037. 最強娘

(よし、大分持ち直したな)


 ネイの発言は少々どころかかなり大げさだったが、士気を上げる為には必要な事だ。その事を彼女はよく知っている。大勢に対し鼓舞するのは久々だった為、少し自信がなかったのだが、結果は上々。これならばいきなり逃げ出される事は無いだろう。

 

 ちらりと指揮官の方へと横目を向ける。『やりやすくなっただろう』という意図を込めて。それに対し彼は一瞬きょとんとしたものの、その考えを察したのか「あっ!」と気が付いた風の顔になり、にこりと笑う事で返答してきた。ネイは再びぽっとなってしまうが、そういう状況ではないので気を引き締める。

 

 一連の演説で指揮官の彼も大分落ち着いたらしく、再び兵士や冒険者たちへ指示を出し始めた。これで大丈夫だろう。そう判断したネイは仲間のもとへと戻った。

 

「流石ね。ネイ」

「ま、昔取った杵柄きねづかというやつだ。せめて士気だけでも上げておかんとマズイしな」


 リズの賞賛を受け取りつつも、今度は純花の方を気にする。仲間の中で唯一戦闘能力が不明で、かつ期待できそうなのが彼女だったからだ。

 

(勇者か……。一人で野盗を全滅させた事から強いのは間違いない。あの馬鹿力からもそれが察せられる。実際どの程度やれるのだろうか? 恐れてはいないようだが……)


 そもそもやる気があるのだろうか? レヴィアの言によれば、彼女はギブアンドテイクを求める。割に合わないどころか死の危険すらある戦闘に参加するとは思えない。

 

 魔物の方をじっと見ている純花。が、ネイの視線に気づいたらしい。

 

「……何?」

「いや……逃げないのだな」

「逃げてもどうせ巻き込まれそうだし。降りかかる火の粉は払うよ」


 どうやらやる気はあるようだ。

 

 勇者としては失格な理由だが、今はそれを論じている場合ではない。戦う意思があるのならとりあえず文句はない。朝よりも少し嫌そうな感じが強まったのが気になるが、この状況が不本意なのだと思われる。


「そうか。それでお前はどの程度……うん?」


 ――ふと、視界の端に何かが映る。

 

 冒険者たちの後方。一人だけこそーっとこの場から抜け出そうとする人物。ものすごく見覚えのある存在だった。


「おい! レヴィア!」


 びくうっとなるピンク色の髪。ギギギ……と鈍い動きでネイへと顔を向けてくる。

 

「あ、あらネイ。ごめんなさい。ちょっとお手洗いに……」

「レヴィア、アンタ……」

「ほ、本当ですのよリズ。急にお腹が痛くなって。なので今回はアナタたちZ戦士にお任せしますわ」


 アイタタタとお腹を押さえるレヴィア。すごく演技くさい。ついでに腹痛でトイレという言葉もおかしい。女子力を気にするレヴィアにあるまじき発言だ。

 

 ネイは頭痛がするように頭を押さえ、次いでずんずんとレヴィアのもとへ歩く。そして彼女の後ろえりを掴み、ずるずると引き戻す。

 

「ネ、ネイ! 放してくださいまし! 分かった! すぐに戻ってくるから!」

「ふざけてる場合か。戦える者が戦わなくてどうする。親切はどうした」

「ちょっ、いや、マジ無理だって! あの数とか死ぬって! 親切の範囲超えてるって!」


 往生際悪くジタバタとして逃れようとするレヴィア。が、ネイの馬鹿力のせいで逃れられない。その情けなさに、折角上げた兵たちの士気もダダ下がりである。


 強制的に戻らされたレヴィア。リズはスコンとげんこつを落とす。そしてひそひそと小声で怒った。


「アンタねぇ……! 娘置いて逃げるとか何考えてんの……!?」

「いやいや、わたくしはか弱い女の子。あの子は無敵超人。適材適所ですわ」

「無敵の人間なんている訳ないじゃない……! 馬鹿な事言ってんじゃないの……!」


 痛そうに頭を押さえながら言い訳するレヴィア。会話内容はよく聞こえないが、間違いなく説教だろう。そう思ったネイは追撃する。

 

「お前と言うヤツは……呆れてものも言えんぞ。今こそ本気を出すところだろうが」

「ほ、本気って。わたくしそこまで強くありませんわよ? そりゃあ一体一体は楽勝ですが、あの数だと先にへばってしまいます」

「例の馬鹿みたいな魔力があるだろうが。あの力なら相当な速さで殲滅できるだろうし、その分体力の消費も抑えられる」

「無理ですわ。前にも言ったでしょう? アレを使わないのは理由があるって」


 ……そういえばそんな事を言っていた。ものすごいデメリットがあるから、と。しかしこのピンチに使わない手も無い。

 

「理由か……。聞いてなかったが、どんなデメリットがあるんだ?」

「驚かないで下さいまし。あれを使いすぎるとですね…………








 ものっすごい疲れますのよ」

 





 

 

 ………………

 

 





 

「……疲れる?」

「ええ。マジで疲れますの。二、三日ベッドでダラダラしてたいくらい」

「…………」

「納得しました? なら後方に下がってよろしい?」


 どんなデメリットがあるかと思いきや、まさかの疲れるだけ。隣のリズがハァーと盛大なため息をつく。どうやらその事実を知っていたらしい。


(この女は……!)


 あまりの自分勝手っぷりにネイのこめかみがピクピクする。いっそ城壁から蹴り落としてやろうかとも思う。そうすれば強制的に戦わざるを得まい。


「ねぇリズ。レヴィアって強いの? 弱いの?」

「えっ。う、うーん。強いんだけど、ねぇ」


 三人のやり取りを見た純花は怪訝な表情をしている。達人を思わせる身のこなしや、知らない人間であるはずの純花の強さを見出す目利き。彼女はそんな強者ムーブしか見てない為、目の前の出来事と折り合いがつかないのだ。


 一方、問いかけられたリズは微妙な表情。フォローできないけどフォローしてやりたい、という感じだった。


「ッ! ま、まずい! 魔物が近づいて来てるぞ!」


 誰かの焦ったような声。その声に味方全員が敵の方を向くと、いつの間にか魔物がかなり接近していた。レヴィアたちの小芝居に注目していたせいである。

 

「ゆ、弓兵は矢を放て! 魔法使いは射程に優れたものか、範囲の広いものを! 近距離専門の戦士職は接敵に備えて準備!」


 同様に注目してしまっていた指揮官がようやく指示し始める。その声に従い全員が動きだす。

 

 ネイは弓術の心得もある為、兵士の予備として置いてあった弓矢を二組手に取った。その一つをレヴィアに差し出す。

 

「ほら、お前も」

「いやいや、こんなの焼け石に水じゃありません? やっぱり逃げましょうよ。コイツ等を犠牲にすれば今からでも遅くは……」

「「…………」」

「ふ、二人してそんな目で見ないで下さいまし。……分かった。分かりましたよ。やりゃあいいんでしょう」

 

 リズとネイに無言の圧力をかけられたレヴィアはぶつくさ言いながらも弓を受け取った。同調圧力に屈したのだ。

 

 彼女を納得させたネイは純花へと目を向ける。

 

「無理。弓とか使った事ないし」


 残念ながら使えないらしい。武器を持っていないので、恐らく拳で戦うタイプなのだろう。

 

「そうか。ならば仕方ない。レヴィア、リズ、やるぞ!」

 

 ネイは弓を絞り、矢を放つ。剣以外の武器は久々であったが、腕は落ちてないようで中々の命中率だ。雑兵の放つ矢の雨よりは確実に上だろう。

 

 そしてその腕前を軽々と超える弓裁きを見せるレヴィア。ぶつぶつと文句を垂れながらも放たれる矢は百発百中。鈍いオーガだろうが鋭敏なウルフだろうが魔物の種類関係なく命中させている。それも大体が急所にだ。

 

(全く、やれば頼りになるヤツだというのに。この性格は何とかならんものか)


 事実、性格がマトモで腕もいいリズはものすごく頼りにされていた。得意の風魔法で広範囲をまとめて一掃し、兵たちの賞賛を浴びている。最初のアレがなければレヴィアも同じような扱いだっただろうに。

 

(しかし、このままではアイツの言う通り焼け石に水だな)


 ネイは苦い顔をする。

 

 確かにそれなりの数を倒しているが、魔物の総数に比べればごくわずか。このままでは城壁に取りつかれてしまう。


 いかに固い壁とはいえ、魔物の攻撃に何度も耐えられるとは思えない。どこかが破壊されれば雪崩なだれのように町へと侵入してくる事だろう。そうなればこの町の兵士では止められず、町の人々も……。

 

 ネイは暫く考え、決断。


「指揮官殿! これから下に降りる!」


 指揮官の方に向かい叫んだ。その言葉を受けた彼はぎょっと驚く。


「な、何っ!? 馬鹿な! そんな事をしてもやられるだけだ!」

「状況が不味い事は理解しておられるだろう! 私とレヴィアなら壁となりつつも大物を倒せる! 任せて欲しい!」

「えっ」


 目が点になるレヴィア。「何で俺?」という感じだった。一方、指揮官は数瞬だけ悩むもすぐに結論を出す。

 

「確かに……貴方の言う通りだ。悪いが、Aランク冒険者の力を見せて欲しい」

「承知!」


 そう言ってネイはレヴィアの方へ向かう。が、レヴィアは無理無理とばかりに胸の前で両手を振った。

 

「いやいやいや。無理って言いましたわよね? 何でわたくしまで……」

「私一人ではどうにもならん。手伝ってくれ」

「だから無理だっつーの。わたくしまだ死にたくありませんの。せめて純花の花嫁姿を見て旦那を虐待するまでは」


 純花の夫を虐待? 意味不明かつロクでもない言葉に困惑するネイだが、そういう意味ではなかった。『純花の花嫁姿を見る』『レヴィアの夫となった人物を虐待する』という二つの意味であり、焦っていたせいで混じってしまったのだ。

 

 何にせよ今の状況で話し合うような事ではない。ネイは仕方ないという表情をした。


「ああもう……。分かった。撃退すれば報奨金が出るだろうから、私の分もやる」

「そ、そんなはした金で……」

「金額の交渉もお前に任せる。邪魔はせん。存分に絞り取るといい」

「……うーむ……」


 その言葉にレヴィアはちょっぴり悩んでいる様子。


 今回の件、レヴィアたちは正式な依頼を受けていない。この町の冒険者組合所属であれば今回のような危機には強制依頼に駆り出されるのだが、まだ手続きをしていないのでその対象ではない。命令に従う義務はないのだ。

 

 それでも協力した以上、組合への依頼主である領主は別途報酬を出す必要があるが、その額はあらかじめ冒険者組合と調整を取ったものとは別枠。つまりは交渉の余地があり、上手くいけばふんだくれるのだ。それを知るレヴィアは「借金取り、いや、ぼったくりバーみたいな感じで……」などとぶつぶつ呟いていた。

 

 彼女の様子を良しと見たネイは続けて指示し始める。


「リズはこれまで通り指揮官殿の指揮に従ってくれ。ただ、余裕があればフォローしてくれると助かる」

「オッケー」

「それで、勇者は……」


 ネイは言いよどむ。三人にはリーダーとして指示したが、パーティの一員でない以上指示はできない。能力も把握していないし、どうすべきか悩んでいた。

 

「いいよ。行ってくる」

「は?」


 そう言い捨て、純花は城壁から飛び降りた。

 

「なっ!?」

「ちょっ、スミカ!?」


 予想外の行動に驚きの声を上げるネイとリズの二人。他の人々もぎょっとした表情をしている。


 無事着地した純花はそのまま魔物の群れへと走った。まさか一人で戦うつもりなのか。不可能だ。自殺しにいくようなものだ。


 魔物たちは純花へと殺到。エサが自分からやってきたようなものである。誰が一番早く食えるか競争とばかりに集まり、そして最も足の速いブラックウルフが彼女へと噛み付こうと――

 

「よっ……!」


 噛み付こうとしたが、それをするりと避け、横からウルフの身体をがっちりつかむ。そしてそれを群れに向かい――ブン投げた。

 

「キャウン!?」

「グエッ!」

「ガハァッ!」


 まるでボウリングのピンのように弾き飛んでいく魔物たち。しかしボールはあまり丈夫でないらしく、途中で肉片になってしまう。それを見た純花はより大きな魔物を確保し、再び投擲。

 

「ガアッ!」

「グオオッ!」


 魔物ボールが大きい分、よりたくさんの魔物ピンが吹き飛ぶ。ボウリングの場合は反則行為であるが、ここにそういったルールは無い。

 

 一投で数十の魔物が吹き飛ぶ。その様子をぽかーんと見つめる城壁の上の人間たち。

 

「……はっ! いかん! ヤツだけに任せてはおけん!」

「ちょっ、離っ、行くなら一人で……」


 いち早く正気に戻ったネイ。加勢すべく彼女も飛び降りた。未だに悩んでいたレヴィアを引っ張りつつ。

 

 ずさっと重い音と共に着地。道連れにされたレヴィアも空中でくるくると回転して体勢を整え、着地に成功。

 

「十点満点……! テメー! 死ぬかと思ったじゃねーか! 普通に死ねる高さだぞ!?」

「割と余裕だったじゃないか。それよりレヴィア! 行くぞ!」

「ああもう、この馬鹿は……!」


 突撃するネイを見て、仕方なく剣を抜くレヴィア。

 

 ネイは数体の小型の魔物を切り捨てる。遅れて迫ってくる大型の魔物の攻撃は盾で受け止め、暫く耐える。そこをレヴィアが持ち前の速さで急襲し、ネイに気を取られている隙に急所を一閃。大型を倒し、小型もいくつか倒したところで後方に戻り、再びネイが前衛になる。先程と同様に彼女は剣と盾で魔物の猛攻を耐え、その隙に再びレヴィアが急襲。

 

 攻撃、防御、急襲、後退……。その繰り返しで面白いように倒れていく魔物たち。囲まれかける事もあるが、絶妙なタイミングでリズの魔法が飛んでくる。それでも駄目な時はレヴィアが目に見えぬほどの速さで動き、一瞬で多数の魔物を殲滅。仕方なく魔力を使う事にしたようだ。


「すげぇなあのチーム」

「Aランクというのは本当だったようだな。あの数の魔物を完璧に対処している」

「か、華麗だ……」


 その戦いっぷりに兵士や冒険者たちは見惚れていた。一部別の意味で見惚れている者もいるが、よくある事なので省略。

 

「そ、それよりやべぇよ。何だあの女は……」


 震える声で指摘する冒険者。彼の視線の先には――


「ガアッ!」

「ギャインギャイン!」


 とてつもなく理不尽な光景があった。


 純花は完全に囲まれた状態にあったが、それをものともしない。手近な魔物を掴みぐるぐるとその場で回転し、周囲の敵をまとめて叩き飛ばす。ジャイアントスイングのような動きだった。


「何て無茶苦茶な」

「力ずくで対処してやがる」

「化け物かよ……」

 

 技という言葉などどこにもない。その身から発せられる膂力りょりょくだけで強引に魔物を殲滅していた。彼女の二、三倍もある魔物たちが吹き飛んでいく光景は正に理不尽という言葉がふさわしい。壁の上の者たちはその凄まじさに圧倒されていた。というより引いていた。

 

「お、おい! 油断しすぎだ! 三人のお陰で数は減っているが、まだまだ魔物はいるんだぞ!」


 誰かの言葉ではっとなる兵士たち。確かに魔物は三人に引き寄せられているが、彼女らを無視してこちらへ向かってくる魔物も多い。油断すれば壁に取りつかれてしまう。

 

 再び矢の雨を降らし、魔法を放つ。それでも進軍は止まらず、一部は町にたどり着き壁を登ってくるが、待ち構えた戦士たちが防衛。壁を壊そうする魔物は少し遅れて魔法使いが対処。何とか壊されずに済んだ。

 

 結果として、微々たる被害だけで防衛は成功したのであった。

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