054. 一触即発
店を出て、街を歩く。レヴィアの決定により、次の目的地は装飾品を扱う店となった。
無趣味どころか無頓着な純花。それを知ったレヴィアは思ったのだ。女子力を教えねば、と。
別に思いっきり女らしくしろとは言わないが、最低限の女っぽさは備えていてほしい。でなければネイのようになってしまう。悪いヤツではないが、娘がアレになるとか勘弁してほしい。「お隣の太郎くんは結婚して子供までいるのにね。あーあ、アンタはいつ孫の顔みせてくれるのやら」なんてウザすぎる言葉を娘には言われてほしくないのだ。いや、アリスは言わないかもだが。前世の母親(故人)と違って。
(全女子の頂点たる俺だからな。これほど教師としてふさわしい逸材はおるまい。恰好は今日でそれなりに整えるとして……あとは何を教えるべきか)
お
うーん、うーんと考えながら道を歩く。「料理……は状況的にちょい厳しいな」「ネイル……は女子高生がするとギャルっぽくなる気がする」「男の誘惑の仕方……いやいやそーゆーのは俺の見ないところでしてほしい」とぶつぶつ呟きながら。
そんな風に歩いていると、隣の純花がくすりと笑った。一体何だろうとレヴィアが目を向けると、彼女は機嫌良さそうに言う。
「母さんの事を思い出したんだ。レヴィアのやる事、母さんそっくりだから」
「そうなの?」
「うん。『勉強だけじゃなく見た目も大事』とか、『たまの贅沢は心の栄養』とかでよく私を連れ出してくれて。自分にはあんまりお金使おうとしないのにさ」
どうやら服は母親が選んでいるようだ。ジャージではない事にレヴィアはほっとした。
そしてその言葉に思わず過去を思い出す。昔、自分が妻に似たような言葉をかけたからだ。
会社が儲かりだし、恩を返そうとするも「何もいらない」と恐縮する彼女。あまりに頑なだったので半強制的にプレゼントしたのを覚えている。まさかあの時は結婚するなんて思いもしなかった。近所の子供を見てるような感じだったからだ。まあその子供にお世話されていたのは自分であるが。
「ねえレヴィア」
「うん?」
「そういえばレヴィアは遺跡に何の用があるの? 用事があるからついでに手伝うって言ってたけど」
純花はレヴィアへと問いかけた。不審だからという感じではなく、純粋に興味があるからという感じだった。
その問いにどう答えたものかと考える。正体をバラす訳にはいかないが、「金の為」「名誉の為」なんて嘘くさすぎる。自分の能力ならもっといい方法がいくらでもあるからだ。
レヴィアは空を見上げながら言う。
「そうですわね……。純花と同じく、わたくしも帰りたいんですのよ」
「帰る?」
「ええ。帰りたい、けれど帰れない。これまでに色々と探しましたが、手段は何一つ見つからない。殆ど諦めかけていた。けれど純花が来た事で希望が出てきましたの。……故郷に帰れるという事に」
純花が来る前、彼女が思っていた……いや、今でも思っている事を語る。
十六年この世界で過ごしてきた。親しい友人なども出来た。それなりに愛着はある。
が、どちらに居たいか問われれば間違いなく日本を選ぶ。純花とアリスが迎えてくれる家。あそこが自分の居場所であり、帰りたい場所なのだから。もしかしたらもう自分の居場所はないのかもしれないが、それでもあきらめきれなかったのだ。
「故郷? それに遺物が必要なの?」
「ええ。歩いて帰れるような場所じゃありませんから。それこそ純花の求める遺物と同じくらいのモノが必要ですの」
そうなんだ……と同情するような目を送ってくる純花。レヴィアの境遇を己と重ねたらしい。しかし自分の願望は既に半分叶っているのだ。なので純花の願いを叶えるのが優先であり、自分はついででいい。実際帰るとなればアリスも怖い。
レヴィアはそう考えつつ笑顔を向ける。
「という訳で純花が同行してくれるのは本当に助かりますのよ。わたくし、あまり強くありませんので。けれどこれまでに遺跡は色々と巡ってきましたから、知識面では力になりますわ」
「うん、頼りにしてるよ。けど、強くないってのは謙遜しすぎじゃないかな。すごく強いと思うけど」
「うーん、わたくしは技を極めただけですからねぇ。強く見えるでしょうし、天才と呼ばれた事もありますが、しょせんは天才レベル。どうしようも無い事は多々ありますのよ」
ふう、とため息をつくレヴィア。
これまでに彼女がかなわぬと思った相手は多くいる。剣聖と呼ばれる世界最強の一角は勿論、身近な存在で言えば兄にも勝てない。この間雑魚扱いした勇者とて成長すれば自分を超える者も出てくるだろう。
対し、自分はこれが限界。これ以上強くなれたとしても微々たるもの。無論、凡人に比べればはるかに恵まれてはいるだろうが、圧倒的存在を知る者からすればあまりにも貧弱すぎる。
(まあしゃーないんだけど。最近だと誰かね。勝てないと思ったの。あのオレンジ頭の女騎士はまあイケるとして、その前に会った金髪野郎は……)
勝てないかもしれない。少なくとも苦戦は免れない。正面から正々堂々と戦うなどは絶対にしたくない。
そんな事を考えた相手のそっくりさんが目の前にいる気がする。中々のイケメンで、正統派というか万人受けしそうな感じ。ネイにはドストライクだろう。まあ自分からすれば鼻で笑うレベルでしかないが。
そのそっくりさんはこちらを見て驚いた顔をした。
「レヴィア! レヴィア・グラン! ようやく見つけましたよ!」
「……げっ!」
ガウェイン本人だった。ペンドランで追っかけまわされた。隣の純花は「誰?」と不審げな顔をしている。
「な、何でここに……」
「アーサー様に命じられました。貴女を捕まえてくるように、と。アーサー様を辱めた責任を取っていただきましょう」
その言葉にレヴィアは「気色悪っ」と嫌な顔をした。別に間違ってはないが、オッサンが辱められるという表現がとても気持ち悪かった。しかも責任を取ってもらうと言う。もしかしてまだホの字なのだろうか。
「そういう訳で連れ帰らせて頂きます。よろしいですね」
「よろしくありませんわ。牛耳れなくなった町に興味はありませんし、何より今は忙しいのです。アーサー様の毛根が復活したら考えなくはありませんけど」
煽るような発言をするレヴィア。要は「戻るなんてありえない」と言っているのだ。回復魔法が死んだ人間を生き返らせることはないように、死んだ毛根をよみがらせる事もない。植えたりかぶったりして誤魔化すしかない。
彼女の言葉にガウェインは顎に手をやり、「うーん」と悩んでいる。しかし数秒後、彼はこくりと頷く。
「わかりました。国に帰ったら良い薬師を探しましょう。私はふさふさなので知りませんが、そういった薬があるかもしれません」
「アナタも中々いい性格してますわね……」
あくまでクソ真面目に返事をしているだけのようだが、アーサーが聞いたら「自慢か! 自慢してるのか!」と激怒する違いない。というかもう怒ったのではなかろうか。怒ったからこそ一人国外任務に就かされてるとか。レヴィアはそう予想した。
「どうでもいいか。とにかくお断りしますわ。純花、行きますわよ」
「待ちなさい! こうなれば無理矢理にでも連れ帰りますよ!」
「ハン。できるもんならやってみな。木っ端騎士風情が」
一触即発といった雰囲気になる二人。それを感じた周囲の人間は二人から離れ、巻き込まれぬよう距離を取り始める。完全に逃げたりしないのは野次馬根性というか、ちょっとした娯楽とみているのかもしれない。荒っぽい冒険者がトラブルを起こすのは珍しくないからだ。
十二騎士の一人、ガウェイン。一つの王国、一つの領地の中での騎士にすぎないが、その雰囲気はまさしく強者。優し気な容貌をしているものの、視線は油断なく彼女を見据えており、絞り込まれた体は戦闘に特化している。先ほど考えた通り正面から戦えば苦戦は必至。
だがそれでも勝算はあるらしく、レヴィアはガウェインを一睨みし――
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