060. 甘ったれ

 翌日の朝。

 

 町の門前にて、馬に乗って出発しようとする五人。乗合馬車などを使うのはバレる危険があると考え、購入したのだ。

 

 見送りのアネットが心配そうな顔をしている。了承したとはいえ、息子の身を案じていることに変わりはないのだろう。


「エド。気を付けるんだよ」

「ああ。絶対にイレーヌを連れ帰ってくる……!」

「それとレオ様をしっかりお守りするんだよ! 絶対に怪我なんてさせないように!」

「う、うん」


 ギン! と力強い眼差しをエドへと送りながらアネットは言った。何なら息子より心配しているようである。因みにレオとはレヴィアの偽名だ。

 

 アネットに手を振られながら街を発つ。出来るだけ注目を浴びたくないので早朝も早朝、町の門が開かれると同時に彼らは出発した。アネットの「キャー! レオ様頑張ってー!」の声で目立ちまくっているのであまり意味はなかったが。

 

「お、面白いお母さんだったわね」

「いや、僕も初めて見た。母さんがあんな風になるの」


 リズの言葉にため息を吐きながら答えるエド。ちょっと元気がなかった。アイドルオタクドルヲタな母親を見るのは息子として非常にキツイものがある。彼がこうなるのも当然といえよう。

 

「フフフ。美しいというのは罪だな。分かってはいたが」


 一方レヴィアは得意げに頷いていた。やはり男より女にモテた方が嬉しいのだ。相手がオバサンだけなのはちょっと残念だが、それでも男にモテるよりはマシである。

 

「それでエド。王都までの道は分かるのか?」

「うん。父さんは行商人だったから。王都には何度も行ってたし、僕も手伝っていたから。案内は任せてくれ」


 ドでかい鎧姿のネイに対し、エドは任せてくれとばかりに自らの胸を叩いた。




 エドの先導で道を進む。

 

 途中、何度か魔物に襲われたが、彼女らにとっては余裕だ。しかし一般人であるエドにはどうにもならないだろう。自分一人で行っていれば魔物のエサになっていた可能性は高い。そういう意味でもレヴィアたちに同行したのは正解である。

 

 王都への道中、体を休める為に村にも寄る。辺鄙なところであったが、そんな場所にも花嫁狩りは影響を及ぼしていた。娘や妻を連れていかれたという精神的なものに加え、単純に労働力不足にもなっているのだ。

 

「ロムルスめ……! やはりロクでもないヤツだ!」


 何日か後。

 

 野宿の準備が終わり焚火を囲む中。鎧を脱いで身軽になったネイが怒りの言葉を放つ。

 

 如何に王族とはいえ、国を乱しすぎている。正義感の強いネイの許せることではなかった。

 

「この国の王はよくこんな真似を許しているな! なぜ息子を止めない!」

「“英雄王子”だからさ。王様でも止められないんだ……」


 エドは悔しそうに下を向いて答える。

 

 第一王子にして世界最強の一角、ロムルス。その権力は王すらも超える。

 

 王族の権威とは代々その地を治めてきたという歴史が重要だが、軍事力という背景がなければ王という地位は簡単に覆されてしまう。よくてお飾りといったところだろう。

 

 しかしロムルスは自身の存在自体が権威を保証でき、さらにその功績により軍部の支持も高い。やろうと思えば王に取って代わるなどたやすいのだ。

 

 とはいえ、彼が害かといえばそうともいえない。逆に言えばロムルスがいる限り王族の権力は保証される。加えて周辺国の抑止力にもなっているし、民のために魔物討伐を行ったりもする。故にこの国の人間はロムルスに対して感謝してもいるのだ。これで女癖の悪ささえなければ……などと考えつつ。

 

 最強の男、ロムルス。もしかしたらこれから行く場所で会う事になるかもしれない。その可能性を考えたレヴィアはうーんと考え始める。

 

 彼女が考えている中も話は続き、そのうちリズがつぶやいた。

 

「ところで話は変わるんだけどさ、イレーヌってどんな子なの? 好きなんでしょ?」

「えっ!」


 その言葉に顔を赤くするエド。「い、いや! そういうのではなく、妹みたいな子だから……!」などと言い訳を始める。しかしレヴィアを除く三人がじーっと見ていると、最終的に「は、はい。好きです……」と白状した。

 

「隠さなくてもいいのに。恥ずかしがることじゃないんだから。で、どんな子なの?」

「え、ええと、その、笑顔が素敵で、見てると元気になるというか……」


 リズに促され、照れながらものろけ始めるエド。

 

 以前アリスの事も聞いてきた彼女だ。コイバナ的な話題は人並みに興味があるらしい。リズはうんうんと頷きながら聞いており、ネイも同様。純花はあまり興味がないらしく、棒で焚火をごそごそあさって遊んでいた。

 

「父さんが死んだときも支えてくれて。その時自覚したんです。この子が好きだって。だから、ロムルスになんて渡したくない」


 調子が乗ったのかエドは男らしい事を言い始める。おー、と感心しているリズ。うんうん頷くネイ。考え事を続けているレヴィア。

 

「で、お母さんは?」


 そして純花の声。既に棒遊びはやめており、じっとエドの方を見ていた。

 

「え? 母さんが何?」

「父親が死んだんでしょ。お母さん一人残してきて平気なの?」

「え……。そ、そりゃあ心配かけて悪いとは思うけど……」

「そもそもお金とかはどうしてるのさ。アンタ一人遊び歩いてていいわけ?」

「と、父さんが残してくれたお金があるし、母さんも仕事はしてるから……」

 

 ふーんと言い、軽蔑したような目つきになる純花。次いでため息き、「甘ったれだね」と言った。

 

 その言葉にエドはカッとなる。

 

「あ、甘ったれってどういう意味だよ!」

「別に。自虐みたいなものだから気にしないで。他人事だし、アンタがどうしようがどうでもいいし」

「僕は甘えてなんかない! 普段は仕事だってしてるし、自分の事だって自分で……」


 口喧嘩が始まった。喧嘩と言っても怒っているのはエドだけで、純花は「あ、そう」「好きにしたら?」と軽くかわしているが。ネイはそれを止めようとしており、“自虐”の意味が何となく分かるリズは「あー」と納得していた。

 

 そんな感じで空気が悪くなっている中……

 

「よし!」

 

 いきなり大声を上げて立ち上がったレヴィア。その声に一同は驚き、図らずも喧嘩が中断。

 

 彼女は純花へと視線を向けて言った。

 

「純花、明日から修行だ。いいな?」

「……え?」

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