034. シリアスとシリアル

 馬車は進み、パートリーという町へと到着。


 パートリーの町。

 

 特に見るべきところのない、面白みのない町だった。

 

 セントファウスにあるだけあって教会はデカイが、聖都セントリュオの大聖堂を見た後ではショボく感じる。大きい町でもなければ小さい町でもない、中規模の平凡な町であった。

 

 町に入り、行商人と別れる。もう時間も遅い。この後は冒険者組合へと顔を出す予定だったが、組合に行くのは明日にしようと考え、宿を取る。


 いつもなら大部屋を一つ取って全員同じ部屋に泊まるのだが、今日は二部屋に分かれる事となった。理由は二人が喧嘩してるのと、「よく知らない人と同じ部屋で寝るのは無理」という純花の発言からである。よってこの部屋にいるのは純花一人だ。

 

 純花はベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見る。

 

(疲れた……。やっぱり面倒だな。集団行動って)


 疲労を吐き出すように、ふぅとため息を吐く。

 

 基本は一人行動の純花だ。他人と一緒にいるという事自体、あまり慣れていない。だというのに、今回は喧嘩までしてしまったのだ。疲れて当然である。

 

(いつもなら関係切ってオシマイで済むんだけど……そうもいかないか。三人の協力があった方が早く帰れそうだし)


 なにせここは異世界。知識も無いし、常識とて異なる。自分一人で世界を巡るというのは、明かりすら持たず暗闇の中でさまようようなものだ。

 

(けど面倒だな。寄り道なんてしたくないのに……)


 純花は例の出来事を思い出し、ハァとため息を吐いた。

 

 くだらない。人助けなどよりも早く帰りたい。あの時はお金が手に入ったからいいが、不必要な事はしたくない。


 しかし残念ながらそうするのは難しそうだ。何かある度に寄り道しそうな気がする。特にネイ。人道にこだわり、それを他者にも求める面倒な性格。また無駄なことに首を突っ込むに違いない。

 

(きっと周りが優しい人ばっかりだったんだろうな……)


 経済的に余裕があり、周囲がマトモ。だからこそあのような甘い性格になったのだろう。自分と正反対の性格なので非常に納得できる。

 

(いや、そうでもないか。母さんって例もあるし)

 

 親戚に騙され、貧乏になってからも母は優しいままだった。とても苦労しただろうに、苦しそうな姿は一切見せなかった。恐らく子供である自分を安心させる為にそうしていたのだろう。まあ誰もがあんな風にできるとは思えないので、母の方が例外だと思われる。

 

(母さん……。元気にしてるかな)

 

 純花は荷物袋に目を向けた。

 

 どうしようか少し悩むも、荷物袋からケータイを取り出し、電源を入れる。当然電波は繋がらない。

 

 すぐに写真アプリを起動。すると、自分ともう一人――金髪の優しそうな女性が写し出された。

 

 スッスッと写真を切り替える。ちょっとしたお出かけの時、高校の入学式、中学の卒業式。母と二人で撮ったものばかりだ。

 

 純花はあまり写真を撮らない。一年に撮った枚数は両手で数えられるくらい。すぐに小学校の時までさかのぼる。

 

「ふふっ。母さん、この頃から全然変わってない」


 くすりと笑う。何というか、自分だけ時が戻っているようだ。自分は縮んでいるのに母は全く変化がない。顔つきどころか髪色まで異なっているので、知らない人が見れば親子とは思わないだろう。せいぜい姉妹といったところか。


「……っと。いけない。これくらいにしないと」


 バッテリーは出来るだけ節約しなければならない。充電手段が無いのでバッテリー切れと共に使えなくなってしまう。


 ケータイの電源を切り、枕元に置く。

 

 もう何もする事は無い。そのままぼーっと見慣れない天井を眺める。


「母さん……」


 一気に寂しさが襲ってくる。


 もう一度ケータイを見たくなるが、我慢だ。見るのは一週間に一回だけと決めている。

 

 その寂寥感せきりょうかんを誤魔化すように純花は布団をかぶり、眠りにつこうと努力した。








 そんなシリアスな胸中が展開される一方、隣の部屋はというと……。

 

 

 

 

 

 

 

「何で? 俺、家族じゃね?」


 椅子に座り、納得いかないといった様子で腕を組むレヴィアがいた。純花の「よく知らない人は無理」発言後に彼女について行ったものの、普通に追い返された。それが不服なのだ。

 

「何でって……正体明かしてないんでしょ。ならそうなって当然じゃない」

「そりゃそうだけどさぁ。こう、『お父さんに似てるし』みたいなヤツでさぁ」


 対面にいるリズが突っ込むも、やはり納得がいかない。女演技しているとはいえ、素の性格は昔と全く変わっていない自信がある。なのに純花が気づく様子は一切なかった。


「何よそれ……。やっぱり嫌われてたんじゃない? 父親のコト話そうともしないし」

「ねーよ。世話してたし、金に不自由もさせてなかったし、顔もよかったし、自慢の父親以外の何だっつーんだ。参観日の時とか超ヒーローだったぞ?」


 純花が通っていた幼稚園の保育参観日。園の女児たちがキラキラとした視線を向けていたのを覚えている。そして純花の父と知るや「純花ちゃんいいなー」の嵐。他のパパたちの嫉妬の視線が心地よい。ママに至ってはイケナイ関係を求めてくる事もあった。普通に困るのでそっちはノーサンキュー。


「参観日って何よ……。そもそもアンタの言う事がイマイチ信じられないわ。美形でお金持ちで子育てに積極的? そんな男がどこにいるってのよ」

「ここ」


 ジト目をするリズ。そして平然と自分を指差すレヴィア。確かにその三つ聞けば『女の妄想かな?』というほどの超優良物件である。リズは目の前の元男がそうだったとは思えないようだ。次いでその自信過剰っぷりに呆れている様子。

 

 なお、ネイがとても食いついてきそうな話題であるが、彼女は不貞腐れて寝てしまったので聞こえていない。


「まあ十年経ってるし、仕方ないのかなー。ちっちゃい頃の事とか覚えてないのが普通だしなー」


 レヴィアはハァとため息を吐く。


 自分自身も小さい頃の事などあまり覚えてないのだ。純花がそうなってても仕方ない。覚えている事といえば自分が超美少年だった事くらいだろうか。

 

 他に覚えている事といえば美少年すぎて教師含む女子連中で争いが起きたり、男友達とこっそり「ブサイク同士で争ってる(笑)」などと話して爆笑し合ってたり、その話が何故か女子に伝わっていて全員(守りに入った男子含む)からシカトされるようになったり。……あれは流石に心にるものがあった。

 

「よし、明日からカッコイイとこ見せるか。カッコイイとこ見れば連想して俺が思い浮かぶはず。今の俺だとカッコイイよりカワイイが先に来るからな。頑張らねば」

「はぁ? バレたらいけないっていう家庭の事情はどうしたのよ」

「それはそれ。これはこれ」


 バレたらマズイ。しかし完全にバレてないのも悔しい。そんな複雑な乙女心(?)でレヴィアは揺り動かされていた。例えるならドッキリに気付かないどころか気にもしないターゲットを見る仕掛け人の気持ちだろうか。

 

「全く、相変わらず意味不明なんだから。ところで聞きたいんだけどさ」

「んー?」

「スミカのお母さん……アンタの奥さんってどんな人だったの?」


 ビクッ!

 

 その言葉を聞くとレヴィアの肩がビクッと跳ね上がった。次いで引きつったような笑顔になり……

 

「な、何でそんな事聞くの?」

「普通に気になるじゃない。スミカにあれだけ慕われてたり、アンタの性格に付き合えてたり……。どんな人なんだろうと思って」

「そ、そっかー……」


 レヴィアはリズから顔をそらし、考える。どうすれば自然に話題を変えれるか。

 

(……いや、変に話を変えると怪しまれるな。ちょっとだけ話すか?)


 下手に隠すと再び聞いてくるかもしれない。それより話せる事を話し、興味を満たしてやった方がいいだろう。そう考えたレヴィアは昔を思い出しつつ話し始める。

 

「ええと……すごく尽くしてくれる子? メシは美味かったし、家はいつも綺麗だったし……。家庭内で不満に思った事はほぼゼロだったな」

「へー。そんなにいい奥さんだったの。だからスミカもお母さん思いなのかしら?」

「多分。俺もそれなりに相手してたけど、最終的にはママだったしな。泣いた時とか」

「あー。それは仕方ないんじゃない? 子供ってそれが普通みたいだし」


 当たり障りのない事を喋る。一刻も早く中断したかったが、リズも女の子だけあってコイバナ的な事が好きらしい。身を乗り出して聞き出そうとしてくる。

 

「で、そんないい人とどうやって出会ったのよ?」

「えええ……。そこまで喋らなくちゃダメ?」

「いいじゃない。アンタの性格だと寄ってくる子は少なそうだし……。もしかしてナンパ?」

「ちげーよ。アイツをナンパするとかどんだけゴッホン!」


 いかん。いらん事を喋りそうになった。レヴィアは咳ばらいをして話を中断。

 

「……あー、えーと……ご近所さんだったんだよ。話すようになったのは会社興してしばらく経ってからかな? 会社が潰れかけて私生活がめちゃくちゃになってた時期に色々と世話してくれたモンだから、こう、なし崩し的に付き合って……って感じ?」

「それ確実に向こうから惚れてきたパターンじゃないの! しかも結婚後は良妻? アンタどんだけラッキーなのよ」

「ま、まあね」


 嘘はついてない。嘘はついてないが、肝心な事は話さないよう気を付ける。洗脳とか言ったら色々と突っ込まれそうだからだ。


「と、とりあえずこのくらいでいいだろ。それより純花だ。純花とネイをどうするか考えねば」

「何? 恥ずかしがってるの?」

「ちげーよ。今重要なのはそっちじゃんか」

「確かにそうだけど……」


 ようやく話をそらす事に成功。リズはもう少し聞きたかったようだが、あまり話すとボロがでそうだ。ちょっとは話してやったので暫くは大丈夫だろう。しかし油断は禁物だ。純花がぽろっと話す可能性もある。しっかり気を配らねばなるまい。

 

 さて、それはそれとして……純花の性格の件だ。

 

「うーん、どうしたものか……」


 昼間と同じく、やはり思いつかない。リズに期待してちらりと見ると、考えてはくれているものの思いついた様子はない。いつも頼りになる彼女ではあるが、会ったばかりの人間を変える方法など流石に分からないのだろう。難しい顔のまま口を開いた。

 

「そうねぇ。昼間はスミカの方を先にって言ったけど、思いつかないならネイの方を説得する? ネイ、ちょっと思い込みが強いとこあるから。勇者ってのに過剰な期待をしてたみたいだし、それを無くせばちょっとはマシになると思う」


 やはり思いつかなかったらしく、代替案を提案してくる。しかし……


「いや、確かにそっちの方が早そうだけどさ……」


 根本的な解決とならないし、純花の為にならない。なので出来れば純花の方を何とかしたい。レヴィアはそう思っていた。

 

「まあそうよね。純花の方を何とかしたいわよね」

「うん。あの感じはちょっと……」

「分かった。なら考えましょ。ネイにはちょっと我慢させちゃうけど……」


 毛布をかぶり寝ているネイに対し、リズはちょっぴり罪悪感のあるような顔を向けた。次いで再び腕を組み、考え始める。

 

「「うーん……」」


 二人して悩むが、全然思いつかない。

 

 レヴィアは考える。優しく。他人に優しくする。つまり親切にする。しかし親切にした結果を考えると……。

 

 ふと、妻の顔が思い浮かぶ。

 

「そうだ!」


 先程まで話していたお陰か、前世の妻の行動を思い出したのだ。

 

 妻は自分と違い、他人に対し親切にしていた。その結果――

 

「どうしたの? 何か思いついた?」

「フフフ。そうか。ああすれば……。聞けリズ。作戦が出来たぞ。純花が思わず人に親切にしたくなるような作戦がな」

「……作戦?」

「おう。名づけて――




 『情けは人の為ならず作戦』……!」

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