091. 第一審:ワクワク知力

『レ……いや、私の后となりうる者たちよ。よくここまで勝ち残った。国中で最も優れた女を集め、その中でも選りすぐりの五十名。千妃として相応しい者たちが集ってくれている事だろう。君たちは……』


 ロムルスの演説。それをすました顔で聞くルシア。しかし内心は真逆だった。

 

(ヴィペールの為に頑張ってきた。ひいてはロムルス様の為にもなると考えていた。それを理解しているからこそ、ロムルス様もしぶしぶとはいえわたくしの言葉を聞いて下さっていると思っていた。けれど、そうではなかった……!)


 ルシアは泣きそうだった。

 

 自分が疎まれているのは理解している。口うるさいと思われているのも自覚している。しかし、それでも努力だけは認めてくれていると思っていた。ヴィペールの為に身を粉にしている努力だけは。だが、蓋を開けてみれば……。

 

 確かに自分の権力は強い。公爵家出身で、かつロムルスに言う事を聞かせられる。この二つがあれば宮廷を動かす事はたやすい。ルシア自身、それを利用したという自覚はある。

 

 しかし己の為に動かしたことは一度もない。ヴィペールを思うからこそルシアは裏で動いてきた。自分勝手なロムルスのフォローをする為に。

 

 その努力が何一つ伝わっていない。ルシアが泣きそうになるのも当然といえよう。

 

「な、なあルシアよ。元気を出せ。今のロムルスの言葉は本心ではない」

「そ、そうですとも。ルシア様が王子の為に奔走しているのは周知の事実。今の王子は少々感情的になっているだけでしょう」


 そんな彼女の気持ちを察したのか、近くにいるマルス王及びファビウス将軍がフォローしてくる。二人はルシアの努力をしっかり認めているのだ。彼らだけではなく、官僚の大半は大抵はそう思っている。思っていないのはロムルスだけだろう。

 

 だからこそルシアは余計に悲しくなってしまう。周りが気づいてくれているのに、尽くしてきた者が気づいてくれないなど……。

 

「……お気遣いありがとうございます。わたくしは大丈夫です」

「そ、そうか? しかし……」

「ロムルス様がああなのは今に始まった事ではありません。それを抑えるのがわたくしの役目。こんな事でいちいち心を揺さぶられては王族失格ですから」


 ルシアは言った。まるで自分に言い聞かせるように。

 

 そうだ。ロムルスを抑え、ヴィペールに尽くす事こそが自分の役目。誰かに認められたいからそうする訳ではない。貴族の義務ノブレス・オブ・リージュを果たさねばならないのだ。公爵家の……王家の一員として……。

 

 彼女の様子。それを見た二人はビクリとし、「ほ、本当に大丈夫か?」などと問いかけてくる。感情を感じさせない無の表情――いわゆるレ〇プ目をしていたからだ。何を心配しているのかルシアには分からない。大丈夫に決まっている。自分はただ役割を果たすだけの存在だというのに。

 

 そんな風に心を凍らせつつあるルシア。だが、やるべき事は変わらない。今彼女がすべきなのは、レヴィアという毒婦を落とす事。千妃にしない事。

 

 既に仕込みは終わっている。彼女は視線を闘技場へと戻し、千妃祭の行方を見守るのであった。

 


 

 そんなシリアスな胸中が展開される中、レヴィアはというと。

 

(だるぅ。早く終わんねーかな。校長かよ)


 内心面倒に思いながらロムルスの演説を聞き続ける。無論、態度に出したりはしない。繊細な文学少女らしく緊張したような演技をしていた。

 

 とはいえ、退屈は退屈。レヴィアは視線を動かし、候補者を見る。どれも自分の相手になりそうにはない。顔面レベルだけでも圧倒してしまっている。

 

 問題があるとすればやはりあの女だろう。演説するロムルスの後ろにおり、自分を妨害しようとする存在、ルシア。しかし先ほどまでとは違い、彼女は何やら死んだような目をしている。朝早かったので眠いのだろうか?

 

(こりゃ余裕かもしれねーな。さっさと千妃になって旦那の金で豪遊しつつ虐待……って違う違う)


 レヴィアはちらりと右の方を見る。仲間たちがいる場所。その視線に気づいたリズは「頑張れ」と口を動かし、ネイは「本を返……いや、隠せ……!」と焦るように口をパクパクした。残る一人、純花はちょっと心配げな様子。

 

 そう、純花だ。最近すーーーっかり忘れつつあったが、本来の目的はこっちである。彼女の為だからこそレヴィアはここにいるのだ。気持ち悪い事になるかもしれないのを覚悟して。


『……以上、君たちの奮闘を期待している。私の后となるに相応しい能力を、私と民の前で見せて欲しい!』


 そんな事を考えている中、ようやくロムルスの演説が終わったようで、空へと花火が打ち上げられた。開会の合図。観客席からは歓声が舞い、話を全く聞いてなかったレヴィアはビクリとした。

 

『ありがとうございましたロムルス王子! さあ、ここに始まる千妃祭! 本選では主に四つの審査が行われます! 武力、知力、魅力……そういった能力を測り、それらの結果をひっくるめて千妃が決定されるのです!』


 さらに司会者が喋り出したと同時に、足元から機械音が聞こえ出す。浮遊感。何が起こったのかときょろきょろするレヴィア。どうやら自分のいる武舞台が地下へと下がっているようだ。

 

 舞台裏、もとい闘技場の地下に降りた途端、運営スタッフたちが何か大きなものを運んでくる。階段状に積まれている派手な机と椅子。合計五段なので、一段につき十個の机がある形だ。その一つにレヴィアは座らせられ、全員が座ると同時に再び武舞台が上がってゆき、地上へと戻る。

 

 花嫁たちが座る大がかりな装置。それを見た観客たちは首をかしげる。一方、レヴィアと純花は「何か見たことあるような?」と既視感を覚えていた。机の上のボタンが何かを彷彿ほうふつとさせる。

 

『早くも準備は整ったようです。それでは第一の審査を発表しましょう! ……馬鹿に王妃は務まりません。特に千妃ともなればいっそうの頭の良さを求められます! ……もう分かりましたね? 第一の審査は…………ワクワク知力クイーズ!』


 司会者の言葉を聞いた観客たち。彼らは「クイズは分かるけど、アレ何に使うんだ?」と不思議な顔をしている。

 

 一方、レヴィアと純花は「あっ」と気づいた。日本のテレビ……クイズ番組で使う設備に非常によく似ていたからだ。続けて行われた司会者の説明によると、やはり同じようなものであった。特に難しい仕掛けでもないので、どんな感じのモノなのか観客たちも理解した様子。

 

『裏側の人は見えないでしょうが、どうかご安心を! この日の為に王子が遺物を提供して下さいました! 王族席上方にある大きなボード! あのボードに花嫁方の姿が映し出されるのです!』


 その言葉と同時に、闘技場上部に設置されたボードが花嫁たちの姿を映しだす。野球場とかに見られるオーロラビジョン的なヤツだ。初めて見るその遺物に観客たちがは「おおお……」と感嘆の声を上げている。

 

『それじゃあ何人かに今の気持ちを聞いてみましょう! そうですね、そこの頭のよさそうな……ガーベラちゃん! 自信のほどはどうかな!?』

「うふふ。まあそこそこ……と言う感じでしょうか。みなさーん、応援してくださいねー」


 慣れた態度で司会者の問いに答えるトンガリハットの女。余裕そうな笑みをたたえて周囲に愛想を振りまいている。


「ガーベラ、ガーベラ……あっ!」

「何? ネイ、知ってるの?」


 彼女の姿を見たネイは何かを思い出したように声を上げた。その様子に不思議な顔をするリズ及び純花。

 

「思い出したぞ。ガーベラと言えば名の知れた賢者じゃないか。魔法都市の」

「そうなの?」

「ああ。魔法都市には“五賢者”と呼ばれるトップがいると聞いたことがある。ガーベラはそのうちの一人だったはずだ。何故ヴィペールに」


 どうやら有名人だったらしい。しかし先ほどの司会者の紹介にはなかった。何故言わなかったのだろうと一行は疑問に思う。

 

「まずいな。レヴィアも頭は悪くないが、流石に賢者にはかなわないはずだ。この戦い、少々分が悪いかもしれん」

「……レヴィア……」


 純花は複雑そうな顔をしている。勝ってほしい気持ちと、よく分からない気持ちが入り混じっているのだ。

 

 

 そうしている間にも時は進み、ついに知力クイズが始まる。

 

『それでは第一問! まずは教養問題! ヴィペールが誇る古典文学の文豪オイディスはご存じですね!? 彼の物語のどれかに唯一出てくる三人の妻を持つ男の名と、その物語が示す特徴的な思想を何か!?』

「うふふ~。こんなの簡単――」


 ぴんぽーん、と軽快な音が鳴る。簡単と言って笑みを浮かべるガーベラ……が押したものではない。音の発生源の机がピカピカと光る。その場所はレヴィアの席であった。

 

「英雄クレス。彼の生きざまの変容から見るに、筆者の思想は虚無思想、ニヒリズムかと思います……」

『……正解~!』


 ぴんぽんぴんぽーん、と軽快な音が響き渡った。ふう、と安心するようなため息を吐くレヴィア。自信がなかった、と言う感じで。

 

「フハハ。流石はレヴィアだ。頭もいいようだな」

「…………」


 喜びの声を上げるロムルスとレ〇プ目のルシア。そしてクイズ台のガーベラが悔しそうにレヴィアを睨む。

 

「くっ。油断しました。今度は負けませんからね~」

「あ、あの、お手柔らかに……」


 正解を誇らず、控え目なままオドオドとするレヴィア。なお、内心は「ざっこ」という感じである。

 

『それでは第二問! これは魔法使いには簡単すぎるかもしれませんねー。とある劇場の座席は六人がけ、八人がけ、十二人がけの三種類の座席があって、全部で四十二脚ある。六人がけの座席と八人座席の数は同じで、全員座ると四百四人座れる。では、八人がけの座席は何脚ある!?』

「――ッ」


 ぴんぽーん、と音が鳴る。ほぼ一瞬で答えを出したガーベラ……が押したものではない。またもやレヴィアであった。

 

「えーと………………十脚、でしょうか」

『……正解!』


 ぴんぽんぴんぽーん、と正解の音が鳴った。レヴィアはふう、と安心するようなため息を吐く。


「ア、アナタ~、ズルイですよぉ。今ボタンを押してから考えましたね~」

「そ、そんな……違います……。ちょっとどもってしまっただけで……」


 ぷんぷんと怒るガーベラ。対し、レヴィアはおどおどとしながらも心外といった感じで弁明。もちろん実際はガーベラの言う通りである。

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