030. 第二章エピローグ:新たなる旅立ち

「うっ、うっ……」


 セントリュオ近くの平原。そこには四人の女たちがいた。そのうちの一人が泣いている。


「何故……。何故なんだ。アインズ様、イヴァル様、ウルベルド様、エヴァンス様、オルグ様ぁ……」


 泣いているのはネイだった。理由は不明だが、あれほどチヤホヤしてきた男たちがいきなり冷たくなったのだ。彼らもちょっぴり辛そうだったので、何か重大な事件があったのだろう。


「ネイ。過去を思っても仕方ありませんわよ? 未来を向かなくちゃ」


 そんな彼女に対し、珍しくレヴィアが慰めている。といっても同情するような顔ではない。ふわりとした笑顔だった。何だか機嫌がいい。

 

「ねえ、本当にいいの? 私、お金とか出せないけど」


 彼女ら四人のうちの一人……純花が口を開く。旅装束を着ており、これから遠方に行くといった格好だった。


「お気になさらず。丁度わたくしも遺跡に用が出来たので」


 レヴィアは事もなげに返答。その無償の善意に対し、いぶかし気な顔をする純花。有難くはあるが、協力する理由がはっきりしないので警戒しているのだろう。

 

 

 

 あの後、レヴィアは純花の意思を知った。何故あんなにも必死に強くなろうとしているのかを。

 

 ――帰りたい。ウチ、母さんと私だけだから。一人ぼっちにしておけないよ。

 

 その言葉にレヴィアの良心がキリキリと痛む。

 

 二人だけなのは自分がアホやって死んだから。純花を呼び出したのも自分が持っている精霊石のせい。他人相手なら『ふーん、運が悪かったね』で済ますレヴィアだが、愛する家族の事ともなればそうはいかない。

 

 ずっと会いたかった。娘の成長した姿を見れて嬉しい。だが、こうした再会は望んじゃいない。母と子が離れ離れになるくらいなら、自分が一人でいい。そういう思いでレヴィアは純花を帰すために動くことにしたのだ。

 

「…………」

「? 何?」

「ふふっ、何でもありませんわ」


 目を細め、ほほえましそうに見つめてくるレヴィアが気になったのだろう。純花は不審げな様子。

 

 たまにこうなるのは仕方ない。望んでない結果とはいえ、十六年ぶりに会えた大事な娘。

 

 昔の娘とは性格が違いすぎてちょっぴり引く事もあるが、ちょっとした癖や仕草に過去を感じられ、そのたびにレヴィアは泣きそうになってしまう。もし『お父さん』と呼ばれたら号泣するかもしれない。正体を隠しているのでその願望はしばらく叶いそうにないが。

 

「まあいいや。手伝ってくれるのなら助かるし。いつかお礼はするよ」

「気にしなくて構いませんのに。けど、そうおっしゃるのならそのうち肩でも揉んでもらいましょうか」


 そんなんでいいの? と疑問符を浮かべる純花。

 

 別にいい。二十歳を超えた社会人だったらちょっとは対価を貰うかもしれないが、まだ未成年なのだ。立場的にはむしろ上げなければならない。

 

「それで、遺跡? ってトコで精霊石を見つけたんだよね? その遺跡に行くの?」

「いいえ、あそこにはもう何も無いでしょう。あったとしてもねこさん達が発掘しちゃったでしょうし」

「ねこさん?」

「ねこさんですわ。ねこさんが遺跡で精霊石を発掘したみたいですからね。他の遺物も持って行ってしまったでしょう。見つけたらもう一度縛り上げなくては」


 純花は腕を組み、何かを考えている。「この世界の猫って穴掘りするんだ……」とちょっぴり勘違いをしている模様。

 

 この会話の通り、彼女らの目的は古代遺跡である。

 

 勇者召喚の為の精霊石。それが遺跡にあったのなら送還の為のアイテムもあるかもしれない。そう考えたのだ。

 

 勿論、正規の手段――魔王を討伐し、神の力で帰還するという方法を放棄した訳ではない。しかしながらこの方法には時間がかかるのだ。

 

 魔王の前に軍レベルの数で侵攻してくる異形を相手取らなければならないらしく、その対処には各国の協調が必要。連合軍を組織し、成長した勇者という切り札を持って決戦に赴くという予定らしい。よって戦争開始までは遺跡探索をし、方法が見つからなければ魔王討伐にシフトするという計画をレヴィアは考えた。


 これは、神が本当に送り返してくれるか不明という理由からも来ている。神がいるのはほぼ確定だろうが、こちらから問いかけるのは不可能。”神託”というレアスキルも、その名の通り一方的に神の声を聞くだけ……それも数年に一度くらいなものらしいので、意思を確認する事すらできないのだ。


「ま、そういう訳で別の遺跡を探すべきでしょう。できればユークのように枯れた遺跡ではなく、新しく発見された遺跡を当たってみたいところですが」

「まだ発掘されてない可能性高いから?」

「ええ。それと発掘済みの遺物を調べる為に各国の王都へも行くべきかと。遺物は大抵国が管理していますからね」

「国。……調べさせてくれるかな?」

「状況次第ですが、何とかなるでしょう。セシリア様に紋章も頂きましたし」

「ああ、これ」


 純花は身に着けている首飾りの先端を触った。そこには青い半透明の宝石があり、のぞき込むとルディオス教の紋章が見える。ルディオス教において特別な事を成した者の証である。

 

 これを見せれば他国とて粗末な扱いはできない。加えて各国の王族へ向けた書状も書いてもらった。二つともセシリアの厚意によるものだ。

 

「とりあえず南の方へ行きましょう。北は参戦の際に行く事になるでしょうし、東大陸は入国が難しい上に目当ての遺物が見つかる可能性は少ない。西は駄目。となると南しかありません」

「えっ。何で西は駄目なの?」

「まあ、色々ありまして」


 あれだけやらかしたのだ。恐らく指名手配とかになっているに違いない。


「それじゃ東大陸が可能性は少ないってのは?」

「アッチは色々とツテがありまして。過去に探した事があるんですの。けれど、精霊石みたいな完全に用途不明なものは見つかりませんでしたわ」

「ふーん、東の方の出身なの?」

「ええ、まあ」

「そうなんだ」


 と言いつつ純花にあまり興味は無い様子。ただ理由を確認したかっただけなのだろう。


「という訳で南にレッツゴー、ですわ。お母さまの為にも早く見つけないと」

「……うん。早く、早く帰らないと……」


 真剣な目で決意を新たにする純花。母親を慕っているのがありありであった。それを見たレヴィアは「うっ」と胸を抑えた。再び良心がキリキリしてきたのだ。

 

 これで仲が悪いとかならコッチで引き取る、なんて事も考えるが、そうではない様子。まああの母親なら慕わない方が逆におかしいか。情操教育はド下手ってレベルじゃないが。


「……ねえ」


 ふと、後ろにいるリズが声をかけてきた。何だろうと振り返ると、少々不満げな顔。歩くペースを落とし横に並ぶと、ひそひそと小声で問いかけてくる。

 

「何で正体明かさないの? 娘なんでしょ? 言うべきなんじゃないの?」


 その言葉を聞いたレヴィアはぎくりとし、ちょっぴり顔を引きつらせてしまう。


「まあ……色々と事情がありまして」

「まさかまだ勇気が出ないとか言わないわよね? あれだけ言ったのに」


 責めるようにじとーっと見てくるリズだが、レヴィアは首を横に振って否定。


「勿論、勇気うんぬんではありませんわ。ただ、その……家庭の事情を思い出したのです」

「家庭の事情?」

「ええ。結構切実でして。理由は…………その、察して頂けると……」


 落ち込むように下を向くレヴィア。その反応を見たリズはちょっと焦った様子になる。

 

 世間の一般論として、家庭の問題に対しむやみに他人が首をつっこむものではない。そしてリズは基本的に常識人だ。都会や田舎といったものが関わらない限り常識はずれな真似はしない。故に深入りしてはいけないと思ってくれたのだ。


「そう、なんだ。まあスミカが帰るのに協力はするみたいだし、いいけど。でも、いつかは教えてあげた方がいいと思う」

「ええ、勿論。リズも協力してくれてありがとう。本当に助かりますわ」


 にこりと笑顔を向ける。レヴィアと違い、リズの同行は完全に彼女の好意によるものだ。感謝に堪えない。因みにネイは悲しみのあまり流されているだけだ。

 

 そんなレヴィアの感謝に対し、リズは顔をそむけた。「まあ、仲間だし」とそっけない呟きをしつつも。相変わらず褒められる事には弱いらしい。

 

 その反応にくすりとしながらも、レヴィアは同じく顔をそらす。


  

(ふー、助かった。よかった、リズがいいヤツで)



 レヴィアは安心のため息を吐いた。『やり遂げた』という顔をしており、ちょっぴり額に汗をかいていた。

 

(空気を読みまくるリズの事だ。あれ以上突っ込まれたらヤバかったかもしれねぇ。その前に空気を読ませて正解だった)


 落ち込んだフリ。そう、フリだった。

 

 別に落ち込むような家庭の事情など無い。家庭と言えば家庭の事情だが、主に自分の事情だ。ついでに切実でもあるので嘘は言っていない。

 

 だが、理由を知ればリズは激怒するだろう。激怒した上に正体をバラされるに違いない。そうなっては自分の人生終わりである。それだけは御免だ。

 

 レヴィアが正体を隠す理由。その理由は――


 

 

 

 

 

 

(養育費払いたくねぇ……)








 割と……いや、かなり最低な理由であった。


 レヴィアは考える。


 離婚して妻が子供を引き取った場合、夫は養育費を払わねばならない。それが死別した自分に適用されるかは不明だが、確か法律は母子を守る事を優先するような感じだったはず。だとすれば養育費の請求が認められるかもしれない。

 

 しかし、前世の財産は全て二人のものになっている。となれば今の自分の貯金から払う事になるが……。

 

(流石にねーよ。前世の金ぜんぶ持ってかれた上に、今の貯金までもなんて。理不尽ってレベルじゃねぇ)


 娘は可愛い。可愛いが、それはそれ。これはこれ。娘は大事だがお金も大事なのだ。


 加えて言えば、その請求額も問題である。

 

 二人に残したとてつもない財産からすれば、今の貯金など微々たるもの。人生百回……いや、千回繰り返したとしても全く足りない。純花の養育に多額のお金をかけていた場合、絶対に払いきれないだろう。星爛学園の制服を着ている事からその可能性は非常に高い。

 

アイツがそれを見逃すとは思えねぇ。借金おっかぶせてでも請求してくるはずだ。……怖ぇ……)


 レヴィアはぶるりと身を震わせる。


 前世の妻。その性格を考えるに、金目当てにする事は無い。無いのだが、妻は色々と愛が深い。愛が憎しみに変わっていた場合、ヤバイ事になる。いや、愛が残っていたとしてもヤバイ。極貧になった自分を助ける名目で監禁されそうだ。

 

(とりあえず養育実績をどれくらい詰めるかだな。単純計算だと十年分か。出来るだけ早く帰してやりたいトコだけど、うーん……)


 自分が死んで十年経ってるので、プラス十年育てれば養育費は半々。つまりチャラだ。その場合は正体を明かしても問題ないだろう。ただ、流石に十年もこちらに留めるのは可哀そうなので、養育の密度でチャラにするつもりだ。

 

 片や平和な日本で裕福に暮らし、片や危険な異世界で純花を導いた。これならば仮に裁判になったとしても、裁判長の心象も悪くならない……と思われる。

 

(まあどうなるか分かんねーんだけど。分かんない間は隠してた方がいいな。日本に戻って弁護士に聞いてから考えよう)

 

 まとめると『正体を隠して養育実績を積む』『弁護士に養育費について聞く』『支払い不要なら正体を明かし、無理なら隠したまま』というステップを取るつもりなのだ。

 

(しかし、リズには感謝だな。アイツのアドバイスが無けりゃ養育実績なんて思いもしなかった)


 養育費、養育費、養育費。

 

 あの時はそれで頭がいっぱいだった。人生捨てて養育費を払って娘に会うか、養育費ぶっちぎって泣く泣く娘のもとを去るか。その二択しか頭になかった。

 

 しかし、これからでも育児に関われば減額される。その発想を得たのはリズの『手助け』発言によるものだった。自分の娘なら助けなど不要と思い込んでいたし、離婚した父は養育費を払うだけというイメージがあったのだ。リズ様様である。

 

「あ、そういえばレヴィア。アレはどうしたの?」

「アレ?」


 そのリズ様が話題を変える。アレと言われるが、心当たりはない。レヴィアは首をかしげた。

 

「ほら、お金よお金。抜け目のないアンタの事だから、旅立つ前に貰ってきたんでしょ? いくら貰ったの?」

「ああ、それですか」


 精霊石を持ってきた報酬。そういえばその件について話していなかった。愛と恐怖と養育費の事で頭がいっぱいで、それどころじゃなかったのだ。


 リズの問いに対し、レヴィアはちょっと申し訳なさそうに答える。

 

「ごめんなさい。やっぱり貰わない事にしましたの。お金をもらうのはちょっと気が引けまして」

「うっそ! アンタどうしちゃったの!? ……って、そうよね。スミカに会えたんだものね」

「いやまあ、それは関係ないのですが。流石に、ねぇ……」

「うん?」


 セントリュオの方を眺めるレヴィア。その仕草にリズは不思議な顔をしていた。




 * * *




「よかったのか?」


 日当たりの良い大聖堂の一室。教皇が住まうこの部屋に、二人の人間がいた。

 

 片方はアルフ・ヴァルフォーレ。ルディオス教の教皇である。

 

 セントファウスは王政であり、国王というものが存在するが、この国では王よりも教会の権力の方が強い。世界の大半で信仰されているルディオス教、その本部があるからだ。政治には教会の意思が色濃く反映され、王は行政を担う官僚的な存在にすぎない。

 

 つまり、彼こそがここセントファウスの真なる王。そんな彼が強い不満を持っている様子だった。普通の者なら震えあがってしまうだろう。

 

 しかし、もう片方が気にしている様子は無い。

 

「ええ、問題ありません。最終的に戻ってくるとの事ですから。怖いから逃げるという方でもないので大丈夫でしょう」


 対面しているのは教皇の娘、セシリアであった。彼女にとって教皇の怒りとは恐ろしいものではない。いつもと同じように優し気な表情で、椅子に腰かけて紅茶を楽しんでいる。


「だがなあ……。手元から離すのは危険ではないか? 魔王だけではない。どの国が干渉してくるか……」


 アルフの不満。それは、純花の旅立ちを許可した事だった。

 

 資料によると、彼女のレアスキルは一つだけ。言語理解という戦闘には全く役立たぬ能力。つまりただの人間だといっていい。

 

 それでも不満に思っているのは、彼女が勇者の中で一番の強さを持っていたからだ。ある事をきっかけに覚醒し、理不尽なまでの力を発揮しだした。騎士たちがまとめてかかっても敵わない。その強さは国一番の強者とて対処不可能だろう。

 

 そのような者を旅立たせるなど……他の国々にちょっかいを出せといっているようなものだ。

 

「可能性はありますが、彼女の目的はあくまで帰還。だとすると特定の国に所属する事は無いでしょう。それに、引き留めるとしてどうやって引き留めるのですか? スミカ様のお力を見たでしょう?」

「むう……」


 セシリアの言葉に、アルフは難しい顔をした。確かにあの力で暴れられれば止める事など不可能だろう。毒を使えば何とかなるかもしれないが、それでは本末転倒だ。確実に協力してくれなくなる。

 

「確かにそれは困るな。それくらいなら恩を売っておいた方がいいという判断か」

「ええ。その為に紋章を与えました。理由は他にもいくつかありますが……」

「成程。……しかし、それならば我が国の騎士を同伴させた方がよかったんじゃないか? A級とはいえ、得体のしれない冒険者に任せるなど何を考えている」


 こればかりは本当に意味が分からなかった。騎士をつければ恩を売れるし、鈴にも首輪にもなる。デメリットなど無いはず。

 

 セシリアは窓の外、聖騎士団本部の方を眺めながらその問いに答える。

 

「スミカ様はまだ強くなる余地があるようでした。しかし、騎士たちにそれを促す事は不可能だった……むしろ彼らの教えは逆効果だったとの報告を受けています。唯一レヴィア様の助言だけが役にたったようです。ならば彼女に任せるのが最適、と考えました」

「それは私も聞いている。しかし、だからと言って、なあ」


 アルフは顔をしかめる。

 

 レヴィアといえば、一時期聖女扱いされていた女だ。その噂は彼も聞き及んでいる。

 

 ペンドランでの出来事を知る者にとっては確実に嘘だと分かるはず。なのに知っている者まで夢中になるという、理不尽なまでの美貌の持ち主。勇者召喚の際にちらりと見たことはあるが、確かにこれ以上無いほどの美人だった。もう少し若ければ夢中になっていたかもしれない。

 

 とはいえ、あそこまで人に信望される雰囲気は無かったはず。一体何があったのか。

 

「そういえばお前はレヴィアとやらを気にしていたようだな。手札にしたのか?」

「いえ。それなりに交流は持ちたくはありました。しかしこちらに取り込むのは悪手でしょう」


 セシリアは目をつぶりながら何かを思い出している様子。

 

 アルフは意味が分からなかった。弱者に手を差し伸べる優しい娘ではあるが、甘くは無い。心は辛かろうが、大の為に小を切る事もしてきた。なのに勇者という重要人物を任せる人間に対し、こちらの手札にしないまま任せたと言う。行動に筋が通ってない。

 

 そんなアルフの考えに気づいたのだろうか。セシリアは視線を彼へと向け……。

 

「お父様。帝国の事はご存じですか?」

「帝国? 東大陸全土を支配する強国だぞ? 知らぬ訳があるまい」

「そうですか。ではグランレーヴェという貴族はご存じでしょうか?」

「当たり前だ。帝国の獅子だぞ?」


 西大陸から東大陸へ、唯一陸路で横断可能な橋。その東大陸側にある領地がグランレーヴェだ。東西戦争時は最前線だった場所でもある。アルフが生まれてからこそ戦争は起こっていないが、そういった土地なので領主は代々かなりの武闘派と聞く。帝国の獅子とも例えられる貴族だ。

 

 そんな有名な存在を、セシリアは何故ここで持ち出して……

 

「……あっ!」


 アルフはようやく気付いた。桃色の髪、桃色の瞳。グランレーヴェの一族にその特徴を持つ者は多い。だからこそセシリアはレヴィアと交流していたのだろう。

 

 加えてあの世代。ならば彼女は――

 

「成程。そういう事か。ならば手札にするのは避けるべきだな」


 ようやく納得できたとうなづくアルフ。噂が真実とすればあんな人間を制御するのは不可能だし、帝国に付く事もあるまい。


「ええ。とはいえ、個人的に交流する分にはとても面白い方でしたが……」


 セシリアは口元を隠し、クスクスと笑う。何だか知らないが、娘はレヴィアを気に入っているらしい。いつも笑顔のセシリアだが、今のように可笑しそうな顔をする事は少ないのだ。

 

 そして笑うという事は余裕のある証拠。鈴には絶対にならないだろうが、ネズミよけにはなる。そう考えているのだろう。いや、別の意味で鈴にもなるかもしれない。


「分かった。そういう事なら問題ない。やはりお前は頼りになるな」

「ふふふ、ありがとうございます。お父様のお役に立てて何よりです」


 アルフの娘にして頭脳ブレーン。セシリアはそういう存在だった。

 

 幼い頃から賢く、一を知って十を知る天才。成長した彼女は他を寄せ付けぬほどの能力を見せ、今ではアルフの右腕と呼べるほどの存在になっている。加えて民にも人気があるのでこれ程有難い存在は無い。故に今回の勇者についても権限を与え、彼女に任せていたのだ。

 

「ならば後は精霊石だな。ルシャナ様の御力を持ち、勇者を召喚した代物。他にどんな力があるか……。ん?」


 何やら外が騒がしい。ドタバタと走るような足音が近づいて来ており、その音はこの部屋の前で止まった。続いて聞こえたのは激しいノックの音。


「し、失礼します! 教皇猊下げいか! 至急報告したい事が!」

「騒々しいな。入れ」


 ガチャリとドアが開かれる。そこには一人の騎士がおり、はあはあと息を荒くしていた。非常に焦った様子。その焦った表情のままに言う。

 

「猊下、精霊石が! 精霊石がどこかへ消えてしまいました!」

「何ぃ!?」


 驚愕するアルフ。どういう事かと騎士を問い詰めるも、彼にも分からないらしい。いつの間にか忽然と消えていた、と。

 

 それを聞いたセシリアは目が点になっていた。流石の彼女とて予想外だったのだろう。

 

 ……しばらくして苦笑したような顔になり、セシリアは大きくため息をついた。

 

 

 

「グランレーヴェの悪夢、ですか。予想以上に困った子みたいですね……」


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