058. リズの優しさ

「すまないねぇ。助かったよ」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですわ」


 エドを捕まえて戻ったレヴィアに対し、アネットは礼を言う。

 

「全く。イレーヌちゃんが大事なのは重々分かるけど、もう少し考えておくれよ。母さんを心配させないでおくれ」

「むー! むー!」


 次いで優しくエドへと語りかけるが、彼は答えない。というか答えられない。猿轡さるぐつわをした上で手足を縛られているからだ。あんまり暴れるのでこうした形だった。今も陸に打ち上げられた魚のようにびったんびったんしている。

 

「大丈夫ですわ。イレーヌがどんな方かは存じませんが、所詮は他人。そのうち時間が忘れさせてくれましてよ」

「むー!!」


 フォローにならないフォローをするレヴィア。そのあんまりな言葉に彼は激しく唸った。何か言いたいことがあるのかと思ったレヴィアは首をかしげ、猿轡を外してやる。

 

「ぷはっ! イ、イレーヌは幼馴染なんだ! 兄弟みたいにずっと一緒で、妹みたいな子なんだ! 忘れるなんてできるものか!」

「ちょっ、唾を飛ばさないで下さいまし。汚い」


 食ってかかるように反論してくるエド。「縄をほどけ! 僕は行かなきゃいけないんだ!」と要求してくる。とてもうるさいので再び猿轡をしてやった。

 

「妹……」


 そしてリズは彼の言葉を聞き、何かを思い出している様子。

 

「リズ。どうかした?」

「あ、ううん。何でもないわ」

「そう?」


 不思議に思ったらしい純花が問いかけると、リズは軽く笑顔を見せた。何でもないというのには少々違和感があったが、今はそれよりも議論することがある。


 縛り終えたレヴィアは立ち上がり、腕を組んで話し出す。


「で、本題に戻りますけど、どうしましょうか。わたくしとしても一か月ずっと進展なし、というのは勘弁なのですが」

「そうねぇ……。ただ、変なトラブルに巻き込まれる可能性も高いわよねぇ」


 リズの発言はもっともだった。花嫁狩りに巻き込まれて進展無しどころか今後の行動がしにくくなるのもあり得るのだから。

 

 彼女らの話にアネットは首をかしげる。

 

「アンタら何を探してるんだい? 私が知ってることなら力になるよ」

 

 その問いに対し、遺跡あるいは遺物を探している事を伝える。が、やはり知らない様子。ただの町民が知るはずもないのだ。

 

「そもそもこの辺りに遺跡は無かったと思うよ。国の端っこだから情報も少ないしさ。情報を得やすいのは王都だろうけど……」

「一番危ない場所よね」


 リズがため息を吐く。国中の情報が集まる王都。しかし花嫁狩りの本拠でもある。今行くのは時期が悪すぎだ。

 

「なら暫くは一人で行動するよ。私なら何かあっても大丈夫だろうし」

「ちょ、いけませんわ! 確かに純花なら大丈夫……いえ、やっぱり大丈夫じゃありません! アナタは少々ムラッ気が……!」


 レヴィアは純花を止めた。


 確かに純花は強いが、いまいち力を使いこなせていない。勝美を倒したときのような力を意識して使えていれば問題ないが、先ほどの様子から見るに全然駄目だ。まだまだ自分というものが分かっていない。その状態で一人行動は正直不安だ。

 

 加えて目的の為なら手段を選ばない純花である。自分もその傾向は高いが、彼女はそのさらに上を行く。兵士とトラブルになって殺してしまう……なんて事は十分にあり得る。今後仕方ないという局面が出てくるかもしれないが、できる限り避けたい。手を汚すのは自分がやる。殺しの経験が無い訳ではないのだから。

 

 わいわいと話し合う一同。「勇者ってのが分かれば問題ないんじゃ?」「い、いえ、ロムルスの性格上むしろ嫁にしようとするかと」「あー、確かに」「結婚は嫌かな」等々。


 あーでもないこーでもないと議論するが、結局は女である以上トラブルを避ける事は難しい。そしてパーティメンバーは全員女。全員が花嫁狩りの対象だ。

 

「フフフ……」


 そんな中、ネイが思わせぶりに笑った。三人が視線を向けると、彼女は腕を組んで得意げな顔をしていた。

 

「ネイ。何かいい案があったの?」

「さっきから黙ってますけど。何とかの考えは休むに似たりというので全然構いませんが」

「フフフ。そんな事を言っていいのか? 素晴らしい考えを思いついたというのに」


 ドヤ顔を見せるネイ。うぜぇ。粘らずにさっさと言え。レヴィアはそう思いつつ耳を傾けた。

 

「私が考えた案。それはな――」




 * * *




 ネイの話した案。その内容に微妙な顔をするリズ。逆にレヴィアはうんうんと頷いて賛成。

 

「成程。アリですわね。ネイにしてはいい案ですわ」

「そうだろうそうだろう」


 フフフ……とさらに得意げになるネイ。恐らく最近似たようなシチュエーションを見たのだろう。もちろん恋愛小説の中でだ。しかし今回の場合は有用に思える。


「アンタはいいだろうけど……私、あんまり自信ないわよ?」

「あら? リズが一番向いてると思いますわ」


 彼女の一部を眺めるレヴィアに、「どういう意味よ!」とリズは怒る。因みに純花は「まあ、やってみる価値はあるんじゃないかな」と肯定的だ。

 

「あとはそうだな……。異性のフォロー役がいれば完璧なのだが。私たちだけではボロが出る可能性がある」

「わたくしならそこそこイケるでしょうが、結局は女ですからね。ネイの言う事はもっともだと思いますわ」


 ネイの妄想を完全に再現する必要はないが、この場合は必要に思えた。冒険者組合で一時的にメンバーを募るなどで助力を得るべきか。しかし下手な人間を選べば逆に売られそうだ。どうしたものかと再び考え――

 

「な、なら僕がやる!」


 そんな時、足元から声が聞こえてきた。エドだった。縛りが甘かったのか猿轡が取れてしまっている。


「僕なら裏切らない! だから一緒に連れてってくれ! 王都でも協力すると約束する!」

「エド! アンタまだ……!」


 再び縛り上げようとするアネットをよそにレヴィアは考える。確かに彼なら裏切る心配はない。幼馴染を狩られた側なのだから。それこそ幼馴染を盾にされない限りは大丈夫だろう。


 しかしここで「うん」と頷くのは難しい。エドが王城に突撃すれば一緒にいた自分たちも巻き込まれる可能性大。結局はトラブルになってしまうだろう。

 

「迷惑はかけない! 王都には知り合いがいる! 父さんの友人だった人で、王家にも顔が利く御用商人なんだ! イレーヌを取り戻してくれるかもしれない!」

「ふむ。もしその彼に相談して駄目だったらどうします?」

「その時は……! ……その時は……」


 レヴィアの問いかけに返答に詰まり、声を落とすエド。どうにもならないと理解しつつも諦めきれないのだろう。苦しそうな顔で考え込んでいる。

 

「……ねえ。何とか助けてあげられないかな?」

「えっ!?」


 ふとリズが呟いた。その言葉にレヴィアは驚く。

 

 仲間に優しく、他人にも親切なリズだが、無制限に親切な訳ではない。出来ること出来ないことでキッチリ線を引き、手に余ると考えればきちんと断る。そして今回は手に余りかねない事だ。


「あっ、ごめん。それどころじゃないわよね。忘れて」

「リズ……」


 自分でもそれを理解していたらしく、発言を撤回。誤魔化すような笑顔と共に。

 

 一体何故とレヴィアは考える。そしてその答えはすぐに思いついた。恐らくは“妹”というワードに反応したのだろう。自分の過去をあまり語りたがらないリズなので詳しくは知らないが、彼女に妹がいるらしい事は昔どこかで聞いた。


 正直エドがどうなろうが知った事ではない。知った事ではないのだが、レヴィアにとってリズは友人である。同時に『純花を帰還させる』という目的の協力者でもあり、その他色々と世話になってもいる。彼女の望みなら出来るだけ叶えてやりたいという気持ちはあるのだ。

 

 レヴィアは純花の方を乞うような目で見た。向こうはそれで察したらしく、少し考えた後にこくりと頷く。ネイにも同様の事をすると、こちらも軽く笑って肯定を返してきた。

 

「……分かりました。リズがそうしたいというのなら協力しましょう」

「えっ! け、けど……」

「純花の事だけでなく色々と世話になっているのですから。多少のわがままくらい聞きましてよ」

「そ、そう。あ、ありがと……」


 にっこりと笑って了承するレヴィアに、リズは恐縮したように下を向いた。あまりワガママを言わない彼女なので、願いをかなえられることにも慣れていないのだと思われる。

 

「という訳でエド? でしたっけ。可能な限り協力して差し上げますわ」

「本当か!?」

「ええ。但し、私たちに迷惑がかかるような真似をしない事。無茶な真似をしようとしたら力づくでも止めますわ。私たちは勿論、何ならお母様やイレーヌという方にも迷惑がかかるかもしれませんので」


 喜ぶエドに対し、真剣な顔で注意する。美人の真顔は怖いというが、正にそういう表情であった。その圧力を恐れたのかエドはつばをごくりと飲み込んだ後、「分かった。アンタたちに従う」と真剣な顔で頷いた。

 

「よろしい。それとお母様はご自分で説得なさい。そこまでは面倒見切れませんので」

 

 そう言って縄を解く。自由になったエドは改めて礼を言い、必死に母親を説得し始める。その間にレヴィアたち四人は準備を始めたのであった。

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