067. 第四章エピローグ:覚悟完了
翌朝。すっきりとした感じで目覚めた純花。
何か悲しい事と嬉しい事をいっぺんに夢見た気がするが、あまり思い出せない。おぼろげながらリズに慰められた覚えはあるが。
既に他の三人は起きているようで、部屋には純花しかいない。寝坊したかなと思い手早く準備。もちろん男の恰好にだ。最初はちょっと抵抗があったが、とても動きやすいので今はこっちの方がいいなと思っていたりする。
そうして準備を済ませ、部屋を出ると……
「わぁ……! お姫様だぁ……!」
ニナがキラキラとした目をしている。その言葉通り、ヘンリーの家にお姫様が降臨していた。
宝石がちりばめられたティアラに、薔薇を想起させるような赤いドレス。正にお姫様という格好をした女がいたのだ。
「フフフ。お姫様でしてよ。綺麗でしょう?」
「うん……!」
そのお姫様たるレヴィアがにっこりとニナへ笑いかけた。相変わらずの自信満々である。事実として美しい事は確かで、男のヘンリーやエドはぼーっと見とれている。
「あれ? レヴィア。その恰好……」
「あら純花。おはよう。気分はどう?」
「え? 悪くは無いけど……」
「それはよかった。それじゃ捕まってくるので、あとはよろしく」
「はあっ!?」
捕まる。朝一番に何を言い出すのだろうかこの女は。その言葉に純花は混乱。混乱しながらも問いかける。
「つ、捕まるって、一体何に……」
「花嫁狩りにですわ。絶世の美女がのこのこと歩いてる訳ですからね。きっと二秒もせずに捕まる事でしょう」
「な! お、おいレヴィア!?」
純花同様ネイも驚いている。エドやヘンリーもだ。わざと花嫁狩りに捕まるというアイデアは見送ったはずだったからだ。
「ま、待ってくれ! 気持ちは嬉しい。けど俺とイレーヌのためにそこまでしてくれるのは……!」
「エド。勘違いしないでくださる? アナタの為じゃありませんわ」
「え?」
ぽかーんと意味不明といった表情になるエド。彼に向かい、レヴィアは続ける。
「考えたんですの。わたくしたちの目的は遺物。そしてその情報を王族が所持している可能性は高く、何なら目的の遺物そのものを持っている可能性すらある。しかし国家機密たるそれを素直に渡してくれるか。相手が純花……勇者だとしても非常に難しいと思われます。ですが、わたくしがロムルスを篭絡すれば……」
絶世の美少女レヴィア。女好きのロムルスならばホイホイ釣られるに違いない。加えて能力にも優れているともなれば諸手を挙げて歓迎されるだろう。
だがその先は間違いなくお后様コースだ。それを懸念したらしいネイが止めようとする。
「いや待て! いいのか!? あのロムルスだぞ!?」
「別に浮気されようが気にしませんし。まあわたくしに夢中になってしまう可能性は高いですが」
「千人! 千人だぞ!? まず間違いなくお前の思うような豪遊は出来ないぞ!?」
「フフフ。そこは腕の見せ所でしてよ。第一王妃から第九百九十九王妃。全部まとめて踏み台にして差し上げますわ…!」
オーッホッホッホ! と悪役令嬢感バリバリの悪ーい顔をするレヴィア。久々の高笑いだった。相変わらず非常に様になっている。
意味が分からない。何でそんな結論に? そう思った純花は口を開く。
「レ、レヴィア……」
「純花。安心なさい。きっとわたくしが帰してあげますから」
「け、けど……」
「大丈夫。こう見えて男心を掴む事に関しては少々自身がありますの」
不安げな表情の純花に対し、レヴィアは一転優しい微笑みを向けた。確かに掴むのが得意なのは間違ってないのだ。掴むだけなら。
「そうじゃなくて! 帰りたいんでしょ!? アンタも!」
その言葉を聞いた純花は……思わず叫んでしまった。いきなりの大声に全員が驚く。
普段あまり感情を出さない純花。なのに今はレヴィアを睨みつけ、怒りを表している。何故そうなっているかは彼女自身も分からない。
そして相手も意味が分からないのだろう。レヴィアは首をかしげている。が、すぐに何かに気づいた様子になり、再び笑顔を向けてきた。
「ああ、大丈夫大丈夫。目的を果たしたらさっさと離婚して合流しますわ」
「え?」
「今は結婚どころではありませんからね。テキトーに篭絡して豪遊して虐た……ゴホン! とにかく遺物を見つけたらさっさと離婚しますわ。慰謝料代わりに遺物をもらって」
とんでもない事を言うレヴィア。離婚前提の結婚。最悪にも程がある。そしてどう考えても慰謝料を貰える立場ではなく払う立場な気がするが、彼女の事だ。何らかの方法は考えてあるのだろう。
そう思った純花は「ならいいか」となる。反対に「いいわけなかろう!」とネイは怒った。次いで「結婚という神聖なものに~」うんたらかんたらと持論を述べ始めた。
面倒になったらしいレヴィアはそれをシカト。出口へと歩く。
「という訳で捕まってくるので、あとはよろしく。では」
「待ちなさい」
しかしそこでリズが彼女の肩へと手をやった。常識派のリズだ。流石に放っておけないのだろう。純花はそう判断した。
が、
「その恰好じゃまずいわ。ロムルスはおしとやかな子が好みなんでしょ? 主張しすぎ」
「あっ。確かにそうですわね」
「赤よりも青とか白がいいんじゃない? それと、そういうギラギラしたドレスより清楚に見えるワンピースとかの方が……」
ふんふんと頷くレヴィア。もっともなアドバイスだった。彼女の我の強さをこれでもかというほど押し出した服装だったからだ。
「お、おいリズ! どうしたんだ! お前ともあろう者が! 今こそツッコミ役であるお前の出番だろうが!」
一連のやり取りを見ていたネイは驚いた様子でリズを咎めた。その言葉に「誰がツッコミ役よ」とツッコミを入れた後、リズは真剣な表情でネイの方を見る。
「レヴィアはね。覚悟してるのよ。覚悟した上でこうしているの。なら応援してやるってのが仲間ってものよ」
「か、覚悟? ど、どうせロクでもない覚悟だろう。なら……」
フルフルと首を振るリズ。そしてその表情を悲壮感たっぷりに変化させ……
「確かに今までの相手なら誤魔化す事も出来た。けど今回の相手はロムルスなの。明らかにレヴィアより強い相手なの。そんなのと結婚したらどうなると思う……?」
「どうなるって……」
「レヴィアが、レヴィアがヤられちゃうのよ……? 性的な意味で、男に……!」
そりゃそうだろう。純花は思った。ネイも同様のようで「何を当たり前のことを」という表情をしていた。
男遊びをしているところこそ見かけないが、明らかにレヴィアは男慣れしている。自信満々なところとか、誘惑し慣れている辺りとか、セクハラされて金払えと言う辺りとかからもそれは確実だろう。百戦錬磨の猛者に違いない。なのに何故リズは涙まで浮かべて嘆いているのか。
そしてリズ同様、悲しみを秘めたような……しかし全てを受け入れたような表情のレヴィア。彼女はリズの頭をぽんぽんと叩いて慰める。
「大丈夫。こう見えてテクニックにはそこそこ自信がありますの。何とかして見せますわ」
「テクニックって……! アンタのが役に立つ訳ないじゃない! 男の相手なんてした事あるの!?」
「いえ、勿論ありませんけど……」
その言葉を聞き「えっ」となる純花。男の相手をしたことがない。つまり未経験。だからこそリズは、レヴィアはこんな雰囲気なのだろう。
「はっ、ははっ! 何だレヴィア! そうだったのかぁ! お前まだだったのかぁ!」
一方、ネイは心底嬉しそうにニヤニヤしていた。まるで弱点を見つけたとばかりに。
「人の事を処女やら何やらと馬鹿にしておいて。そうかそうか。コンプレックスの裏返しだった訳か」
「いや……うん、まあいいや」
彼女に対し何か言おうとしていたレヴィアだが、途中でやめた模様。馬鹿を見る目だった。そして馬鹿の相手はしてらんねーとばかりに目を離し、純花の方を見てくる。
「という訳で純花。王族の方はわたくしが何とかします。アナタはリズと共に町で情報を集め、この付近にめぼしい遺跡があれば調べてみてください。しばらくわたくしはついていけないので無理はしないように」
「う、うん。けど、いいの?」
「いいの、とは?」
「だってほら。レヴィアって、その……」
純花にも貞操観念というものはある。学校の教育にもあったし、母はそういうのに非常に厳しかった。女性がどうあるべきかという母の考えには同意できない部分もあったが、「好きな男を縛れるものだから安易に捨てないように」という現実的な理由を聞けば納得せざるを得ない。オススメは「デキちゃった♥」とのコンボらしい。
それはともかくとして。純花は『ハジメテは好きな相手か結婚相手にあげるもの』という一般的な考えをしているという訳だ。この場合結婚相手といえば結婚相手であるが……
「大丈夫。まあやりたくないといえばやりたくないのですが、早く帰りたいのでしょう?」
「そ、そうだけどさ」
「わたくしにお任せなさい。純花をきっと帰してみせますわ。ではまたしばらく後で」
そう言い残し、再び部屋へと戻っていくレヴィア。「大人しく見えるかチェックしてあげるわ」とリズも後を追う。
「何で……」
何でそこまで? それほどに帰りたいという意思が強いのか? ……いや、もしかして……
ぐるぐると疑問が舞う。そうしているうちに清楚な姿になったレヴィアが戻り、「じゃ、後はよろしく」と出発していった。
「レヴィア……」
純花は茫然としながらつぶやく。つぶやいた後も茫然とし続ける。
後ろから「さ、最近のカマ野郎はすごいな……」「いやおじさん、あれは女装じゃなくて……」というツッコミどころ満点の声が聞こえたが、それすら今の彼女の耳には入らなかった。
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