025. 聖女と馬鹿と聖女

「うーん……」


 どうすべきかと悩みながら歩くレヴィア。セシリアは仲間に相談したらと言うが、恋人すらいない彼女らには荷が重いと思うのだが……。


 大聖堂の敷地を出て、宿の方へ向かう。

 

 それなりに賑わう道だが、ぶつかる心配は無い。レヴィアの姿を見た人々が自分から道を譲っている為だ。「おお、聖女様だ」「何と貴きお姿」「ありがたやありがたや」などと口々に称え、祈りを捧げてくる。なお、祈られてる本人は一切気づいてない。

 

 人込みを抜け、とぼとぼと歩いていると、後ろから声。

 

「おお、レヴィアじゃないか」


 振り返るとネイの姿があった。何やら機嫌が良いようで、ホクホク顔をしている。

 

「ネイ。何か御用?」

「何か御用って、寂しい事言うなよ。仲間だろぉ?」


 バンバンと背中を叩いてくる。地味に痛い。こちらは華奢な女の子なのだ。体育会系な扱いはしないでほしい。


「フフフ、宿に帰るのだろう? 一緒に帰ろうじゃないか」


 そう言って隣を歩いてくる。別に異論は無いのでそのまま歩き続ける。

 

「~♪」


 鼻歌を歌い始めるネイ。普段、仏頂面をしている彼女にあるまじき行為だ。

 

 一体何なのか。少しだけ疑問に思いそちらを向くと、彼女もこちらをチラチラと見ている。『話したい』オーラたっぷりであった。

 

「……ハァ。で、ネイ。何かありましたの?」

「うん? 何かって何だ? 別にいつも通りなんだがな♪」


 暗に『もっと突っ込んで来い!』と主張してくる。うぜぇ。

 

 女子にありがちな『アンタいつもと違くない?』『えー、そんな事ないよー』『嘘だー。めっちゃ機嫌いいじゃん。何かあったんでしょー』『分かるー? 実はねー……』なんてやり取りをしたいのだろうが、レヴィアの中身は男である。そーゆーのはイラッとするのだ。チャラ男なら喜んで会話のきっかけにしそうだが、残念ながら新之助レヴィアはそうではなかった。

 

「そう。ま、幸せそうで何より」


 故にソッコーで会話を切る。ただでさえ人の自慢話は面白くないというのに。こういったやり方をされると聞く気すらなくなる。

 

 しかし、ふとセシリアの言葉が思い浮かぶ。

 

(仲間に相談かぁ。まあ、ダメ元でしてみるか? けど相談するならこっちも話を聞いてやるべきだよな)


 そう思いなおし隣を見れば、ネイは含み笑いをしていた。そしてレヴィアの視線に気づくと、ニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 

「フッフッフ……」

 

 いや、見下してくる? 何だコイツ。

 

「ハーッハッハッハ! いや、悪いなレヴィア。悪気はなかったんだ。ただまあ、あるべき結果に落ち着いたというか、なあ?」

「はあ?」

「いや、いい。いいんだ。レヴィアももう少し成長すればその辺の機微も分かるだろうさ。フフフ……」


 意味が分からない。何だこの上から目線は。ウザい事この上ない。そんな風に思っていると……

 

「見ろ」


 ばばーんと手帳を見せてくる。そこにはいくつもの名前が書いてあり、注釈みたいなのが色々と記してある。中身は――

 

 『ヘンリー様♥ 料理好きな家庭的男子♥ 草食系だけどそこがイイ♥』

 『ニンブル様♥ クールだけどちょっとドジ♥ ベッドだと甘えてきそう♥』

 『グラーフ様♥ 中二病気味だけどカッコイイ♥ キメ台詞は“うぬは力が欲しくないか”♥』

 

 ……こんな感じの内容だった。

 

「最近仲良くなった殿方だ。騎士、神官、貴族、役人、商人……より取り見取りだぞ」


 ドヤ顔をするネイ。最近見ないなと思っていたら、逆ナンにいそしんでいたらしい。

 

 「この方と食事をしてきたんだ」「この方には美しいと褒められたぞ」なんて言いながらペラペラとページをめくって自慢してくる。複数ページに渡って戦歴が書いてあるようで、その数は百名を超えてそうだ。

 

「嘘ぉ……」

 

 レヴィアはとてつもなく驚いてしまう。なにせ、ネイがモテているのだ。自分の悩みが吹っ飛んでしまうくらいショックだった。天と地がひっくり返っても起きない出来事。これも魔王復活の影響だろうか。


 その反応を見たネイはさらに気を良くした様子。

 

「嘘ではない。あ、私から声をかけた訳じゃないぞ? 向こうから声をかけてくるんだ」


 そんな事ある? 思いっきり疑うレヴィアだが、相手に嘘をついている様子は無い。ただドヤ顔のまま「ほれ見ろ。羨ましいか? 羨ましいだろ? うん?」と手帳を顔にぐいぐいと押し付けてくる。

 

 手で防御しながら「ちょ、やめてくださいまし」と拒否するも、その馬鹿力のせいで押し返せない。仕方なくネイから一歩離れて回避。


「な、何なんですのアナタ。珍しくモテてるからってテンション上がりすぎでしてよ」

「フフフ。まあそう嫉妬するな。自分がモテないからって」

「はあ?」


 意味が分からない。そりゃあ最近は声かけられてないが、周囲をうかがえばこちらに見とれる男は大量にいる。ネイの言葉は事実ではない。

 

「勇者が目当てなのだろう? しかもここ最近の様子を見るにマジ惚れしていると見た。いくら有象無象にモテるからって、本気になった男性を落とせないようでは、なぁ?」


 ニヤニヤと底意地悪そうに見下してくるネイ。いつもの仕返しだろうか。

 

「お前の落ち込みっぷりは有名だぞ。何しろ男性の方々も口々に言ってくるからな。『レヴィア様は大丈夫だろうか』とか『レヴィア様を気にかけてやってくれ』とか『レヴィア様の笑う姿を見たい』とかな。お優しい方々だ。やはり私の男の見る目に間違いは無いな」

「それって……」


 俺目当てじゃね? そう判断するレヴィアだが、ネイはその可能性にまっっったく気づいていない様子。男から寄ってくるという異常事態にも関わらず。“将を射んとする者はまず馬を射よ”の馬そのものであった。当然、お尻には"鹿"が付く。

 

(無ぇな。コイツは)


 しらーっと冷めた目で見る。相談しようと考えてたのだが、明らかに人選が間違っている。ゲジゲジとかに相談した方がまだマシな答えが返ってきそうだ。


「フフフ、どうした。言葉が出ないようだな。何なら教えてやってもいいぞ? 意中の殿方を落とす方法をな。ん?」


 ハイパー調子こき始めるネイ。一体どんな脳みそしてたらここまで都合よく考えられるのだろうか。恋愛経験など恋愛小説バーチャルでしか無いクセに。彼女に教えを乞うくらいならエロゲオタクに教わった方がまだマシだ。適切な選択肢を選ばねばエロシーンを見れないのだから。

 

 増長発言は続く。地味にマウントしてくるのが非常にうっとおしい。

  

「あ、グラーフ様」

「何っ!? どこっ!? どこだっ!?」


 だんだん相手するのが面倒になってきたレヴィアはテキトーな方向を見て、手帳に書いてあったテキトーな名前を言う。するとネイはきょろきょろと周囲を探し始めた。

 

 考えるのも面倒なのでテキトーな高い建物の上にいる人物を指示。その方向に向かい、ネイは喜んで走っていく。まあレヴィアの千里眼並みの視力によると、アレはただのおっさんだったが。腕組みしてカッコつけてる。


 馬鹿を見送り、再び歩き出す。馬鹿を見て少しだけ元気が出たが、例の事を考えるとまた沈んでくる。馬鹿は悩みが無くていいな……としみじみ思う。

 

「ふう……」


 しかし、どうしようか。相談してもどうにもならなそうだ。自分で決める必要がある。


 ……やっぱり見に行ってみようか。姿を見れば決心できるかもしれない。いや、でも邪魔になるらしいし、それくらいなら……。けどやっぱり……。レヴィアはぐるぐると悩み始めてしまう。

 

「あら、レヴィアじゃない」


 ふと、リズの声が。声の方を向くと、カフェのオープン席でお茶をしているリズがいた。

 

「リズ……。何してらっしゃるの?」

「んふふー。見て。ここのパフェったら最高なのよ。美味しい上にこんなに大きいんだもの」

 

 幸せそうにスプーンをほおばるリズ。

 

 テーブルには彼女の顔ほどもある大きさのパフェグラスがあり、既に中身の大半が無くなっている。普段は小食のリズだが、甘いものについては別腹とばかりに食いしん坊になるのだ。

 

 それチャレンジメニューじゃね? と思うレヴィアだが、まあ普通に完食しそうだし放っておく。馬鹿の次は馬鹿食いか……とあきれ果ててはいるものの。

 

「そうだ、レヴィアも来なさいよ。ホントに美味しいんだから」

「結構ですわ。気分じゃありませんの」

「そんな事言わずに。ほらほら、おごってあげるから」


 わざわざ移動してきてまで背中を押され、席に座らせられる。「すいませーん。パティシエの気まぐれパフェ下さーい」と食べるものまで勝手に決められてしまった。あんなドでかいパフェなど食べきれる気がしないのだが。

 

(まあリズのおごりみたいだし、いいか)


 諦めて大人しく待つ。しばらくすると、ウェイトレスがパフェを運んできた。


「お、お待たせしました! パ、パパパティシエの気まぐれパフェでございます!」


 どもりまくるウェイトレス。緊張しているように見えるが、何かあったのだろうか。

 

(そういやファンタジーだったな。中にアイスクリームとか入ってるし、高いんだろうな)


 遺物のお陰で元の世界の中世よりはるかに発展はしているものの、流石に冷蔵庫とかは無い。恐らく魔法とかそういうので作っているのだろう。魔法使いのパティシエとかものすごい人件費かかりそうなので、アイス一つにも相当な金がかかるのだと思われる。落としたら大変だ。

 

「わ、レヴィアったらラッキーね。今日のは特に豪華よ」

 

 リズの言う通りであった。リズとは違うメニューらしく大きさこそ普通サイズだが、新鮮なフルーツがふんだんに使われており、飾りつけも華やか。気まぐれとは思えないくらい金がかかってそうだ。いや、人件費からすれば誤差なのかもしれない。

 

 その考えを証明するように、店内から「聖女様に失礼がなかっただろうな!」という声。聖女という偉そうなやからが来る高級店なら豪華で当然だ。

 

(うーん、あんまり食欲ないんだけどな……。まあ一口だけでも食べてみるか)


 高いのを残すのはもったいない。オゴリという好意によるものでもある。仕方なくスプーンですくって一口。

 

「あ、おいしい……」


 何と言うか、上品な甘さだ。甘すぎず、しつこすぎず、それでいて濃厚な味わい。甘味は好きでも嫌いでもないが、リズがハマるのも理解できる。


「でしょ? ほら、遠慮せずに全部食べちゃいなさいな」


 ぐーっとお腹が鳴る。急に食欲が出てきた。リズの勧めるがままにパクつき始めるレヴィア。あくまで上品にだが。一方、リズはその様子をほほえましそうに眺めている。

 

「……ふう。ご馳走様でした」


 完食し、ナプキンで口元を拭う。満足だ。久々に美味しいものを食べた気がする。

 

「ふふっ、気にいったみたいね」

「ええ。美味でしたわ。これならまた食べに来ても良いかもしれません」


 思わず笑顔になるレヴィア。視線の端では店員らが万歳三唱をしているのが見える。落ち着いた雰囲気の店の割に、働いてる店員らはあまり落ち着きが無いようだ。陽キャというヤツだろうか。意味はよく知らないが。


「あら? そういえばリズ、好みが変わりました? 昔はもっと甘ったるいのが好きだったような……」


 以前甘味屋に付き合った際、お茶が無ければ食べられないような激甘スイーツを食べていた気がする。それに比べてこの店の味はかなり上品だ。

 

「うっ……。そ、そうだったかしら?」

「ええ。普通に食べれましたし。いつもは大抵一口で満足する店ばかりでしたのに」

「ま、まあ私も大人になったからね。甘すぎるのがキツくなってきたのよ」


 何やら視線を泳がせている。様子が変だ。

 

 ……試しにリズの飲みかけの紅茶を飲んでみる。

 

「うっ。甘っ」


 激甘であった。一体砂糖を何杯入れたらこうなるのか。砂糖に紅茶をいれたというのが適切な表現かもしれない。

 

 この分だと甘党は確実に治っていない。何でウソついたのだろう。大人に憧れる気持ちは分からんでもないが……。レヴィアは問いかけるようにリズをじっと見つめた。

 

「うっ……。そ、そうよ! アンタ好みの店を見つけてあげたのよ!」

「えっ。何でわざわざ」

「さ、最近元気なかったじゃない。何も話してくれないし。だから、その…………ちょっとでも元気づけようと……。と、とにかく何でもいいでしょ!」


「リ、リズ……!」


 尻すぼみになりながらも言葉を紡ぐリズ。恥ずかしかったらしく、最後はぷいっと視線を背けてしまった。


 ぶわーっと胸に暖かいものが広がる。リズの後ろから後光が差しているように見え、尊く感じてしまう。心がきゅんきゅんし、感動のあまり涙さえでてくる。もしやさっき言ってた聖女とはリズの事ではなかろうか。

 

「も、もう。ほら、涙を拭きなさい。アンタの涙は色々と強烈なんだから。私は慣れてるからいいけど、他の人が見たらどうなるか……」


 ハンカチを渡してくるリズ。その気遣いにまたもや感動の嵐が沸き起こってきた。

 

 リズ。いやリズさん。馬鹿と一緒にして申し訳ありませんでした。リズさんパネェっす。最高っす。一生ついていくっす。同性愛者なのが玉にキズだけど、内緒でチューくらいはしてもいいっす。

 

 心の中でリスペクトしまくるレヴィア。そして決心する。悩みを話そう……いや、聞いていただこうと。ちょっぴり人生経験は足りないだろうが、このお方なら大丈夫だろう。頭おかしいとか言わずに最後まで真面目に聞いてくれるはずだ。

 

「ぐすっ……。リ、リズ、聞いて下さいまし。じ、実はですね、わたくし、最近悩んでおりまして……」


 涙声になりながらも相談。その言葉に対し、リズは「そう。何に悩んでるの? ゆっくりでいいわよ」と優しく促してくれる。


「あの、召喚された……勇者っているでしょう?」

「うん。いるわね」

「その中の一人が、わたくしの大切な人なんですの。でも、どうすればいいか分からなくて……」

「大切な人なんだ。そっか。恋人とかなの?」


 異世界の人間を知ってると言うのにも関わらず、リズは疑問を呈さない。心の中では不思議に思っているのかもしれないが、それでも表には出さず、優し気な表情のまま。

 

 レヴィアは思った。やはりこのお方に相談して正解だったと。

 

「いえ、違います。実はですね、あの中の、純花って子は……」

「スミカって子は?」

「純花って子は、わたくしの…………




 わたくしの娘なんですのっ!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………はい?」


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