061. 魔力と属性

 翌日。

 

 太陽がさんさんと照る昼間、木陰で馬を休ませている中。

 

「まずは魔力を感じ取るところから行こっか」


 正面に立つレヴィアより、軽い感じで言葉をかけられる純花。しかしその内容に純花は難しい顔をした。

 

「えっと……レヴィアは知らないかもだけど、私、全然魔力が感じ取れないんだよね。だからクラスメイトに先を越されてた訳で」

「知ってるよ。けどその解決法はあるんだ」

「えっ」


 純花は少しだけ驚く。騎士たちとあれだけ訓練しても感じ取れなかった魔力。それを成す方法があると言う。

 

 レヴィアは純花から視線を外す。つられてそちらを見ると、木陰に座っているリズの姿。座りつつも彼女は汗だくのネイを魔法で冷やしていた。

 

「昔、リズが教えてくれたんだよ。リズの故郷で魔力を目覚めさせる方法ってのを」

「んー? ああ、確かに教えたわね」


 リズは魔法を使いつつも上を向いて思い出す仕草をする。一体どんな方法なのだろうと疑問に思う純花に、彼女は座ったまま説明。


「私の一族って、魔法使いの素養が強い人が多いのよ。で、多い上に属性が“水”ばっかなのよね。その次が“風”で、“火”や“土”は殆どいないわ」

「水? 風?」


 何の事だろうと疑問に思う純花。地水火風という単語から魔法の事だとは思うが、得意魔法とかそういう事を言っているのだろうか?

 

 純花の様子を見たリズは少し考えてから口を開く。

 

「ええと、人……って言うか生物って、生まれつき自分が持つ属性が決まってるの。先天属性って言って、空を飛ぶ鳥なら大抵は風属性、水に住まう魚なら水属性、火を好むリザードなら火属性、大地を住処とする土竜もぐらなら土属性……みたいに。で、その属性と相性のいい精霊なら干渉しやすいし、逆に相性の悪い精霊は干渉しにくい」


 属性と相性。理論としてはシンプルなので何となくは分かる。

 

「で、ヒトっていう種族はどうかというと、生まれてみないと分かんないの。火なのか水なのか風なのか土なのか。私の場合は風ね。ほら」


 魔力を発動したらしいリズの身体が淡い緑色に発光。風属性の証だった。

 

 純花は思い出す。訓練していた時、確かに人によって魔力光は異なっていた。その違いが何かと聞いたとき、「属性が関係しているのだが、魔法使いでない限り関係ないな」と言われたのを覚えている。確かに身体強化が基本の戦士に魔力属性は関係なさそうだった。精霊を扱わないのだから。

 

 その話を思い出した純花は首をかしげる。

 

「属性があるってのは分かったけど、何の関係があるの? 私、どう考えても魔法使いタイプじゃないと思うんだけど。戦士に魔力属性は関係ないんだよね?」

「確かにあまり関係ないけど、目覚めさせる場合は別なのよ。魔力って、自分と同じ属性の方が感じ取りやすいの。だから風属性は同じ風属性に習った方が魔力を自覚しやすいって訳。私も水属性の人に習って全然だったから、途中で風属性の人に手伝ってもらったのよね」


 成程。確かに納得はできる話だ。騎士たちからそういう話は聞いてなかったが、多数の相手と訓練する彼らだ。同属性と当たる事も多々ある事からそういう理論が思いつかなかったのだろう。

 

「そっか。なら同属性の人に習えばいいんだね。で、どうやってその属性ってのが分かるの? 私、魔力なんて放てないけど」

「んー、魔力光以外だと、よくある判別法は瞳の色かしら? けど、これって外れる事も多いのよねぇ」


 それを聞いた純花は周囲の人間の瞳を確認。ネイは赤、リズは緑、エドは茶色、レヴィアは……ピンク?

 

「ね? アテにならないでしょ? 私はさっき言った通り“風”。ネイは“火”。レヴィアは火に思えるかもだけど“土”」

「え。レヴィアって土属性なの?」

「そうよ。魔力光が黄色でしょ?」


 黄色。その言葉に少し違和感を覚える純花。確かに黄色に見えなくはないが、土属性の騎士が放つ魔力はもっと濃い色だった気がする。レヴィアの色を表現するなら金色の方が自然に思えた。

 

 その違和感は正しかったようで、レヴィアが口をはさんでくる。


「リズ。俺、土属性じゃないよ」

「え? どう見ても他の属性には見えなかったわよ?」

「いや、もしかしたら土かもしれないんだけど。俺以外に見た事ないんだよね。ほれ」

「!?」


 手のひらにかすかな魔力光をまとわせるレヴィア。その輝きを見たリズは目をひん剥いて驚いている様子。そして勢いよく立ち上がり、彼女のもとへと駆け寄った


「こ、これ……光……!?」

「光? そりゃ俺はこの世界の光だけどさ」


 レヴィアの魔力光を凝視しながらもリズは震えた声でつぶやく。一方レヴィアは意味不明という顔でとても傲慢な事を言った。


 彼女の魔力光。改めて見るとやはり黄色というよりは金色だった。恐らくリズは見間違えていたのだろう。レヴィアが魔力を使うのは一瞬、それも一部分のみなので黄色に見間違えても仕方ない事だ。


「人間にはいないって話だったのに……。もしかして異世界って事が関係してるの? だとすると……」


 ぶつぶつと呟き続けるリズ。しかしレヴィアの「おーい」という呼びかけでようやく正気を取り戻した。

 

「あっ。ご、ごめん。何でもないのよ」

「何でもないって感じじゃねーだろ。その光属性? とやらがなんなんだよ。何かお得な事があったりするの?」

「え、ええ。あらゆる精霊に愛され、あらゆる精霊を扱う事のできる魔法使いとして最上の資質を……ってアンタ!」


 何かを隠している様子のリズだったが、メリットを語っている最中、いきなり大声を出した。

 

「何で魔法使いにならなかったのよ! 才能があるってレベルじゃないのよ!?」

「そ、そうなの? むしろ難しかった気が」

「確かに最初はそうかもしれないけど!」

「つーかほら、あんまえないじゃん? 美少女魔法使いより美少女剣士の方がカッコいいし……」

「そんな理由!? 馬鹿!? 本当に本気で馬っ鹿じゃないの!?」


 レヴィアの胸倉をつかみ、がっくんがっくんと激しく揺らすリズ。本気で咎めているような様子だった。その珍しい姿にネイは驚き、純花は考え込んでいる。

 

「お、おいリズ! 落ち着け! そもそも光属性など聞いたことが無いぞ!」

「魔法使いか。確かにレヴィアにはあんまり似合わないような」


 そんな二人を無視し、リズはがっくんがっくんし続けている。「ああ勿体ない!」「何で! アンタは! そういう勿体ない真似ばかりすんのよ! 容姿といい!」なんて言いながら。一方レヴィアは「う、うおおおお!」とされるがままだ。

 

「と、とととととにかく純花も俺と同じ属性を持ってる可能性が高い! 瞳も金色だしな! という訳で俺の魔力で刺激すれば……」


 それを聞いた途端、リズはレヴィアをパッと離す――というよりポイッと捨てた。倒れたレヴィアを無視し、ずんずんと純花の方へ歩いてくる。そして肩をつかみ、ずいっと顔を近づけてきた。

 

「スミカ。悪い事は言わないから魔法使いになりなさい。魔法は教えてあげるから」

「い、いや、け、けど光属性ってのに決まった訳じゃないし……」

 

 鬼気迫る様子のリズにちょっと引いてしまう純花。確かに瞳は金色という珍しい色をしているが、アテにならないという話だったはずだ。

 

「可能性は高いわ。その意味不明な力も属性が関係してるのかもしれないし。何しろレアスキル以上にレアなんだから」


 が、リズはその存在を信じ切っている様子。熟練の魔法使いたるリズがこうなるくらいなのだから、彼女の知る光属性の者は相当な使い手なのだろう。もしかしたら世界最強の一角とかだろうか?

 

「と、とりあえず刺激してみるからさ。リズは冷静に、冷静に。なっ?」


 その彼女に対し、ふらふらと立ち上がったレヴィアは言う。ちょっと腰が引けた感じだった。

 

 まだ言い足りなさそうなリズだが、もっともな言葉だと思ったのか純花から一歩離れる。未だ純花の方を真剣な目で見てはいるが。

 

 彼女の圧力を誤魔化すように純花はレヴィアへと問う。

 

「えっと……で、どうすればいいの? 戦うの?」

「んー、確かにそうするのが一般的だけど……あんまりやりたくねーな。まずは体内に流してみるか」

 

 そう口にしたレヴィアは純花へと近づき、ばふっと抱き着く。いきなりの接触に驚く純花。視界の端ではネイが「BL!? BLだと!?」とたわごとをほざいていた。

 

「ち、ちょっ、レヴィア」

「ゆっくり流すから。何か感じ取れたら言えよ」


 少し緊張した様子だった。恐らく集中しているのだろう。それを感じた純花は黙り、体内の感覚に集中する。

 

 魔力。それが何なのかはよく分からないが、確かに何かが伝わってきている気がする。非常にか細く、分かりにくい。しかし今までとは違いかすかな流れのようなものを知覚する事ができた。恐らくはこれが魔力なのだろう。

 

 しかし、これは……。どこかで感じた事があるような気がする。身近にいた存在。その人から感じたものと同じ……

 

(……母さん?)


 そう、母に似ている気がする。母と触れ合った時に似たような感覚があった――

 

 ――いや、違う。彼女からは薄く感じていただけ。確か大昔に全く同じものを感じたはずだ。それは確か……

 

「なあ、全然駄目な感じ?」

「ッ!」


 レヴィアの声で現実に引き戻される。結構な間ぼーっとしていたらしい。はっとしつつも純花は「い、いや、何となく分かった」と答えた。

 

「そっか。じゃあやっぱ同じ属性なのか」

「あっ……」


 ぱっと離れたレヴィア。思わず惜しむような声を出してしまい、そのよくわからない感覚に純花は戸惑う。

 

 ……いや、恐らくは母に似たものを感じたから惜しんでしまったのだろう。だとすると母も光属性とやらなのだろうか?


「ホント!? どうスミカ! 使えそう!?」

「えっ。あっ、ど、どうだろ。まだよく分かんない」


 リズの声でふわふわした意識が目覚め、ちょっと動じながらも純花は答えた。確かに自分の中の魔力は感じ取れるようになった。が、意識して使えるかというとまだ無理な気がする。

 

「まあ仕方ねーな。あとは訓練とか実戦とかでコツを掴むしかねーだろ。自分のが分かるなら周囲のも分かるだろ?」

「う、うん」

 

 レヴィアの言に頷く。

 

 魔力というチカラ。それが自分に、周囲に存在する事が感じられる。これが内在魔力オドであり、精霊魔力マナと呼ばれるものなのだろう。

 

「精霊。こんなのがあるんだ。知らなかった……」


 今まで感じ取れなかった気配に、純花は少しだけ感動。世界が力にあふれている。そんな気がした。日本では全く感じられなかったものだ。向こうは精霊が少ないらしいし、そもそも今までは感じ取れなかったので当然であるが。

 

「っつー訳でネイ。後はよろしく。純花を見てやってくれ」

「はあ!? お前が面倒みるんじゃないのか!?」

「訓練ならオメーの方が上手いだろ。頼んだ。俺はちょっと休む」

「う、ううむ。確かにそうかもしれんが……」


 そしてレヴィアはネイへと丸投げ。これ以上の訓練を見るつもりがないようだ。

 

 いきなりの丸投げに釈然としない顔をするネイだが、レヴィアは彼女をスルーして木陰へと移動。ドカッと地面に座った。本当に何もしないつもりらしい。


「まあいいか。ではスミカ。魔力知覚後の訓練を始めよう。まずは……」

「その後は私が教えるからね! レヴィアのような勿体ない真似なんて絶対させないんだから! 私がきっとアンタを大魔法使いに……」


 リズの勢いにたじたじとなりつつも純花は彼女らの言葉に耳を傾ける。体内での魔力操作訓練をするらしい。体外に出すよりも、体内の方が内在魔力オドは操作しやすいからだ。

 

 純花はその言葉に従い訓練を再開しようとする。しかし、ふとレヴィアの様子が気になり、ちらりと見れば……彼女はくうくうと寝息を立てていた。

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