024. 聖女とセシリア
「はぁ……」
大聖堂の敷地内に存在する、大地の神テラの像。その周辺はテラの恵みを表すかのように緑が多くあり、美しい庭園が造られている。レヴィアはそこにある一本の木の下に座り込み、片膝を立てて何かに悩んでいた。
チチチというさえずりと共に小鳥が飛んでくる。何気なく手のひらを向けると、小鳥は警戒することなく手に止まり、その美しい歌声を響かせた。
肩の上にはリスの姿。さっきから彼女を心配するようにきゅっきゅっと鳴いているのだ。その他、周辺にはウサギやフェレット、その他諸々の動物が寄ってきており、そのつぶらな瞳でレヴィアの様子を眺めている。
幻想的な光景。
まるで森に住むエルフを思わせる姿。
本人の気分とは反比例するようにレヴィアの魅力は強まっており、ついには警戒心の高い小動物まで惹き寄せてしまうようになっていた。
「聖女様」
「聖女様だ」
「なんと神々しい……」
それを遠くから眺める神殿勤めの神官や騎士たち。
もはや彼女は完全に聖女扱いされており、それを疑う者はいない。『平和を願う聖女』『命を削ってルディオス様を復活させようとしている』『彼女が死ねば世界が滅びる』などという噂まで広がっている。それを否定できるはずの神官すら、彼女の神秘的な雰囲気にあてられて『もしかしたら』という思いを抱いてしまっている始末。
「レヴィア様」
その声に小鳥が飛びたち、小動物らも逃げ出してしまう。誰だろうと顔を上げると、そこにはセシリアの姿があった。慈愛に溢れた彼女ではあるが、流石に動物には通じないようだ。
「セシリア様……」
「うふふ、今日もばっちり美少女ですね。隣に座っても?」
「はあ……。どうぞ」
芝生に腰を下ろし、正座を横に崩して女の子座りするセシリア。何故だか知らないが、彼女は度々自分に話しかけてくるのだ。主に雑談とか美容関係とかとりとめのない話になるのだが、あんまり相手にしていない。そういう気分じゃないのだ。
しかし今日は少し様子が異なる。レヴィアの正面に座ると表情を申し訳なさそうに変化させ、頭を下げてきた。
「ジュディスが失礼をしたようで。本当に申し訳ありませんでした。本来ならば本人に謝罪させるのが筋ですが……」
「いえ……特に気にしてませんので」
「お怪我はありませんか? これでも回復魔法はそれなりの腕ですので、遠慮なく仰ってください」
「別に怪我とかは……」
浮かない顔のまま返答。一応聞いてはいるようだが、話に集中しておらず、別の方に意識が行っている模様。そんなレヴィアの反応を見たセシリアは困った顔になる。
「今日も元気がありませんね。どうでしょう、悩みごとがあるなら話してみませんか? もしかしたらお力になれるかもしれません」
実際、セントファウスにおいて彼女に勝る相談相手はいないだろう。教皇の娘という権力者である事を除いても、セシリアは話を聞くのが非常に上手い。相手に傾聴し、上手い解決方法を一緒に考えてくれる。解決策が無かったとしても、その寄り添う姿勢のお陰で「気が楽になった」と言う者は多い。
その提案にレヴィアはちょっぴり悩む様子を見せる。しかしながら話すという選択をしなかったらしく、首を振って拒否。
「有難い申し出ですが、結構ですわ。荒唐無稽な悩みですので」
「やはり何かにお悩みなのですね。察するに、勇者の方々に関する悩みでしょうか」
「っ! どうしてそれを?」
「ふふっ。誰でも分かりますよ。毎日のように覗いてらっしゃったじゃないですか」
びっくりするレヴィアに、可笑しそうな表情をするセシリア。実際普通に見ればバレバレである。他の者は『姫』やら『聖女』といったフィルターがあるせいでイマイチ理解いないだけ。唯一リズがセシリア同様に察しているくらいか。
「勇者の方々が言うように、恋煩い……という訳ではなさそうですね。恋する乙女といった感じではないですし」
「はあ……。まるっきり違いますわね」
「勇者とレヴィア様。異世界の存在である彼らに繋がりはないはず。ですが、ひょっとして…………ひょっとして、以前から勇者を知っていたのではありませんか?」
レヴィアの目が驚愕に変わる。どうしてそれを!? という感じだった。驚愕の度合いは先ほどよりも強く、本気で驚いていた。
その表情を見たセシリアは表情を真剣なものに変える。
「当たり、みたいですね。そうですか、勇者を……。これは、帝国に渡りをつける必要がありますね……」
真面目な顔で考察し始めた。一転、何のこっちゃという顔をするレヴィア。
「は? 何でここで帝国? 意味が分かりませんわ」
「え? 過去に勇者召喚をご覧になった事があるのでは?」
「ありますわよ? この間一緒に見たじゃないですか」
「えっ?」
「えっ?」
しーんと場が鎮まる。双方、いぶかしげな顔をしている。
「……どうやら認識に違いがあるようですね。正直に申し上げますと、レヴィア様が今回の召喚以外で召喚された人間を見たことがあるのかと考えているのです。精霊石は一つでは無いので」
セシリアは真剣な顔で続ける。
「もしそうなら、是非協力を求めねばと思ったのですよ。魔王の力は未知数。戦力は多いに越したことはありませんから」
成程、そんな勘違いをしていたのか。彼女の言葉に、レヴィアはハァーっと盛大なため息をついた。
(そりゃそうだよな。分かるわけねーもん)
ぽりぽりと頬をかき、面倒くさそうに口を開く。
「残念ながらそういった事実はありませんわ。少なくとも私が知る範囲では。精霊石なんて物もこの間初めて知ったばかりですし」
「……本当ですか?」
「本当ですわ」
真剣なまなざしのまま問うセシリアに、レヴィアははっきりと否定した。事実、その言葉に嘘は無い。
「そうですか……。疑ってすみません。では一体、何にお悩みなのです?」
「先ほど言った通り荒唐無稽な話なので。少々言葉にするのははばかられますの」
「うーん、勇者というものも荒唐無稽といえば荒唐無稽だと思うのですが……しかし、そうおっしゃるのなら無理にはお聞きはしません」
なら最初から聞くなや。そう思うレヴィアに、顔を近づけてちょんと鼻先を触ってくるセシリア。
「ですが、そうやって自分だけで悩んでいても解決しないと思いますよ。私自身、どうしようも無い悩みを持った事は幾度もありますが、自分だけで解決できたのはほんのちょっぴり。これ、年長者からのアドバイスです」
目をぱちくりさせるレヴィアに、くすくすと笑うセシリア。一転、気のいいお姉さんといった雰囲気に変化してしまった。いつもはこんな感じなので、戻ったと言うべきだろうか。先ほどまでのは"教皇の娘"としての顔なのだろう。
「そう言われましても……。頭がおかしいとか言われたくありませんし」
「でしたらお仲間に相談しては如何でしょう? お二人とも良い方でしたし、きっと真剣に受け止めてくれるかと」
「仲間に……」
そうアドバイスしたセシリアは立ち上がり、お尻の汚れをパンパンとはたく。
「ふふっ。まあどうするかは自由です。けれど、レヴィア様のようなお美しい方がいつまでも悲い顔をしているのは勿体ないですよ。色々と愉快な事になってますし、これはこれで面白いんですけどね」
愉快? 何のこっちゃ。いぶかしむレヴィアに、セシリアは再びくすくすと笑う。
「それでは私はこの辺で。レヴィア様、またお会いしましょう」
そして一礼し、彼女は去っていった。
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