064. 千妃祭

 すたこらと逃げ出していく借金取り三人組。純花の手に証文を残して。

 

 ヘンリーの証文ではない。先ほどの男の借金だ。純花は見逃す代わりに六億の証文を書かせたのだ。そうする事で借金をチャラにするつもりなのだろう。

 

 完全にヤクザとかそっち系の手口である。いや、こんな強引すぎる手段、ヤクザでもするかどうか……。


(怖ぇー!!)


 一連の出来事を見たレヴィアはビクビクと恐れていた。お金大好きな自分ではあるが、流石にこんな真似はできない。そもそも思いつきすらしない。一体どんな育て方をしたらこんな風になるのか。愛する娘及びそれを育て上げた妻に対し、レヴィアはより一層の恐怖を抱く。


「はいこれ。次来たら交換しなよ。自分のと」

「へ? い、いや、その……」

「家取られてもいいの?」

「そ、それは……。し、しかし、その、ええと……あ、ありがとうございます……」


 ヘンリーは恐れつつも証文を受け取った。迷っていたのは「こんな事の片棒をかついでいいのか?」と思ったのだろう。先ほどの金利がグレーだとすればこちらは完全に真っ黒。善良な商人からすれば拒否すべきものだ。なのに受け取ってしまったのは家がどうとかというより、純花が怖かったのだと思われる。

 

「お、お姉ちゃん。ありがとう」

「ッ!」


 純粋に借金取りを追い返してくれたと思ったのだろう。ニナは純花へと礼を言った。しかし純花は何故か彼女をキッと睨んだ。その目つきに恐怖し、ニナは「うえぇぇぇん!」と泣き出す。

 

「ちょっ! す、純花!」

「……ごめん。ちょっと頭冷やしてくる」


 意味が分からない行動。しかし好ましくないのは確か。レヴィアは腰が引けつつも純花の行動を咎めようとした。自分でも悪い事は分かっているようで、純花は少し落ち込んだ様子で外へと出て行く。

 

「す、純花……」

「何だったのかしら……?」

「う、うーむ……」



 * * *

 

 


 十数分経ち。純花が戻ってきたので再び応接間に集まる。

 

 先ほどの暴虐を見たエド、ヘンリー、ニナはまだ及び腰であった。小さいニナは特に怯えている。その姿に純花は気まずそうな顔をしていた。

 

 何にせよ話を始めねばならない。レヴィアたちがソファーに座ると、対面のヘンリーが口を開いた。

 

「とにかく先ほど申した通り、今の私に女たちを取り戻す手段はありません。王家へのツテは無くなってしまいましたし、同業者も巻き添えを恐れて協力してはくれない」

「そんな……!」


 エドはガックリと肩を落とし、悔しそうに震えた。


「城に入る秘密の通路とかはねーの? 大抵の城には緊急脱出用の道があるって聞くけど」

「あるにはあるかもしれませんが、私は一介の商人ですので。そこまでの情報は……」


 レヴィアが問いかけると、ヘンリーは難しい顔をした。そういうのは王族か、信頼できる近衛の者しから知らないのが普通である。場所がバレては有事の際に困った事になる為だ。


「それじゃ花嫁狩りが終わり次第すぐ迎えにいくとか? そしたら貴族や兵士たちに何かされる前に連れ戻せるでしょ?」

「リズのいう事も一理あるが、大事な事を忘れているぞ。ロムルスの毒牙という」


 リズの提案をネイが否定。確かに早く連れ戻さねばロムルスの餌食になってしまいかねない。寝取られ趣味という変態性癖でもない限り嬉しい事ではないだろう。


「なら強引に取り戻す? 覆面とかしてればバレないでしょ」


 そして相変わらず物騒な事を言う純花。王族への無礼どころか反逆そのものだった。彼女の言葉にヘンリーたちは再び怯えだす。

 

 当然だがやらせる訳にはいかない。そう考えたレヴィアは口を酸っぱくする。

 

「純花……じゃねぇ、スミヒコ。普通のトコなら出来るだろうけど、ロムルスを舐めない方がいいぞ。実戦経験も豊富らしいし、レアスキルも持ってるって聞いたことがある」

「そうなんだ。ならやめた方がいいかな」

「んー、せめて偵察してからだな。性格とか弱点とかが分かればどうとでもなる。ほら、人質とか毒とかで……」


 何故かさらに物騒な話になった。ヘンリーが「やめてください! そんなことをしたら大変な事になる……!」と必死な様子で彼女らを止める。

 

「じゃあどうする? 手伝うつもりはあるけど、方法が決まらないんじゃ手伝えないよ」

「うう……や、やっぱり強引に取り戻すしか……」


 若者らしく突っ走りがちなエドは悩んでいる。元々無計画に突撃しようとしていたのだ。物騒な計画に乗ってしまってもおかしくない。が、常識派のヘンリー及びリズとネイがきちんと止めた。

 

 うーんと考え込む一同。いいアイデアが浮かばない。そのうちレヴィアは疑問を口にする。

 

「ちょっと情報を整理したいな。よく考えたら俺らは花嫁狩りについて何も知らねぇ。ロムルスの嫁探しと、女がさらわれる事以外には。ヘンリー、詳しく教えてくれ」

「わかりました」


 ヘンリーは花嫁狩りについて語る。

 

 花嫁狩りの目的。それはロムルスの子を授かるに相応しい女性を見つける事。その為に国中の優れた女性を集めている。

 

 集められた女性は既に数百人を超え、今はロムルスとロムルスの后たちが住まう“英雄殿”に軟禁されている模様。王都の外からも見えるあのバカでかい御殿の事だ。審査の日まではそこで過ごす事になっているらしい。

 

「審査? 審査って何やるの?」

「詳しくは分かりませんが、色々やるらしいです。強さや頭脳は勿論でしょうが……内容は千妃祭せんひさい当日まで秘密との事です」

千妃祭せんひさい? 花嫁狩りの事だと思ってたけど、違うの?」


 リズが問いかけると、ヘンリーは再び語る。

 

 千妃祭せんひさい

 

 その名の通り、千人目の后を決める祭り。何とロムルスは千人目の后を決めるのをイベント化したらしい。審査は特別会場にて行われ、その様子を民衆が見れるようにするのだとか。

 

 要は公開オーディションである。派手好きなロムルスらしい考えであった。

 

「まあ数百人を全員出すには時間がかかりすぎるので予選があるらしいですが。自薦他薦問わず基本的に予選を通過せねば本選には出れないらしいです」

「ふむ、予選か。その会場がどこか分かればイレーヌとやらを取り戻す機会もあるのでは?」

「残念ながら、今のところ場所は告知されておらず……。恐らくは英雄殿の中で行われるか、外だとしても本選直前に行われるのでしょう。もし英雄殿の中だった場合はどうしようもありません」


 ネイが提案するが、難しそうだ。結局は英雄殿に忍び込まねばならない。もちろんロムルスとその后が住むだけあり、警備は王城並みに厳重だそうだ。


「せめて内部からの手引きがあればできなくもないのですが……。ただ、男では近づく事すら難しく……」


 どうもその場所には男が殆どいないらしい。日本や中国で言う後宮みたいな場所なのだろう。なお、この世界で宦官かんがんというタマなし制度はあまり普及していない。いない事は無いのだが。

 

「女。女か……ん?」


 レヴィアはふと思いつく。そういえば自分は女だった。周囲にいる仲間もだ。

 

 そして内部に入る方法は簡単である。花嫁狩りに捕まればいい。捕まってイレーヌとヘンリーの妻を逃がせばいい。

 

「なら……! いや、でも流石に……」

 

 エドもその可能性に気づいたらしく声を上げるが、途中で迷う様子を見せた。想い人の為とはいえ、流石に他の女を犠牲にするのは心苦しいのだろう。

 

(つーかそこまでする義理は無いしな)


 エドやヘンリーに借りがある訳でもない。そんな面倒かつ気持ち悪い真似はしたくないし、仲間たちにもさせたくない。リズが「なら……!」と立候補しようとしたので「ダメ」という意思を込めて口をふさぐ。これ以上は親切の域を超えている。

 

 うーむと再び考え込む一同。しかしやはりいいアイデアは思いつかない。時間だけが過ぎていった。


「とりあえずもう遅いし、一度解散するか? 休んでる間に何か思いつくかもしれないし」


 レヴィアの言葉。その言葉に皆も同意し、話し合いは明日に回される事になった。

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