055. 「あれ? どこいったっけ?」

「純花。たすけてー」


 隣にいる純花の背中に隠れた。そのありえない行動に目をぱちくりさせるガウェイン及び周囲の人々。

 

「えっ、な、何?」

「助けて下さいましっ。わたくしを追ってきたストーカー騎士なんですの」


 娘の陰に隠れる父。親のやる事ではない。幸いというかその事実を知る者はこの場所にいないが。

 

 さらに彼女は、純花の肩からひょいと顔だけを出し……

 

「オラオラ! ここにおわす方をどなたと心得る! 恐れ多くも救世の勇者様だぞ!? 頭が高ぇーんだよ!」

「ゆ、勇者?」


 虎の威を借りて威張った。情けないってレベルじゃない。ここにリズがいたら強烈なツッコミが入っていた事だろう。


 困惑するガウェイン。周囲の人々は「勇者?」「勇者って、教皇様が召喚したって言う……」などと噂し合っている。一方、純花は少し顔を赤らめつつも困ったような顔をした。

 

「ね、ねえレヴィア。またこの間みたいになってほしくないんだけど」

「大丈夫大丈夫。魔物の襲撃なんて早々ある訳ねーじゃん。あったらあったでこの間みたいなタナボタ展開になるかもしれねーし」

「そうなのかな……」


 微妙に納得できないような声を出す純花。そんな彼女を置いといて、レヴィアはさらに言葉を続ける。

 

「さあどうする。勇者様に歯向かいたいんならかかってこいや! バックにはセントファウス以下魔王をどうにかしたい複数の国々がついてんだぞ! ただの地方領主がどうにかできるかな!?」

「なっ! お、脅すつもりですか!?」

「か弱い乙女を拉致監禁しようとするからですわ。乙女として反撃せざるを得ませんの」


 今更ながらにぶりぶりの女演技を復活させるレヴィアだが、もはや周囲の視線はか弱い女を見る目ではない。演技派の女狐を見る目だった。だからこそなのか、ガウェインは疑わし気な目を向けてくる。


「い、いや、待ちなさい。あなた方が本当に勇者やそのお仲間かは分かりません。セントリュオで聞いた話と違いますし、嘘を言っている可能性があります」

「セントリュオで? なら勇者が冒険者をお共に旅立ったって聞いたでしょう」

「いいえ。一人の勇者が旅立ったという噂は耳にしましたが、共に旅立ったのは聖女という話でした。冒険者ではなく」


 聖女? 一体何の事だろうと疑問に思うレヴィア。しかしすぐに「ああ、リズの事か」と思い浮かぶ。どうやらリズの聖女っぷりは自分以外にも発揮されていたらしい。

 

 つまりリズを見せれば納得するのだろうが……この感じだと聖女=リズとは知るまい。アーサーハゲに爆笑していた女の子という認識だろう。つまり見せても意味が無いし、何ならリズも捕まえられる可能性がある。呼び出す訳にはいかない。故にレヴィアは……

 

「成程。確かに聖女様も同行しております。が、アナタに会わせる訳にはいきません。その代わり別の方法で証明しましょう」

「証明?」


 いぶかしげな顔をするガウェイン。その彼にフフンという顔を見せるレヴィア。

 

 純花の持っている印籠……もといルディオス教の紋章。これを見せれば勇者という証明になるはずだ。その威光の前には木っ端騎士など何するものぞ。土下座してへつらうしかない。そう考えたレヴィアは叫ぶ。


「さあ純花! 見せてあげなさい! 勇者の証、ルディオス教の紋章を!」

「無いよ」




 …………

 

 

 

「えっ?」

「無いよ。さっきレヴィアに預けたじゃん。着替えてた時」


 ……そういえばそうだった。レヴィアはごそごそと懐を探る。

 

「えっ? あれっ?」

 

 しかしそれっぽいものが入ってない。懐じゃなく背中に仕込んだかと思い、入ってるものをポイポイ取り出すも、全然見つからない。そんなに奥にしまっているはずはないのだが。隣にいる純花が「ど、どうなってるの? その背中」と顔をひきつらせている。

 

 何故だ。どこいった。あんなクソダサイ首飾りなんて……。

 

(いや待て。そういえばさっき……)

 

 

 

『嬢ちゃん。これ全部持ってっていいの?』

『ええ。跡形もなく燃やして下さいまし』




(やっべーーーー!!)


 捨てた。捨ててしまった。跡形もなく燃やすよう指示してしまった。

 

 女の子のコーディネートとしては正直ゴツすぎたので、「後で袋にでもしまっとけばいいだろ」と思いポイッと置いてたのが悪かった。同じくポイッと置いた服ごと捨ててしまったのだ。


「どうしたのです。早く勇者の証とやらを見せてください」

「え、えーと、それはですね……」


 滝のような汗を流して言いよどむレヴィア。「捨てた」など言えるはずもない。どう言い訳しようかと考えまくっていた。

 

 それを見たガウェインは一つ頷き、彼女を睨みつけた。

 

「成程。嘘という訳ですか。予想はしていましたが」

「い、いえ! 本当なんですのよ! ただ、その……ちょっとカタチが変わっちゃってるかもというか……」


 間違いなく熱でボロボロになっているだろう。証が証の体を成さないくらいに。

 

「とにかく言い訳は後で聞きましょう。さあ、来なさい!」


 怒った顔でずんずんと歩いてくるガウェイン。「ひえっ!」と言いつつ再び純花の陰に隠れるレヴィア。そして二人の間に挟まれて困惑する純花。


「失礼。どいて頂けますか? 貴女が何者であれ、罪無き者を傷つけたくはありません」

「えっと……」


 ガウェインの言葉に純花は迷っている様子。ちらちらと背中のレヴィアの様子をうかがい始める。しかしその彼女は純花を盾にし、離れる気は全くなさそうだった。

 

「ああもう。仕方ないな……!」

「ッ!」


 そう言い終わるや否や純花は素早く踏み込み、ガウェインに腹パン決めようとした。しかし流石は武闘派貴族の筆頭騎士というか。ガウェインは素早く後ろに下がって回避。


「なっ……! かばうおつもりですか!」

「よく分からないけど、レヴィアは仲間なんだ。連れてかれたら困るんだよね」


 純花は地面を蹴って追撃。衝撃のあまり石畳が大きくめり込む。

 

 ガウェインはその力に驚きつつも彼女の攻撃を見切り、洗練された動きでかわす。防御しないのは当たればどうなるか理解したからだろう。事実、流れ弾を食らった家や壁ががらがらと崩壊。巻き添えを恐れた周囲の人々が悲鳴を上げながら逃げ出している。

 

「なんという力……! 勇者ではなくとも強者ではあるようですね……!」

「いけっ! ぶちのめせ! そのいけ好かないつらを陥没させてやれ!」


 ギリギリで回避し続けるガウェイン、怒涛の攻撃を放つ純花、そして唯一残ったギャラリーのレヴィア。しばし戦いが続いていたが、距離を取って一息ついたガウェインは言う。

 

「ですが動きは素人そのものですね。如何に優れた素質があっても磨かねば原石のまま。どうでしょう。我々の騎士団に入団しませんか? 技と心を学べば十二騎士に選ばれるのは確実でしょう」

「興味ないかな。けど、技かぁ……」


 身体能力なら純花の方が圧倒的に優れている。ガウェインとて千を超す魔物を相手どるなど絶対に出来ない。なのに攻撃が当たらないのは技が劣っているからだ。技に限れば子供と大人くらいの力量の差があると言っていいだろう。

 

 彼の言葉に少し悩む様子を見せる純花。そんな彼女にレヴィアは文句をつける。

 

「何手加減してるんですの。アナタに技なんて不要ですわ。パッと踏み出してパッと殴ればそれでおしまいでしょう」

「別に手加減なんてしてないよ」

「してますわ。前も言った通りコツは……ん?」


 ふと純花の先を見ると、遠くからかけつける兵士たちの姿。誰かが通報したらしい。そりゃそうだ。乱闘騒ぎどころかこの辺りが局地的災害に見舞われたようになっているのだから。

 

(やべぇ、リズが怒る……)


 レヴィアは口をひくつかせた。いつもならフォローしてくれるリズだが、避けられている現状で問題を起こせばどうなるか。きっとさらに自分をハブろうとするだろう。


 そう思ったレヴィアは叫ぶ。


「す、純花! 兵士たちが来ますわ! やっかいな事になる前に逃げますわよ!」

「えっ。わ、分かった」

「なっ! ま、待ちなさい!」


 脱兎のごとく逃げ出す二人。追いかけようとするガウェイン。

 

 それを見たレヴィアはこぶし大の玉を投げる。パーン! と破裂音が鳴り、もくもくと煙が彼を包む。ゴホゴホと苦しそうなせきをし、彼は否応なしに足を止めざるを得なかった。


「わっ。な、何あれ」

「この間作ってみた煙玉ですわ。中々に効果があるみたいですわね」


 レヴィアの言葉に「そんなのあるなら最初から使ってよ」と不満げにする純花。試作品なので効果が不明だったのだ。それより純花に任せた方が確実に勝てる。材料費もかからない。

 

 さて、後は適当に身を潜めればいいだろう。そう考えたレヴィアだが……

 

「何なんだこの町は! 何故私たちを捕まえようとする!」

「あ! レヴィア!」

「ネイ!? リズまで!」

 

 向こうから走ってきたネイとリズの姿。二人とも兵士に追われていた。その事実にレヴィアは心底驚く。まさか二人も何かやらかしたんだろうか。ネイは置いといてリズがそういう真似をするとは思えないのだが。

 

 とにかく前にも進めなくなってしまった。レヴィアは周囲をきょろきょろと探り、近くに路地裏を発見。四人はその道に入るも、その先は……

 

「行き止まり!? そんな……」

「どうしよう。倒す?」

「い、いや、それは避けたい……。仕方ない、屋根を伝って逃げましょう。リズはわたくしが抱えていくから、お二人は自力で」

「お、おい! 私にそんな真似は無理だぞ!?」


 わやわやと言い合う四人。どうする。どうすればいい。やはり純花の言うように兵士を倒すか? しかし追われる身ではこの辺りでの情報収集が難しくなってしまう。

 

 レヴィアは考える。考えに考えまくる。そんな時――

 

「こっち……! こっちだよ姉ちゃんたち」




 * * *

 

 

「いない……」

「どこへ行った。ここから先は行き止まりだぞ」

「うーむ、仕方ない。上玉だし、能力も高そうだったんだがな……」


 路地裏から去っていく兵士たち。それを見たレヴィアは安心のため息を吐く。

 

「行ったみたいですわね。ふーっ、助かった」


 道に面した家の二階。その場所に彼女らはいた。流石に兵士たちもこんな高い窓の中に逃げるとは思わなかったのだろう。

 

「あの、ありがとうございました」

「感謝します。非常に助かりました」

「えっと、ありがと」


「気にしなさんな。困ったときはお互い様ってね」


 リズたちが礼を言うと、女はカラカラと笑った。この家の住人たる恰幅のいい中年の女。彼女が窓からロープを下ろしてくれたのだ。

 

 次いで女は心配そうな顔になり、四人に対し咎めるような口調で言う。

 

「それより駄目だよ。若い女だけで外をうろつくなんて。捕まっちまうよ」

「は? 捕まる?」


 意味が分からないという声を出す純花。レヴィアたちも同様の反応だった。夜半ならまだしも、今はまだ昼だからだ。

 

 そんな四人の様子を見た女は不思議そうな顔をする。

 

「うん? 何だい。アンタら花嫁狩りから逃げてたんじゃないのかい?」

「「「「……花嫁狩り?」」」」

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