022. 鍛錬の日々

 生徒たちの決断を伝えると、セントファウスの神官たちは色めきだった。

 

 なにせ二十人以上のレアスキル持ちが戦うというのだ。世界中を集めてもこの数に届くかどうか。それだけでも凄いというのに、さらに彼らは神が遣わした選ばれし者。きっと魔王討伐を成してくれるに違いない。


 残り十一人については国の保護を受けつつも働く事となった。保護とは言ってもレアスキルを持つ者たちだ。戦いに向いたものでなくても、その他の仕事をするには十分。これから戦争になるという事もあり、《鍛冶》や《裁縫》、《調合》といった能力を持つ者は特に重宝がられた。

 

 戦いを行う戦闘組と、サポートする後方組。当然、純花は戦う方のグループだ。他人の結果を座して待つ――どうでもいい事ならそれもありだろうが、今回は自分の未来がかかっているのだ。他人任せの運任せなどもっての他。そういう考えだった。




 召喚された翌日より、純花を含む戦闘組の訓練が始まった。教皇の言う通り召喚されたばかりの彼らは弱く、殆どが戦力にならない。即戦力になると評価されたのは大雅、尊、勝美、そして純花くらいなものだ。

 

 この結果に生徒たちは驚く。大雅は様々な武道をかじっており、武芸百般。尊は騎士たちを唸らせるほどの剣の腕前。勝美はスポーツとの差異を多少埋める必要はあるようだが、十分に強い。

 

 ここまでなら納得。しかし純花が何かを成したという話は聞かない。学業が優秀なのは誰もが知っていたが、身体能力はせいぜい体育で"優"を出す程度だと思われていた。

 

 だが、目の前の光景を見ればそれが過小評価だったという事が分かる。何と純花は最初の模擬戦で騎士を殴り倒してしまったのだ。

 

「むう、スミカ殿は既に魔力を使っているようだ。無意識にだろうが、大したものだ」


 教官役であり、教皇の親衛隊であるジュディスという女騎士の言葉。

 

 教皇の周辺を守るのが本来の役目らしいが、今は勇者を育てるのが最重要とされ、セントファウスでも五本の指に入るほどの実力者である彼女が派遣されたのだ。今はジュディスを中心に十名ほどの騎士たちが勇者への指導役となっている。


 その彼女によると、純花は既に魔力を使っているとの事。本人にその意識は無いが、どうもそうらしい。あの細腕で鍛え上げられた男を殴り倒すくらいなのだから、納得と言えば納得だ。

 

 しかし元の世界に魔力などというものは無いはず。それを疑問に思った生徒が質問すると……

 

「君たちの世界には魔法が無いのだろう? つまり精霊がいないのか、極めて少ないのだと思われる。魔力を自覚するのは大抵は外からの刺激によるものだからな。周囲に精霊がおらず、教えてくれる者もいない。それでは折角の魔力も目覚めないだろう」


 現に、ジュディスの感覚では自分たちからもしっかりと魔力を感じ取れるらしい。周囲に漂う精霊魔力マナとは違う、内在魔力オドと呼ばれる生物なら誰もが持つ力を。そしてそれを使えるようになるのが強くなる為の早道だという。

 

「本来、魔力の知覚には才能のあるものでも数か月の時間を要するのだが……君たちにはレアスキルがある。レアスキルの発動にも魔力を使うらしいからな。それを意識すれば早々に魔力を感じ取れるようになるだろう」


 彼女の予想は正しかった。

 

 とある者が《怪力》のレアスキルを使い、力を強化したときに消費される魔力。運動後の脱力感とは違う感覚に気づき、それが内在魔力オドを知覚するきっかけとなったのだ。

 

 魔力を感じ取った彼がその力を使おうとすると――

 

「うわっ! これ、すごっ!」


 まるで漫画のような光景だった。生命オーラのようなものが体からわき出し、彼を包んでいる。そのまま岩壁を殴ると、壁は簡単に崩れ去った。

 

「すげぇ! 力があふれてくる!」

「ふーむ、中々の威力だ。魔力の扱いは未熟そのものだが、レアスキルと同時発動すれば既にこの威力。きっと素晴らしい戦士となれるはずだ」


 彼は喜びに湧き立つ。金持ちに生まれたとはいえ、彼自身は平凡なもの。今後はせいぜい親の跡を継ぐとかで、サッカー選手など誰もが注目する人間にはなれない。だというのに、ここでは立派な戦士になれるという。自分の力で。

 

 他の生徒も同様に思ったのだろう。レアスキルを用い、魔力を知覚すると、その万能感に酔いしれる。自分の天井が高まったような気がしたのだ。

 

 それは六卿も同様であった。特にレアスキルに恵まれた彼らなのだ。生来の才能も相まり、彼らの成長の速さは目を見張るものがあった。

 

 ひと月もすれば《剣術》を持つ尊は並みの騎士では相手にならなくなり、《格闘術》を持つ勝美の身のこなしはオリンピック選手ですら追いきれないだろう。《万能》を持つ大雅は言わずもがな。

 

 最初は弱かった彩人と百合華も、彩人は《守護》《不屈》を持つ事から防御役タンクとしての適性を示し、《魔法強化》と《快癒》を持つ百合華は回復系の魔法使いとして成長していった。回復系の魔法使いは貴重らしく、百合華は特に重宝されているようだ。

 

 そんな彼らに対し――

 

 

 

「はあっ!」

「おっと!」


 広々とした練兵場に金属音が響く。

 

 ここはセントリュオ聖騎士団本部。

 

 教団を守る聖騎士たちが勤める場所であり、聖都セントリュオ内で訓練設備がもっとも充実している場所だ。有事の際にすぐ駆け付けられるよう大聖堂の近くにあり、ここからは大聖堂の周囲にそびえ立つ神々の像がよく見える。そんな場所で勇者たちは日々訓練に励んでいた。 

 

「はっ!」

「くうっ!?」

 

 相手の重い振り下ろしを純花は何とか剣で受け止める。そのままつばぜり合いとなるが、徐々に力負けしてしまい、体勢を崩してしまう。


「くっ!」

「取った!」


 尻餅をついた彼女に男子生徒が剣をつきつける。決着はついた。

 

「木原さん、大丈夫?」


 心配そうに手を差し伸べる男子生徒。その手を取る事なく、「大丈夫」と言い、立ち上がる。

 

「また負け。あーあ、これで何敗目?」

「ダメじゃん。やっぱアイツに戦いは無理だって」


 周囲のあきれた視線を無視し、もう一度とばかりに剣を構える。そんな彼女に相手は困ったような表情を見せる。女の子を傷つけてしまうかも、という思いがあるのだろう。

 

 なにせ、双方が持つ剣は重い金属製。木剣では使った感覚が異なる為、実戦用と同じものを用いているのだ。刃は潰してはあるものの、少しのミスで殺してしまう事すらあるだろう。

 

 こんな危険なマネが許されるのは、魔力という存在があるからだ。防御方面に魔力強化すればマトモに当たったとしても痛いで済む。もちろん剣をさほど強化しないという前提ではあるが。

 

 なのに彼が躊躇しているのは――

 

「まーだ魔力使えないんだねー。もう木原だけじゃない?」

「後方組も使えるヤツは使えるのにね。なのにあの木原さんが、ねぇ」


 彼女らの言うように、純花は未だ魔力を使えないのだ。

 

 無意識には使っている、らしい。しかし意識的な行使ができない。というか魔力自体が感じ取れない。

 

 純花のレアスキルは《言語理解》のみで、この能力は魔力消費が極めて低いらしく、使っているという感覚が全くないのだ。つまり他の生徒たちのようにレアスキルを利用した習得方法が取れない。

 

 ならば知識面からと思い教えを乞うも、純花にはちんぷんかんぷんだった。

 

 内面を意識、体の底から湧き上がるエネルギー、肉体とは別の力……。意味が分からない。そんなモノがどこから発生するというのだ。

 

 彼女の頭脳が優れている事が逆に災いしているのだろう。人体構造についての知識は完全に頭に入っている。それからすると魔力なんてものが発生する器官は存在しない。故にどこをどうすればいいか分からない。頭でっかち状態にあるのだ。

 

 最後に出来る事といえば、精霊の存在を自然に感じ取れるようになるまで待つか、魔力持ちと戦う事だけ。

 

 前者には才能を要する上に時間がかかるので除外として、内在魔力オドの知覚には同じ魔力による刺激を受けるのが一番。だがそれも順調とは言えず、ひと月経っても成長せぬ有様。

 

 そんな純花に贈られる陰口という名の声援。

 

「もう諦めたらいいのに。頭いいんだから他にも出来る事あるでしょ?」

「だよね。そんなにヒーローやりたいのかな?」

「一匹狼気取ってるしね。ありうるー」


 休憩中の女生徒たちが好き勝手に喋っている。


 見目麗しい純花に嫉妬する者は多い。そうでなくともクラスに溶け込まず、奨学生組という地位すら無視してきた純花だ。男女問わず、彼女を気に食わない者は多数存在する。

 

 今まではその優秀さ故に許されてきた。学年一位ともなれば教師もかばおうとするし、とある理由によりイジメなども起こらなかった。

 

 だが、ここでは……


「おい、アタシが相手してやるよ」

「あ、早乙女さん……」


 早乙女勝美。ベリーショートの髪型をした、見るからに気の強そうな少女。その人物が男子を押しのけ、純花の前に立ちはだかった。

 

 成長の早い六卿ロードはここでの訓練を終え、次のフェイズに移っている。後方組の京子除く彼ら五人の実力は既に一般の騎士を越えているのだ。故に、今は実戦経験を得る為にセントリュオ周辺の魔物退治をしている。その功績と成長の速さから、最近は神官や町の人々より『流石は勇者』と褒め称えられてもいた。

 

 今日も魔物討伐に向かっていたはずだが、勝美がここにいるという事は既にその任務を終えたのだろう。他の面々は休憩中なのか、はたまた町に出てリフレッシュしているのか。

 

「別に怖いんなら断ってもいいけどね。どうする? 木原」

 

 口元をゆがめる勝美からはあからさまな悪意が感じられる。彼女に対し、純花は無表情のまま剣を構えた。挑発に乗ったかは定かではないが、やる気はある様子。

 

 相手は素手で、武道着のような恰好。対し、こちらは剣を装備し、金属鎧を纏っている。武装の差であれば明らかに純花が上だ。しかし……

 

「ハアッ!」

「っ!」


 それを易々とくつがえすのが魔力という存在。

 

 勝美が放った一撃を剣の腹で受け止めるも、その衝撃で大きく吹っ飛ばされる。が、この結果は予測済み。自ら吹っ飛ばされる事で受ける衝撃を軽減したのだ。転倒しつつもすぐに起き上がり、そのまま果敢に前へと踏み出して剣を振り下ろす。

 

 しかし最後まで振り下ろされる事は無かった。勝美は目に留まらぬほどの動きで純花の懐へと入り――

 

「あぐっ!?」


 腹に正拳。その威力に純花は膝をついてしまう。しかしその闘志は衰えず、すぐに相手を鋭く見据え、立ち上がる。そんな彼女に勝美は一瞬だけたじろくような姿を見せるも……

 

「ハッ。雑魚のクセに粋がんじゃないよ! オラァ!」


 怒涛の攻め。もはや純花は防御するので精一杯。いや、防御すらままならない。それでも倒れないのは手加減されているからだろう。嗜虐的な表情を浮かべ、なぶるような攻撃を繰り返す勝美。


「何してるんだ!」


 しかし、その声に攻撃が止まる。見れば、練兵場の入り口から彩人が走ってきている。

 

「あん? 何なの彩人」

「やりすぎだろう! 勝美ちゃん、何考えてるんだよ!」


 珍しく怒りをあらわにする彩人。そんな彼に対し、勝美は嘲笑するように口元を歪めた。


「やりすぎ? これくらいで? ちょっと揉んでやっただけじゃん」

「木原さんはまだ魔力が使えないんだぞ! これじゃイジメじゃないか!」

「ちゃんと手加減してるよ。じゃなきゃもう死んじゃってるっしょ。つーかこれくらい部活レベルでもやるし?」


 痛くなきゃ覚えないしねぇ、と肩をすくめる勝美。


「大体、アイツもやる気だったじゃん。彩人も気持ちは分かるけどさぁ、チャチャ入れるのはアイツの為になんねーだろ?」

「け、けど……!」


 ニヤつきながら言う勝美に、彩人は反論できないでいた。同じような出来事は何度も見かけたが、決して彼女やその周りが強要してる訳ではなかったからだ。加えて本物の戦いに行く事を考えれば正論でもある。

 

 それでも納得してない様子の彩人に、勝美は大きくため息を吐く。


「分かった。分かったよ。次はもっと手加減するって。そんならいいっしょ?」

「……うん……」


 しぶしぶと肯定する彩人。そんな彼を一瞥し、勝美はもう用は無いとばかりに去っていく。


「そうそう、お姫様が大事ならちゃんと説得しなよ。アタシとしても雑魚が混じってるのもうざったいしね。百合華には悪いけど」


 そんな言葉を残しつつ。

 

 話が終わると、彩人は純花のもとへ駆け寄った。

 

「だ、大丈夫? 木原さん」


 本気で心配そうな声だった。それはそうだろう。純花の身体は擦り傷や青あざだらけ。やんちゃな男ならまだしも、女の子がするような怪我ではない。

 

 しかし純花は「平気」と吐き捨てて歩き出す。痛みのせいか表情が少し歪んでいる。


「ど、どこ行くの!?」

「次に相手してくれる人を探す」

「む、無茶だよ! 治療室に行かないと!」

「痛みはあるけど、それだけだから。すぐ治る。それより、早く強くならなくちゃ……」


 おろおろとする彩人を無視して進む純花。その光景を見てさらに敵意を強くする女生徒たち。人気者の彩人にかばわれるのが面白くないのだろう。




 このような出来事は何度もあった。純花が怪我をする度に彩人が止めにくるのだ。『魔王は自分たちが倒すから、後方組と一緒に待っていて』との言を添えて。

 

 それに同調する者は多い。善意から心配する者、足手まといと考える者、単に気に食わない者などその意思は様々。教官役の騎士も丁寧に教えてくれてはいるものの、それとなく後方組を勧めてくる。

 

 純花は思う。確かに自分に才能は無い。魔力などカケラも感じられれず、周りとの差は広がるばかり。

 

 剣技の習得も遅く、頭で理解できたとしてもイマイチ体が動かない。魔力抜きでも下から数えた方が早い成長速度だろう。自分でも強くなるどころか弱くなっている気がするので、彼らがそう思う気持ちも分からなくはない。

 

 だが、諦める理由にはならない。

 

 もし周りが自分と同様の意思であれば多少は考えたかもしれない。しかし彼らは酔っているだけ。魔力やレアスキルといった力に魅入られている。英雄になれると思っている。そうでなくても異世界という非現実的現実に心を奪われている。

 

 最初は『帰りたい』と言っていた者たちもそうだ。能力が向上し、自分が必要とされる存在という事が実感できた途端、てのひらを返したような態度となっていった。泣いていた者も今は笑っている。

 

 結局のところ、彼らは”居場所”さえあればどうでもいいのだろう。家族や友人といった存在は大切であり、郷愁の気持ちもあるにはあるのだろうが、替えの利くものなのだろう。あるいは『いつか帰れる』などと気楽に考えているのかもしれない。

 

 たが、そんな保証がどこにあるというのだ。仮に帰れたとしてもそれはいつの事だ? その時家族はどうなっている? ただ自分がいないだけの平穏な日常を送り、家族は全員無事で、ひょっくり帰った自分を諸手で歓迎してくれるとでも?

 

 そのような彼らをアテにできるだろうか。

 

 ……否、断じて否である。

 

 自分は帰りたい。帰りたいのだ。

 

 一刻も早く。

 

 一秒でも早く。

 

 その他の何を犠牲にしても。

 

 だから、頼らない。自らを鍛え、自らの力で魔王を倒す。あるいは別の帰還方法を見つける。他者の行動はあくまで”運”と思うべきなのだ。しかしそれを実行する為には力が要る。最悪一人でもやっていけるようにならねばならない。故に純花は自分の身体に鞭を打ち、愚直なまでに鍛え続けているのだ。

 

 

 

 ……そんな彼女を物陰から見つめる、桃色の少女の姿。


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