066. レヴィアの決意

「寝ちゃった……」


 リズは髪をなでながら呟く。

 

 母親と離ればなれになった純花。普段は平気そうにしているが、やはり相当溜め込んでいるらしい。


 その姿を見たリズはちょっとだけ後悔。この間の遺跡での言葉は厳しすぎたかもしれない。……いや、あれはあれで必要な事だった。帰りたいという純花の目的のためには。リズはそう考えて気を取り直す。

 

「すぴー……」


 で、父であるはずのレヴィア。純花が寝た事を確認した彼女はソッコーでベッドに戻り爆睡していた。その姿に腹が立ち、頭をスパーンと叩く。

 

「痛っ! な、何すんだよぉ……」

「アンタねぇ……! 泣いてたのよスミカ。心配じゃないの……!?」

「夜泣きだろ? よくある事だって」

「この年で夜泣きなんてするはずないじゃない……! いつの話してるのよ……!」


 寝ぼけている為だろう。レヴィアは純花を幼児扱いしていた。しかし「うーん?」と考えた後に気づいたらしい。ガバリと起き上がり純花の枕元まで行く。

 

「マジか。泣いてたのか」

「そうよ……! 平気そうに振る舞ってるけど、やっぱり辛いのよ。お母さんと会えないの」


 肉体的にも強く、精神的にも強そうな純花。しかしそれは強がっているだけ。強がっているからこそ極端な行動が多いのだろう。昼間の恐喝もその一端だと思われる。リズはそう予想した。

 

「純花……。何つーか、ボヤッとしてる場合じゃねーな。早く帰る方法を見つけなきゃ」


 純花の顔に残るかすかな涙跡。それを拭いてやりながらも真剣な声色でレヴィアは決意。とんちんかんな行動が多い彼女だが、純花を想う気持ちが本物なのは分かる。ただそれが結果に出ないだけだ。

 

「今のところ手がかりと言えば遺跡で見つけたアレよね。けど、使い方が分からないのよねぇ」


 リズは道具袋の方を見ながらぼやいた。遺跡で見つけた謎の八面体。純花たちを召喚した精霊石と似た感じのもの。だがその使用法は未だ不明だ。

 

「確か風の精霊魔力マナが込められてるんだよな? 四属性揃えたら精霊石よりもすごいアイテムになるとか? 願いを叶えてくれる的な」

「どうかしらね。もしかしたら四人の勇者が授かったものなのかも」

「四人の勇者? 何それ?」


 レヴィアは首をかしげた。何故知らないのだろうとリズは不思議に思うが、恐らくは失伝してしまったのだろうと判断。

 

「こういう話があるのよ。はるか昔、人々が魔法の力を持たなかった頃……」

 

 リズは語る。


 大昔、無力だった人間たちは魔物の脅威にさらされ、絶滅の危機にあった。そこで立ち上がったのが四人の勇者。四つの部族の中で、それぞれが最も優れ、最も勇気にあふれていた若者たち。

 

 彼らは大精霊のもとを訪れ、人間を救ってくれるよう願う。その願いを聞いた大精霊は勇者らに試練を与え、試練を達成すれば人間を救うよう約束する。そして様々な苦難の末に勇者たちは見事成し遂げ、人々は魔法の力を使えるようになり、魔物に対抗できるようになった……という話だ。

 

 リズの話を聞いたレヴィアは「へー」と物珍しがる。

 

「ルディオス教の神話と違うな。あっちはルディオスが人間を造ると同時に魔法を与えた……って感じだった気がする」

「そうなの?」

「正確には覚えてないけどそうだったはず。どうせ創作だろうし、あんま興味なかったから怪しいけど。いや、ルシャナがいるんだから本当なのか?」


 うーんと考え込むレヴィア。しかしすぐに考えるのをやめ、「神頼みとかアテになんないか。で、その勇者が何なの?」と返してくる。

 

「ええと、その後も勇者たちは活躍を続けて、ついにルシャナ様の目にも留まったの。ルシャナ様に他の場所で苦しんでいる人間たちも助けて欲しいって依頼されて……その依頼をも達成した彼らはついにルシャナ様にも認められる。で、その証として四つの秘宝を授かったって話なのよ」

「ふーん。で、その秘宝の効果は?」

「わかんない」


 その返事にレヴィアはがっくりと肩を落とした。秘宝の効果はリズの故郷では“禁忌”とされており、禁忌故に教えてくれなかったのだ。

 

「何だよ。結局わかんねーって事かよ。その大精霊やら女神やらが出てくるアイテムかと思ったんだけど」

「出てくるのかもしれないけど、問題は使い方よね……」

「だよなぁ。属性からすると、風の大精霊? たぶん風の神ウェントスを同一視したようなやつなんだろうけど、ソイツが出てくれば一発で解決しそうな気もするんだが。自分でダメならルディオスとかルシャナとか呼んでもらって」

「ルシャナ様はいいとして、ルディオス様ねぇ……」


 その名前だけはリズの故郷にも伝わっていた。だがルディオスに関するエピソードは非常に少なく、どちらかといえばルシャナが成した話の方が多い。ルディオス教の神話とは逆だった。

 

 まあ二人にとってはどっちでもいい話だ。純花を召喚した責任を取ってルシャナが帰してくれる、妻がやったことの責任を夫のルディオスが担う。結果が同じなら誰がやってくれようが良い。神に対する敬意が非常に少ない二人だった。

 

「ま、俺らが考えてもどーにもなんないか。この間言った通り魔法都市で調べてもらうのが一番な気がする。何ならヴィペールはスルーした方がいいか? 花嫁狩りがやっかいだし」

「うーん……。けど王族が何か知ってる可能性はあるわよねぇ。ヴィペールの」

「王族かぁ……」


 歴史の古い王族なら何か知っているかもしれない。遺物を所持している可能性もある。

 

 ただ、花嫁狩りが終わるまでは安易に接触すべきではない。かといって魔法都市に行ってから戻ってくるのは二度手間だし、下手したらここで待つよりも時間がかかるかもしれない。それに、出来ればイレーヌとやらも助けてあげたい。やっかいなイベントだ。リズは心底そう思った。

 

 心の中でため息を吐くリズと、腕を組んでうーんと考え込むレヴィア。

 

 そのうちレヴィアが何かを決意したように目を開く。

 

「そっか。王族……。よし、決めた」

「レヴィア?」

「リズ、明日から遺跡とか遺物とかの情報を集めてくれるか? 純花やネイと一緒に」

「それはいいけど……」


 花嫁狩りはどうするのだろう。リズがそう思っていると、レヴィアはフッと笑った。

 

「心配すんな。そっちもついでにどうにかしてやる」

「え? ……アンタまさか!」

「……俺も参加してやろーじゃねーか。花嫁狩り……いや、千妃祭とやらによ……!」

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