

 

「無駄だっ!」

 

 が、その程度でやられるロムルスではない。剣を使った戦いを得意とする彼だが、決して体術に劣る訳ではないのだ。加えて肉体であればレアスキルによる炎を纏わせる事もできる。彼は拳に炎を宿し、難なく獣たちを撃退した。

 

「父上! それに后たち! 逃げるんだ! ここは私が抑える!」


 ロムルスは叫びながらも戦う。手ごわいと見たのか、たくさんの獣たちが王族席を襲ってきたのだ。

 

 ロムルスはその全てを燃やし尽くし、近くにいる者を守る。流石は世界最強の一角というべきか、獣たちが全く相手になっていない。

 

 手ごわいとみたのか先ほどまでより一回り大きな獣が襲って来たが、間違いなく脅威にはならないだろう。自らを食らおうとする巨大な口に向かい、ロムルスは炎を放とうとした。

 

 しかしその瞬間、彼が見たものは――

 

「助けて……」


 ロムルスを襲ってきた巨大な獣。その開いた大口の中にあったのは、魔物と一体化している人間の顔。

 

 既視感。いや、実際に見た事がある。涙を流す女。それは千妃祭に参加していた花嫁の一人で――

 

 あまりに非現実的な光景に一瞬静止してしまうロムルス。だが、そこで動けなくなるほど彼は弱くない。これまでに積んできた戦闘経験。己の危機に対し、彼は反射的に拳を振るおうと――

 

「ぐっ!」


 振るおうとしたところで、不意に横から衝撃を受けた。氷の刃。そんなものが彼の右腕を貫いていた。

 

「はっ、はははっ! 死ね! ロムルス!」

「クリスタ!?」


 放ったのは彼の后の一人、クリスタだった。その表情からは狂気のようなものが感じられる。

 

 一体何故。疑問を発しようとするロムルスだが、彼の間近には既に獣の大口が――

 

「ロムルス様!」

 

 が、食らいつかれる直前で横から突き飛ばされた。突き飛ばしたものは彼の后、ルシア。ロムルスをかばった事により、彼女は――

 

「ル、ルシアアアアア!!」


 獣に食らいつかれ……飲み込まれてしまった。

 

 瞬間、ロムルスの中に走馬灯のようなものが走る。泣き虫王子と呼ばれていた自分。それを叱りつつも背中を叩いてくれたルシア。勘違いしないで。ロムルスの為ではなく国の為。などと言いながら。

 

 そうだ。彼女に認められる為に努力してきたのだ。全ては彼女を手に入れる為に――

 

「ル、ルシア様……! あ、ああ……」

「な、なんと……! くっ! この者を拘束せよ!」


 そしてロムルスに対し敵意を見せていたクリスタであるが、今の彼女は何故か茫然としていた。その彼女を捕らえるようマルス王が命じている。

 

 絶望するロムルス。次に生まれたのは怒りだった。獣に対するものではなく、クリスタに対するものでもなく、自らに対する怒り。何故このような大事な事を忘れていたのか。

 

 その怒りをぶつけるように炎を生み出す。しかしルシアを食らった獣はさっさと退散。闘技場中心部へと戻っていき、再び黒い樹木と一体化してしまった。

 

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