036. ネイの演説
「お、おい。どうしたんだ」
「どこ行くのよ」
ててて、と小走りで東へ向かおうとするレヴィアを呼び止めるネイとリズ。彼女らへと振り返り、レヴィアは東を指差しながら言った。
「ちょっと向こうでヤバイ問題が発生したみたいで。超親切なわたくしとしては放っておけませんの。さ、行きますわよ」
その答えに、ネイは「一体何なのだ」と不審に思う。彼女の行く先に困っている人はいなさそうだが。
(いや……何かを感じ取ったのか? アイツの感覚はかなり鋭敏だからな)
ネイは警戒し始める。
実際、レヴィアの感覚はかなり当てになるのだ。隠れた敵を察知したり、他者の悪意を感じ取ったり、金になる事件のニオイを嗅ぎ取ったり……。カンが優れていると言えばいいのだろうか。
だとすると本当に問題なのかもしれない。ならば確かめておいた方がいいだろう。そう考えたネイがリズへ顔を向けると、同じように考えたらしく頷き返される。
「ねぇ、買い物するんじゃないの?」
しかし純花はそれを知らない。レヴィアを呼び止め、本来の目的はどうなったのだと問いかけた。
「まあまあ。お買い物はいつでもできますし。どの道出発は明日なのですから」
「さっきと言ってる事が違うじゃん。お店が閉まっちゃうんじゃないの?」
「その時は無理矢理にでも開けるまでですわ。ほらほら、行きますわよ」
「あっ……」
レヴィアは純花の手を引いて駆け出した。ネイとリズもそれに追従。
大通りを東へと進み続ける。進むにつれ、周囲のざわつきが増しているように感じる。町民は恐れるような顔や焦ったような顔をしており、兵士たちが忙しそうに走り回っていた。
「ううむ、本当に問題のようだな」
「ええ。何があったのかしら?」
そう疑問に思っていると、走り回っていた兵士の一人が話しかけてくる。
「お、お前たちは冒険者だな! 既に聞いているかもしれんが、東門へ向かってくれ! やばい事態なんだ!」
「ヤバイって、何がどうヤバイんですの?」
「魔物が、魔物が出たんだ! 俺たちだけじゃ対処しきれない!」
魔物? 町の外から魔物がやってきたという事だろうか。
辺境の村落ならまだしも、ここは中規模な城塞都市だ。魔物が襲ってくる事などまずない。魔物とて知恵がある。立派な城壁があり、武器を持った兵士が多数いる場所に好んで近づいたりはしない。
「やはりわたくし向きのビッグな問題でしたわね。純花、行きますわよ」
「何で。放っとけば誰かが何とかするでしょ…………って、ちょっ……!」
レヴィアは再び純花の手を取り、走っていく。
東門に着くと、周囲には兵士のみならず冒険者たちも多数いた。どうやら冒険者組合に協力要請をしていたようだ。
(それほどの事態なのか?)
如何に強い魔物が現れたとして、これほどの数を徴集するものだろうか。ネイは疑問に思いながらも兵士の指示に従い、城壁の上へと向かう。そこで見たものは――
大地を埋め尽くす、異形の姿。
「こ、これは……」
ネイは驚愕した。遠くの森から次々に姿を現す魔物の大群。今までに見たことのない数で、千は余裕で超えていそうだ。
さらに魔物の種類も問題である。ゴブリンなどの雑魚でもこの数は脅威だというのに、オーガやブラックウルフなどC級モンスターが多数。数は少ないが、B級のミノタウロスもいる。幸いといっていいかA級こそ見当たらないが……
「ねぇ、魔物っていつもこんなに多いの?」
「そんな訳ないでしょ! やばいってレベルじゃないわよ……! こんな数、どっから湧き出たの!?」
疑問を抱く純花に対し、リズは声を震わせながらも答える。彼女の言うように、魔物がこれほどの群れをつくるなど前例が無い。付近の魔物を全部を合わせてようやくこの数に届くかどうか。
「この町の冒険者は何をしていた! これほどの大群ならどこかで前兆があったはずだ!」
「き、昨日までは何ともなかったんだ! 森の中も静かなものだった! なのに、ヤツらいきなり現れたんだよ!」
ネイが怒鳴るように叫ぶと、それを聞いた冒険者らしき男が叫び返してくる。どうやら冒険者の手落ちでも無いらしい。
「これ、もしかして魔王ってヤツの仕業なのかしら?」
「そうかもしれん。しかし、まだ北にいるという話ではなかったのか……?」
魔王がどのような存在かは知らないが、前触れなく大群を呼び寄せられるのであればこれほどにやっかいな事は無い。戦力が充実した都市でもない限りすぐに滅ぼされてしまうだろう。それはこの町も例外ではない。
ネイは周囲の者たちの様子をうかがう。
「何だよコレ……。ミノタウロスとか単体でもやべぇのに、こんだけの大群と同時に戦えだと……!?」
「おまけにこっちは数も負けてる。……逃げた方がいいんじゃ」
「そ、そうだよな。でも今更どこに逃げれば……」
皆、不安を隠しきれない様子だ。そうなるのも当然だろう。ネイの見立てでは、彼らの中に大した強者はおらず、C級がせいぜい。この辺りに危険な魔物は少ないのだと思われる。町の規模も小さく、危険度も小さいともなればそれに比例して報酬も少ないため、腕利きはいないのが普通だ。
そしてその法則は軍にも適用される。軍とは利益を生み出さない割に金食い虫なので、普通の領主なら兵士の数を無駄に増やしたりはしない。パートリーは首都でもなく国境付近でもない中途半端な場所だ。よって兵士の数は少なくて済み、練度もそれ相応。せいぜい二百といったところか。
ネイは厳しい顔をして考え込む。
(敵は知恵で劣る魔物だが、C級が多数にB級がちらほら。アレが相手では城壁もそれほど持たないだろう。対し、味方は弱兵の上に少数か。せめてA級クラスがもう二、三組いれば……)
周囲を伺うも、残念ながらそのような強者はいない。いればここぞとばかりに旗印になっていただろうから期待はしていなかったが。
ネイは一つため息をつき、決意する。そしてこの場にいる最も偉いであろう人物のもとへ向かった。少し高台になった場所で指示している者が恐らくそうだろう。
「指揮官殿、少しいいだろうか」
「なっ、何だ! 僕は忙しい! 冒険者は言われた通り配置についていろ!」
兜のせいで気づかなかったが、指揮官は頼りなさげなイケメンであった。その顔を見てネイは少しだけぽっと頬を赤らめる……が、そういう状況ではない。余裕のない状況をフォローすべく凛々しい顔を作り、大きめの声で言った。
「私は牡丹一華のネイ・シャリーク。Aランク冒険者だ。この町にはたまたま立ち寄ったのだが、どうやら緊急事態のようだな。協力しよう」
「何っ!? え、Aランクだって!?」
周囲がざわつく。「Aランク?」「Aランクってマジか」「こんな町に?」と疑念半分。しかし半分は期待している様子でもある。
ネイはくるりと向き直り、この場にいる者たちに向かって叫ぶ。
「皆の者! 相手の数に怯えているようだが、多くの魔物を葬ってきた私たちからすればあの程度の魔物など敵ではない! このネイ・シャリークの剣の錆にしてくれよう!」
「お、おお……!」
ネイは自信満々な顔で宣言。続けて「所詮は知恵なき獣! 団結すれば必ず勝てる!」「故郷を守らずして何が男か!」などと演説。そのお陰で兵士たちは「やるぞ……!」「町を守るんだ!」とやる気を出し始めた。
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