021. これからの方針
勇者? 一体何の事だ?
どうやら自分たちの事をそう呼んでいるらしいが、全く心当たりは無い。無茶な事にチャレンジする者を勇者と表現する事もあるが、そういう意味ではないだろう。
周囲の生徒を見れば、困惑している者が多数、純花含む警戒する者が少数。中には喜んでいるような様子の者もいるが、この状況で喜ぶはずがない。恐らく混乱しているのだろう。
しかし彼らの中、それらのどれにも当てはまらない者がいた。長い黒髪を後ろで束ねた少女。彼女は軽くため息を吐くと、しずしずと前へ出て一礼。
「……失礼、星爛学園の近衛京子と申しますー。失礼ながら外国人の方とお見受けしますけども、何が起こったのか教えて頂けないでしょうか?」
「勿論。どうぞこちらへ。教皇様がお待ちです」
いつも通り、少しなまった口調で問いかけた京子。すると、金髪の女性は別の場所へと案内しようとする。教皇とやらが教えるのでそちらで話す、という事なのだろう。一同は流されるように彼女へと追従する。混乱して拒否する者もいたが、比較的冷静な生徒に説得され、しぶしぶ従った。
案内されたのは謁見の間のような場所だった。真ん中に赤いカーペットが敷かれ、その先には玉座に座る威厳のある人物がいる。
長い白髪の頭上に黄金の冠をかぶっている老人の男。口元には白い髭。同じく白い法衣には金糸が編み込まれているようで、精錬さと豪華さの両方を感じさせる。
「よくぞ来てくれた。異界より召喚されし勇者たちよ。私の名はアレフ・ヴァルフォーレ。ルディオス教の教皇を務める者だ」
ルディオス教? キリスト教やイスラム教は知っているが、ルディオス教というのは聞いた事が無い。それに、異界とは?
「ルディオス教……ですか。寡聞にして存じませんが、教皇様の御前ともあれば跪くべきでしょうか?」
「よい。神に選ばれし勇者殿なのだ。教皇という立場上、下につく訳にはいかんが、上から見下ろすつもりもない。楽になされよ」
「ありがとうございます」
皆が困惑している中、先ほどと同じく京子が対応。彼女は家柄で言えばこの中で最も高貴な家の出身。こういった場に慣れているのだろう。教皇とやらに対しても萎縮している様子は無い。本当は唯一の大人である教師が対応すべきなのだろうが、彼は混乱しているばかりだ。
「それで、教皇様。一体何が起こったのか説明して頂けるとお聞きしておりますが」
「うむ。実はだな……」
”北の魔王”の封印が解かれた。このままでは世界が滅びてしまう。神の意志に沿って勇者を召喚したところ、異世界より自分たちが召喚された。よって勇者である自分たちに魔王の撃退をお願いしたい。要約すると、そんな話だった。
何だそれは。意味が分からない。そもそも自分には関係が無い。
同じように思ったのだろう、一部の生徒が抗議している。中にはニヤケながら抗議するという妙なマネをする者もいる。
一方、純花は黙ったままだ。彼らと同じ気持ちではあるが、ここで主張してその通りになる保証はない。ならば自己主張は彼らに任せ、向こうの悪感情を引き受けてもらうべきだ。
そんな風に冷静に行動する彼女だが、頭の中は冷静には程遠い。
(魔王? 神の意思? そんなのどうだっていい。それよりも帰らないと、母さんが……!)
十年前に父がいなくなった。そして自分も異世界に来てしまったのだという。すると、どうなる。母が……母が一人ぼっちになってしまう。
情の深い母だ。未だに行方不明の父を想い、待ち続けているのだから。その上純花までいなくなってしまったら……。
同じく帰還を望んでいるらしい生徒が叫ぶ。
「いいから帰してくれよ! 大会目指してるんだ! 次はもっといけそうなんだよ!」
「悪いがそれは出来ん。我々にそのような力は無い。だが、神々であれば別だ。魔王を倒した暁にはそなたらの願いを何でも叶えると仰っている。魔王討伐後、ルシャナ様に願えばきっとその願いも叶うだろう」
魔王を倒す? 魔王といえば怪物の王様というイメージがあるが、単なる高校生にそんな事が可能なのか? 可能だとしても何年かかる? その間、母は……
(帰る……! 絶対に帰るんだ!)
感情が高ぶってしまい、理不尽なマネをした代表――教皇を睨みつける。瞬間、ひるんだようになる教皇。
しかし純花はすぐに視線を外す。先ほど考えた通り、悪感情を示しても何もいい事がない。それに、魔王を倒さねば帰れないというのなら――業腹ではあるが、彼らに敵対するのではなく助力を得るべきだ。
勿論彼らに盲目的に従うだけでなく、その他の手段も模索すべきだろう。彼らの言う事が本当である保証は無いのだから。とはいえ、何の情報も無い現状では従うのが吉。
そう考えていると、教皇のそばに控える男が何やら驚いたような表情になる。彼は慌てて教皇のもとまで行き、小声で何かを伝えた。それを聞いた教皇は喜色を浮かべつつ口を開く。
「勇者の方々。色々と不安ではあろうが、いい知らせだ。ルシャナ様より神託が下った。勇者の方々には一人一人レアスキルを与えたそうだ」
「……レアスキル? ですか」
教皇が言うには、ごくまれに人間に宿る特殊な力らしい。神々の祝福を受けた者だけが行使できる力だとの事。
「私自身は持たんが、持つ者には自然と思い浮かぶらしい。自分に備わった力を」
力……? そのレアスキルとやらを意識する。すると、頭の中に何かが浮かびあがってくる。
――《言語理解》。
これは…………成程。
どうやらこれは、あらゆる言語を理解し会話できるようになる能力らしい。よくよく考えれば異世界人に日本語が通じるはずもないので、既に発動済みだったのだろう。改めて彼らを観察すると口の動きと聞こえる内容が一致しない。
だが、これでどう戦えというのか。弁舌で魔王をやり込めろと?
「おお、すげぇ!」
いきなり一人の生徒が興奮の声を上げた。他の生徒たちもそれに続く。
「《言語理解》! それに《怪力》だってよ! 力が数倍になるらしい! お前は!?」
「《言語理解》に《鉄壁》! ダメージを無効化できるみたいだ!」
「俺は四つもあるぜ! 《言語理解》《料理》《洗濯》《掃除》……ってこれでどう戦えってんだよ!?」
どうやら一人一人能力は違うらしい。ただ、共通するのは
だとすると純花のレアスキルは実質ゼロという事になる。どういう事だろう。運が悪かったのだろうか?
(困ったな。魔王を倒すにせよ何にせよ、力を持ってて損はしないのに)
自分が優秀という自覚はある。だが、異世界で通じるかは分からない。勉学には努めてきたし、体力にもそれなりに自信はあるが、意識して鍛える事はしてない。鍛えてもそれを活かす機会など日本ではほとんどないからだ。
そんな風に思案していると……
「うそっ!?
「
「
どうやら
個人の経験、あるいは適性に応じたものを与えられたのだろうか? だとすると自分は何の才能も無いという事になるが……。
「素晴らしい。レアスキルを持った者が三十人余り。それも複数所持しているとは前代未聞だ。これならばきっと魔王を倒せるだろう」
彼らを見て満足そうに笑みを浮かべる教皇。だが、相対する京子は難しい顔だ。
「お待ちください。ルシャナ様という神様の力は理解しました。けれど、うちらはただの人。戦った経験なんてありまへん。お役に立てるのであればという気持ちも無くはないんですけれど……」
「ふむ……」
教皇はじっと生徒たちを眺める。そしてしばし後、ううむと唸るような声を出した。
「確かにあまり鍛えられていないようだ。魔力の扱いも知らぬと見える。だが、ルシャナ様のご意思なのだ。己を鍛え、成長すれば……という事なのだろう。幸いと言っては何だが、魔王軍はまだ北大陸を攻めているからな。時間はある」
「魔力! じゃあ魔法なんかもあるんですか!?」
「勿論だ」
魔力というワードに反応した者が質問し、教皇の答えを聞くと、生徒たちは目に見えて喜びを見せる。剣と魔法のファンタジー。自分たちはそういう世界に来たのだ。その非現実的事実にテンションが上がっているのだろう。
そんな彼らの様子を見て京子は少しだけ顔をしかめる。
「ええと……教皇様。できれば一度、うちらだけで話し合いたいのですが……」
「ふむ……」
教皇は隣にいるセシリアへと目をやる。彼女がこくりと頷くのを見た後、教皇は返答。
「分かった。部屋を用意させよう」
* * *
「それでは先生。始めて頂けます?」
「えっ。は、はい。分かりました。始めましょう。議題は、”これからどうするか”、です」
会議室らしき部屋に通された一同。その議長席らしき場所へと座った杉田教諭がおどおどしつつも宣言した。
先ほど頼りになる様子を見せた京子が仕切った方が上手くいくのだろうが、本来の彼女はそういった面倒事をあまり好まない。さっき矢面に立ったのは仕方なく、という訳なのだろう。故に生徒たちを導く教師へと役割を譲ったのだ。
生徒たちの態度は様々だった。大抵はワクワク、というよりウズウズしている。自分に備わった力を試したくて仕方ないのだろう。
「え、ええと、誰か意見はありますか?」
「せんせー。先生はどう思うの?」
「わ、私ですか? 私は、その…………どうしましょうか?」
泣きそうになっている杉田教諭。サラリーマン体質の彼には荷が重いようだ。改めてそれを理解した生徒たちは、彼をアテにしない事に決めた。
「どうする? 俺は魔王と戦おうと思うんだけど」
「俺も。ゲームみたいだよな」
「私は帰りたい。帰ってパパとママに会いたい」
「血なまぐさいのは勘弁かなー。それより観光とかしてみたくない?」
思い思いに意見を述べる生徒たち。戦うと言う者に帰ると言う者、浮かれている者に悲観的な者。正直、まとまりが無い。
「諸君。冷静になりたまえ。まずは二つから選ばないか?」
それらを断ち切るような声。椅子に座りつつもふんぞり返っている男、
「大雅くん。二つって何さ」
「決まっているだろう? 戦うか、戦わないかの二つに一つだ」
「ええっ! か、帰るのは選択肢にないの?」
「それは目的だ。ごちゃ混ぜにするな。帰る事を目的にするのならば、帰る為に戦うか、いつか帰れるのを期待して戦わないか、だ。議題にもあるだろう? 要するに行動を問うているのだ」
成程と納得する。先程のまとまりのない会話でも分かる通り、個々人でやりたい事は異なる。しかし、まずは教皇への回答を用意しなければならない。回答の是非で生徒たちに許される行動なども決まってくるはずだ。
「で、どうする。当然俺は戦う。
あらゆるものを見下した上から目線の発言。だが、彼はそれが許されるだけの能力を持っている。
運動能力は抜群。学力は純花に次ぐ学年二位で、そのうえ生徒会長もこなす。さらに将来は皇グループの次期総帥。
当然の如く容姿も優れており、その整った容貌から放たれる俺様っぷりは”王子”という言葉を彷彿とさせ、女生徒からは莫大な人気がある。正に学園の王者といっていい男だ。
「さて、諸君はどうする。俺と共に戦うか、それともしっぽを巻いて逃げるか。二つに一つだ」
煽るように言う大雅。そんな彼の言葉に、多数の生徒――特に血の気の多い者はむっとした表情を見せた。
金持ち学園という事もあり、様々な面で恵まれている彼らだ。成功体験は多く、自信もある。故に腰抜け扱いされるのは許せない事だ。これが大雅の発言でなければ袋叩きの反論が待っていただろう。
そういった者たちは口々に「やろう!」「やろうぜ!」とやる気を見せ始める。大雅が意図していたかは不明だが、彼の煽動に乗ったような形となった。生来の傲慢さ――それは時にリーダーシップにもなり得るのだ。
「尊はどうする。いや、聞くまでも無いか」
「……無論」
剣術家の
「アタシもやるよ。魔王なんてブン殴ってやる」
「……ふう。だと思ったわ。うちは勘弁やけど」
「えー。ノリ悪ぃな京子。百合華はどうすんのー?」
京子の言葉に不満そうになる勝美。そうなりながらも百合華へと問いかけると……。
「わ、私? 私は…………ねえ、彩人君はどうするの?」
ツインテールを揺らし、不安げな瞳の百合華。すがる者を探すように隣にいる彩人へと問いかけた。
「え。僕? うーん……」
彩人はちらりと純花の方を一瞥。いつも通り無表情に近いが、少し思いつめたような表情だった。それを見た彩人は普段通りの明るい声で答える。
「うん、やるよ! 早く帰りたいし、誰かが困ってるなら助けてあげたいし!」
「そ、そうなんだ! ……うん、私もそう思ってたとこ! 一緒にがんばろ!」
彩人と百合華も参加を表明。六卿のうち五人が戦うこととなった。中心人物である彼らの意向は周囲の者たちも影響を受ける。俺も、私もと次々に声が上がっていく。
結果として生徒三十五人のうち、二十四人が戦う事に同意したのだった。
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