035. 大作戦、開始

 翌朝。

 

 宿のロビーに集まった一行だが、昨日に引き続き空気が悪い。二人はシカトし合ったままだ。

 

 今日は冒険者組合へ行く予定である。純花をパーティに加える手続きをするのだ。


 いくらルディオス教の紋章があるとしても、勇者と言う存在を眉唾物と考える者は多いだろう。しかしA級冒険者パーティという分かりやすい強者の一員であれば、少なくとも強いとは認識される。結果として余計なトラブルも少なくなる。そういった意図からパーティに加えようと考えたのだ。

 

 しかし……

 

「私はイヤだぞ。こんなヤツをパーティに加えたくない」


 ここに来てネイが拒否を示した。

 

「ちょっと。この間話し合って決めたことでしょ」

「あの時は勇者の性格を知らなかったからだ。あんな外道という事を知ってれば賛成などしなかった」


 リズが文句を言うが、ネイは取り付く島もない。腕を組み、つーんと明後日の方向を見ている。

 

「外道って、レヴィアもそんな感じじゃない」

「アイツのはまだ可愛げがある。それなりにいい所もあるしな。だが、勇者はダメだ。あんな冷酷なヤツを仲間にはできない」

「まだ出会ったばかりでしょ。スミカにもいい所があるはずよ」

「ほー。なら教えてもらおうじゃないか。そのいい所とやらを」


 ネイはちらりと純花の方へ目線を向ける。それに対し、面倒そうな顔をする純花。本気で面倒らしく、反論すらしようとしない。


 レヴィアは話を中断させるようにネイへと呼び掛けた。


「ネイ。ちょっとちょっと」

「何だ」

「いいから、ほら」


 手招きし、話の内容が純花に聞こえない廊下の曲がり角の向こうに移動。ネイは怪訝な顔をしながらも後をついてくる。


「で、何なんだ」

「純花の事です。わたくし考えましたの。純花は知らないんじゃないかって」

「知らない? 何がだ」

「実はあの子、金持ちの娘なんですのよ。金持ちってのはいい事ばかりじゃありません。金目当てに寄ってくる乞食めいた輩がよってきたりするのです」

「……まあ、それは想像できるが」


 金持ちの娘発言をあっさり信じるネイ。その素直さに「あれ?」という顔をするレヴィアだが、よくよく考えれば相手はネイだったと納得する。


「そんな彼女が人助けをするとどうなります? 話が広まれば『俺も助けてくれ!』なんて面倒なのが際限なく寄ってくるでしょう。幼い頃からそうだったので少々人間不信気味だし、過剰なまでにギブアンドテイクにこだわるのですわ」


 実際、小さい頃の純花はイジメられてる子を助けるなど無償の行為をしていた。しかしそんな輩のせいで心を閉ざしてしまったのだろう。昨日考えた事が現実に起こってしまったからこその今の性格なのだ。

 

 もちろん妻も守ろうとはしたのだろうが……残念ながら力不足だったようだ。彼女自身、侮られやすい見た目をしているので仕方ない。故にフォローをするのは自分の役目である。

 

「むう……」


 レヴィアの話にネイは神妙な顔をしている。納得できる部分があったらしく、少々同情しているような感情が見とれる。そこを追い打ちするようにレヴィアは続けた。


「純花は人を助けて不快な思いをしてきた。その認識を変えればマトモな性格になると思うのです。……実はわたくし、純花をマトモにする為の作戦を考えてきましたの」

「作戦?」

「ええ。なのでパーティに加えるうんぬんはその結果を待って頂きたいのですわ」


 ふーむ、と腕を組んで考えるネイ。そしてちらりとレヴィアを見ると、眉間にしわを寄せた。

 

「お前が考えたのか」

「ええ。わたくしが考えました」

「……大丈夫なのか?」

「勿論。自信はありますわ」


 ネイは眉間のしわをもみほぐす。何やら不安がっているようだ。

 

「……まあいい。分かった。そういう事情であれば待つのはやぶさかではない。が、イマイチ不安だ。その作戦とやらに私もついていくぞ」

「勿論よろしくてよ。さて、結論が出たところで行きましょうか」


 そう言って純花たちのところへ戻ると、リズと純花の二人で会話をしていた。どうやらネイをフォローしていたらしい。恐らく『馬鹿だし面倒なトコはあるけどいい子なのよ』みたいな事を言ってたのだろう。

 

「あ、レヴィア。どうなったの?」

「とりあえず結論は後回しにする事になりましたわ。なので先にお買い物に行こうかと。組合は夜でも空いてるのでいつでも登録できますが、お店は閉まってしまうかもしれませんし。純花もそれで宜しい?」

「……いいけど」

「それじゃ出発ですわ!」

 

 四人は町へと繰り出す。

 

 周囲はごくごく平和な町の光景だ。辺りには町民が行き交い、各々がどこかへ向かって歩いている。

 

 リズとネイは作戦が気になるようで、ちらちらとこちらに視線を向けてくる。まだ内容は秘密にしているのだ。別に話してもいいのだが、折角なので驚かせてやろうと思ったのである。事前に話した場合『まあ成功して当然よね』と感動は少ないが、ネタバレなしだと『成程! それは思いつかなかったわ!』のように拍手喝采となるだろう。


(よし、作戦開始)


 レヴィアはきょろきょろと辺りを見回す。これだけ人がいるのだから、誰かしら適している者がいるはずだ。その考え通り、下を向いて何かを探している男を見つけた。

 

「ごめんなさい、ちょっと失礼」


 仲間にそう言い残し、小走りで男のところまで向かう。そして善意を込めて語りかけた。

 

「失礼。アナタ、何か困ってますの?」

「ああ、いえ、ちょっと眼鏡を落としてしまいまして」


 落とし物。

 

 難易度はちょっと低すぎるが、まあ最初の勢いをつけるにはいいかもしれない。

 

「あらあら、それは大変ですわね。わたくしも探しましょう」

「すいません。ありがとうございます」


 そう言ってから純花を見ると、あちらもこちらを見ている。無反応ではあるが、きっとこっちを気にしてるはずだ。現にリズとネイはこちらを注視している。

 

「レヴィア、アンタまさか……」

「あ、安易な……」


 どんな作戦か大体察したのだろう。リズは口元を引きつらせ、ネイは額を押さえてため息をついている。『自らが率先して人に親切にし、その素晴らしさを純花に気づかせる』という感じの作戦だと察したらしい。


「えーと、メガネでしたわね。メガネメガネ……」


 ――パキン。

 

 足元からガラスが割れるような音がした。


 そーっと足を上げると…………割れたレンズとぐしゃぐしゃになったフレームが。

 

「…………」

「あああ、どこにいったのかなぁ。全然見つからない」


 レヴィアは急いで眼鏡の残骸を回収。きょろきょろしながら歩く男の死角へと移動し、彼の足元へと投げた。再びパキンという音が鳴る。


「あっ……。ああーーーっ!! 踏んじゃった!!」

「あらあら、ご自分の足元にあったのですね。お気の毒様」


 そう言って罪をなすり付け、三人のもとまで戻っていく。

 

「ふー、失敗失敗。まあ最初ですし、こんな事故もありますわよね」

「「「…………」」」

「気を取り直して次。次ですわ」

 

 一行は再び歩き始める。しばらくすると、荷車を引いているオジサンがいた。

 

 荷物がたくさん載っていて非常に重そうだ。加えてあちらの道は上り坂。オジサンは苦しそうにひーひー言いながら頑張っていた。


 レヴィアはとてとてとオジサンのところまで歩き、後ろから荷車を押す。


「おじさま、お手伝いしますわ」

「おお、お嬢ちゃん、ありがとう」


 大分楽になったようで、荷車はすいすいと上る。ちらりと純花の方を向くと、しっかりとこちらを見ている。レヴィアのやる気が上がり、より一層力を込めた。

 

 が、すぐ先には急激な下り坂が待っており……


「お? お、お、お、おおおおおおお!!」


 勢いのままに荷車が進んでいく。ガラガラと激しく車輪が鳴り、次いでどかーんと壁にぶち当たる音。

 

 レヴィアはダッと駆け出し、仲間のもとに戻って関係ないフリをした。

 

「ちょっぴり運が悪かったみたいですわね。さ、気を取り直して次、次」

「「「…………」」」


 そう言って歩き始める。

 

 しばらくすると、重そうな荷物を背負うお婆さんの姿。


 レヴィアはにこりと笑顔を作って話しかけた。


「おばあ様。大変でしょう。お手伝いしますわ」

「んん?」


 お婆さんは振り向き、レヴィアを見た。優しそうなにこにこした顔のお婆さんだった。しかしレヴィアを見た途端……


「何のつもりだい! あたしゃ騙されないよ! 盗もうたってそうはいかないからね!」

「ええっ!?」


 いきなりの警戒態勢。予想外すぎる反応にレヴィアは驚き、慌てて弁明。


「そ、そんなつもりはありませんわ。わたくしは純粋におばあ様の事が心配で……」

「嘘つくんじゃないよ! いくらキレイな顔してたって目を見りゃ分かるんだ! その目……相当悪どい事やってきた目だね。全く、近頃の若いモンは……」


 フン、と鼻を鳴らしてお婆さんは去っていく。流石はお年寄り。人を見る目があるようだ。


 ……レヴィアは落ちていた棒切れを拾い、こそこそとお婆さんの後ろまで歩く。そして棒切れで膝裏を押し、膝カックンをした。


「ひゃっ! ……うぐっ! こ、腰がああああ!!」


 荷物を落とさないよう下手に踏ん張ったせいか、お婆さんの腰がぐきりと鳴った。結局倒れてしまい、楽な体勢を取ろうとして悶えている。が、背中の荷物のせいでイマイチ楽な姿勢にならない。地獄だった。

 

 レヴィアは「けっ、クソババア」とガラの悪い捨てゼリフを吐いて三人のもとへ戻っていく。


「「「…………」」」

「あらあら。いきなりぎっくり腰なんて大変。きっと天罰ですわね」


 そう言って歩き出す。

 

「……ねぇ、もうやめない?」

「頑張りは認めるが、正直お前には向いてないと思うぞ……」


 リズとネイはやんわりと止めるように言った。


 人には向き不向きがある。レヴィアは親切という行為に対し、絶望的に向いてなかった。その事に仲間たちは気づいたのだ。


 因みに肝心の純花には親切の”し”の字すら伝わっておらず、意味不明の行動だと認識されている模様。『さっきからこの人何やってるんだろう』という感情が顔に出ていた。

 

「まだ……まだ終わりませんわ。きっとやる事がショボすぎて失敗したのでしょう。わたくし向きのビッグな問題なら――」


 懲りずに困ってる人ぎせいしゃを探し続けるレヴィア。しかし中々見つからない。きょろきょろしながら歩いていると――


 ドンッ。

 

 誰かにぶつかり、よろけてしまった。前方不注意である。謝罪すべくぶつかってしまった人物を見ると、相手は細いフレームの眼鏡をした男だった。

 

「……気をつけなさい」

 

 そう言って去っていく。

 

 確かにこちらが悪いが、じろりと睨まれたので思わずむっとする。後ろから蹴り飛ばしてやろうか。そう思うレヴィアだが――


 ふと、何かの感覚がうごめく。

 

 危険を感じた時に働く感覚だ。東の方からちょっぴりヤバい事が起こっているような気がする。きっとビッグな問題だろう。

 

「……ナイスタイミングですわね。三人共、行きますわよ」

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