063. ヤクザ
「お、お見苦しいところをお見せしました……」
しおしおと謝罪するヘンリー。先ほどまでとは真逆の態度であった。酒が抜けて起き上がり、何度かゲロを吐いた後、ようやく正気に戻ったのだ。
今は応接室で話し合いを始めようとしている。全員がソファーに座るのはスペース的に難しかったので、純花及び超重戦士ネイは壁に寄りかかって参加している形だ。
「私はヘンリー・ウッド。エドの父とは友人だった仲です。亡くなる前はニナ共々良くしてもらいました」
丁寧な自己紹介。先ほどの酔っ払いと同じ人間とは思えないほど理知的な雰囲気だった。
彼に対しこちらも名を名乗る。但しレオ、リット、ネイト、スミヒコという偽名でだ。まだ信用できるかは分からない。
お互いの名乗りが終わった後、要件を聞いてきた彼に対しエドは真剣な顔をして言う。
「ヘンリーおじさん。実は助けてほしい事があるんだ」
「助け?」
「ああ。俺の幼馴染が花嫁狩りに連れ去られてしまって……何とか助けたいんだ。どうにかならないかな? 御用商人のおじさんなら何かツテがあるんじゃないかと思って……」
その言葉を聞いたヘンリーは下を向いてうつむいた。彼の様子にエドは不思議そうな顔をする。
しばし無言を貫くヘンリーだったが、次に出したのは絞り出したような声だった。
「実はエド。俺はもう御用商人じゃないんだ……」
「えっ!? な、何があったんですか!? おじさんのお父さんも、おじいさんも王家の出入りしてたんですよね!? 何でいきなり……」
「俺の妻が……ステラが
せんひさい? 聞きなれぬ言葉にレヴィアは首をかしげた。後ろにいる純花が「花嫁狩りの事じゃないかな」と予想。そしてその予想は当たっていたらしい。
「なっ! そ、そんな理不尽が許されていいんですか!?」
「王家は俺の店を重宝してくれた。代々取引していた実績があるし、信頼もしてくれていたと思う。だが代わりがいない訳ではない。それよりも王子の機嫌が大事なんだよ……」
「そんな……! ロムルスめ、どれだけ俺たちを苦しめれば……!」
声を震わせるヘンリー。彼の目の端には涙が溜まっている。よほど妻が大事だったのか、理不尽な真似をされて悔しかったのか、あるいはその両方か。
「という事は花嫁狩りは王都でも行われてるのね……じゃなくて行われてるのかぁ。けど、外にいる人はそんなに暗い感じじゃなかったけどよぉ。女の人も歩いてたしなぁ」
リズは疑問を口に出した。カマ野郎と呼ばれたのがショックだったらしく、きちんと男言葉を使っている。無理をしているせいかちょっとイキッてるような口調だった。
彼女の問いに対し、ヘンリーは力無いままに答える。
「めぼしい女性は既に連れ去られてるんですよ。外を出歩いてるのは特筆するような能力が無いか、王子の好みじゃなかった人です。我が強い子はあまり好みじゃないそうで」
確か千人目の后は能力第一だと聞いていた。対魔王の戦いに参加するロムルスに万が一があったときを考え、優秀な子を残す為だ。
ハタ迷惑すぎる祭りだが、一応国にとっても大事な事である。なのに己の好みを反映させるとは……何というか、「まあそうだよね」という感じであった。多分レヴィアでもそうする。
周囲が呆れる中、腕を組んだネイがため息を吐き、厳しい顔になる。
「まあロムルスが許せんのは当然として……だからといって幼子に当たるのはどうかと思うぞ。ただでさえ母親が連れ去られているんだ。父親のヘンリー殿が支えてあげなくてどうする」
「おっしゃる通りです……。ですが、私は……私はもう……!」
ヘンリーは頭を抱えて悩み出した。それを見たレヴィアとリズは顔を見合わせて不思議がる。子供の事は妻任せだったとかだろうか。
ちょうどその時。ドンドンと玄関を激しく叩く音が聞こえてきた。
「おーい! ヘンリーさーん!」
「いるんだろ! 開けろよ!」
「開けないと力ずくで押し入るぞ!」
何やらガラの悪い声。それを聞いたヘンリーは急いで玄関の方へ向かった。疑問に思った一行が彼の後を追うと……
「ヘンリーさん。返済の期限はとっくに切れちまってるんだ。早く払ってくれないとこっちも困るんだよねぇ」
「も、申し訳ない! だが今はこの通り難しい状況なんだ! だからもう少しだけ待って……」
「状況? それはアンタの事情だろ? こっちには関係ない。待ったとしても無駄だろうしな」
身なりのいい男と、その後ろにいるガラの悪いチンピラっぽい男二人。察するに借金取りのようだ。彼らに対しヘンリーは床に手をついて拝み倒していた。
「な、何でヘンリーおじさんが借金なんか……。こんなに大きい店なのに」
「エド。店は大きければ大きいほど借金額も多いのが普通なんだよ。維持費やら仕入れやらにたくさんの金が要るからな。で、御用商人じゃなくなった事で急激に売り上げが落ち込み、金を返す事が出来なくなった。こんなトコか」
エドの独り言にレヴィアは答えた。
無借金経営の企業もあるにはあるが、自己資金だけだとリスクが少ない代わりに利益も少ない。大きく儲けるには金を借りて事業を大きくするのが手っ取り早い。こう見えてレヴィアは社長だったのでその辺の事情には詳しい。
「たぶん従業員にも見捨てられたんだろーな。休みでもないのに誰もいないという事は。このままだと確実に倒産コース。あーあ、カワイソ」
「そ、そんな……!」
完全に
そしてレヴィアの言はそれほど間違っていないのだろう。だからこそヘンリーは酒におぼれていたのだ。出来る限りの努力をした上でどうにもならなかったのだと思われる。
「とはいえ、いささか転落が早すぎる気がしなくもねーな。御用商人という事は信用もある。なら他にも大口の取引があるはず。大きな取引を切るのは相手方にとっても大変だし、やるとしても徐々にやった方がいい。となると……ライバル企業が上手く切り込んだか、債権者がタチの悪いところに債権を売り飛ばしたか……」
ぶつぶつつぶやきながら分析を続けるレヴィア。彼女の放つ言葉にネイが驚いている。「い、いつものレヴィアじゃない……」とおののきながら。恐らく馬鹿ばかりする馬鹿とでも思っていたのだろう。お互いにお互いをそう思いあう両想い状態だった。
「とにかく頼む! この通りだ! 店は必ず再建する!」
「今のアンタの言葉なんて信用できないね。とりあえずこの家でも貰おうか。場所もいいし、それなりの金にはなるだろ」
「なっ! そ、それだけは! 家族の思い出が詰まった大事な場所なんだ!」
土下座していたヘンリーは借金取りにすがり、慈悲を乞った。しかし相手は知った事ではない顔で彼を蹴り飛ばし、ずかずかと家に入ってくる。「めぼしいものを確認しておけ」と部下に命じながら。
「や、やめて……!」
「お?」
ふと、男の足元から小さな声。ニナだった。犬のぬいぐるみを抱きしめた彼女は震えながらも口を開く。
「お、お母さんが帰ってくるの……! けど、お家が無くなっちゃったらお母さんが迷子になっちゃうの……! だから……」
「ふーん」
借金取りは興味なさそうに鼻を鳴らす。そして膝を曲げ、目線の高さをニナに合わせ、なだめるように優しく言う。
「けどおじさんたちも困ってるんだ。君のお父さんがお金返してくれないからさ。大体お母さんが帰ってくるかどうかも分からないんだよ?」
「か、帰ってくるもん! お母さんはちゃんと……!」
「ハッ。ピーチクパーチクと。うるせぇガキだな」
涙目になりつつも主張するニナ。男は表情を変化させ、不快気な顔をして彼女を見下した。
その悪役ムーブにレヴィアはドン引き。同じような真似をしたことは無くも無いが、あそこまで小さな子をイジメるのは後味が悪すぎて出来ない。
ちょっとはフォローしてやらねば。借金はどうにもならないが、慰めるくらいは。そう思った彼女がニナのもとへ行こうとした時……
「ねえ。借金っていくら?」
いつの間にか前に出ていた純花。屈んだ借金取りを見下ろしながら冷静な声で問いかけている。
「あ? 何だアンタ。ヘンリーさんの親戚か?」
「いいから。借金っていくらなの」
立ち上がって怪訝な顔をする男に対し、純花は再び問う。少々苛立っている様子だった。
いや、あれは……
(怒ってる?)
レヴィアには怒っているように感じられた。あの他人をどうでもいいと切り捨てる純花がである。もしや自分と同様ニナを憐れんでいるのだろうか。
(おお……そうだったのか。大人には厳しいけど子供には優しいんだな)
そう考えたレヴィアは少しだけ感動。ならば父として娘の意思を叶えてやりたい。しかし、どう助けたものやら……。
彼女が思い悩んでいる中も話は進む。
「五億リルクだよ。いや、利子含めて六億ってとこかね。もしかしてアンタが払ってくれるのかい?」
「ハハッ。払える訳ねぇよな。その恰好、冒険者だろ? 冒険者ごときにそんな金ある訳ねぇもん」
「いけすかねぇ顔しやがって。旦那の邪魔すんじゃねぇよ」
嘲笑する借金取り及びチンピラ二人。
レヴィアは考える。利子が二十パーセント。数十年のローンであればそうなってもおかしくないが、口調から察するにそういう訳でもなさそうだ。やはりタチの悪いところの者らしい。
この国の法律は知らないが、ここが狙い目かもしれない。少なくとも今日くらいは口車で追い返せそうだ。そう考えたレヴィアが動こうとした時――
「そっか。分かった」
「へっ?」
パァン! と純花は借金取りのほほを叩いた。男は吹っ飛ばされ、壁にぶち当たって倒れる。
「テ、テメェ!」
「旦那に何しやがる!」
激怒するチンピラ二人。が、言葉だけで動くことはできなかった。
純花の眼光。それだけで二人は屈し、膝をがくがく震わせて腰を抜かしたのだ。
「な、ななな何を……」
「ここ、まだアンタのものじゃないよね。つまり不法侵入。殺されてもおかしくないでしょ」
「なっ! 何を言ってるんだアンタは! そんな不条理が通る訳……!」
ドガァン! と借金取りの頭付近で音がした。純花が床を踏み抜いたのだ。その足は男の頭ギリギリをかすめ、彼は恐怖のあまり失禁してしまっていた。股を濡らし、涙目になりながらも口を動かす。
「お、おおお俺を殺しても借金が無くなる訳じゃ……」
「うん。証書とか持ってきてないだろうしね。だからアンタも払えばいい」
「へ?」
意味が分からないという声を出す男。純花は黄金の瞳を爛々と輝かせ、彼を見下ろし……
「つけなよ。命の値段。金額次第で見逃してあげる」
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