029. 幻想崩壊・後

「ハッ、クソ弱ぇ」


 勝美は吐き捨てた。

 

 たった二撃で終わってしまったのだ。そう感じるのは自然な事である。

 

「オイお姫様よぉ! これで満足かぁ!? こんな雑魚にアタシが怖がる!? ハハッ、意味分かんねぇよ!」


 嘲りと快感を含んだ声を出しながらも勝美は思い出していた。

 

 あの屈辱の時を。

 

 

 

 早乙女勝美。

 

 両親共に空手のオリンピック選手であり、好成績を残した人物だ。

 

 勝美もそうなる事を期待され、幼い頃より道場やら部活やらで活動していた。そしてその期待通り、彼女には才能があり、早くして全国一位を獲るという偉業を成し遂げた。

 

 しかし、勝美は不満だった。彼女は試合で満足できなかったのだ。

 

 空手は大まかに分けて、攻撃を実際に当てるフルコンタクト空手と、いわゆる寸止めルールを採用した伝統空手がある。オリンピック競技として採用されたのは伝統空手の方であり、つまり両親も伝統空手の選手。当然、勝美もそちらの選手だ。そんな彼女の不満はというと……

 

(ブン殴りてぇ……)


 思い切り殴れない。勝美の不満はそれだった。自分の技を人にぶつけてみたかった。どんな結果になるか試してみたかった。

 

 勝美はフルコンタクトへの転向を両親へと願う。しかし、それは叶わなかった。名誉欲の強い両親だ。メダルという勲章が得られないものに価値を感じられなかったのだろう。


 不満は募る。その不満を解消する為に、いつしか彼女は夜な夜な町へ出かけるようになった。とある場所を見つけたからだ。

 

 ――ストリートファイト。

 

 路上で行われる、素手での喧嘩の場。

 

 勝美はそれにハマった。ルール無用の純粋な殴り合い。年齢も性別も関係ない。体重差なんて分類も無い。マトモな格闘技では許されない急所を狙う事すら許される。何というスリル。何という気持ちよさ。

 

 そのうち彼女は気づいた。自分は殴り合いをしたいのではなく、暴力を振るいたいのだと。相手は誰でもいい。強かろうが弱かろうが、ただ相手を屈服させられればいい、と。

 

 とはいえ、勝美には両親譲りの名誉欲もあった。試合に勝ち、大勢から送られる称賛は他にはない気持ちよさがある。対し、ストリートファイトの観客はせいぜい十数人。自分の名誉欲は満たされない。

 

 故に勝美は努力した。名誉と暴力。相反する二つを手に入れるために、裏での喧嘩が誰にもバレないよう努めた。

 

 しかし、そううまくはいかなかった。

 

 高校に入学してしばらく経った頃だろうか。ファイトの場が摘発され、ついに勝美は警察に捕まってしまったのだ。

 

(終わりだ……)

 

 高校は退学になるだろうし、試合には二度と出れないだろう。名誉を重んずる両親からも見捨てられる。勝美は絶望していた。

 

 しかしそこに現れた、とある女の存在。

 

 

 

『ねえ、お友達にならない?』

 

 

 

 そこからは好き放題だった。何かやらかしても”友人”が対処してくれる。代わりに友人の願いを断れなくはなったが、大した不満は無い。その殆どは大体は彼女の意に沿わない人間の恫喝をするだけ。それはそれで面白くはある。

 

 あの時も、その一環だった。


 

 

『木原っつったか。お前、調子のってんじゃねーよ』

 

 学園から少しだけ離れた場所の路地裏。薄暗く、誰も寄り付かないであろうその場所に、勝美含む空手部員たちが集まっていた。

 

 男女合わせて十人と少し。全員が彼女の舎弟と言っていい者たちである。勝美より高学年の者もいるが、早乙女家の息女にして空手部最強の彼女に逆らえる者はいない。

 

 ここで待ち構えていたのは、とある人物をシメる為である。奨学生組であるのにも関わらず、自分たちに従わない。むしろ無視するような輩をやって欲しい。そういう依頼を友人から受けたのだ。


 相手は木原純花という少女。成績は学年一という優等生だが、体育の成績は普通。格闘技どころか部活動もやってないという話だ。引き締まった体をしているが、特段筋肉がついている訳でもない。その情報に間違いはないだろう。

 

 本当ならば勝美一人で十分な相手である。こうして人数をそろえているのは、珍しく友人がやり方を指定してきたからだ。つまり友人の真意はことではなく、ことなのだろう。

 

『へえ。可愛い顔してんじゃん。俺と付き合わない?』

『ちょっと男子ー。目的忘れてんじゃないでしょうね』

『分かってるよ。けどまあ、勿体ねーなって』

『いいじゃん。いい目見れるんだからよ』


 純花に対し、下卑た視線を送る空手部員たち。同じ女として少々同情しなくもないが、自業自得だ。弱いクセにイキがってるのが悪い。下を向いてビクビクしてればこんな目にあわなかっただろうに。

 

『ほら、こっち来いよ』


 男子の一人が純花の腕をつかむ。ここであれば多少大声を出されても大丈夫だろうが、念には念を入れる必要がある。友人が用意してくれた部屋があるので、そこに連れ込んでからが本番だ。

 

『……ハァ』


 ため息。純花のものだった。心底面倒臭そうにしており、呆れたような目で男を見ている。

 

『一応言うけど、今なら見逃してあげるよ』


 その言葉に目をぱちくりさせる勝美たち。一体何を言っているのだろう。思わず困惑してしまったのだ。

 

 しかし次の瞬間、爆笑の渦が沸き起こった。


『アハハハハ! み、見逃すって! お前どんだけ馬鹿なんだよ!』

『優等生だから教師が守ってくれると思ってる!? バーカ、そんなのどうとでもなるんだよ!』

『分かれよ! お前みたいな貧乏人を本気で庇うヤツなんていねーって!』


 嘲笑する部員たち。勝美も小さく笑っていた。

 

 少々ムカッと来たが、これから女としてボロボロな目にあうのだ。多少虚勢を張ってくれた方が後でスッキリするかもしれない。そのカタルシスを考えれば悪くない態度だ。

 

 そんな風に考えていると――

 

『グエッ!?』


 自分の目前を男が吹っ飛んでゆく。

 

 何が起こった? 吹っ飛んだ先を見ると、男は壁に叩きつけられて気を失っていた。

 

 これは一体? 彼女が困惑しつつも気を取られていると――

 

『がっ!』

『ぐうっ!』

『ひっ! や、やめ――ギャアッ!』


 後ろから苦痛の声。聞きなれた声色だった。勝美が相手をボコる際によく聞く音だからだ。

 

 振り向くと、勝美以外の全員が倒れていた。唯一立っているのはターゲットたる木原純花。その拳には血の跡と、折れた歯が刺さっていた。

 

『とりあえず、アンタが主犯だよね? えっと……早乙女、だっけ』

『ッ!』

 

 自分を知らない? 日本で最も強く、学園でも有数の存在である自分を。

 

 恐れなど微塵もなく、ただの障害物を見るような視線。そんな純花の目に頭がカーッとなりながらも構えを取る。

 

 事前情報に反し、相手はかなりのやり手。もしかしたら自分のようにストリートで戦っていたのかもしれない。ならば厄介だ。素手限定という最低限のルールはあったが、中にはこっそり武器を使ってくる者もいる。素手なら負けようもないが、流石に武器を使ってくると厄介――


『――!?』

 

 気が付けば純花が間近に迫っていた。相手は容赦なく頭を狙ってくる。勝美は寸前で腕を上げて防御。防御、するも――

 

(!?)


 視界が暗転。一瞬の事だったが、勝美は意識を失っていたのだ。いつの間にか地面に倒れ、伏してしまっている。

 

『ガッ! ギッ!』


 そのまま追い打ちを受ける。倒れた自分を容赦なく踏みつけてくる相手。その表情には喜びも怒りも浮かんでおらず、ただ無表情のまま。


 簡単に絡めとれる素人そのものの攻撃ではあった。しかし反撃しようとする度に察知され、ここぞとばかりに蹴られる。そしてその威力が半端じゃない。鈍器で殴られるように体に響く。

 

 このままだとヤバい。そう考えた勝美は大きく叫ぶ。

 

『ふ、ふざけやがって! テメー後でどうなるか覚えてやがれ! アタシの後ろには恐ろしいヤツが……』

『ふーん』

 

 どうでもよさそうな様子の純花。その間も攻撃はやまない。軽く足蹴にしているような感じだったが、その威力は重いなんてもんじゃない。

 

 勝美は痛みに耐えながらもわめく。

 

『クソッ! みんなメチャクチャにしてやる! お前だけじゃねぇ、お前の家族も――』

 

 ピタッと攻撃が止まる。

 

 ……どうやら相手の弱点は家族だったらしい。大切な者に危害が及ぶともなれば見過ごしておけないのだろう。そう考えた勝美は口の端を歪め――

 

 

 ドゴォン!!

 

 

 勝美の左耳に、爆音。見れば、コンクリートの地面が陥没している。

 

『ひっ、ひいっ……』

 

 あんなのを食らえば死んでしまう。車という一トンもの重量物に耐える物質が、ただの踏みつけで砕かれたのだ。自分の頭など軽くつぶされてしまう。

 

 勝美を死の恐怖が襲ってくる。涙がぼろぼろにこぼれ、体はガタガタと震える。

 

『大丈夫。ただの脅しだから。殺して捕まっちゃったら母さんが悲しむしね』

 

 感情の無い顔。ただ黄金の瞳だけが爛々らんらんと輝いている。平静に見えるが、勝美には分かった。その瞳の奥には激情が渦巻いていると。


『けど……確かアンタ、空手やってたっけ? とりあえず腕くらいは折っとこうかな』

 

 ……腕? 腕を、折る? アタシの、腕を?

 

 いつの間にか右腕を踏まれていた。まるで棒切れを折る時のように『せーの』と掛け声を上げようとしている。

 

『やめろっ! やめろぉっ!』

 

 必死になって逃れようとするも、全く振りほどけない。まるで万力に挟まれているようだった。

 

 残った左腕で抵抗するも、相手は全く動かない。殴ろうがひっかこうがビクともしない。

 

『痛っ! 痛ぃぃぃ!!』

 

 徐々に痛みが増す。勢いをつけて折るのは諦めたようだが、拷問のようにじわじわと力を込めて折るつもりらしい。骨がミシミシときしんでいる気がする。あと数秒もすれば勝美の腕はプレス機にかけたようにつぶれてしまうだろう。

 

『やめて! やめてってばぁ!! アタシの、アタシの腕ぇっ!!』

 

 ぼろぼろと涙がこぼれてくる。強さというもので身を立ててきた勝美だ。その強さの証たる腕がなくなれば自分の価値がなくなってしまう。それは死に値するほどの恐怖だった。

 

『だってまた来るんでしょ? それは嫌だしさ』

『来ない! もう来ないからぁ! 許してっ! 許してえっ!!』

 

 涙を流し、嗚咽をあげながらも懇願する。何度も、何度も。

 

 ……しばらくの時が経ち、純花はため息を吐きながら言った。

 

『ハァ……。分かった。やんないよ。けど、次来たら折るからね』

『来ない! 絶対来ないって約束する! もう関わらないって約束するからぁ!』

 

 そう言うと、純花はパッと足をどけた。勝美は泣きながらも腕をさすり、無事だった事に安堵する。

 

 もう復讐という意識すらなかった。最悪友人に頼み、社会的に抹殺するという手も考えていた。だがこの女にそれをしてはいけない。した途端、今度は本気で容赦しないだろう。その時は腕だけで済むか……

 

『それじゃ、もう行くね。あ、学校で会っても知らんぷりするから。そっちも同じでよろしく』

 

 そう言い残し、純花は去っていく。既に勝美の事は眼中にないようだ。『あ、ヤバ、靴壊れちゃってる』などとどうでもいい心配をしている。その事実に、勝美は心の底から安心した……。

 

 

 

 そんな屈辱を与えてきた相手が、今は自分の前で転がっている。

 

(ハッ。下手したら死んでるかもな。まあ本気じゃなかったけどよ)


 勝美は嘲笑した。

 

 あの時は分からなかったが、先天的に魔力を使えたからこそ純花は理不尽なまでに強かったのだろう。しかし自分も魔力を使えるようになった以上、条件は同じ。その上で自分の才能は純花よりも上であり、このような圧倒的な結果となったのだ。

 

 その事実は勝美を大いに満足させた。失った自信を取り戻し、恐怖を完全に払拭できた。

 

 一つだけ問題を挙げるとすれば勝美のイメージが変わってしまう事だろうか。表では多少粗暴なれどルールを守るスポーツマンとして振る舞ってきた。その振る舞いはここでも継続しており、純花に対するものもせいぜい”シゴキ”の範囲でしかしてこなかった。

 

 だが、今回は――今回は喧嘩の時と何ら変わらぬ行動をしてしまった。クラス内での勝美のイメージは最早崩壊寸前だろう。

 

(ま、それも大した事じゃねぇ。むしろスッキリした分プラスだ)

 

 中には疎遠になる者もいるだろうが、別に構わない。勝美にとって友人とは自分を持ちあげてくる存在にすぎない。そんな者はこれからいくらでも見つかるだろう。

 

 なにせ、魔王討伐という暴力を求められるのだ。暴力を振るい、戦果を上げれば人々は口々に自分を褒め称えるに違いない。もちろん最低限の節度を守る必要はあるが、日本ほど厳しくはないだろう。今回もせいぜいジュディスを殴った事で軽く懲罰を受ける程度だと思われる。


 ――英雄。勝美は英雄になるつもりだ。

 

 敵を殴り倒すという勝美にとって最高の事をしつつ、周囲にも称賛される。これほどに素晴らしい事はあるまい。現代日本という牙を抜かれた社会では絶対にありえなかった事だ。故に彼女はこれ以上なく歓喜していた。この世界に来れた事を。

 

 さて、過去に自分を貶めた純花は倒した。次は現在進行形で馬鹿にしてくるレヴィアの番だ。勝美はそう考えて視線を向ける。

 

「ほら、次はオメーだ。構え……あん?」


 レヴィアがいない。彩人をホールドしていたはずが、いつの間にかその姿が消えている。

 

 まさか逃げたのか? そんな考えが浮かび、周囲を探っていると……

 

「おーい。起きろー」


 倒れた純花のそばで膝を曲げ、ほっぺたをツンツンしているレヴィア。深刻な雰囲気はなく、まるで朝寝坊してる相手にかけるような声色だった。隣で焦りまくる彩人とは大違いである。

 

「オイオイお姫様よぉ。そいつはもう――」

「何効いてるフリしてるんですか。起きろー。あんなのナメクジに這われたようなモンでしょうに」

「……あん?」


 ナメクジ? 自分をナメクジ扱い?

 

 ……この女はどれだけ自分を馬鹿にすれば済むのか。それなりに強い事は察せるが、どう考えても自分より弱いというのに。

 

 魔力は体の強さに依存する。実際、鍛えれば鍛えるほど魔力も強くなってきた。

 

 対し、この女はどう見ても鍛えられているようには見えない。全体的に細い体格で、鍛えたというよりシェイプアップしたという表現が適切だ。

 

 そんな相手にコケにされている。勝美の中に再び怒りが湧き上がり――

 

「もう、困った子ですわね。そりゃ」

「っ! あははははは!」


「!?」


 純花が飛び起きた。レヴィアにワキをくすぐられ、笑いと共に起きてしまった。

 

「な、何するの! くすぐったいじゃん!」

寝坊助ねぼすけなのが悪いんですわ。早く起きなさい」

「起きれないよ! だってあんなにすごい攻撃受けたんだよ!?」

「もう起きてるじゃないですか」


 あれ、そういえば……。

 

 純花が困惑の声を出している。勝美にとっても訳が分からない。一体何が起こっているのだ。

 

「痛いと思い込んでるから痛いんですわ。目隠しした状態で『コレ熱いよ』と言われたものを触ると熱く感じるのと同じ。まあアザくらいはあるかもしれませんが、骨とか内臓にダメージあります?」

「……無いかな」


「!?」

 

 あれほどの攻撃を受けてダメージが無い? どういう事だ。勝美は混乱と共に叫ぶ。

 

「ふっ、ふざけんな! 全力だぞ!? 殆ど全力でブン殴ったんだぞ!? そんな、魔力も使えないヤツに――」

「使えてますわよ? ねえ純花」

「いや、使えてないと思うんだけど……」


 使えると言うレヴィアの言を純花は否定。実際、勝美のような魔力光は一切放たれていない。無意識に体内で行使されている最低限のもののはず。

 

 レヴィアがふぅとため息をつく。

 

「……魔力強化に二種類ある事はご存じ? 体内を強化する自己強化と、体外を強化する物質強化。ちゃんと習いました?」

「習ったよ。どっちも出来なかったけど……」


 自己強化。体内で作用する魔力強化技術で、筋力の向上や回復力の増加、五感の強化といった事ができる。

 

 対し、物質強化は体外を強化するものだ。剣や鎧といったものを魔力で纏い、自分以外を強化するという技能をそう呼ぶ。

 

「確かに物質強化はできてません。けれど自己強化はできていますわ。純花、アナタ岩とか砕けるでしょう?」

「うん」

「自己強化無しにそんな事が出来ると? どんなプロレ……格闘家でも不可能ですわよ? アナタ以外にそんなのいました?」

「それは……」


 言いよどむ純花。恐ろしく非常識な会話だが、二人は『普通だよね』みたいな感じであった。

 

「魔力光が出ないから使えてない。そう思ってるみたいですが、強化の際に魔力光が出る理由は二つ。一つは置いとくとして、主な理由は体外を物質強化するから魔力が見えてるだけなんですの。ほら、剣を強化する際も剣に魔力光が出るでしょう?」

「……理屈は理解できなくはないけど。けど、そんなの教わらなかったよ。騎士の人たちが自己強化を見せてくれた時も光ってたし」

「……頭でっかちな子ですわね。実演しましょう」


 そう言うと、レヴィアは落ちている小石を拾い、反対の手で拳を振るう。魔力光は一切出ていない。普通なら手を痛めるだけの結果になるはず。

 

 しかし、そうはならなかった。結果として石は粉々になる。ただ、拳にも血の跡がついてしまっている。


「イタタ……。こういう訳ですわ。自己強化で素の筋力は強化した、けれど体外を強化して無いから貧弱なわたくしでは怪我をしてしまう、という訳ですの」


 痛そうに手をフリフリするレヴィア。確かに、強化なしにあの細腕で石を砕く事はできないだろう。彼女が示す新事実に純花は驚いている様子。

 

「まあこれも自己強化で解決はできます。強化率を強めると肉体そのものが強くなり、皮膚の表面に多少のダメージは受けるものの内部に影響は無い。純花、正にアナタの状態じゃありません?」

「……確かに……。けど、それじゃ何で攻撃に強化が乗らないの?」

「思い込み」

 

 えっ。純花は困惑の声を出す。

 

「自分は魔力強化していない。そんな自分の攻撃が相手に通じる訳がない。そんな思い込みで無意識に手加減してるんですわ。常識に縛られてる、とも言いますわね」


 レヴィアはやれやれと肩をすくめている。


「思い返せば、ここに来て初日のアナタはもっと強かった。けれど日に日に弱くなっていった。騎士を殴り倒したはずなのに、今ではそれも出来ない。岩を砕けるはずなのに、放って来るのは泥団子すら砕け無さそうなへなちょこパンチ。全部自分を弱いと思い込んでるせいですわ」

「…………」


 思い至る事があるのか、純花は黙って聞いている。けれどどうすればいいか分からない。そんな表情の彼女にレヴィアはにこりと微笑む。


「という訳でもっかいやってみましょう。岩を砕けるならあの程度の相手、簡単にぶっ倒せますわ。さっき言った通り、コツは怒りを込めて思いっきりやる事。ムカツクやつなら躊躇ちゅうちょなくやれるでしょう?」

「怒り……」


 怒る事あったっけ? とばかりに首をかしげる純花。しかし次の瞬間、彼女の顔がまるで能面のような無表情になる。何かを思い出したらしい。

 

 勝美へと視線を向ける純花。それ見た勝美は――


「ひっ……!」


 ガタガタと体が震え出す。恐れは払拭した。したはずなのに……

 

「ふっ、ふざけんな。何で、何でだよ……!」


 自分は純花を超えた。仮に力があったとしても、自分の身のこなしなら余裕で避けられる。事実、さっきの純花は何の反応もできていなかった。つまり勝つのは自分だ。


 なのに……

 

「や、やめて……。その目でアタシを見ないで……」


 爛々と輝く黄金の瞳。先ほどまで無かったその輝きに勝美は震えていた。その視線に耐えられず、思わず気弱な声が出てしまう。


「ふっ、ふざけんな……! ふざけんなっ!! ア、アタシは強くなったんだ!! 英雄になるんだ!!」


 それを自認してしまった勝美は叫んだ。怯えを誤魔化すように。咆哮と共に放たれた魔力は莫大で、先ほどの数倍はある。

 

「や、やめるんだ勝美ちゃん! そんなレアスキルまで使うなんて!」

「うるせぇ! 黙ってろ彩人ォ!」


 勝美の持つ六つのレアスキルのうち、二つを発動。”魔力増大”で魔力量を増やし、”倍化”で肉体と魔力を同時強化。この状態の勝美はBランクの魔物を一撃で殴り殺した事がある。彼女の全力態勢だった。

 

 離れていてもびりびりと伝わる圧倒的な力。その力の前に騎士や生徒たちは怯えている。最早言葉を出すことすらできず、ただ震えるのみ。


 が、純花に怯えている様子は無い。


「忘れてた。私、アンタより強くなくちゃいけないんだった」


 敵意。

 

 これまで感じる事のなかった敵意が勝美を襲う。

 

 暴言、暴力。そのどちらを与えた際も純花に怒りの感情は見えなかった。以前絡んだ時でさえもだ。

 

 しかし今、その瞳からは明確な敵意が感じられる。彼女の視線に勝美は耐える事ができなかった。自分でも理解できない感情に突き動かされてしまったのだ。


「ひっ……! あ、アアアアァァァ!!」


 殴りかかる。目の端には涙がこぼれていたが、それでも立ち向かわなければならない。自分を守る為に。

 

 レアスキル”心眼”を発動。自身の感覚を超強化し、相手の動きを予測するスキルだ。動きの予測は格闘家として必須の技能だが、スキルによって強化されたソレは最早予知といってもいいほどの精度を持つ。これで純花の動きは事前に察知できる。


(動かない!?)


 攻撃どころか防御すらしようとしない。ただ立っているのみ。先ほどのような焦りも見えない。

 

 勝美は不安になる。まさか自分の”心眼”が効いていないのか、と。


(そ、そんなはず無ぇ! 未知の魔物にだって効いたんだ! 同じ人間に……)


 ……人間?

 

 ふと、思い浮かぶ。目の前の存在は本当に人間なのだろうか、と。

 

 レヴィアの言う通り筋力強化していたとしても、自分の攻撃で全くダメージを受けない。銃弾などとうに超えた威力だったはず。何なら死んでいてもおかしくない。

 

 なのに、無傷。そんな存在を人間と定義していいのか――?

 

(よ、弱気になるな! アタシは強い! 今回は全力だ! さっきの一撃なんて目じゃ無ぇ! 今度こそ……!)


 拳に力を込め、全力の一撃を放つ。”心眼”の予測通り相手は動かない。勝美の一撃が純花の胸へと突き刺さった。


 衝突音。それに伴うすさまじい衝撃が周囲へと伝わり、風と粉塵が舞い踊る。




 ――が、倒れない。


 

 

「ひっ……!」

 

 勝美の脳裏を恐怖が埋め尽くす。

 

 何だコレは。今まで相手にしてきた魔物の比じゃない。化け物。正真正銘の化け物だ。人間じゃない。ただ人間の形をしているだけ……。

 

 その化け物が優しく自分の腕に触れる。




「とりあえず、折るね。状況的に仕方ない気がするけど、約束は約束だし」




 ――悲痛なる声が響く。

 

 その声にようやく正気を取り戻した周りの人間たち。

 

 彩人が声をかけ、それを受けた百合華が治療に駆け付ける。騎士が建物内へと走り、ジュディスに代わる責任者を呼びに行く。残る騎士はこれ以上の事態が起こらないよう純花に戦いをやめるよう叫ぶ。

 

 そして他の者は身を震わせていた。暴力を体現したような勝美の魔力。それを平然と受け、さらに腕を折るという真似を躊躇なく実行した者に対し、怯えた視線を送っている。特に、今まで陰口を言っていた者は激しい怯えを見せ、顔が真っ青だ。

 

 

 

 そんな大変な空気の中、一人の女がぼそりと呟く。

 

「さ、流石俺の娘。理不尽極まりねぇな。……つーか怖っ。怒ってても腕折るとかやる? 普通」


 ちょっぴり顔を引きつらせつつ。

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