059. 秒で

「全く、死んだ夫に似て頑固なんだから……」


 ハァ、とため息をつくアネット。エドの説得に最終的に折れたのだ。エドがイレーヌをどれだけ大事にしているか彼女も理解していたし、放っておけば再び飛び出しかねないと判断。それよりはレヴィアたちに協力してもらった方がマシ、と考えたとの事だ。

 

「フフッ。恋人がさらわれて泣いているだけの男よりはよかろう。立派だし、私としては好ましいと思うが」

「その言葉は嬉しいけどねぇ。やっぱり心配だよ。ネイさん、頼んだよ」

「任せろ。イレーヌとやらは状況次第だが、ご子息だけは無事帰して見せるさ」


 ネイは安心させるようにアネットの肩に手をやる。実際、その言葉に嘘はない。ネイとしてもエドという少年は好ましいと思うし、可能なら恋人と共に無事帰してあげたいと思う。花嫁狩りなどとという不誠実極まりないものに寝取られるなど許せる事ではない。

 

 その彼は椅子に座り、そわそわしている。出発が待ちきれないのだろう。しかしレヴィアたちの準備がまだ終わっていない。


 しばらく待つと、向こうの部屋から純花とリズが出てきた。 


「お、おおお……」


 彼女たちの姿を見たネイが唸る。何故なら視線の先の純花とリズは……

 

「うーん。こういうのは初めてだな」

「いいんじゃない? 結構似合ってるわよ」

 

 黒髪の美男子と、金髪のショタっ子になっていた。

 

 純花は白いシャツに青いマントと男冒険者風の恰好。本人の容姿や雰囲気が相まって非常にクールな印象を受ける。

 

 リズは赤ずきんローブこそ今まで通りだが、下は半ズボン。金髪は後頭部で結われ、前からはミドルヘアーくらいに見える。こちらは可愛いらしい感じであった。

 

 『女だから声をかけられる。なら男になればいい』


 これこそがネイの施策である。男装をすることで兵士たちの目をかいくぐろうとしているのだ。

 

「ふ、二人ともいい感じじゃないか。思わず声をかけてしまいそうだぞ」


 ネイの感想。それを聞いた二人は「いい感じなんだ」「何顔赤くしてんのよ。キモいわよ」などと言葉を返す。

 

 クール系男子と半ズボンのショタっ子。ネイの好みに中々にマッチしていた。コーディネート担当はレヴィアなので、後で褒めてやらねばなるまい。


 まじまじと二人を眺める。「あー、目の保養になるぅ」という喜び。「勿体ない。何で女なんだ」という悲しみ。ネイの心の中でパトスが荒ぶる。プラスとマイナスの波で大荒れ状態だ。

 

 そして次の瞬間。

 

「よー、待たせたな」


 ――ネイの、頭が、吹っ飛んだ。

 

 二人と同じ部屋から出てきた者。それを見てしまったからだ。同じく直視したアネットは衝撃のあまり鼻血を出しぶっ倒れ、「母さん!? 母さん!!」と息子に心配されている。リズもちょっとだけ動揺しており、反対に純花は冷静そのもの。

 

「へ、へぇ……。い、いいじゃないの。ロリコンのクセに」

「様になってるじゃん。レヴィア」

「フフフ。そうだろそうだろ。身長低いのがちょっと気になるけどな。あとロリコンじゃないってば」

 

 ジャケットを着崩したワイルドな恰好。気の強そうな瞳。低い位置で結われたポニーテールという、イケメンのみに許される髪型。


 レヴィアだった。超美少女の美は男装しても全く失われていなかった。

 

 加えてその雰囲気も良い。純花とリズはその仕草から女っぽい雰囲気が多く残っていたが、こちらにそういったものは無い。まるで最初から男だったようだ。素のレヴィアと非常にマッチしている。線の細い美男子にしか思えない。

 

「ネイ?」

「どうしたの? 呆けた顔して」


 純花とリズが心配してくる。ネイはその二人を無視し、ぽーっとした表情でレヴィアの下まで歩いた。そして彼女の手を両手できゅっと握る。

 

「結婚してくれ」

「嫌」


 秒でフられた。それもマジ顔で。ネイはがくんと膝を落とす。

 

「悪いけど全っ然好みじゃないんだよね。特に性格。雑だし女っぽくないし、妙に真面目なトコあってメンドクセーし。その割に顔がいい男見たらすぐ目移りするしな。間違いなくホストとかに騙されて金貢ぐタイプ。結婚どころか彼女でも嫌」


 さらにギッタギタのメッタメタに叩いてくる。ネイは瞳から光を失い、絶望したような表情になった。少し前にどこかで見た光景である。

 

「レ、レヴィア! 言い過ぎ!」

「あっ。す、すまん、つい本音が。いや、見てる分には面白いから嫌いとかじゃねーんだよ。付き合うのは絶対ヤなだけで」


 全然フォローになってないフォロー。ネイは顔を伏せ、「フ、フフ……」と不気味に笑い始めた。その不気味さにちょっと引いてしまうレヴィアとリズ。

 

 そして数秒後。彼女は立ち上がり、さわやかな顔を見せた。

 

「よくよく考えればレヴィアだった。コイツの言う事などアテになるものか。拒否されてむしろ安心したよ」


 無論、冗談で言ったのだがな……なんて誤魔化すネイ。色々と目をそらすことにしたらしい。辛いことは見ざる聞かざる。人生を楽しむ秘訣である。もっともその結果どうなるかは不明だ。

 

 その目そらしっぷりに頬を引きつらせるリズ。引きつらせつつも話をそらすというか進める事にしたらしく、口を開く。

 

「と、とりあえずこれで三人はオッケーね。で、ネイは……」

「うーん、やっぱ駄目かー。どうすっかね」


 レヴィアはネイの胸を見ながらぼやいた。既に男装済みのネイであったが、ちょっと女を隠しきれていない。恰好は純花同様に男冒険者姿なものの、これで男と主張するのはちょっと無理がある。具体的には胸部が膨らみすぎている。


 サラシ的な布で締め付けるには少々厳しい大きさ。苦しいし、下手したらそのうち緩むかもしれない。「着ぐるみとか探す?」「怪しすぎるわよ」「いっそ置いていくとか」などと三人は話し合う。


 うーん、と悩む一同。そのうちレヴィアは不承不承という感じで言った。

 

「仕方ない。大きめの全身鎧で誤魔化すか。腹回りとか詰めれば着れるだろ。で、顔の大きさの違和感とかはフルフェイスの兜で誤魔化す。金かかるけどこれしかねーな」

「そ、そうか。私もイケメンがよかったのだが」


 非常に厚かましいことを言うネイ。誰もイケメンなんて言ってないのに。そんな彼女に一同は呆れた様子を見せつつ、再び準備に取り掛かるのであった。

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