057. さらわれた幼馴染

「ううむ。許せん! ロムルス・ヴィペールめ……!」


 ネイが拳を握りしめて怒っている。レヴィアの話を聞き、彼の噂を思い出したのだ。

 

 ロムルスという名は冒険者の間でも有名である。幼き頃から才覚を見せ、十になる頃には大人顔負けの強さを持った。二十になってからは誰もかなわない程に強くなった。国内各地で民を苦しめる強力な魔物を退治し、その勇猛さを轟かせた。それでいて次期国王として相応しい頭脳をも兼ねそろえている。

 

 ……が、冒険者の間では評価が二分している。男冒険者は憧れと嫉妬を、女冒険者は侮蔑を。何しろロムルスといえば町に出る度に、戦場に出る度に新しい女を見つけてくるという話だ。で、気に入れば嫁にしてしまう。純愛志向のネイが怒るのも当然の事といえよう。彼女同様、リズも不満と言った表情をしている。


「女の敵ね。死んだほうがいいと思うわ」

「リズもそう思うか。千人だぞ? 正確には九百九十九人も侍らせてるんだぞ? 愛には程遠いと思わないか?」

「愛はよくわからないけど、まあ死んだ方が世の為よね」


 というかネイより辛辣だった。ひたすらにロムルスの死を求めている。不満どころではない。

 

「そう? 別にいいんじゃない? ロムルスって人、強いんでしょ?」


 一方、純花は違う意見のようだ。平然とした顔でハーレムを肯定した。

 

「なっ! ス、スミカ! お前はそれでいいのか!? 女を性のはけ口としてしか見てないような男だぞ!?」

「そりゃ自分が付き合うとかは嫌だけど。それだけの能力があるんだから仕方ないんじゃないかな。お金もあるみたいだし」


 怒るネイに対し、当然という感じで答える純花。

 

 それを聞いた途端リズはキッとレヴィアを睨んだ。レヴィアはぶるぶると首を振って否定。そんな事を教えた覚えなど一切無い。というか娘に、しかも五歳の娘にハーレム容認思想なんて教える訳がない。いやまあ、アリスはどうか分からないのだが。彼女の考えはたまに常軌を逸しているところがある。

 

「むしろ私的には女側の方が嫌いかな。嫌なら拒否すればいいじゃん」

「相手は王子だぞ!? 拒否などできる訳なかろう!」

「つまり弱いって事だよね。弱いならどうされても文句言えないよ。嫌なら強くならなくちゃ。……誰にも脅かされず、生きていけるように」


 レヴィアは純花から静かな怒気のようなものを感じた。見れば、目を伏せて何かを思い出している様子。過去に何かあったのだろうか。純花なら大抵の事は一蹴できそうなものだが。

 

 空気の読めないネイはそれに気づかず、「強者の理論だ!」などと議論を続けようとする。が、空気の読めるリズが「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない」と争いを止めた。その間にレヴィアは純花を気遣う。

 

「純花、大丈夫? 悩みがあるのならわたくしに話して下さいまし。力になりますわ」

「……何でもないよ。それよりどうしようか。遺跡を探したいんだけど……」

「うーん。また絡まれないとも限りませんしねぇ」


 ここまでは運よく一回しか絡まれなかったが、それほど大規模に探しているのなら街に出れば幾度となく絡まれそうだ。


 純花は黒髪の美少女。リズは少し幼いがイケる男はイケるはず。ネイも見た目だけなら巨乳の美人。そしてそんな彼女らを置き去りにする超絶美少女レヴィア。この組み合わせで絡まれない方がおかしい。

 

「何かあるのかい? 急ぎの用事じゃなければ外出は控えた方がいいよ。一月後には嫁探しも終了らしいから、それからにしな」

「一か月。何とかならないのかな……」


 アネットの忠告に、純花は苦い顔をした。余裕の無さこそ収まっている彼女だが、早く帰りたい気持ちに変わりはない。一か月の時間とて惜しいのだろう。レヴィアとて早く帰してあげたい気持ちはあるので何とかしたいところだ。

 

「母さん!」


 そんな風に悩んでいると、玄関の方から声。若い男の声だ。ドタドタと急いでいるような足音がこちらへ近づき、アネットと同じ茶髪の少年が部屋へと入ってくる。恐らくは彼女の息子だろう。

 

「何だいエド。そんなに慌てて。お客さんが来てるんだよ」

「それどころじゃない! イレーヌが、イレーヌが花嫁狩りに!」

「何だって!?」


 目を見開いて驚くアネット。その彼女の横を通り抜け、エドという少年は別の部屋へと入っていく。そして忙しそうな物音を立てた後、再び姿を見せた彼は旅人のような姿をしていた。


「エ、エド! その恰好は……!?」

「王都へ行ってくる。少しの間家を空けるけど、心配しないで」

「王都!? 王都に何の……まさか!?」


 覚悟を決めたような目で外へと向かうエド。その彼を止めようと、アネットはエドの前へと立ちふさった。

 

「ダメだよ! イレーヌちゃんは残念だけど、アンタに何ができるっていうんだい!」

「出来る出来ないの問題じゃない! イレーヌは僕が助ける!」


 余程そのイレーヌとやらが大事なのだろう。もしかしたら恋人なのかもしれない。

 

 しかし、だからといってただの平民が兵士に逆らうなど不可能である。王族相手など言わずもがな。捕まって牢屋にブチ込まれるか、最悪処刑だろう。

 

 母子で言い合いが始まった。子が心配な母、イレーヌという者を助けたい少年。二人の会話は平行線だ。

 

 ふと、あることを思いついたレヴィアは言う。

 

「横から失礼。思ったのですけれど、ロムルス王子は何百という女性の中から一人だけお選びになるのでしょう? イレーヌという女性がどんなお方か知りませんが、それほど優れた女性なので?」

「あ、あなたは……? あ、いえ、その、ええと……あ、あくまで普通の女の子、です。頭はいいし、可愛いとは思いますけど……」


 彼女の姿を認識したエドはおどおどし始める。その声量は徐々に下がっていき、最後の方は聞き取るのが難しいくらいに小さかった。頭の中でレヴィア対イレーヌを考えてしまったのだろう。その結果は聞かずとも分かる。

 

「そうだよ。イレーヌちゃんはいい子だけど、お后様なんて柄じゃないだろう。何事も無かったように帰ってくるさ」

「母さん……。い、いや! あのロムルス王子だ! 選ばれなくても手を出してくる可能性はある!」

「あー、それはありそうですわね。あとは兵士とか貴族とかの目に留まるとか」


 うんうんと納得するレヴィア。噂で聞くロムルスなら「折角だしヤッとこう」となる可能性は十分にある。加えて容姿が良ければ好色な貴族に目をつけられたり、兵士にナンパされたりもありそうだ。

 

「でしょう!? だから、そうなる前に助けないと! ごめん! 母さん!」

「エド!」


 走り去っていく少年。止めようとする母を振り切って。

 

「ああ、そんな……。エド……!」


 玄関口まで追いかけたアネットだが、既にエドの姿は無かった。彼女は膝をつき、顔を押さえておいおい泣き始めた。王族に逆らった者の末路などどこの国でも決まっているのだから。

 

「レヴィア……。いつもの事だけど、もうちょっと考えて発言しなさいよ」

「わたくし!? そんな変な事は言ってませんわよ!?」

「ハァ……」


 リズの言葉にレヴィアは驚き、ネイはため息をついた。一瞬押しとどめたのはよかったが、最後に背中を蹴っ飛ばした形だった。蹴っ飛ばされるままにエドは出て行った。

 

「まあいいわ。このままじゃマズいし、捕まえて来てよ。アンタならすぐ追いつくでしょ?」

「え、ええ」


 理由が分からず納得できないレヴィアであったが、このまま放っておくのがマズいのは分かる。他人の事など知った事ではないが、助けてもらった者の息子なので一応義理はあるのだ。彼女は素早く駆け出して行った。

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