062. 王都の光景

 魔力を知覚した純花。その力を使いこなせるようになればさらに強くなれる事は間違いない。

 

 しかし今のところ知覚以上の事はできないでいた。操作も上手くいかないし、ネイのアドバイスやリズの魔法理論を聞いてもイマイチ理解できない様子。日本で学んだ事からすれば非常識そのものだったからだ。

 

 手合わせや実践などで感覚を掴もうとするも、仲間相手ではやりづらい。今でもマトモにあたれば致命傷は必至だというのに、これ以上となると……。だとすれば魔物相手となるが、運がいいのか悪いのか道中では魔物が全然出てこなかった。恐らく王都が近いからだろう。森の中ならまだしも人間が多数行き交う場所で魔物に遭遇する事など殆ど無い。

 

 さて、そうこうしている内に一行は王都へと到着。

 

 ヴィペール王国王都、ヴィペルシュタット。

 

 ロムルスのお膝元であり、花嫁狩りの本拠地。バカでかい敷地に作られた御殿が外からも見える。面積でいえば隣にある王城よりもはるかに広い。恐らくあそこがロムルスとその后たちの居住地なのだろう。

 

 まだ純花の強化が終わっていないが、ついてしまったものは仕方ない。本来の目的である遺跡関連を調べつつ訓練を続ける予定だ。そもそもロムルスにはちあうと決まった訳ではないので、強さに関しては急務ではないのだ。

 

 五人は門の前に出来ている行列に並ぶ。流石王都だけあって出入りする人間も多い。その流れに上手く乗れればいいのだが。ここまでは大丈夫だったが、男装がバレないとも限らないのだ。

 

「ふーむ。Bランク冒険者のネイト、レオ、リィン、スミヒコか」

 

 しかしそんな思いは届かず。在留の可否を決める管理官は彼女らをしっかりと確認し始めた。エドを除き王都への入場歴が無い為だ。

 

 管理官は冒険者プレートを見ながらちらちらとレヴィアたちの様子を探っている。その姿にドキドキするリズ、ネイ、純花の三人。何故なら提出したプレートはレヴィアお手製の偽造プレートなのだ。異世界にLGBTへの配慮なんて無いのでしっかりと性別欄が存在するし、名前からして非常に女っぽい。如何に男装が上手かろうが、本物を提出すればすぐにバレてしまう。

 

 何らか違和感を見つけたのか唸り始める管理官。その様子を見てさらに緊張する三人。しかしレヴィアだけは余裕そうだ。モテるのがとても嬉しいらしく、ちらちらとこちらを気にしている女兵士に笑いかけたりと愛嬌を振りまいている。それを注意しようとした管理官だが、レヴィアはいつものクセで彼にまで微笑みを向けてしまう。

 

「ッ! ゴ、ゴホン! も、もう行ってよし! 町中では妙な真似をしないように!」


 管理官は顔を真っ赤につつも厳つい声で入国を許可。一行は王都へと入場に成功。後ろから「俺はホモじゃない俺はホモじゃない……」と意味不明な呟きが聞こえた。

 

「何とかなったか。しかし、この国の管理はザルだな」

「そうね。普通はもう少し質問とかされるのにね」

「ああ。あとリズ、口調」


 ネイとリズが不思議がっている。不思議がりつつも先に入門していたエドと合流。一行は都の中を進む。

 

「あれぇ?」


 しかし、リズが再び怪訝な顔をした。

 

「何かあんまり暗い感じじゃないわ……感じじゃないね。花嫁狩りの本拠地なんだからもっと大変な事になってると思ってた」

「確かに……」


 町行く人々の表情は暗くない。国境近くの寂れ具合とは真逆だった。そもそも普通に若い女性が普通に歩いていたりする。

 

「あのー、よかったら私たちとお茶しませんかー?」


「お待たせー! 待ったー? って人違いでした! ごめんなさい! 折角なんでちょっとお話を……」


「突然ですけど好きになっちゃいました! お友達からでもいいんでよろしくおねがいします!」


 それどころか逆ナンなんてアグレッシブな事までしている。花嫁狩りならぬ花婿狩りだろうか。その対象たるレヴィアは誘いを断りつつも調子づき、心底嬉しそうに笑っている。

 

「フハハハハ! 久々に超モテてるよ俺。これこれ。これこそが正しい姿なんだよ。嫉妬の視線が心地いい」


 ちょっと軽い感じの恰好をしているので女も話しかけやすいのだろう。さっきから逆ナンの嵐だ。モテすぎて周囲の男が明らかに嫉妬している。

 

「ねえ。そんなに嬉しいの? 女にモテて」

「純花。覚えておけ。どんなに一途な男だろうがモテて嬉しくない事はないのだ。お前もモテる身内がいた方が嬉しいだろ?」

「いや、どうでもいいけど……。というか男? 身内?」

「あっ。え、えーと……ほら、心まで男の演技した方がいいだろうし、身内ってのは仲間うち的な」


 あせあせと焦りながら言い訳をするレヴィア。相変わらずのガバガバっぷりであった。それを見たリズが「ホントに隠す気あるの……?」とぼやいている。

 

 そうこうしているうちに目指していた商人の店へと到着。中々に大きく立派な店だった。

 

 しかし今は閉まっている様子。人の気配もない。

 

「おかしいな……。週末でもないのに」


 エドは怪訝な顔をした。しかしこうしていても仕方ないので裏に回り、自宅部分の玄関をノックする……が、暫く待っても何も応答が無い。聞こえていないだろうかと強めにノックするも、やはり返事は返って来ず。

 

「どっか出かけてるんじゃねーの? 返事が無いって事は」

「だとしても使用人の人とかがいるはずなんだけど。すいませーん! エド・フリオンです! 誰かいますかー!?」


 彼がそう叫ぶと、中からタタタと足音がした。そしてキイと音を立て、少しだけ扉が開く。

 

「エドお兄さん……?」


 小学生くらいの小さな女の子だった。緑がかった髪をポニーテールにしているが、髪型のイメージに反しその瞳は気弱そうだ。おどおどとした様子でエドを見上げている。


「あっ、ニナ。いるんなら出ておくれよ。ヘンリーおじさんは居る?」

「お父さんは……」


 ニナという少女はちらりと中を見た。どうやら在宅のようだ。

 

 何やら雰囲気が怪しい。違和感を抱くレヴィアだが、エドが中に入っていったので続けて入る。

 

「うっ! 酒臭っ!」


 部屋中に漂うアルコールの臭い。思わず鼻を押さえてしまう。飲み会でもしていたのだろうか。

 

 その発生源らしい男が奥からふらふらとした足取りでこちらへ向かってくる。

 

「なんだぁ? 誰だテメーら。人んちに勝手に入ってきやがって」


 ニナと同じ緑がかった髪を持つ、無精髭の中年。それと同時に臭いが強くなる。赤ら顔をしていることからも酔っ払っている事は明らかだ。

 

「ヘンリーおじさん! お久しぶりです! エドです!」

「……おお! エドか! 久しぶりだなぁ! よく来た! お前も飲んでけよ!」


 気安くエドの肩を組んで奥へ戻ろうとするヘンリー。エドは「ちょ、そ、それより話があるんです」とやんわり断るも、ヘンリーは聞く耳を持たず「まあまあ。それより飲もうぜ」と歩き続ける。

 

「はーっ。昼間っから飲んだくれてるとはみっともねぇ」


 その言葉にぴくりとなるヘンリー。眉間にしわをよせつつギラリとレヴィアを睨んだ。

 

「あー? 何だテメェ。誰だよ」

「うっ。さ、酒くせーんだよ。こっち向くな。せめて口洗ってこい」

「ああん!? どうでもいいだろうが! 気に食わねぇツラしやがって! 俺の家から出てけ!」


 左手で鼻を押さえながら右手でしっしっと追い払う仕草をするレヴィア。その動作が気に食わなかったのか、ヘンリーは激高。図らずも険悪な雰囲気になってしまう。

 

「お、お父さん。やめて。お客さんなんだよ」

「黙ってろニナ! お前は降りてくるなと言っただろうが! 二階で遊んでろ!」


 止めようとするニナにヘンリーは怒鳴った。その剣幕に彼女は「ひっ!」と恐れ、身を縮める。

 

「ち、ちょっと! 子供にあたるのはやめなさいよ!」

「あー!? 俺が俺の子に何しようが勝手だろうが! カマ野郎が! 黙ってろ!」

「カ、カマ野郎……!?」


 少女をかばおうとしたリズだが、カマ野郎扱いされてショックを受ける。確かにカマ野郎だった。男装中なのに女言葉がそのままだ。

 

「ふう。とりあえず正気に戻ってもらうか。ヘンリー殿、失礼」

「なっ! なんだ!? 今度はデカブツか!? 何なんだお前らは!」


 ネイがずんずんと進むと、ヘンリーは恐れる様子を見せた。ものすごい巨躯の人間が鎧を着ている姿だったからだ。

 

 あまりの巨体にたじたじとなる彼。ひるがえって逃げようとするも、酔っぱらってるせいで足元がおぼつかない。助けを呼ぼうとするも……その前にネイに拘束され、無事シメ落とされたのであった。

 

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